2014年1月26日日曜日

第85回:「バイアウト」幸田 真音

レーティング:★★★★☆☆☆

新幹線や飛行機のなかで、暇つぶしに読む感じで楽しむのに最適な一冊だと思います。決してネガティブな意味ではなく、長さは丁度良く、文章は読みやすく、複雑すぎないので適度に楽しめます。正直にいってあまり期待せずに読み始め、前半だれて読み続けるのをやめようかと思いましたが、後半の意外な展開におおっと読み続けました。良い意味で期待を裏切られた感じです。

さて、内容てすが、現実世界の人をモチーフにして、架空の音楽エンタメ会社を巡るTOB合戦を描いたものです。経済小説にありがちですが、その過程で主人公である女性証券ウーマンの生い立ちと成長が語られます。読めばすぐにわかりますが、一世を風靡した村上ファンド、筋にはあまり関係しませんがホリエモンなどが出てきます。主人公の所属する会社はリーマンブラザーズでしょうか。詳細を書いてしまうとすぐネタバレになりそうですが、時代背景としてはリーマンショック前のやや上向いた経済状況の中、資本主義を標榜するファンドが大きな資産含み益を持つ会社をターゲットに買収を計画するところからスト―リーから始まります。

展開はやや陳腐であり、現実に起きたこと、例えばTBSの買収騒動などの方が部外者としてはずっとエキサイティングだったように思えるのが少し残念です。また、著者の人間描写がやや単線的で感情移入しづらく、更に主人公以外の人物の深みに欠けるところが目立ってしまいます。経済小説でありしかたがない面はあるのですが、経済事象だけ読みたければノンフィクションを読めば良いわけで、そこはかなり残念でした。なお、本書は語りつくされた感のある疑問「会社はだれのものか」を問うものですが、この問いは立場によって見方によって色々な答えがあるので、あまり突き詰めて考えても仕方がないように思えます。

2014年1月19日日曜日

第84回:「35歳からのリアル」人生戦略会議

レーティング:★★★★☆☆☆

ハウツーものともちょっと違いますが、2000年代に入ってから書店で良く見るようになった類の一冊です。類書は28歳やら40代やら色々とありますが、一番年齢に近いものを図書館から借りてきました。以前は、こういう本って世代を十把一絡げにして語り、凄い恥ずかしいよな、意味ないよなと思っていたのですが(今も少し思っています)、読まず嫌いも良くないだろうということと、同世代は典型的にどういうイシューを抱えているのかを知るのは迷いの少なくない年代としてよいかなと思って借りた次第です。

前置きが長くなりましたが、本書は「仕事」「家庭」「お金」「活力」「選択」というカテゴリーにそって豊富な客観データを用いて説明を行っていきます。ちなみに読者を男性と明確に規定した内容ですので、男目線、夫目線が露骨に前面にでており、間違って女性が読むとかなり不快かもしれません。こういう本は全体を通して評価する作品ではないので、自分として気になった点、備忘のため記録しておきたい点に絞って書いてみたいと思います。

まず「仕事」です。全産業的にですが、1997~2007年にかけて30~34歳男性の所得は100~300万円減少している(恐るべき数字です)。1997年に最も多いレンジは500~699万円だったのが、2007年には300~399万円に落ちています。雇用体系ごとの分布のシフトがもっとも効いていると思いますが、そういう厳しい時代に生きているということは認識しとかないといけなさそうです。また、35~49歳は週60時間以上働く割合が最も大きい年代だそうです。60時間というのはやってみると割と普通ですが、まあ長いことは確かです。その上で、選択しとして大きく4つのモデルが提示されます、すなわち①専門職として自分の仕事を追究する、②ゼネラリストとしてマネジメントの道を進む、③出世しなくてよいので定年まで勤め上げる、④転職を考える/独立開業を考える。いずれの選択を行う上でも、1.自分は何が得意か、2.自分が本当にやりたいことはなんなのか、3.何をすることに意味や価値を感じるのか、を良く考えるべきということで、新卒当時とは全く違ったリアルな検討ができるようになっているはずだ、とのことです。

「家庭」では主に結婚と子供/子育てについて、「生活」では家、食事、健康をどうするかについて詳細に記載があります。既に幾つかのライフイベントを経験しているので、それほど驚きのある内容はありませんが、子育てにかんする費用については具体的な数字が多くてよかったです。あくまでモデルケースですが、22歳までの養育費は1640万円、私立中学3年間で380万円(公立141万円)、私立高校313万円(公立156万円)。あと日米の幸福度を比べると、アメリカでは年と取るほどに幸福度があがるのに対して、日本では逆に下がり続けています(平成20年度)。比較的福祉が充実している、かつ勝ち逃げ世代が多いと思われる今のシニアにそういう傾向があるのはなんとも不思議です。アメリカは良く分かりませんが、なぜこうも逆の挙動になるのでしょうか。

最後の「活力」「選択」では、もう35だと思うか、それとも今の知識・経験や人脈などを生かして10年後、20年後を(苦しくとも)見据えるかで大きな差が出ること、保守的でありつつも今やりたいことや今しかできないことをしっかり追求することの意味について書かれます。それを実現するために、楽観的であること、体を鍛えること、まずやってみること、「弱い紐帯」を活用すること、などが書かれます。読む前の先入観とは裏腹に、どれもそうだよなあということが多く、言い訳できない世代に差し掛かっていることを痛感しました。10年、20年の計を考えてみたいと思います。

2014年1月13日月曜日

第83回:「亡国のイージス」福井 晴敏

レーティング:★★★★★★☆

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。本年ものんびりとしたペースですが、1冊読み終わるごとに懲りずにレビューしていきたいと思います。さて、昨年末から読み始めていた本書ですがやっと読み終わりました。映画化もされた(見てませんが)ようなので、ご存知の方も多いかもしれない一冊です。私は文庫版の上下2冊を読んだのですが、単行本は1999年が初刊とのことで、もう15年も経つのですね。

まず、非常に長い一冊です。文庫で上下合計ですが千ページを超えています。上巻は謎がふんだんにちりばめられ、海のシーンを中心とした戦記ものみたいな感じですが、下巻は登場人物の家族も含むストーリーが多くなり、人間中心の話に移行していきます。正直に言えばもう少し短い方が楽ですし、後半少しだれる感じがありますが、かといって無駄な削れそうな部分があるかというとそういうことでもないようで、これだけの内容を詰め込むにはやむを得ないのかなと思います。

次に、話は面白いです。上に書いたとおり既に15年が経過していますが、在日米軍、ミサイル防衛、朝鮮半島情勢など日本を取り巻く状況はあまり変わっておらず、いまでも新鮮に読めます。現在は、中国や尖閣情勢が加わっているという意味で更に複雑化していますが・・。要は政治的なリアリティがありつつ、各国家や主体の考えをいくつかのギミックをつかってあぶりだしており、非常に完成度が高いと思います。更に一番上手いなとおもったのは、その魅力ある人物造形です。どの人物もハードボイルドな側面をもっていつつ、人間臭さを失っておらず、常に混乱と迷いの中で最善の選択をしようともがきます。その結果、行動は矛盾を孕んでいたり、合理的でないこともありますが、そういうことを含めて人間であることの賛歌になっています。2000年に日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、大藪春彦賞を一気に受賞していることからも、非常に衝撃を与えた作品ということが分かるかと思います。

あと男子というかおっさん的な観点で面白かったのは、イージス艦や現代の海戦というのがどういうものかという一端が読めたことです。レーダーの性能が飛躍的に向上し、多くのミサイル発射や近接戦闘が自動で行えることや、データリンクをフル活用した電子戦の様相を呈していることなど、まさにハイテクの力を結集していることが分かりました。この文脈では日本が独自に航空機、艦艇を作れば相当のものができそうですが、費用やテスト、また外交上の配慮もあってなかなか難しいそうです。

著者の作品を読むのは初めてでしたが非常に面白く、いつか時間がある時に評判のよい「終戦のローレライ」も読んでみたいと思いますが、こちらは表題作の倍くらいの長さのようなので正直躊躇してしまいます・・。本年は30冊を読むことを目標に掲げているので、年末に115冊くらいまでいけるよう頑張っていきたいと思います。その次は松岡正剛さんの千夜千冊に追いつけ、追い越せで頑張っていきたいと思います。