2021年4月10日土曜日

第235回:「あ・うん」向田 邦子

レーティング:★★★★★★★

向田邦子さんは、昔からお名前は知っていたもの作品を読んだことがありませんでしたが、図書館で目に入って薄さもちょうど良いので初めてトライしてみました。なんとなくホームドラマ的なイメージがあり食指が動かなかったのですが、衝撃を受けるような一作でした。ぼんやりとですが、脚本家としてスタートされたという話を聞いましたが、本作は映像がはっきりイメージできる流れになっており、さらに1話1話がドラマ1時間に合うような区切りの良さがありました。また、無駄がなく美しい文章で人物描写もユニークでありながら普遍的であり、本当に面白い作品です。

時代は日中戦争の色が濃くなる時、しかしながら太平洋戦争は始まっていないころと思われます。市井の人々のつつましくも逞しい生活を描きながら大人の友情と恋愛、そして若者たちが余すことなく描かれます。また、特高や徴兵といった時代背景もさりげなく挿入されていき、これが反戦小説だとは思いませんがそういう時代背景が強く意識されていることは間違いないところです。

どうして向田さんは昭和50年代にこれを書かれようと思ったのか、と思いました。とても面白い話ですし、あのころはまだ戦後30年くらいで戦争の色が社会にそれなりにくっきりと残っていた時代だったと思いますが・・それにしてもと思います。この作品が出て間もなく飛行機事故で無くなられてしまったということで本当に残念です。たらればは禁物ですし何処にもたどり着きませんが、もっと長く生きていらっしゃればさらに多くの作品を作り出していただけたかと思ってしまいます。

すぐれた作品の解説はほぼ例外なく素晴らしいと何度か書いた記憶がありますが、本作の山口瞳さんの解説も味があり、哀しみがあり、温かさが備わった素晴らしい内容となっています。