2017年2月25日土曜日

第166回:「死の淵を見た男」門田 隆将

レーティング:★★★★★☆☆

もうそろそろあれから6年が経とうとしている東日本大震災により、深刻な事故を引き起こした福島第1原発の話です。門田さんは優れた現代のノンフィクション作家であり、スポーツから歴史まで幅広く執筆を続けられています。とても冷静であり公平な評価をしようとする一方、深い情があり非常に優れた作品が多いと感じます。

本書のサブタイトルは、「吉田昌郎と福島第一原発の五00日」というものです。これがほぼすべてなのですが、あまり知られていない事故発生直前からその後の対応やかかわった方々のその後を描いた一冊です。吉田所長はほとんど文字通りの暗闇の状況から、現場の職員たちを指揮し、後方に一部は避難させ、どうしても必要なところについては命がけの処置を統括しました。また、ノンフィクションとして素晴らしいのは、こういった所長の言動だけでなく、本当に多くの人に直接取材をして、復旧班や発電班といった現場のチーフやその下の職員にも丁寧に聞き、どういう状況であったのかを掘り起こしているところです。

本書を読むと、原発事故の被害は想定されたシナリオの中でいえば、ほとんど最小限に抑えられたのではないかということ、またその功績はひとえに現場の頑張りや命を賭して対応した自衛隊員や消防隊員にあったことが見えてきます。ただし、本書でも述べられているように、だから原発は安全だ、今後も事故はないということではなく、むしろ同じことがまた起こった時にこの被害で終わるという保証はなく、原発を続けていく場合は規制委員会等ですでに規制強化がなされていますが、さらに死角のない対応をとっていくことが必要になるのでしょう。

終わりの方の青森から福島第1に働きに出て亡くなった方のエピソードなどは、痛切極まりないものがあります。そして、極限で踏みとどまり、覚悟を決めて原発や地域を救った人々の誇りの高さに感銘を受けるばかりです。原発への賛否はいろいろあると思いますが、とても心打たれる一冊です。

2017年2月19日日曜日

第165回:「歓喜する円空」梅原 猛

レーティング:★★★★★★★

円空や木喰は、日本を代表する仏師であり、とりわけ庶民に近い立場で伸び伸びとした親しみやすい仏像を多数残したことで知られています。昔から寺や神社に行くのが好きで、その流れで仏像も面白いなと思い、社会人になってから仏像関係の本をたまに読んだり買ったりしているのですが、この一冊は昭和最強の知性(と勝手に思っている)梅原さんの晩年期の力作です。梅原さんの本は久々に読みましたが、晩年らしい円熟と円空への限りない愛情を感じます。基本的に学術的な内容ですが、時代を追いながら作品の変遷に迫り、また通常仏像ばかりと思われている円空の絵画や和歌も多数収録し、多面的な分析がなされていきます。

円空の生涯は深い陰影を残すに至る苦難の連続と、生きること、彫ること、仏教に帰依することの喜びという一見相反する、しかし表裏一体を成す2つの流れが併存しているように見受けられます。幼き日の母との別れ、地元での恩人であり親友であった人との別れ、壮絶な東北、北海道への旅、法隆寺での修行、白山信仰や厳しい修行、写実的な創作から大胆かつシンプルな造形へ、そして後年には深い慈悲を感じさせる優しい作品へ。また、最後は覚悟の入定。目まぐるしく、まるで日本中を旅する円空の姿が目に浮かぶようなすぐれた作品です。

本書の面白いところは、過去の円空研究を踏まえ、学術的な観点から是々非々で厳密な評価を下されているところです。これを見ると民俗学的な研究には、おそらく相当のいい加減さや妄想に近いようなものが一部にはあるということです。しかしSTAP細胞であったり自然科学でも例外ではなく、むしろ研究や調査といったものについては、それなりに批判的精神をもって対峙しないといけないことも、梅原さんは教えてくれる気がします。とても優れた一冊で、円空についてこれだけのクオリティを持った著作はもう出ないものと思われ、文句なしの最高レーティングです。

第164回:「「カエルの楽園」が地獄と化す日」百田 尚樹、石 平

レーティング:★★★☆☆☆☆

この標題からわかる通り、『カエルの楽園』という百田さんの本がベースとなっており、同書を読んだ石さんが百田さんに対談を申し込んで始まった一冊です。『カエルの楽園』を読んでいないので、なんだか順序が逆になってしまっているのですが、こちらもいつか読んでみたいと思います。ちなみに『カエルの楽園』は寓話形式で書かれているようで、要は現在の極東や日本の外交、政治情勢を大胆な予測を交えて描いているようです。

さて、本書は保守系の著作を多く書いている百田さんと日本に帰化した元中国人の石さんの2日に亘る対談を取りまとめています。百田さんはここ数年話題の作家です。いろいろと賛否両論ある方ですが、中国については強い関心を持っているようです。前半は今の日本の政治状況や中国からひしひしと受ける軍事的なプレッシャー(尖閣など)についての認識が語られていき、尖閣や沖縄を突破口として、日本全体に対する軍事的な野心について強く警鐘を鳴らす内容となっています。

後半部分についてはかなりの予測が含まれているので、私にはあっているのかどうなのかよくわかりませんが、しかしながら石さんが描いている通り過去のウイグル族やチベット族への支配は確かに苛烈なものであり、日本が仮にこういう少数民族のような立場に置かれればとても厳しい立場になることは想像ができます。他方、日本はそういう状況に容易に陥る状態にはないことも同時に事実かと思います。

この前の日米首脳会談では、尖閣諸島が安保条約の対象足りうるかを一つの最重要ポイントとして確認していったように、確かに極東の情勢は昨今かなり緊迫の度合いを増している感じはします。