2015年12月27日日曜日

第134回:「許す力 大人の流儀4」伊集院 静

レーティング:★★★★☆☆

このところしきりにレビューしている伊集院さんのエッセーです。最新刊(5)は図書館での予約待ちで、とても人気があるようなので少し来るまでに時間がかかりそうです。それはそうと、この作品は過去に出てきた話の繰り返しが複数あり、さらに標題となっている許す力についてもパワーが不足していて読みどころがありません。伊集院さんが小さいころにいわれなき差別を受けたくだりなどは、もっと掘り下げればオリジナリティと迫真さが出てくると思うのですが、あまり触れたくないのか詳しく記述されるわけでもありません。

こういうエッセーは、長編と違って作家がコンスタントに書きやすいものですし、これだけのヒットシリーズであれば雑誌側もたとえ惰性になったとしても手放したくないでしょうから、相当程度続くのではないでしょうか。しかし私が一気に1~4まで読んでしまったせいか、結構飽きが来ます。1週間に一回しかない雑誌の連載を5年分くらい一気に読んできたので、そういう評価は作品の読み方として適切ではないかもしれませんが・・・。

おそらく本作品が今年中にレビューする最後の一冊になるかと思います(もしかしたらもう一冊読み終わるかも)。もう5年もちょっとづつアップしていると、いつの間にかどのページであれアクセスが増えてくるもので(引っかかる作品が増えるので当然ですが)、私の拙いポストで少しでも役に立っているとよいのですが。標題にもあるとおり、どこまでいっても個人の読書記録というのがメインですので、作品含めて偏っていると思いますが。

関係ないのですが、DVDはほとんど借りないのですが、たまたま蔦屋で目に入ったクリント・イーストウッドの最後の主演作品「グラントリノ」を借りて昨日見ました。正直言ってとても心動かされる素晴らしい作品でした。いろいろな複雑さや要素が含まれていますが、主人公の男気に打たれます。人生万事塞翁が馬、という感じのする作品です。

2015年12月20日日曜日

第133回:「別れる力 大人の流儀3」伊集院 静

レーティング:★★★★★☆☆

伊集院さんの三冊目です。書評としては前二冊とかなり似通った内容になってしまうのですが、引き続き著者のいろいろな思いが詰まっています。故・夏目雅子さんとの死別もそうですが、いねむり先生との別れなど、様々な人生における別れにフォーカスしていますが、もともとが雑誌の連載ですので、それ以外の普通のコンテンツもたくさんあります。

三冊目ともなるとやや感想が薄れてくるのですが、この本の時期の伊集院さんは東日本大震災の後ということもあり、少し内省的な気がします。沈んでいる気がします。伊集院さんに限らず、2011年はもとより2012年も2013年も日本全体としてそういう傾向がありましたが・・・。しかしこのシリーズはネット上での評判を見ていると、結構怒りというか反感の声が上がっている(まあよほどの感慨を持った人でないとわざわざアマゾンに書き込んだりしないものでしょうが)ものの、とても売れ行きの良いシリーズのようで、伊集院さんの代表作ともなりつつある感じがします。

さて、年が明けると間もなく成人式ですね。毎年成人の日の朝刊に乗せられる伊集院さんの短文を楽しみにしているのですが、来年はどんな内容になるのでしょうか?

第132回:「続・大人の流儀」伊集院 静

レーティング:★★★★★☆☆

前回レビューした伊集院さんエッセイ・シリーズの2冊目です。実はこの一冊から読みだしたのですが(2→3→1と読みました)、かなり面白い一冊でした。エッセイはこうこないとというかなりのこだわりが込められており、若い職人は休みなどない(オフィスワーカーでもこれはある程度そうだと思いますが)、震災後に花見を自粛するのは愚の骨頂(本書は2011年12月刊行)、どんな手紙が心を動かすのかなど、興味深いトピックが並びます。

本書のハイライトは残念ですが東日本大震災のような気がします。連載中にあの地震が起きて、伊集院さんは仙台にお住まいということで衝撃的な揺れに遭遇したことが描かれています。安易に情緒的になってはいませんが、そのさなかにいた物書きとして、住民の一人としてとても哀切な文章が見られます。これとは直接関係ありませんが、どういうきっかけか、元巨人の松井選手とも相当仲が良いようです。かなりの顔の広さですね・・・。

イメージを持っていただくために、アマゾンから拝借したタイトル(抜粋)を添付します。ご興味持たれた方は年末年始の帰省や移動のお供にいかがでしょうか?

・鮨屋に子供を連れていくな
・若い修業の身がなぜ休む?
・イイ人はなぜか皆貧乏である
・花見を自粛するのは間違っている
・高収入のスポーツ選手がそんなに偉いか
・若い時期にだけ出会える恩人がいる
・どんな手紙がこころを動かすのか
・大人が口にすべきではない言葉がある
・世間の人の、当たり前のことに意味がある
・男は死に際が肝心だ 他

なお、ご本人は気を付けているということですが、前回レビューした一冊とほぼ同じような話が出てくる場面がいくつかあるのが少し残念です。引き続き、続編をレビューしていきます。

2015年12月16日水曜日

第131回:「大人の流儀」伊集院 静

レーティング:★★★★★☆☆

今年初めて読んだ作家の一人が標題の伊集院さんです。第116回に伊集院さんの「いねむり先生」をレビューしており、その時に出会いについて書いていますので、もしご興味ある方はそちらも参照頂ければと思いますが、今回は小説ではなくエッセーです。これが連載されている週刊現代は読まないので、本になるまで知りませんでしたが、かなり人気のあるエッセーシリーズのようで、本書は2009年~2011年1月まで連載されたものを一冊にしています。

小説でのやさしい語り口とは異なり、このエッセイの面白いところは伊集院さんのこだわりが満載で、包み隠さず語られているところです。それでこそエッセイなわけですが、悪く言えば独断と偏見に溢れており、私はとても好きですが、人によってはかなり不快になるかもしれません。女性や若い方などはかなりむっとされるような記述もそれなりにあります。実際、女子供は寿司屋にいくな(私が言っているわけではなく、本書にほぼそのまま書かれています)といった章については、かなり議論が起きたようです。

内容についてはさらりと読めるものでして、実は2冊目、3冊目も既に読んだ(既に本日時点で5冊目が発売されています)のですが、いずれも2時間くらいあれば十分です。本書は色々と面白い話がでているのですが、銀座の料理屋の話などは個人的に殆ど(一部の飲み屋を除いて)銀座にご飯を食べに行くことがないので興味深く読みました。湯島、上野あたりも良く出てきます。

しかしなんといっても本書のハイライトは、巻末に付されている「愛する人との別れ」です。ご存知の方も多いかもしれませんが、伊集院さんは故・夏目 雅子さんと結婚・死別されています。その時の出会いから、奥様の病死、その後の25年が淡々とした筆致で語られ、この淡々とした中ににじみ出る故人への愛情や生き続ける悲哀に胸を打たれます。この章については、偉そうにこれ以上コメントするのも野暮というものですが、ぜひ一度読んでいただきたいと思う名文です。

2015年12月7日月曜日

第130回:「女のいない男たち」村上 春樹

レーティング:★★★★★☆☆

2014年4月刊行の村上さんの短編集です。正直に言って相当のハルキストだった私としてはそこまで期待していなかったのですが、期待水準とほぼ同様の一冊で良くも悪くも驚きがありませんでした。大作家に対して大変上から目線で失礼ですが、ファンであるが故の高慢としてお許しください・・。
まず私の理解では、村上さんは初期の短編が素晴らしく、本当に何度も再読したものですが、阪神大震災を題材とした『神の子どもたちはみな踊る』から極端に短編の質が落ちた感じがしています。もちろん凡百の作家からみたら十分な水準だとは思いますが、初期の神がかり的な切なさや悲しさ、不思議さは(ストーリーがたとえ似ていても)再現できていません。本作もその意味では予想どおりでした。

さて、作品は様々なタイミングで発表された以下のものです。

1 ドライブ・マイ・カー
2 イエスタデイ
3 独立器官
4 シェエラザード
5 木野
6 女のいない男たち

個人的な短い感想としては、木野が雰囲気が良く感じられて好きでした。登場するバーのあたり(実在)は閑静で、とても雰囲気のあるところで足を運ばれて方も多いのではないでしょうか。少し怪談めいた感じもあって乙です。独立器官もとてもよいです。それはないだろうと思わせながらも、どっかでそういうおじさんが居てもおかしくないよな、ちょっとうらやましいよなと感じさせる短編。あとは初期の短編に少し雰囲気が似ているのがイエスタデイです。ありがちですが三角関係に近い状況になり、だいたいにおいて有能で綺麗な若い女性が出てきます。そしてそれに翻弄される若い男子たち。。。

こう色々と書いているとなんだかんだ偉そうに書きましたが、楽しんだ一冊でした。しかし、村上さんはあきらかに長編作家になってきているというのが私の確信ですので、ねじまき鳥を大きく超える長編を書いて頂きたいと心から切望しています。

2015年12月6日日曜日

第129回:「麻雀放浪記(二)風雲編」阿佐田 哲也

レーティング:★★★★☆☆☆

前回(第128回)でレビューした麻雀放浪記の続編です。作品の概略は前回記したとおりですが、今回はなかなか刺激的な描写から開始され、主人公の薬物中毒の模様から始まります。なかなかに描写が臨場感たっぷりで、たぶんこんな感じなんだろなと想像できるような生々しい感じです。作者の実体験も多少(ほぼ確実に)入っていたのかと思います。

いずれにせよヒロポン中毒となった主人公の哲はわけあって関西に行きます。そこで濃いメンツの大阪での麻雀、その後、京都での寺社を巻き込んだ麻雀へとのめり込んでいきます。(一)は青春編と銘打ってあったことからもわかる通り、爽やかな?青春譚といった趣きでしたが、今回はかなりディープで裏社会のメンツが顔を出す構成です。

本書で面白いのは寺院のお坊さんが寺ぐるみで麻雀を行っているシーンです。このような寺院が本当にあったのかは知る由もありませんが、あったら(ある意味)面白いと思いますし、そこに色々な人々が出入りしているというのが大らかでよいなあと思います。いずれにせよ、二冊目にしてかなーり濃い感じですので、三、四がどうなるのか怖いような楽しみなような・・・。

2015年11月23日月曜日

第128回:「麻雀放浪記(一)青春編」阿佐田 哲也

レーティング:★★★★★☆☆

故・色川武大さんが麻雀小説を書くときに使っていた執筆名が、阿佐田 哲也でした。この本は長らく評判は聞いていて、数少ない麻雀小説の中でも伝説的な一冊ですが、ブックオフでまとまって4冊売りに出ていました。迷ったのですが、とりあえず(一)と(二)だけ買いました。結論から言って、全部買っておけばよかった…という感じです。

昨今の麻雀人口減少時代の今になっては化石のような小説ですが、書き出しは戦後間もなくの上野界隈となります。その後、銀座や横浜も舞台として出てきますが、殆どが上野近辺を舞台として話が進みます。まず、この街に今も息づく独特の雰囲気が舞台セッティングに生きてきます。また、話の内容は明るく楽しいものではなく、否応なく博打、特に麻雀をプロ、セミプロとして続けていく人々のもので、極端なバイオレンスこそないものの、正直言ってどしようもない部分も多いのは事実です。しかし、博打の息詰まるやりとりやかけひき、そして本当に濃厚なキャラクター一人一人が生き生きと描写されている点が戦後直後の暑苦しい混沌とした雰囲気と渾然一体となって迫ってきます。

麻雀の話が中心ですので、ルールが分からないと読んでいても半分は理解不能かと思いますので、この時点で若い読者の9割は除外されてしまいそうですが、サブタイトルにあるように青春編と銘打ってあることからもわかる通り、20前後の方はなにかおとなに変わるころの切実なもどかしさに共感できるのではないかと思います。社会性は低いわけですが、能力や鋭利さの高まる年代に苦しむ一人の男性が、魅力的な大人とともに描かれ、青春小説としてもとても素晴らしい出来だと思います。自慢できる話ではありませんが、18~20歳の頃、私も本当によく雀荘に行っていました…。良くも悪くもこれも良い青春の思い出で、徹夜で麻雀して朝の凍てつく空気を吸った時の爽快感と後悔を含んだ気持ちを今でも忘れません。

2015年10月24日土曜日

第127回:「オレたち花のバブル組」池井戸 潤

レーティング:★★★★★★☆

昨年一世を風靡したドラマ「半沢直樹」シリーズを構成する一冊です。2008年刊行で第22回山本周五郎賞候補となりました。ドラマの半沢直樹は後半からリアルタイムで見たのですが、キャストの良さ、テンポの小気味よさなどから最後までかなり楽しみに見ました。そして少し時間が経ちましたが原作を読んだ順番です。こういう時事もの、エンタメものには割と厳しいレーティングを付けるのですが、本作品は小説でもとても面白く、同時にドラマがかなり原作を忠実に再現していることを思い知りました。

基本的にはすでにご存じの方が多いと思いますが、主人公の半沢が銀行の中で急に重要取引先の伊勢志摩ホテルを押し付けられ、金融庁の黒崎検査官との対決を迎える・・という話です。しかしその中には同期の助け合いや友情、サラリーマンの挫折と復活などのとても身近で身につまされるような話がふんだんに盛り込まれています。

月並みですが半沢直樹の行動は、銀行員として正しいことをするという信念に基づいており、銀行員に限らず正しいことをそのまま言う、行動にするという会社の中では時としてとても難しいことが描かれているからこそ大ヒットしたのではないでしょうか。裏返せば社会の人々は色々な矛盾や挫折や限界を感じながらも日々頑張って仕事をしているということかもしれません。半沢シリーズの他の本も読み進めていきたいと思います。

2015年10月12日月曜日

第126回:「こころの読書教室」河合 隼雄

レーティング:★★★★★★☆

河合さんの著作は今までかなり読んできましたが、そのユーモアや優しい語り口を感じるにはこのような口述(セミナー)形式の本がとても良いのではないかと思います。村上春樹さんとの対談も同じような雰囲気のある本で、名著だと思います。

さて、河合さんは大臣まで務めたマルチな方でしたが、本業はユング派の臨床心理士でした。夢というものを入り口に無意識というものを考え、その後、各国の神話や昔話、はては児童文学などまで縦横無尽に読み、その意味について広く論じてきた方で、本人は謙遜されていますがものすごく文学的な能力や関心の高かった方ではないかと思います。

本書はタイトルから分かる通り、先生が生前に愛された沢山の本を紹介しながら、心理学的な見方についても同時に触れていくというものです。4つのチャプターから分かれていますが、最初は「私と”それ”」というもので、いわゆる意識と無意識、ペルソナとエス、そういったものについて触れています。2つめは「心の深み」というもので内界、外界、病といったものについて書いています。3つめは「内なる異性」ということでジェンダーやセクシャリティについて、最後は「心」というもので創造的病いや十牛図といった先生の著作でよく出てくるモチーフで締められます。

自分のための備忘録になってしまいますが、下に本書で紹介されている本のうち、近々読んでみたい、再読してみたいとおもった本を書いておきたいと思います。皆さまも良ければ本屋で除いて頂ければと思います。

山田 太一『遠くの声を探して』
フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』
村上 春樹『アフターダーク』(再読)
井筒 俊彦『イスラーム哲学の原像』
ルーマー・ゴッデン『ねずみ女房』
エマ・ユング『内なる異性-アニムスとアニマ』
C・G・ユング『ユング自伝-思い出・夢・思想』
白洲正子『明恵上人』

どれもタイトルを書くだけで色々と想像が膨らみ、とても面白そうです。時間はかかると思いますが一冊ずつ見つけて読んでいきたいと思います。

2015年9月21日月曜日

第125回:「小太郎の左腕」和田 竜

レーティング:★★★★★☆☆

最近よくレビューしている和田さんの一冊です。奥付を見ると2009年(単行本)発行ということで、著者にとっては初期の作品になるのでしょうか。これは「村上海賊の娘」のようなスケールの大きさはありませんが、こじんまりとしていながら味わいのある一冊です。著者の好きな火縄銃、忍といった主題がふんだんに出てきており、後の作品につながる内容であることが分かります。

最初はある小国が国境付近で衝突するシーンから始まります、そこで一方が敗退し、籠城に備えた準備を始めます。同時に戦いがおこった付近には気難しい爺さんと天才的な技能を持つ若者が居て・・・という展開です。この若者の技量がやや超人的すぎるところが、かなりリアリティを減殺していますが、著者は大胆に超能力的な人や技量というものを描くので、そこは確信犯的なものがあるのだと思います。伝統的な歴史ファンからしたら、歴史小説とは言えない、という声が聞こえてきそうですが・・。

この一冊で面白いのは、日本において如何に早く火縄銃が普及したかというところです。種子島に伝来してから相当早く複製が可能となり、堺では量産からほどなく全国への流通ルートが確立されたということなので、当時から日本の工業と貿易が高度に発展していたことを実感します。読みやすい一冊なので5時間程度で十分に読めるお勧めの一冊です。

第124回:「人生を変える「習慣」の力」齋藤 孝

レーティング:★★★★☆☆☆

夏に「七つの習慣」を読んで以来、習慣というものに関心を持つようになりました。たしかに日々の様に無意識に実践するからこそ、その積み重ねは人生に大きな影響を与えるのは確実であり、ちょっと気を付けたいと考えています。

最近気を付けたいと思っているのは、摂取カロリーと運動です。20代は好きなものをどれだけ食べても太らず、ライス大盛りとか飲み会の後にラーメンなど普通にやっていたのですが、30代を過ぎると徐々に食べたものが2週間~1カ月後に如実に体脂肪率と体重に跳ね返ってくるようになったことを発見しました。毎週一度はジムで体組成計に乗っているのですが、本当にストレートに日々の生活が反映されます。仕事や会食などで帰りは概して遅く、また出張で思うように休日も時間が取れないので、まとまって運動するのは週1のジムが限界とすれば、なんとか口から入れるものを制限するしかありませんが・・。

さて、本書は齋藤先生が体験的に獲得したいくつかの優れた習慣について紹介しているものです。どれも分かりやすく、また先生が認めているように他の先生の本でもっと詳細に紹介されたりもしているものが大半ですが、幾つか真似してみようかと思うものもあります。備忘も兼ねて、一部だけ列挙します。

1.手帳を一日10回見る
2.疲れたら3秒吸って、2秒止めて、15秒吐く
3.自分のストレス許容量を把握する(何人会うか、何時間働くかを決める)

意外と少ないですが、他にも沢山の習慣が紹介されています。どれも面白いヒントに満ちているので、人によってこれはよいなと思うのは異なると思いますが、それぞれに読み甲斐があると思います。仕事をするときにストップウォッチで測る、というのもよさそうですが、あまり自分にプレッシャーをかけないためにもこれはやめておこうかと思いました。なにより職場でひかれそうですし。

2015年8月23日日曜日

第123回:「のぼうの城」和田 竜

レーティング:★★★★★★☆

今月一度レビューした和田さんのデビュー作です。こちらも本屋では当時かなりのヒットでしたし、盛んに新たな時代小説ということで宣伝されてましたのでご存知の方も多いかもしれません。遅ればせながらやっと読みました。

舞台設定は1590年の羽柴秀吉軍の壮大な小田原攻めの一環として、石田三成が大谷吉継などを率いて忍城(現在の埼玉県行田市付近)を攻める話です。忍というキーワードからなんとなく人じゃものなのかなどと想像していましたが、城攻めでありとても変わった城主(正確には城代)をめぐる話です。読んだばかりの「村上海賊の娘」と比べてしまうのですが、テンポが速く軽やかな展開です。このデビュー作からすでにキャラクター描写が際立っており(ある意味分かりやすい)、毎度和田さんの小説の最後の後日談の部分を読むとせつない気持ちにさせられ、それだけ各登場人物に自然と入れ込んでしまっていることに気づきます。

歴史好きの方にはなにをいまさらという話かもしれませんが、戦国時代は善悪を超えて今とはかなり違うパラダイムが流れていたようです。侍にとっては武士道や生き様、武辺、名誉といったものがとても大事であり、忠義や忠誠も強調される一方、頻繁な裏切りや裏切りの約束、金銭や俸禄による雇用(主)の変更があったりとかなりのフレキシブルさも見られます。また、農民も元武士であったものや、無力さと団結することによる力の結集が表裏一体であったり、割と利害関係で明確に領主と結ばれていたり、封建時代ならではの思考や行動様式が見られるようです。この部分はどんな歴史小説を読んでもいまだに尽きず新しいものが出てきて、とても不思議ですし興味があります。

さわやかな一冊であり、2日程度で十分読めますので関心ある方はぜひ手に取ってみてください。

2015年8月22日土曜日

第122回:「流星ワゴン」重松 清

レーティング:★★★★★★★

今年ドラマ化された一冊なので、タイトルを聞いたことがある方、ドラマは見たという方も多いのではないでしょうか。有名な重松さんの一冊であり、遅ればせながら読みました。実は高い評判を聞いていながら重松さんの作品を読むのは初でした。きっかけはドラマが面白いと聞いて何話か断片的にみたことです。香川 照之さんが出てるということでみたのですが、正直前提知識ゼロで設定の意味がよくわからず、やめてしまいました。しかしあの不思議な設定は何なんだろうということが気になり読んでみました。

読んでの感想ですが、これは反則だろうというものです。テーマは一読して分かるとおり父と子(とりわけ息子)です。男性、特に30~40代で自分に息子が居る方にはぐっと身につまされる本ではないでしょうか。正直読み進むのが辛いところが何度もあります。世代、生と死、運命といったものをまざまざと提示してきます。父親と息子の関係はとてもとらえどころがなく、微妙な感じです(母親と娘も違った意味でそうだと思いますが)。わが身を振り返っても解説で見事に書かれているように接している総時間数が圧倒的に足りない気がしましたし、コミュニケーションが(一般的な話ですが)やや両方とも下手だったりするので、ますます疎遠になりがちです。

本書の秀逸なところは単に親子関係を描写するだけではなく、死者の視線を通してこの世界を描くことで、逆説的に生きること、一生懸命生きることについて描いていくところです。そしてそれを可能にする車がワゴンになるのですが、このワゴンに関する下りは何度も泣けるところがでるので公共交通機関では読めません。本書はいわゆるお涙ちょうだいではないのですが、切実な叫びを沢山含んでおり、とてもよい意味で文学的ですし映画的でもあります。

日ごろ見過ごしていること、聞き流していること、なんでもないと思っている時間、父の、息子の目線に立って考えること、そういう凡庸ですが大事なことを思い出させられ、大げさに言えば日々を大切に生きていかないといけないと思われられる一冊です。とてもよい一冊で、お父さん世代はもちろんのことで10代、20代の方にもぜひ読んでいただきたいと思います。

2015年8月3日月曜日

第121回:「村上海賊の娘(上)(下)」和田 竜

レーティング:★★★★★★☆

図書館で昨年予約してからほぼ1年待ったでしょうか。区全体ですが、なんと1,000人近くが先に予約を入れており、(複数冊あるので)1年近くで手元に届きました。数年かかるかと思っていたので、その意味ではかなり早いでしょうか。『のぼうの城』などで有名な著者ですが、これもまた不覚にも一度も読んだことがなかったのです。

結論から言うと、(上)巻ではなかなか文体や描写のあっさりとした感じ、妙にしつこくて残酷な戦闘描写にやや閉口する感があり、個人的には相当低い評価をしていました。しかし・・・(下)巻に読み進めていくにつれて不思議なものでキャラクターが生き生きと動き出し、絡み合い、壮大なフィナーレに向かっていくその技量に随分驚き、最後の方ではすっかり主人公のファンになってしまう始末でした。イメージとしてはかなり軽いテンポでさくさく進んでいき、相当漫画チックな展開をします。これは著者が元々脚本だということに起因するものと思われ、色々と話題の百田尚樹さんの本ととても近い感じです。

しかし僭越ながら高く評価したいと思うのはこの題材の選び方です。基本的には毛利家、村上海賊、本願寺の顕如、鈴木孫一あたりがメインで出てきますが、渋い木津川合戦をテーマとしており、資料が少ないであろう海賊や海戦を主題に据えています。陸の物語、信長や秀吉、家康から見た歴史は多数ありますが、本作品は信長の敵であった本願寺の更にその支援をせんとする者の視点から描かれており、さらに海賊らしい風習や考え方が随所に表れてきます。

テンポが良くどんどん読み進めることが可能で、しかしながら独自の視点から歴史を活写している本作品は文章全体の粗さや会話の単調さを勘案してもとても面白いエンターテイメントと言えると思います。戦国モノが好きな方にはぜひお勧めです。

2015年7月25日土曜日

第120回:「完約7つの習慣」スティーブン・R・コヴィー

レーティング:★★★★★★★

もう初版が日本で出てから10年以上が経ちます。当時は大ヒットした一冊ですし、その後も現在もまで類書やシリーズが出続けているので相当な人気なのでしょう。私も書店などで繰り返し目にしていましたが、特に手に取ることもなく、なぜかあまり関心もありませんでした。しかしながら今さらなぜ図書館で借りてこようかと考えたかというと、先日ある海外の空港に居たところ、空港の小さな本コーナーでかなりプッシュされていて、日本に戻ったらちょっと読んでみようかという気になったのでした。

さて、内容はサブタイトルの「人格主義の回復」といういかめしいものほどは難しくないですが、よく生きる、ということはどういうことか、またそこに働く原則や有益な習慣とはなにか、ということについて書かれています。通常、生き方や働き方について書いた本というのは、こうすると上手くいくよ、とか、こうすると仕事がどんどん出来るよ、といった行動や考え方を指南するものですが、本書はまず生き方と原則だろう、というところから始まり、ざっくり言えばそれが全てです。面白いのは行動や考え方をどうするかというよりは、普遍的な原則があって、それに照らしてどういう行動や考え方が望ましいか書いている点です。すなわち、自分の行動や考え方を変えれば全て上手くいく、という安直な指南とは一線を画しているのが売りです。さて、自分の備忘録として、下に書かれていた習慣を列挙しておきたいと思います。

<私的成功>
第1の習慣 主体的である(インサイド・アウト)
第2の習慣 終わりを思い描くことから始める
第3の習慣 最優先事項から優先する(第Ⅱ領域)
<公的成功>
第4の習慣 Win-Winを考える
第5の習慣 まず理解に徹し、そして理解される
第6の習慣 シナジーを作り出す
第7の習慣 刃を研ぐ

とまあこんな感じでして、並べてみると「はーそんなもんか」と思われるかもしれませんが、読んでみるととても説得力があり、少なくとも私は殆どのことが実践できていません。すべてを真面目に実践しないとだめだというものではないですが、1、2、4、5、6あたりは殆どできてない感じがあります。ここらへんは個人的な実感でしかないのですが、自分を振り返るよい切っ掛けとなります。

この本の素晴らしいところは、無駄に社会的な成功ばかりにとらわれずに書かれているところです。そういう意味ではすごく地味で地に足がついた内容となっています。(だからこそ世界的にヒットしたのだと思いますが。)社会人になったばかりのころに、カーネギーの「人を動かす」を尊敬する先輩に勧められて読んで、とても感動した覚えがありますが、こちらの一冊はかなり体系だって理論的になっています。カーネギーの一冊ほどエモーショナルではありませんが、読みやすく、十分な事例を踏まえた高い説得力があります。

こちらは文庫もでているので購入したいと思います。久々に手元に置いておきたい一冊を読めました。

2015年7月20日月曜日

第119回:「最後の将軍」司馬 遼太郎

レーティング:★★★★★☆☆

更新タイミングに間が空きがちですが、本はちゃんと・・・少ないながら読んでいます。本作は5月に読んだのですがスーツケースに置きっぱなしにしており、先週やっと読み終わっていたことに気づきました。どうも仕事がかなりの私の時間を取ってしまっており、ゆっくりとPCの前に座ることができていない状況です。

さて、本作はお馴染みの司馬遼太郎さんの一冊で、長さ的には中編という感じでしょうか。徳川幕府第15代にして最後の将軍である徳川慶喜の話です。司馬さんの作品を始めとして、幕末ものには必ず徳川慶喜が登場しますが、そのユニークなキャラクターについて詳細に触れられることは稀で(登場人物の一人なので仕方ないところですが)、江戸城の無血開城の下りで勝海舟と共に登場するか、その前の京に登る登らないで優柔不断な姿を見せたなどといったやや批判的な描写がなされることが多いと思います。しかしながら、この一冊は堂々と徳川慶喜だけをフィーチャーしており、珍しいモノもかと思います。

そして読んでみるとかなり面白いです。水戸藩のいわゆる水戸学について触れつつ、将軍の出自が解き明かされていき、また時には少し不思議な行動様式についても謎解きをするように話が展開します。また、将軍をやめてからのエピソードも興味深いものがあります。決して最後まですんなりした説明もないですし、釈然としない感じも残ります。そして司馬さんもそれを承知で謎や不可解な部分はそのままに無理な講釈をせずに筆を進めていきます。

特異な時代には本当に様々なプレーヤーがきら星のように出てきますが、幕末を彩るプレーヤーの中で、その地位などは別にしてもとても強い輝きを放っているように感じます。将軍だからという部分はあるでしょうが、徹頭徹尾、人がどうおもうかや人に好かれたい、そういう動機が頭にないような強い意思を感じます。まさに善悪の彼岸という印象です。

2015年6月13日土曜日

第118回:「もう、怒らない」小池 龍之介

レーティング:★★★★☆☆☆

最近お坊さんの本がちらほら書店に並びます。昔からそういう本は書店に並んでいたのですが、どちらかというと仏教関連の解説などが中心でしたが、この10年くらいでしょうか、瀬戸内寂聴さんの影響か、どちらかというと生き方に関する本が増えてきた気がします。平凡に言えば、1995年以降の日本社会の変容やグローバル化に伴い、人々の不安が増してきているということがあるかと思いますが、それに留まらず仏教を始めとした大昔からの「智慧」というものに再び脚光があたっている気がします。

さて、この著者はかなり有名になった同年代のお坊さんなのですが、今回初めて著作を読みました。結論から言って平易に仏教の考え方を紹介しながら、分かりやすくどうやって怒りというものが生じるかについて説明がなされます。月並みではありますが、不安や恐れ、無力感、妬みや嫉みなどがそのもとであり、また怒りというものが衝動的な強い情念であり、それ自体に中毒的な作用があることが紹介されます。

さらっと読める一冊ですので、日ごろ怒りを感じることの多い方はお勧めです(かなりいると思いますが)。そして、面白かったのは、目を閉じて自分の体の位置や姿を感じる、更に自分の感覚器が感じていることを認識する、そして自分の気持ちの動きについて感じる、という一連のステップです。これは昨今はやりのマインドフルネスにも通じる感覚かとおもいます。

2015年5月27日水曜日

第117回:「リスクを取らないリスク」堀古 英司

レーティング:★★★★★☆☆

アメリカで長年活躍されているファンドマネージャーの一冊です。著者は、東京銀行出身でNY勤務等を経て、現地で起業します。その生きざま自体がとてもかっこよく、今では海外で起業という選択肢がありますが、それよりはるか前に先駆的に成し遂げ、なお今もマーケットでご活躍です。その勇気や継続する力、更には本書のような熱い本を書いて、はたまた収益を全て寄付するなど、あまりに男前でまぶしい限りです。

証券投資一般の考え方をベースにしながら、しかし過度に専門的にならないように説きながら、これからの日本に起きると思われることを淡々とつづっていきます。個別の論点は特に目新しいものでないといったら失礼ですが、しかしながら全体としてストーリーができており、すとんと腹に落ちる形でなぜ株式市場への長期投資が有効かという観点で書かれています。

著書の書かれているシナリオ、例えば年金財政のどんづまり、円安の進行、人口減少などなどはいずれもマクロ的に大いにうなづけるところで、だからこそ投資も長期のスタンスで早めに始めるのが大事だと説きます。たしかにボラティリティは相応にありますが、米国株はとてもよい投資対象になるでしょうし、確定拠出年金も増える昨今、とても勉強になると思います。内容としては、投資に関心のある10~30代くらいに最適かと思います。ぜひ一度生でお話を伺ってみたい方です(たまにメディアにも出られていますが)。

2015年5月24日日曜日

第116回:「いねむり先生」伊集院 静

レーティング:★★★★★★☆

現代の日本文学では相当著名な作者ですが、お恥ずかしながら今まで一冊も読んだことがありませんでした。先日、文庫化を契機としたものか新聞に広告が出ており、とても柔らかい優しいコピーに惹かれて購入しました。引き続き読書時間を確保するのが難しい日々ですが、すっと読めて心に残るとてもよい作品でした。

先生とは、色川武大(いろかわぶだい(筆名))であり阿佐田哲也としても活躍した人を指しており、実際に作者は交流があったということで、限りなく真実に近い自伝的作品となっています。静かに進行する物語ですが、主人公の「ボク」の内面は大きく慟哭し、時に迷い、また水面に顔を出すように少し明るさを取り戻していきます。そこにはほとんど全てを失ってしまったかに思える30代の男の絶望があり、それでもうろついて友人(K氏夫妻、I氏)や実家、そしてなにより先生に有形無形に支えられ続ける姿があります。

一言でいえば、喪失と再生というとても普遍的なテーマを扱っているように見えますが、その心象風景はとても丁寧に描かれており、私小説の鏡のような作品でした。そしてやや無頼によった作風がとても男らしく、ノスタルジックな感じもさせています。雰囲気としては昭和も昭和という感じで、今は失われた多くの風習や文化が読み取れます。まだ、私たちが子どもだったころには、どこにでもあったのになくなったものも多いことに気が付きます。

こういう優れた作家に出会わずに居たことに時おり気づくことができて、新たな読書の地平が広がるのはとても楽しい体験です。作者の他の作品を読み進んでいきたいと思います。

2015年4月26日日曜日

第115回:「蒼い描点」松本 清張

レーティング:★★★★★☆☆

このところ仕事がやや忙しく、また今後も8月くらいまで忙しくなりそうなので、暫く読書がやや停滞することが見込まれます。しかし、絶対的な読書時間の不足に加えて、今回レビューする1冊は本当に長く、文庫本1冊なのですがほぼ800ページほどもあります。とても面白かったのですが、この圧倒的なまでの長さが必要であったのかは正直疑問であり、星マイナス1としました。しかし、いつもどおりとても面白い一冊でした。なんと現在までの4回もドラマ化されているそうです。

さてWikipediaによれば、本作はロマンティック・ミステリーと呼ばれているそうで、若い男女二人が事件の真相解明に動くのですが、絶妙な距離感で心の揺れを伴いながら話が進んでいきます。複雑な謎解きとは別に、この側面がとても繊細に瑞々しく描かれており、恋愛小説のような読み方も可能です。また、すぐれた話には欠かせない要素ですが、人物の造形がとてもよくできていて、飽きることがなく、また登場人物が多くてもとても苦痛だということにはならないよう工夫されています。

内容については言及をしてしまうとネタバレになるので、1点だけ。舞台の多くが箱根なので、もしGWや夏休みに箱根に行かれる前後や最中に読むととても面白いかもしれません。特にどういう名所がということはありませんが、何度もいまでもお馴染みの箱根の有名どころが出てきますので、なんとなくあそこの地理感覚が頭にあると、より面白く読めるかもしれません。

昨今は時間がないのと、個人的に経営学関係のものは大体読み終えた(すごく不遜な認識であることはよく理解していますが)というか、しばらく読む気が起きないので、暫くこういったミステリー、とりわけ多作な清張さんの作品を読み進めていこうと思います。昭和中期の文学作品は特別な香りがあってとても素敵だと思います。

2015年3月22日日曜日

第114回:「点と線」松本 清張

レーティング:★★★★★★★

昭和33年に刊行された松本氏の代表作の一つです。本来あまりミステリーは読まない(好きな人はミステリー本当に好きですが)たちなのですが、松本清張はもはや歴史的大御所に属し、文章がとてもかっこいいのです好きです。と書きながら白状すると、羽田空港で出発前に買ったのですが、数ページ読むまで以前読んだことがあることに気づきませんでした・・。しかし、どうも以前読んだ時は最後まで読まなかったようで、このブログでチェックしても記録がなく(基本的に最後まで読んだものは全てアップしてます)、今回読んでも後半は記憶になかったのでそういう意味では初めて読んだといってよさそうです。結論から言って、とても面白く、話の謎だけではなく昭和中期の独特の雰囲気が描写されていて、その観点からも貴重な一作と言えると思います。

話はとても有名ですし、ネタバレを避けるために詳細には触れませんが、時刻表を中心としたトリックです。松本氏のミステリは単なる謎ではなく社会性をもった広がりがあることで著名ですが、本作も安田という人物と役所の距離が大きな背景として機能します。面白いのは色々な謎を2名の刑事が執拗に追うのですが、その都度本当に破りがたい壁にぶち当たるところです。さらに2名というのがポイントで、励まし、考察するものと発奮し、行動するものがある種2人で一つの人格を作り上げ、犯人を追い込んでいくところがユニークで、物語に深みを与えていると思います。

また、ここに描かれる料亭、結核療養、長距離列車、航空会社、博多などはいずれも生き生きとした戦後復興を果たしつつある社会を映し出しており、なぜかとてもおしゃれな感じがします。主人公というべき刑事がちょくちょく美味しいコーヒーを飲みに行くのも、当時としてもとてもハイカラなのではないでしょうか。ブルーボトルコーヒーとはまったくちがう本当に味のあるコーヒーの香りがする一冊です。

2015年3月3日火曜日

第113回:「花のように、生きる。」平井 正修

レーティング:★★★☆☆☆☆

第111回にレビューした全生庵住職の平井和尚の一冊です。前回レビューしたものと同じ幻冬舎から出た一冊で、文字通り前作がかなりヒットしたので出された一冊であることが伺えます。内容は、禅の考え方、とりわけ囚われない、捨てる、拘らない、流す、忘れる、そういったコンセプトを禅語といっしょに照会していくもので、優しい人生訓のような形式を取っています。

面白かったのは禅宗では桜より梅を高く評価しているというところ。なんでも梅は寒さの中で咲き、ほのかな香りを付け、そして確かな実を結ぶからだそうです。なんとも禅宗らしい感じ方だと思います。怒りや妬みといった日常的な感情について、禅的な考え方からある種の考え方を解説しており、そちらも含蓄があってとても面白いです。

一つだけ残念なのは、とても滋養に富んだ一冊だと思うのですが、細切れで短く、少し物足りない感じがするところです。幻冬舎は面白い本を次々と世に送り出す凄味があるのですが、他方、売れることもかなり重視していて、この一冊は企画先行になってしまった感が否めません。まあもちろん売れなくてよいと思って本を出す人はいないのだと思いますが。

残る平井氏の作品も読み進めてみたいと思います。

2015年2月22日日曜日

第112回:「鉄のあけぼの」黒木 亮

レーティング:★★★★★★☆

久々の黒木さんの作品です。元々週刊エコノミストに連載された一冊で、私は文庫本(上下2冊構成)で読みました。レーティングについて言えば、昔の話と切ってしまえばそれで終わりかもしれませんが、とても真摯で胸を打つ戦前・戦中・戦後の一大経済叙事詩であり、西山弥太郎という日本の産業人の中でも特筆すべき一人の一代記となっており、後世に読み継がれてほしいと思える一作です。黒木さんのエンターテイメント性が強い作品とは完全に一線を画した本格的な経済ノンフィクションであり、著者の力量をまざまざと見せつけられた一冊です。

舞台は川崎製鉄(現在はNKK(日本鋼管)との統合を経てJFEスチール)です。元々川崎造船の一部門としてスタートしますが、殖産興業の流れ、また戦前の軍拡の中で鉄の需要は大きく伸びた時代に、西山弥太郎は冶金学科を卒業、入社します。寝ても覚めても研究しているか、現場に出ているかというエンジニアだったようで、その博識ぶり、徹底した研究姿勢、更に現場で解決していくという姿勢など、若いころから特筆すべき働きを残しています。また、凄いことに会計や経済といったことも旺盛に勉強を重ね、経営者としても遅咲きながらぐんぐんと成長し、大胆なビジョンを打ち立て、大きな人間性で周りを巻き込んでいっていることです。

詳細はあまり書くと面白くないので差し控えますが、その間には空襲等による製造設備の喪失、肉親の早すぎる死(この下りは涙なくして読めません)、官民からの目に見えぬ圧力が絶え間なくふりかかりますが、強い信念と明るさで突破していくところが印象的です。戦後は公職追放で(西山さん自身も危うい立場に居たようですが)多くの重役が抜ける中で川崎重工のトップにという話もあったようですが、タイトルのとおり鉄に一筋だった西山さんはあくまで鉄に拘り、分社化をして川崎製鉄のトップとして辣腕をふるっていきます。世界銀行からも資金をたびたび引いていたというのも全く知りませんでした。

解説にも書かれていますが、同世代の経営者(例えば松下幸之助、本田宗一郎)などに比べてサラリーマン経営者ですし、著名ではなく(私も本書で初めて知りました)、言って見れば地味な存在かもしれません。しかしながら、その(個人としても会社としても)苦闘の歴史があり、更に西山さんの日本内外のために鉄を作るという気迫が胸に迫ります。こういう熱い経営者やその仲間の闘いの上に各社の歴史があると思うのととても不思議でありがたい感じがします。また、こういう優れた経営者に着目し、その足跡を掘り起こしたうえで丹念かつ冷静に描写していく黒木さんの努力にも頭が下がるものがあります。日本産業史を知る上でもとても素晴らしい一冊ですので、強くお勧めです。

2015年2月18日水曜日

第111回:「坐禅のすすめ」平井 正修

レーティング:★★★★★☆☆

前回に続いて仏教関係の一冊です。他に1冊併読しているのですが、経済関係の上下巻なので結構時間がかかります。

さて、本書は臨済宗全生庵の住職が書かれた優しい坐禅の入門、といった本です。前回レビューしたものは禅というものはなにか、初心とはなにか、ということでしたので、それを読んでからのこの一冊はとても理解しやすいものでした。活字が大きく、一つのチャプターが3~4ページととても読みやすいのですらすら読める半面、がっつりと禅というものを理解するには向いている本ではありません。

禅や坐禅で面白いと思える考えは、「余計なものを捨てる」、「開き直る」、「強さよりしなやかさ」といった点を強調し、さらに頭でっかちな理解ではなく、ひたすらに実践を求め、耳学問となることを厳に戒めているところです。どちらかというとまず理性的になにかを理解したい、と感じてしまう性質なので、アプローチが新鮮です。ぜひ、禅の入門書と合わせて読まれることをお勧めします。全生庵、一度行ってみたいものです。

2015年1月26日月曜日

第110回:「禅マインド ビギナーズ・マインド」鈴木 俊隆

レーティング:★★★★★★☆

本ブログでは何度か取り上げている仏教関連の書籍ですが、今回は仏教の中でも禅に関する一冊です。禅は世界的に何度目かのブームとなっているようですが、面白いことに鈴木氏が住み、禅を実践した米国西海岸が現在のブームの根源ということだそうです。なお、本書はスティーブ・ジョブスも傾倒したというようなやや短絡的な帯に書かれた売り込みがありますが、内容の真摯さを考えればやや残念です。

さて、禅や座禅とはなんの関連もない生き方をしているのですが、座禅で思い出すのは小さなころ、多分小学1・2年の頃だったでしょうか。どういうきっかけか父親と座禅の話になり、やり方を教えてもらったことを記憶しています。私の知る限り一度も父親が座禅をした、もしくは話題にしたときは、この時を除いてないので不思議です。しかし、結構詳細に覚えており、脚の組み方、手の組み方、目を閉じるかどうか、呼吸をどうするか、浮かんでは消える雑念をどう考えるか、などなどを教えられ、それらを30年近くたった今も残っています。父親がどこで習ったのかはいまだ謎です。

そんなことで関心はありつつも、やや面倒な感じがして、更に取っ付きづらい感じもして敬遠していたのですが、近くの本屋で新書として出ていたので買ったのがこの一冊です。前置きが長くなりましたが、頭を殴られるような感じがする新鮮な一冊です。分割することで論理を組み立て、効率を上げることで高みを目指す近代的価値観とはいわゆる「ねじれの位置」に存在する考え方です。私は欧州留学などを通じてどっぷりと知らず知らずに近代的価値観に偏向していると自己認識しているのですが、その偏向ぶりがもつ息苦しさや、限界についても考えさせられる一冊です。とても不思議な本で、頭で上手く理解しようとしても理解できないことが沢山書かれています。

もう少し歳をとって、更に3回くらい読まないとしっくりこないかもしれません。しかし、手元に置いておいて、折に触れて読み返してみたいと思います。禅の対極ではなく「ねじれの位置」にあると感じる近代的価値観の真っただ中にある米国西海岸で大きな反響を読んだことがなんだか少しわかる気がします。ちなみに欧州にいたときも「マインドフルネス」(これもブームですね)実現の一環として瞑想を勧められたことが何度かあることを思い出しました。興味ある人もない人も、本当にお勧めの一冊です。平易で優しい語り口の一冊です(内容は平易ではありませんが)。

2015年1月22日木曜日

第109回:「最終退行」池井戸 潤

レーティング:★★★★★☆☆

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。この冬はかなり寒い感じがしますが、いかがお過ごしでしょうか。2014年は結局26冊をレビューしました。2013年よりは少し多く、ほぼ2012年と並ぶ水準です。さて、今年は何冊読めるのか分かりませんが、引き続きマイペースに続けていきたいと思います。

この一冊は最近よく読んでいる池井戸さんの一冊です。ちょっと続いていますが、次はかなりテイストの違う一冊ですので・・。池井戸さんはミステリー仕立ての作品が結構多いのですが、昭和に浮かんでは消えたM資金を題材とした作品です。ある経営者の満たされざる欲、そこに勤める人々の志と挫折、仕事もプライベートも。ここまで書くとなんだかありきたりな作品に思えますが、登場人物、特に悪役の人々が屈折しており、なんとも魅力的な造形となっていますので、ミステリー好き以外にも十分お勧めできる内容です。

実はこの1冊、12月中に読み終わっていたのですがなかなか事情がありレビューできず・・、ちょっと簡単ですがまず今年1回目のレビューでした。