2019年4月22日月曜日

第214回:「風紋」松本 清張

レーティング:★★★★★☆☆

またまた松本さんの一作です。これまでと同じく光文社文庫の松本清張プレミアム・ミステリーの一冊です。今回は渋い話ですが、社史編纂室にいるのんびりした室長とやる気のある若者の話です。二人の目から見た社内抗争や役員人事模様を描きつつ、従兄の少し変わり者の学者との再会から話は大きく動き出します。本書も時代背景を踏まえる必要はありますが、いわゆる健康食品の昭和前期におけるうさん臭さやそれでも流行していく様を描いています。現代ではサプリとった名前でもっと大胆に売り出されていますし、薬事法による縛りで一定の宣伝の抑制はなされているものの、その巧妙さにおいてはずっと進化しているのかもしれません。

本書は松本さんには珍しく企業を舞台として作品ですし、めずらしいことに殺人が出てきません。それにしても惹かれるのは昭和前期のカフェやバー、オフィスといった古いものです。昭和生まれだから余計に郷愁を感じるのでしょうか。なにかとても懐かしく、やたらレトロなカフェなどに惹かれる今日この頃です。単に年を取ったということかもしれませんが・・・。この一冊は血なまぐさいこともなく、テンポの良い、池井戸さんが描きそうな世界でもあります。こうして読んでみると、会社ってのも昭和前期とあまり変わってないのかな、とも思えます。そしてそこで繰り広げられるドラマも。

2019年4月21日日曜日

第213回:「分離の時間」松本 清張

レーティング:★★★★★☆☆

またまた松本清張プレミアム・ミステリー(光文社文庫)シリーズです。今年から読みはじめ、かなり面白くてのめり込んで読んでいますが、ここでややひと段落を入れようと思います。どんなに面白い作家でも続けすぎると文体に少し飽きてしまうことがあり、その感じがしてきています。いうまでもないことですが、それは作品のクオリティとは全く違う話であり、本作も松本さんの新たな作風に出会える鮮烈なものでした。

今回は代議士が主要な登場人物となっており、その死の謎を追う二人の一般人が主人公となります。松本さんの作品では一般人がひょんなことから事件に関与し、私利私欲を捨ててその事件を追いかけてしまうというパターンが結構ありますが、今回もその系統です。他方、時間の分離という非常に面白いコンセプトで、今風に言えば時間のロンダリングでしょうか、巧妙に何をしているのかわからない時間を作ってしまうというところから話が始まります。犯人にとっては何をしているのか悟られないという利点がある一方、アリバイを明確に残せないという点では結構弱いのではないかと思います。しかし、それにつけても松本さんの作品が書かれた昭和の時代と今の日本では防犯カメラの有無というのが犯罪捜査上、多きな違いをもたらしているように思えます。刑法犯の検挙率がどう変わってきているのかわかりませんが、犯罪の発生数は大きく下がり、検挙率はかなり上がっているのではないでしょうか。

話がそれましたが、本書には珍しくもう一話収録されています。これも社会派の内容ですが、「速力の告発」という作品で車社会、とりわけ交通事故を題材としたものです。連日痛ましい事故が続いていますが、アイサイトのような衝突防止装置を早期に義務化しないといけないのではないでしょうか。これから高齢者による事故は減ることはないでしょうし。

2019年4月7日日曜日

第212回:「地の指」松本 清張

レーティング:★★★★★☆☆

文庫版で上下巻の大作です。昭和中期の都議会議員、都職員、私立病院、業界誌記者、タクシー運転手、そして警察が複雑に絡み合う本格的なミステリーです。スタートは業界紙記者からですが、だんだんと官民の汚職の構造が見えてくるものの、病院という強い守秘の鎧に守られて、なかなか真相が明らかになりません。そんな中で各社の思惑が交錯する中で更なる犯罪が積み重なってきます。偶発的な事件もあり、考え抜かれた証拠隠滅もあり、とても練られたストーリーです。

今作が松本さんの作品群の中で特徴的なのは、警察の視点で語られる部分が多いことで、特に下巻はほとんどが警官の視点となります。その仮説を立てながら追い詰めていく様はとてもスリリングで、思わず自分も犯人を追っているかのような錯覚に陥ります。ネタバレになるので、ほとんど中身を掛けないところが悔しいところですが、社会的なサスペンスの要素もあり、著者が強いメッセージを込めていることが分かります。そして、昭和中期の社会の独特の悲哀も感じられます。三丁目の夕日的なバラ色の世界ではなく、いつの時代もそれなりの裏面があるということがよくわかります。

松本さんを代表する一作といえるのではないでしょうか。