2021年5月9日日曜日

第237回:「中国の外交戦略と世界秩序」川島 真 他編

レーティング:★★★★★☆☆

珍しくとても固い本です。仕事柄直接ではないですが中国に関係することがあるので、一度、一帯一路といった中国の現在の外交思想がどうなっているのかについて勉強しようと思い立って買った本です。Amazonのレビューでは現代中国研究に欠かせない一冊といった高い評価があり、また執筆者も一線の先生ばかりとなっています。

序章は全体を俯瞰するサマリーのような形になっており、第1部は中国の世界秩序観と対外政策、第2部はアフリカと中国、第3部は中国と周辺、中南米地域となっています。読者によってニーズは異なると思いますが、第1部は一帯一路の戦略的なあいまいさを丁寧に説き起こしていきます。また、丹念にテキストを負うことで改革開放との比較を行っているのもとても興味深いです。また、対外援助分析は中国の援助の歴史を紐解きながらどのように内部体制を整備し、また反省を活かしながら進化しているかが書かれています。

第2部はその名の通りアフリカへの援助と投資について書かれていますが、中国はぽっと出で資金攻勢を行ったわけではなく長期ビジョンに基づいて、時には自国産業の要請に後押しされて資金のみならず外交や草の根を含めた膨大な時間とリソースを投入してきたことがわかります。第3部は特に対メコンの分析が興味深いのですが、かなり中国寄りの観点で書かれているので、一部、少し一方的かなと思われる分析があります。

なお、一部の章で数字の複数の脱落や誤字が散見されるのはこの種の学術書としては残念な思いがしました。

2021年5月2日日曜日

第236回:「暖簾」山崎 豊子

レーティング:★★★★★★☆

淡々としているけれど心を揺さぶられる作品というものがありますが、まさに本作のようなもののことを言うのでないでしょうか。大阪商人が鰹節に注目して、日中戦争、太平洋戦争で大きな財を成し、そしてすべてを失い、それでも前を見て商人道とでもいうべき独特の哲学に基づいて七転八倒しながら商売を盛り立てています。そして戦後、戻ったきた子供たちがその意思を継ぎ、東京進出や大阪での業態転換を果たしていきます。まずは映画作品として上映され(森繁久彌さん)、その後、芝居としても上演されたということですので、当時相当人気があったものと思います。

上方の商売や商売人というのは今はすこし存在感が低下してしまいました。80年代くらいまでは何となく大阪をはじめとした関西圏の独特な感じは言語も含めて強く社会に残ってきたように思いますが、相対的に東京圏が巨大化し、また多くの大阪発祥の会社が東京にも本社を持ち、その後、東京のみに本社機能を移したことで、いわゆる大阪商人を自認する大物経済人は数少なくなってしまいました。

暖簾に代表される信用を重視すること。その信用とは単に財務的な健全さではなく、多くの関係者、今風に言えばステークホルダーの利害にかなうことを、顧客からの信頼を絶対に裏切らないことなどによって確立されました。考えてみれば当たり前ではあるのですが、それをどこまで徹底的に追求するか、文字通り暖簾のためなら私財をなげうってまで勝負できるかどうか、というのが大阪商人の魂だったのかもしれません。山崎さんの作品としては比較的短く、また経済ネタを扱っていることから少し異色かもしれませんが、デビューに当たってこれを書かれたというのは如何に大阪に、そして商売人(山崎さんの周りにたくさんいたであろう)に愛着と誇りを持っていたかがわかります。素晴らしい作品だと思います。