2018年7月28日土曜日

第193回:「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」新井 紀子

レーティング:★★★★★★☆

今年のベストセラーの中の一冊であり、AIという旬のネタと子供の読解力という親の関心事をうまく組み合わせたタイトルの一冊です。AIについてはよくニュースや新聞などで目にし、2000年代前半のドットコムバブルを彷彿とさせるAIバブルが起きていることから、結構関心がありました。また、子供の読解力については親としてもそうですし、ゆとり教育やスマホといった子供たちの学力に影響を及ぼしそうな要素がいろいろとある中で、どうなっているのかという関心もありました。

本書は前半でとても分かりやすくAIを使って企業や研究者がなにをしようとしているのかを説明したうえで、同時にAIの限界がどこにあるのかを自らの研究を通じて論じていきます。帯にあるように、AIができることとできないことは相当分かってきているようで、その意味で過大な妄想をAIに持つべきではないが、産業や医学等において大きな影響力を持ってくるであろうことも述べています。後半は衝撃的なリサーチですが、日本人の中学生、高校生の日本語の読解力がかなり低いレベルにあることを説き起こしていきます。驚愕すべきことは、学力上位といわれる学校でもそれなりの読解力しかないこと、更には社会人でも同様のこと。これは日本社会全体の知的レベルや意味を理解する力が低い状態にあるということで、読んでいるもの、話していることが正しく伝わっていない可能性が示唆されています。そうすれば、AIは部分的にはこれを凌駕する力をつけているので、部分最適でAIが人間の仕事の一定の部分を奪っていくリスクが現実化していることが説明されます。

詳細は本書をぜひ読んでいただきたいところですが、本書の素晴らしいところは著者の志の高さと知的な誠実さです。ありがちなAI関連本の煽りは一切なく、エビデンスを使って冷静に分析をしていきます。なぜ日本人の読解力が低いのかは謎であり、そこがとてももどかしいところですが、この解明は次作に期待したいと思います。1点読んでいてわからなかったのは、読解力に関する長期的なデータがないため、今の低い読解力が経年でどう変化しているのかという点です。今の読解力が高くないのは分かりましたが、昔に比べて低くなっているのか高くなっているのかがわからず、そこは評価しづらいところかと思います。

2018年7月22日日曜日

第192回:「セラピスト」最相 葉月

レーティング:★★★★★★★

最相さんは数年ごとにコンスタントに労作を世に出す、ノンフィクション作家として知られており、出世作は『絶対音感』です。私は『絶対音感』は読んでおらず、ただ、自分の好きな星新一の評伝を書いてたなという程度の認識しかありませんでした。前回(第191回)でレビューした故・河合さんの本と同時に借りたのが、初めて最相さんの本を読む機会となりました。

ノン・フィクションは色々なジャンルの中でも好きですが、読んでみるとやたら浅いものやいろいろなネタ本のホッチキス止めのようなものが多い中で、本書を一読し、最相さんが以下に長い時間をかけて丁寧に取材し、またバックグラウンドの勉強や資料収集を怠りなく進め、更に本作について切実な動機をもって執筆に当たったのかがよくわかりました。ほかの作品は読んでいませんが、きっと素晴らしいクオリティの作品を書かれているのではないかと思われ、ぜひ読んでみたいと思います。

本書は体験的ノン・フィクションとでもいうべきものであり、自ら箱庭療法を体験し、更に心理学についての専門的な教育を受けながら進んでいきます。戦後日本の心理学が、占領後の一部の大洗の教育機関、さらにそこに関係した米国のクリスチャンから齎されたこと。米国、スイスに学んだユング派の河合先生が臨床心理士として、ユング的な考え方やカウンセリングのアプローチを持ち込んだこと。臨床心理士(今後は国家資格として心理師)のワークや日本の医療改善に取り組んだ人々。さらに箱庭療法の実際。色々と俯瞰しながら、現代医療の問題点や障碍者福祉(そして社会復帰)までの取り組みを紹介するもので、非常に高い見地や広い視野と同時に地に足の着いたルポが組み合わされ、現代社会論としてもとても面白い一冊です。

最後に河合さんや臨床心理士たちの書いたケースが断片的に紹介されていますが、とても面白いです。人間って不思議な存在なのだとつくづく思います。広く推奨できる一冊であり、ご関心の向きはぜひ読んでいただければと思います。非常に分厚いですが、文章もとてもよく推敲され、読みやすいので時間は余りかかりません。

第191回:「生きるとは、自分の物語をつくること」小川 洋子・河合 隼雄

レーティング:★★★★★☆☆

本ブログでは類書も含めて何度かレビューしている、故・河合さんの対談本です。同氏が亡くなられた2006年の対談を収めたもので、『博士の愛した数式』で一躍有名になった小川洋子さんとのものです。本書は『博士の愛した数式』を最初に読み解きながら、数学科出身の河合さんの数学への愛も垣間見せつつ展開していきます。なかなかに趣のある対談で、博士と少年の間の友情がなぜ成立するか、能動的に誰かを変えようというのではないけれど、そこにともにいるということの重要性、受け入れがたいことを受け入れるときの物語の必要性、原罪と原悲、いとしみ。

対談は次回を約して第2回を終えたところ、河合さんが病に斃れることで途切れてしまいます。長いあとがきは河合さんの追憶と、小川さん自身が物語を作り出すことについて書き記すことで閉じていきます。アンネの親友であったジャクリーヌさんの夫のルートさんのエピソードも大変印象的です。

正直に書けば、本編はかなり短く、もっと対談を読んでみたかったという物足りない感じが残りますが、それは小川さんが一番感じているところでしょう。しかし、中身は非常に濃いもので物語やそれにまつわる心理学に関心のある方はぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。