2020年10月25日日曜日

第232回:「受け師の道 百折不撓の棋士・木村一樹」樋口 薫

レーティング:★★★★☆☆☆

前回の投稿から気づけば5ヵ月が経過していました。この間はコロナで仕事のスタイルが変わり、また出張も皆無であったため纏まった移動時間も取れず、更には仕事も幸いなことに忙しい状況が続いたため、本当に数える程しか本を読めていない状況でした。

コロナは日本での状況は落ち着いているわけですが、欧州、米州では引き続き猛威を奮っており、まだまだ世界的に落ち着かない状況なのかと思います。すでに国内の産業や企業も大きな影響を受けていますし、人々のマインドもかなりインパクトを受けているのではないかと思います。

そんな中久々の一冊ですが、木村前王位が王位(初タイトル)を2019年の秋に獲得するまでの苦闘の歴史を綴っています。樋口さんは中日新聞の記者ということです。

現役最年長のタイトル獲得となり、大きな話題となったことは記憶に新しいところですが、本年、気鋭の藤井さんに敗れたことも記憶に新しいところです。本書は本年6月に出ているのですが、木村さんが藤井さんなんかが挑戦者になったら嫌だな、と言っておられるところが印象的です。本当に藤井さんが挑戦者になってしまい、結果的にその通りになってしまいました。

木村さんは奨励会(プロへの過程)で本当に苦労し、23歳9か月で四段昇段。その後は破竹の勢いでA級に昇格するなどします(本年はB級1組)。その過程では、上記の王位獲得の前に6回タイトル戦を戦い、すべて獲得に失敗しています。そのどれもが不本意であり、順位戦の力を出せなかったり、勝ちきれなかったり本当にどれも悔しい負け方となります。そのたびに絶望的な思いをしますが、それでも諦めることがなかったのは本人の努力に裏付けられたひそかな自信と野月さんや行方さんといった素晴らしいプロ棋士や後援会の仲間のお陰であることが良くわかる一冊です。

将棋の技術的な話はほとんどありませんが、その素晴らしい人柄が伝わっていきます。ちょうど今、羽生9段が竜王戦(タイトル戦)に挑んでいますが、羽生さんは木村さんより年上であり、このタイトル戦の行方も注目されます。泣けるところも多い、心洗われる一冊です。

2020年5月6日水曜日

第231回:『親鸞「四つの謎」を解く』 梅原 猛

レーティング:★★★★★★★

前回の投稿からかなり時間が空いてしまい、この間は仕事がやたら忙しく、またコロナ対応などでかなりイレギュラーなライフスタイルになっていました。本書は地元の図書館で借りてきたものですが、地元の図書館もかれこれ1ヵ月ほど完全に閉鎖されており、オンラインの予約受付なども停止しています。地元の本屋に5月4日に行ってきましたが、コロナ感染者数が減ってきていること、陽気が良いことを背景にかなりの人が立ち読みをしていました。ゆっくり本屋で本を見たいところではありますが、雑誌を1冊だけ買って早々に帰ってきました。

ニュースを見ていると東京を始めとして全国で外出自粛が浸透し、GWの人出はかつてないほどの少なさであったようです。感染者数は全国的に目に見えて減ってきていますが、早く学校もビジネスも正常化するとよいと思います。ただ、出張等は数か月は原則禁止になるでしょうし、かなりの影響が本年いっぱい、場合によっては来年にも残っていきそうです。

そんな中ちびちびと読んできたのが本書、前回に続いて親鸞モノです。梅原 猛さんの著作は本当に面白く本ブログでも何度もレビューしてきましたが、まだ読んだことのない一冊がたまたま図書館で目に入ったものです。文庫版で借りていますが平成29年5月、単行本としては2014年10月刊行ということですから、梅原さんの実質的な遺作に近い位置づけではないかと思います(梅原さんは2019年没)。『歎異抄』(唯円)を旧制中学4年から繰り返し、繰り返し読んでこられたという梅原さんの深い思索と取材が詰まった本であり、タイトルにあるとおり謎が設定され、それを解き明かしていく、という流れになっています。

ここからは若干のネタバレを含みますが4つの謎は、それぞれ次のものです。1.出家の謎、2.法然門下入門の謎、3.結婚の謎、4.悪の自覚の謎、というものでどれも大変興味深いものです。それぞれに対して一定の結論が出されていき、その答えが正しいのかどうかというのは色々と議論があるものと思います。個人的には4.は親族というか出自を理由とした答えになっていますが、本当にそれだけなのだろうかという感じがしています。いずれにせよ、一貫して流れているのは『正明伝』という浄土真宗やその研究者から一貫して偽書扱いされてきた伝記(覚如の長子である存覚)をベースに謎解きが展開され、その多くはとても説得力があり、親鸞の生きた時代の困難さや祈り、喜びや深い人間性が感じられてきて本当に味わい深い一作となっています。

また本書の成立には梅原さんがおかれていた最晩年という人生のステージも大きく寄与しています。特に、悪人正機説についてついて考察を深めていく最終部、「二種廻向」、すなわち「往相廻向」と「還相(げんそう)廻向」の下りはとても味わい深く、半分は著者の心の痛切な叫びを聞いているような切なさがあります。梅原さんの数多くの著作の中でもとりわけ素晴らしい1冊ではないかと思いました。

2020年2月11日火曜日

第230回:「親鸞(完結篇)」五木寛之

第229回:「親鸞(激動篇)」五木 寛之

レーティング:★★★★★☆☆

前回レビューした親鸞3部作の真ん中に当たる激動篇となります。まさに文字通り激動ですが、流刑となり京を追われた親鸞が妻の故郷である越後で暮らし始め、その後、故あって東国に移り住むまでの数十年をカバーしています。越後での暮らしは楽なものではありませんが、妻と力を合わせ、また外道院などある意味高い仏性を持った人物たちと出会いながら、つつましいながらも幸せな生活を送り、子宝にも恵まれていきます。通して読んでいくと、この時期が人間の生活という観点では一番充実していたのではないかと思われる暮らしぶりです。

本日も野村監督が亡くなられたというニュースがありましたが、親鸞も終生の師であった法然が逝去したことを受け、自らの本願を探し、かなえるため、当時はまだ発展途上にあった東国に渡ることを決意します。都とも越後ともかけ離れた生活が始まりますが、筑波山の見える草庵にて、ここでも夫婦で力を合わせて生活を行い、幸いにして多くの信徒や信者を得ることに成功します。他方、1部作目から通奏低音になっている信仰の先鋭的な側面がちらちらと出てきて、まるで親鸞の思索や思想が突き詰められればられるほど、それへの反感もまた大きくなっていくようであり、3部作目への伏線がうまく引かれていきます。

2部作目ですが、中だるみせずどんどん読めます。