2019年6月8日土曜日

第219回:「深い河」遠藤 周作

レーティング:★★★★★★★

記憶の範囲では、恥ずかしいことに遠藤周作さんの本は読んだことがありませんでした。もちろん私が10代の頃は存命であったし、母からもこんなすごい作家がいるという話は聞いていたのですが、キリスト教的な作品が多いこと、重そうな作品が多いこと、そういう先入観も手伝いなかなか読む気にならず今日に至りました。

今回、作品を読んだのはどこかの書評でこの本はすごい・・という一冊に選ばれていたためですが、読んでみて本当にすごいと思える一冊で、昭和・平成の大作家の凄まじさとその内容の豊かさに打ちひしがれました。本書は、一人の青年が大人になっていく過程で、その信仰についての葛藤を描きつつ、絵本作家、サラリーマン、そして離婚経験のある女性といった市井の人々の人生の挫折と錯誤、そして深い悲しみが描かれていきます。本書が発行された(書下ろし)のは、1993年はバブル崩壊後の社会に暗い雲が急速にかかりつつある頃でした。しかし、まだバブルの気分や要素もすぐ戻ってくるんではないかという感じもあった頃です。その時代に、こういう深みのある、そして深く人間の心をのぞき込むような一作が世に出たのは、単に作者の人生の旅というだけでなく、日本人の旅にとってもとても重要な出来事だったと思います。

素晴らしい作品であり、また小説であるためネタバレを極力避けたいとおもいますが、学生運動時代以降の大学生の精神的荒廃、昭和の猛烈サラリーマンと専業主婦家庭の安定するなかでの抑圧などが淡々と描かれていきます。大人になっても苦悩や苦しみ、そして喜びがあることを描きながら、それでも作者の心情を反映してか全体としてはもの悲しいトーンが作品を支配します。それは成長すること、老いていくことが本質的に持つ哀しみともいえると思います。

作品の主題は信仰と葛藤である、というサマリーが目につきます。キリスト教と日本人という作者が追い求めたテーマがメインであることは間違いないですが、それだけではない広い視野を持った作品です。昭和を生き抜いて生きた日本人がなにに傷ついてきたのか、それを個人個人がどのように向き合えるのかということが克明に描かれています。とりわけ私が惹かれたのはほぼ主人公の一人である女性の葛藤です。すべてを理解はできないですが、とてもよく描かれていると思います。時代を超えた素晴らしい作品だと思います。

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