2017年12月17日日曜日

第179回:「グーグルのマインドフルネス革命」サンガ編集部

レーティング:★★★★★☆☆

前回のレビューからなんと2か月ほど空いてしまいました。おそらくこのブログを始めてから一番間隔があいてしまったような感じがします。一つには仕事がやたら忙しく、マルチタスクを強いられ、拘束時間が極めて長い環境になってしまっていることが原因で、当然心身ともにストレスを感じる状況にありました。そんな中で久々に手を伸ばした一冊がマインドフルネスに関するものであったのは、まったく偶然ではなく、自分のニーズがあったのだと思います。

マインドフルネスについては、いまさら解説不要なほど人口に膾炙しているトピックであり、本書も昨年あたりは本屋でとてもよく見かけました。表紙に斜めにGoogleと書いてある一冊です。内容は、同社でマインドフルネスに関するプログラムの中心的な人物として活動しているビル・ドウェイン氏へのインタビューに解説を加え、さらに簡単なプラクティスのためのCDが付いています(まだ聴いてません)。内容はとても平易であり、どうしてGoogleがマインドフルネスを大胆に導入したのか、また、同氏がなぜ瞑想というものをし始めたのか(仏教徒だそうです)などが書いています。本書は強く実践を意識していて、どうやって入り口に立って、実際にやるよう促すかに力点が置いてあり、その意味で深い内容ではありませんが、手っ取り早く読めて忙しい方にはお勧めです。

以前から禅寺での体験座禅でもやってみたいと願っていますが、まだ適っていません。近くのお寺でもやっているようなので、ぜひ仕事や育児に追われる日々の中で一度くらい行ってみたいところです。

2017年10月28日土曜日

第178回:「黒部の山賊」伊藤 正一

レーティング:★★★★★★★

先日、NHKのブラタモリで黒部ダムや立山をやっていましたが、黒部はいつか行ってみたい土地であり、興味津々で読みました。伊藤さんは大正12年、長野市生まれ。昭和21年に三俣小屋の権利を譲り受け、昭和24年から現在の三俣山荘に住みながら、近隣の山小屋を建設・運営し、どっぷりと黒部の山中に暮らしながら、猟師や営林署、登山客、動物、物の怪(?)との交友を深められました。その様子をとてもユーモラスに、愛情たっぷりに描いたのが本書であり、初版は昭和39年、非常に評価の高い伝説的な本で、今回の復本は平成26年になされたということです。ちなみに巻末には復本に際して高橋庄太郎さんが寄稿されています(なかなか味があります)。

内容ですが、山小屋整備のあたりの山賊たちとの出会い、奇妙な生活、埋蔵金に取りつかれた人々、バケモノ、遭難、動物、後日談という構成になっています。とにかくどのパートもとても面白く、思わずおいおいそれは盛りすぎでは、というストーリーが随所に出てきますが、あの黒部の山奥ではそういうこともあったのかなと思わせる筆致であり、さらに言えばあったかなかったかは別として非常におおらかで人間味が強い時代であり、地域であったんだなということを感じられる本です。山小屋、登山、大自然とったところに関心ある方には必読といえます。

また、表紙は畦地梅太郎さんの絵であり、とても素敵です。また、巻頭や途中に写真がふんだんに使われており、どれも貴重で目が釘付けになるようなものばかりです。さらに冒頭に書いた通り、高橋庄太郎さんの短文もぜひ読んでいただきたいところです。

2017年10月22日日曜日

第177回:「米中もし戦わば」ピーター・ナヴァロ

レーティング:★★★★★★★

トランプ政権における国家通商会議の委員長であり、学者でもある著者の一冊です。もともとは経済学者ということですが、今回の一作は経済、外交、地政学、軍事戦略など多くの領域にまたがる、冷静でありながら本質的な分析をわかりやすく提示しています。

まず、世界地図を中国からみることで、軍事や貿易戦略の観点から、どうやって一次列島線が中国によって設定されたかが描かれます。中国にとっては、海洋進出を実現し、シナ海を中心に軍事プレゼンスを高めて、海洋支配を固めていくことは、単に拡張的な思想に基づくだけでなく、国家存続の観点からも緊要性が高いことが明かされていきます。このあたりは、内外の豊富な中国研究を活かしながら、とても明快で事実に基づいており、その見事さを感じます。色々な見方を比較検討して妥当性を評価しているあたりも、説得力を増す要素となっています。

あと知らなかった点が多々あるのですが、とりわけ、アメリカが先端技術や兵器の開発をしつつ、核兵器を含めて軍縮を進める中で、中国はハッキングをフル活用しながら技術のキャッチアップを進め、対艦ミサイルや宇宙兵器においては米国を上回るレベルに来ているということです。物量も味方につけ、ひと昔のように旧式兵器ばかりということは事実ではなくなっているということです。

米中関係の今後についてはかなり悲観的なことが書かれていますが、なんとか両国が折り合いをつけて平和に共存してほしいところです。もちろんその最前線にいる日本にとっても重大な影響があるので、いろいろなことを考えさせられる一冊でした。なんとか次の世代が英知を発揮して、平和を追求してほしいと思います。

2017年10月1日日曜日

第176回:「仏の発見」五木 寛之・梅原 猛

レーティング:★★★☆☆☆☆

わざわざ解説がいらないと思われるお二人の対談です。ホストは五木さんという構成であり、発見シリーズというものの一冊だそうで、ほかには「気の発見」、「息の発見」などがあるそうです(いずれも読んでません)。五木さんは親鸞や蓮如などについての小説があり、仏教に造詣が深いということ(読んでいません)で、哲学者であり仏教の大家の梅原さんと対談となった、というわけです。

しかしながら、正直言ってとても物足りない一冊です。五木さんの話を期待する方も梅原さんの深い話を期待する方も、この内容ではやや失望するのではないでしょうか。二人が自分たちの著作を紹介しつつ、親鸞、蓮如、法然などについての考え方を意見交換していきますが、正直言ってものすごく新しい内容もないですし、対談ならではの深まりもありません。お二人の知識が仏教について同じように深く、またベクトルが近いからか、対談ならではの意見の違いから浮き彫りにされる論点などもありません。

五木さんのエッセイは何冊か読んでいますが、代表作である「青春の門」や親鸞、蓮如を扱った作品は読んでいなかったので、これはこれで面白そうですし、読んでみようと思います。

2017年9月16日土曜日

第175回:「野村證券第2事業法人部」横尾 宣政

レーティング:★★★★★★☆

かなり面白い一冊でした。著者のお名前にピンと来た方もいらっしゃるかと思いますが、そうです、野村證券出身で退職してからずいぶん経って、オリンパスの粉飾に関与したということで逮捕されてしまった方です。大きく分けて2部構成になっており、第1~7章が野村證券在籍時代、第8~11章がポスト野村時代です。

前半は青春活劇のようでとても臨場感や高揚感があって面白い一冊です。金沢支店を皮切りに、フィーを稼ぐことに邁進し、リテールから始めて、花形の事業法人部に乗り込みます。そこでも末席であったにもかかわらず、人の何倍も努力し、執念と度胸をもって顧客を開拓していきます。ここらへんは多少盛っている部分はあろうかと思いますが、すこぶる詳細かつ具体的な内容で、著者の証券マンとしての凄さをまざまざと感じさせます。しかし、80年代、90年代の証券会社というのは評判が悪かったですが、本当に良くも悪くもなんでもありだったんだということがよくわかりません。バブル崩壊後、証券会社や証券業界は大改革につぐ大改革を行いましたが、いまの株式や資本市場がいかに正常化されてきたのかがよくわかります。そりゃ株をやる人が日本で少ないよな、と実感します。

後半は野村証券を惜しまれながら退社し、ベンチャー投資や投資先の経営に当たる話です。しかし野村の看板は大きく、資本が限られている中で事業はなかなかうまくいかないようです。そこで昔のつてもあり、オリンパスとの接点が出てきます。著者は一貫してオリンパスの関係の関与を否定しており、一定の説得力は感じますが、前半で見せたリスク感度の高さ、真っ当かつ執拗な思考力がオリンパス関連ではすっぽり欠落している部分が、やや気にかかります。当然こういうものだとおもっていた、自分は細かいところにはタッチせず、部下に任せていた、自分が粉飾スキームを考えるのであればもっとうまくやった、など本当にそうなんだろうかという部分がいくつかあります。裁判はまだ続いているので、司法が結論を出す話ではありますが。

前半の生き生きした感じと、後半の苦難が対照的であり、人生論として読んでもとても味わい深い一冊です。証券会社や業界に関心がある方にはお勧めです。

2017年8月26日土曜日

第174回:「リーダーを目指す人の心得」コリン・パウエル(トニー・コルツ著)

レーティング:★★★★★☆☆

面白いよと推薦を頂いて読んだ本。米国の偉人といって良い方の本ですが、意外なほど読みやすく、また頭の下がる一冊でした。黒人として初めて米軍の統合参謀本部議長に付き、湾岸戦争や数々の戦いを指揮し、これも黒人として初めての国務長官に上り詰め、大統領選にでれば当選確実とまで言われた方ですが、偉ぶるところがなく、率直に自分の弱みや失敗もさらけ出しながら、自分なりにどう工夫して生きてきたかを書いた本です。邦題は上に書いた通りですが、原書では「It worked for me. IN LIFE and LEADERSHIP」となっており、私にはこのやり方がうまくいった、というとても謙虚な打ち出しになっており、邦題よりずっとパウエルさんの思いを表しているものと思います。

さて、内容ですがパウエルさんが心にとめてきた13か条(備忘のため末尾に記載しますが、ネタバレにもなるのでご注意)から始まり、自らの出自、辛酸をなめた第2次湾岸戦争での判断の誤り、軍隊での生活、引退後の(主として)講演生活などがつづられています。本書の良いところは、米国社会で差別を含めて厳しい立場に置かれていたパウエルさんが偏見はそれはそれで認識しつつ、できることを正攻法からやって偉くなったということではないでしょうか。いろいろなハードワークもあったでしょうし、秘訣もあったのだと思いますが、奇をてらわずに人を信じて、協力してやってきたように感じます。驕らず、見下さず、蔑ろにしないその姿勢はとても学ぶべきものが多いように感じます。

さて、上で紹介した13か条は次の通りです。なかなか面白いです。

1.なにごとも思うほどには悪くない。翌朝には状況が改善しているはずだ。
2.まず怒れ。その上で怒りを乗り越えろ。
3.自分の人格と意見を混同してはならない。さもないと、意見が却下されたとき自分も地に落ちてしまう。
4.やればできる。
5.選択には細心の注意を払え。思わぬ結果になることもあるので注意すべし。
6.優れた決断を問題で曇らせてはならない。
7.他人の道を選ぶことはできない。他人に自分の道を選ばせてもいけない。
8.小さなことをチェックすべし。
9.功績は分けあう。
10.冷静であれ。親切であれ。
11.ビジョンを持て。一歩先を要求しろ。
12.恐怖にかられるな。悲観論に耳を傾けるな。
13.楽観的でありつづければ力が倍増する。

2017年8月19日土曜日

第173回:「狩猟サバイバル」服部 文祥

レーティング:★★★★★☆☆

前回と前々回レビューした服部さんの作品です。2009年に刊行された一冊で、服部さんの実践する、いわゆるサバイバル登山の初期の作品であり、今ではすっかり定着してきた狩猟も始めて間もないシーズンの山行についてまとめられています。

この作品の読みどころは、サバイバル登山のあり方を手探りで探しながら、多くの反省を重ねながら模索が続いているところではないでしょうか。山梨県で修行として始まる巻き狩りの話、二度の和賀山塊(岩手県)行、猟銃入手の過程などが綴られていますが、どれも著者の鮮明な体験や思索が記録されていてとても読み応えがあります。本格的な登山家であったとはいえ、生のシカ肉を食べたり、タープだけで何日も山に入ったり、タフさが凄いです。かなりの環境でフィジカルに生き残れるんだろうなぁと思います。

ちなみに先月、BS(NHK)で服部さん一家(奥様、娘さん、ワンちゃん)も出演する番組が放映されてました。かなりの反響だったようで、今月上旬には再放送になってました。ぜひNHKの地上波でも番組流してほしいところです。

2017年7月17日月曜日

第172回:「ツンドラ・サバイバル」服部 文祥

レーティング:★★★★★★★

前回レビューに続いて、今ツボにはまっている服部さんの一作です。服部さんにとっておそらく大変うれしい一作になったであろう本書は、第4回「梅棹忠夫・山と探検文学賞」を受賞しています。ちなみにその前の4回の受賞者は以下の通りです。残念ながらどれも読んだことがありませんが、どれもものすごく面白そうです。

第1回(平成23年度)角幡唯介 著   空白の五マイル /集英社
第2回(平成25年度)中村保 著   最後の辺境 チベットのアルプス /東京新聞
第3回(平成26年度)高野秀行 著   謎の独立国家ソマリランド /本の雑誌社
第4回(平成27年度)中村哲 著   天、共に在り-アフガニスタン三十年の闘い /NHK出版

さて、この作品は前半は日本のサバイバル登山(北海道、四国など)、後半は文字通り北極圏に近いツンドラでのサバイバル紀行です。どちらもテレビの取材が一部入っており、特に後半(ツンドラ)は、NHKの番組とするために1か月ほどロケをした時間もお金も手間も掛かっているものです。日本のパートではまだ狩猟を始めたばかり?とお思しき服部さんがいろいろな山を歩きながら、主に鹿、時としてエゾライチョウなどを狩りながら進んでいきます。しかしながら、途中では沢登りの中で墜落し(取材同行)、瀕死の重傷を負いながら下山する場面もあります。また、家族にも行き先を告げづに山に入り、山で死ぬのは祝福である(というような趣旨)の発言もあり、かなり突き詰めた世界観を感じさせる部分があります。

後半は、偶然の出会い(ミーシャ)から白系ロシア人と現地トナカイ遊牧民との相克など、とても読ませる紀行文になっています。このあたりの文章力は、単にサバイバル登山家の枠を大きく超えており、梅棹賞の受賞も十分にうなづける文化人類学的な内容になっています。とても面白く、第171回でレビューした『獲物山』より(趣向がそもそも違う本ですが)とっつきやすく読ませる内容となっており、強くお勧めです。

2017年7月16日日曜日

第171回:「獲物山」服部 文祥

レーティング:★★★★★★☆

服部さんは、いま一番面白いのではないかという方の一人です。私が知ったのは昨年だったか2年前くらいにある登山雑誌で目にしてからですが、その前から相当有名な方であり、K2(パキスタンの最高峰、8611M)を登頂しており、日本屈指のアルパインクライマーでありました。しかしながらその後、装備(人工物)を使って上る現代的な登山に疑問を感じ、ごく最小限のもの(米、調味料、鍋、釣り竿、猟銃等)だけをもって、山で狩猟、最終をしながら登山を行うとてもレアな『サバイバル登山』という分野を実践されています。私は読んでいませんが、雑誌『岳人』(モンベルが運営)の編集部に勤務されてながら、いろいろな媒体に寄稿したりテレビにも出演されています。

本書は、雑誌「フィールダー」に連載された記事を1冊にまとめたもので、とてもきれいなビジュアルと構成が特徴的です。どうしても狩猟の話が大きく、仕留めた動物(主に鹿)の画像が結構出てくるので、苦手な人はあまり手に取らない方がよいかもしれません。いろいろ驚きがあるのですが、この人は野人のような人で、野生の植物、動物をなんでもタブーなしに食事にしていきます。自衛隊のレンジャー訓練なども楽勝でこなせそうですが、そのタフさには刮目します。また、単に狩猟や登山をしているわけではなく、とても思索的、哲学的な一面が見られます。そこが単なる野人としての本ではない深みや魅力をだしています。生身の動物に手をかけ、生きること、食べることを探っていく言葉には、とても強い説得力やイメージの喚起力があります。

服部さんの本をもう1冊読んでいますが、サバイバル登山は手探りで進化を遂げているようです。とても面白く、しばらく服部さんの本を一連読み進めていきたいと思います。なお、作家としても評価されており、作品「ツンドラ・サバイバル」にて第5回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞を受賞されています。とにかく型破りであり、少しでも関心を持たれた方は一読をお勧めします。

2017年7月1日土曜日

第170回:「カエルの楽園」百田 尚樹

レーティング:★★★★☆☆☆

いわゆる寓話形式をとって、現代の日本と東アジア情勢を題材にした一冊です。要は憲法九条を押し付けられ、それを不磨の大典として墨守し、変化する国際情勢についていけない日本が最後は中国に蹂躙されるというストーリーです。メッセージとしては、自分たちの国は適切な防衛力を自らの責任で確保して、自らの手で守らないといけませんよという警世の書となっています。

話としては筋は通っており、中長期の日本の危機を描いていますが、とくに寓話という形をとる必然性がなく、作品としての完成度もよくわかりませんでした。主流メディアからはかなり無視を決め込まれているようですが、一部の方々にはかなり受けているようです。

2017年6月10日土曜日

第169回:「水底の歌」梅原 猛

レーティング:★★★★★★★

梅原さんの初期日本古代学三部作の一つであり、『神々の流竄』、『隠された十字架』と並ぶものです。『隠された十字架』は高校時代だったと思いますが父の書棚にあったものを読み、大変な感銘を受けた一冊ですが、このたび表題作をやっと読むことが出来ました。読み応えのあるボリュームで、上下の2冊で合計1000ページほどでした。

この作品は、日本の詩人として名高い柿本人麿についてのものです。最初の三分の一は、柿本研究を行った斎藤茂吉を引き合いに、人麿の死亡地がどこであったかという通説を批判し、そこから人麿が世に言われているような下級官吏ではなかったこと、そして決して円満な死ではなかったことを紐解いていきます。ここの下りは斎藤茂吉への痛烈な批判を織り交ぜながら、そもそも万葉集をどう読むのか、前後の詩との連接をどう理解するべきか、という本質的な部分に触れていきます。この辺りはなぞ解きをしているような感覚でとてもエキサイティングです。

その後、江戸時代の国学の研究者である、契沖や賀茂真淵の万葉集考を批判的に検証していきます。まずは長らく下級とされていた官位についての考察、また年齢についての考察を古今和歌集との関係で進めていくのですが、ここでは古代の日本において鎮魂とはどういう意味なのか、祀られる偉人というのはどういう人なのかという『隠された十字架』での視点を使いながら、人麿の非業の死、藤原氏の隆盛と鎮魂、名誉回復という劇的なドラマを解き明かしていきます。この論考については、古代史の知識の乏しい私にとっても十分な説得力があります。また梅原さんはそもそも哲学者であり、とても慎重に論考を進めており、自身の論の限界などについても率直に記載しており、知的誠実さを感じます。

また、秀逸なのは「文庫版のためのあとがき」です。江戸時代以来の単純な日本古代史への見方、すなわち「おおらかで雄々しい」というものを徹底的に批判し、実像として暗く怨念やそれを引き起こす悲劇が絶えなかったことをしていく重要な役割があったことが明らかにされており、本書の歴史的な位置づけが分かりやすく解説されています。本日の新聞に梅原さんの近影が出ていましたが、いつまでもお元気でいてほしいと思います。

2017年5月21日日曜日

第168回:「大人の流儀6 不運と思うな。」伊集院 静

レーティング:★★★★★☆☆

第142回(2016年3月)に前作(「大人の流儀6」)をレビューしていますが、伊集院さんのエッセーはそれ以来です。内容は前作までと重なる部分が多く、東日本大震災、老犬のこと、銀座のこと、飲みすぎた話などではありますが、意外と今回は重複感が少なく、またどういう運命にあっても不運と思ってはいけない、とりわけ早逝した人や震災などで心ならずも亡くなった方などに対して、周りもそう思ってはならない、供養にならない、というメッセージに貫かれています。

幸いなことに、私には近しい人で災害などで亡くなった人はいませんが、この年になると早くなくなった友人もいます。彼がなんで早く逝ってしまったのかと考えることはたびたびありましたし、生きていてほしいと思ったことも、また生きていればこんなこともできたんだろうな、と感じてしまうことがありました。ただ、それは考えても仕方ないことですし、生きる者とても一方的な感傷に過ぎないことは頭ではわかっていたのですが、なにかもやもやと割り切れないものがありました。

色々と心を打つフレーズがあるのですが、「憤ってはいけない。不運だと思ってはいけない。不運な人生などどこにもないんだ。」という恩師の話の下りや、「天命とたやすくは言わぬが、短い一生にも四季はあったと信じているし、笑ったり、喜んでいた表情だけを思い出す。」あたりはとても味わいがあります。本作は故立川談志師匠、銀座のバーテン(ハヤさん)、お手伝いのサヨなど、とても魅力的な人々の話が出てきます。本シリーズが売れるわけがよくわかる一冊でアラフォー以上の方に強くお勧めです。

2017年4月26日水曜日

第167回:「騎士団長殺し」村上 春樹

レーティング:★★★★★★★

前回の投稿から2か月ほど空いてしまいました。仕事や休暇などでこれだけの期間本を読み終わらなかったのは久しぶりです。大丈夫と思っていても、本をなかなか読み進められないくらい疲れていたのかもしれません。月初に湖畔に2日いって、かなり回復してきて、この本当に楽しみにしていた一冊を読みました。このブログは僭越ながら読んだ本を最高7点で評価しているのですが、8点を付けたいくらい、とても素晴らしい出来の作品でした。

正直にいってAmazonの評価は相当低いですが、これは村上さんの作品に非常に典型的な現象であり、デビュー当時から激しく評価の割れる作家であったかと思います。私は中学時代、たぶん3年生の時に出会ってからもうかれこれ相当の年月愛読していますが、本作は温故知新的な懐かしいモチーフを多数下敷きにしながら、東日本大震災に触れ、大人と少女の力強い成長を描く意欲作だと思います。以前、村上さんはロシア小説のような全体小説を書いてみたいんだ、ということをどこかで書かれていましたが、騎士団長というモチーフはそういう布石かなと感じるところもあります。

ネタバレになりますが、物語は中年か中年手前といってよい男の話から始まります。古びた車でめぐる北への旅はとても哀切な感じがします。まさに精神的な死線をさまよう様な旅となります。そして神奈川に落ち着き、再び絵を・・。また、ここで現れる年上の男性は名前からして過去の作品を想起させるもので、ハルキストとして否応にも気分が盛り上がります。ここらへんで物語はすこしスローペースになりますが、騎士団長の登場で想像もしない方向に話が触れていきます。ここからはおなじみの地下、穴、集合無意識といったモチーフがふんだんに盛り込まれつつ、その中心に少女が座ります。そしてラストの少女の話、男の再生はとても力強く爽やかであり、自分、他者、運命といったものを信じぬくことという大きなテーマに挑んでいます。

なんでこういう前向きな力強い、生命の賛歌といってもよいような作品になったのでしょうか。当然ですが作者の年齢や心境の変化を感じざるを得ません。おそらくとてもポジティブな人生観や世界観の進化があったのではないかと思っています。そして歴史的なエピソードが(賛否両論あると思いますが)率直に盛り込まれてきています。なにかに遠慮する必要はないのだという作者の吹っ切れた感じを受けます。中国大陸でのエピソードには、日本人であれば相当抵抗感がある人はいると思いますし、私も作者のような味方に与しないタイプですが、それはそれとして一つの味方ですし、それを作品の中で表していくこと自体に大きな抵抗を感じることはありませんでした。

ハルキストとして好きな作品は尽きませんが、今までの長編の中でも3本の指に入るものと感じており、前作「多崎つくる」、前々作「1Q84」をはるかに超えてきていると思います。

2017年2月25日土曜日

第166回:「死の淵を見た男」門田 隆将

レーティング:★★★★★☆☆

もうそろそろあれから6年が経とうとしている東日本大震災により、深刻な事故を引き起こした福島第1原発の話です。門田さんは優れた現代のノンフィクション作家であり、スポーツから歴史まで幅広く執筆を続けられています。とても冷静であり公平な評価をしようとする一方、深い情があり非常に優れた作品が多いと感じます。

本書のサブタイトルは、「吉田昌郎と福島第一原発の五00日」というものです。これがほぼすべてなのですが、あまり知られていない事故発生直前からその後の対応やかかわった方々のその後を描いた一冊です。吉田所長はほとんど文字通りの暗闇の状況から、現場の職員たちを指揮し、後方に一部は避難させ、どうしても必要なところについては命がけの処置を統括しました。また、ノンフィクションとして素晴らしいのは、こういった所長の言動だけでなく、本当に多くの人に直接取材をして、復旧班や発電班といった現場のチーフやその下の職員にも丁寧に聞き、どういう状況であったのかを掘り起こしているところです。

本書を読むと、原発事故の被害は想定されたシナリオの中でいえば、ほとんど最小限に抑えられたのではないかということ、またその功績はひとえに現場の頑張りや命を賭して対応した自衛隊員や消防隊員にあったことが見えてきます。ただし、本書でも述べられているように、だから原発は安全だ、今後も事故はないということではなく、むしろ同じことがまた起こった時にこの被害で終わるという保証はなく、原発を続けていく場合は規制委員会等ですでに規制強化がなされていますが、さらに死角のない対応をとっていくことが必要になるのでしょう。

終わりの方の青森から福島第1に働きに出て亡くなった方のエピソードなどは、痛切極まりないものがあります。そして、極限で踏みとどまり、覚悟を決めて原発や地域を救った人々の誇りの高さに感銘を受けるばかりです。原発への賛否はいろいろあると思いますが、とても心打たれる一冊です。

2017年2月19日日曜日

第165回:「歓喜する円空」梅原 猛

レーティング:★★★★★★★

円空や木喰は、日本を代表する仏師であり、とりわけ庶民に近い立場で伸び伸びとした親しみやすい仏像を多数残したことで知られています。昔から寺や神社に行くのが好きで、その流れで仏像も面白いなと思い、社会人になってから仏像関係の本をたまに読んだり買ったりしているのですが、この一冊は昭和最強の知性(と勝手に思っている)梅原さんの晩年期の力作です。梅原さんの本は久々に読みましたが、晩年らしい円熟と円空への限りない愛情を感じます。基本的に学術的な内容ですが、時代を追いながら作品の変遷に迫り、また通常仏像ばかりと思われている円空の絵画や和歌も多数収録し、多面的な分析がなされていきます。

円空の生涯は深い陰影を残すに至る苦難の連続と、生きること、彫ること、仏教に帰依することの喜びという一見相反する、しかし表裏一体を成す2つの流れが併存しているように見受けられます。幼き日の母との別れ、地元での恩人であり親友であった人との別れ、壮絶な東北、北海道への旅、法隆寺での修行、白山信仰や厳しい修行、写実的な創作から大胆かつシンプルな造形へ、そして後年には深い慈悲を感じさせる優しい作品へ。また、最後は覚悟の入定。目まぐるしく、まるで日本中を旅する円空の姿が目に浮かぶようなすぐれた作品です。

本書の面白いところは、過去の円空研究を踏まえ、学術的な観点から是々非々で厳密な評価を下されているところです。これを見ると民俗学的な研究には、おそらく相当のいい加減さや妄想に近いようなものが一部にはあるということです。しかしSTAP細胞であったり自然科学でも例外ではなく、むしろ研究や調査といったものについては、それなりに批判的精神をもって対峙しないといけないことも、梅原さんは教えてくれる気がします。とても優れた一冊で、円空についてこれだけのクオリティを持った著作はもう出ないものと思われ、文句なしの最高レーティングです。

第164回:「「カエルの楽園」が地獄と化す日」百田 尚樹、石 平

レーティング:★★★☆☆☆☆

この標題からわかる通り、『カエルの楽園』という百田さんの本がベースとなっており、同書を読んだ石さんが百田さんに対談を申し込んで始まった一冊です。『カエルの楽園』を読んでいないので、なんだか順序が逆になってしまっているのですが、こちらもいつか読んでみたいと思います。ちなみに『カエルの楽園』は寓話形式で書かれているようで、要は現在の極東や日本の外交、政治情勢を大胆な予測を交えて描いているようです。

さて、本書は保守系の著作を多く書いている百田さんと日本に帰化した元中国人の石さんの2日に亘る対談を取りまとめています。百田さんはここ数年話題の作家です。いろいろと賛否両論ある方ですが、中国については強い関心を持っているようです。前半は今の日本の政治状況や中国からひしひしと受ける軍事的なプレッシャー(尖閣など)についての認識が語られていき、尖閣や沖縄を突破口として、日本全体に対する軍事的な野心について強く警鐘を鳴らす内容となっています。

後半部分についてはかなりの予測が含まれているので、私にはあっているのかどうなのかよくわかりませんが、しかしながら石さんが描いている通り過去のウイグル族やチベット族への支配は確かに苛烈なものであり、日本が仮にこういう少数民族のような立場に置かれればとても厳しい立場になることは想像ができます。他方、日本はそういう状況に容易に陥る状態にはないことも同時に事実かと思います。

この前の日米首脳会談では、尖閣諸島が安保条約の対象足りうるかを一つの最重要ポイントとして確認していったように、確かに極東の情勢は昨今かなり緊迫の度合いを増している感じはします。

2017年1月28日土曜日

第163回:「幸せになる勇気」岸見 一郎、古賀 史健

レーティング:★★★★★☆☆

本書の1作目に当たる「嫌われる勇気」はベストセラーになったようで、まだ書店で時折見かけます。この作品はその続編という位置づけのようで2016年の2月に刊行されました。図書館でずいぶん長く待って今月読みましたが、内容としては前作を要約しながら、より掘り下げてアドラーの考え方や現実世界でどう実践していくかということが書かれています。

アドラーは本書でもフロイト、ユングに次ぐ心理学者の一人と書かれていますが、その評価は(日本だけなのかもしれませんが)よくわかりません。そもそも研究対象としているものがかなり違う感じがします。アドラーはむしろ社会心理学のような人と社会のつながりにフォーカスを当てているようで、哲学的な趣があります。

さておき、本書はアドラーをほとんど知らない私にとってとても面白いものでした。備忘的に書くと、アドラーは行動面の目標として、①自立すること、②社会と調和して暮らせることを掲げ、そのための心理面の目標として、①わたしには能力がある、という意識、②人々は私の仲間である、という意識を掲げているそうです。どれもごくまっとうです。また、他者に対しては尊敬を持つこと、すなわち「人間の姿をありのままに見て、その人が唯一無二の存在であることを知る能力のこと」(エーリッヒ・フロム)が肝心であり、更に条件付けを伴う「信用」と無条件の「信頼」は大きく異なるものであり、後者は結局自分への信頼がないとできないことなどが説明されます。ほかにも人生の主語として「私」を超越していくことの重要性や承認欲求の奴隷にならないこと。過去は実際は存在しないに近く、都合よく引っ張り出すことで、今、これからなにかをしないことの言い訳にしない、など色々と耳の痛い言葉が並びます。なお、教師や親は生徒や子供を褒めない、叱らないというのもユニークで面白いと思います。結局これらの行為は依存を深め、結局人は自分でしか変わらないということを喝破します。それよりは尊敬し、寄り添うのだ、ということを説きます。ここは人間関係の問題は「課題の分離」、すなわち誰の問題か、ということで処理できるというアドラーの考え方にも通じています。

少し理想主義にすぎるきらいはありますが、とてもシンプルで正論ですが深い内容だと思います。1作目は読んでいませんが、多くの人の心をつかんだ理由が分かります。ぜひおすすめの一冊です。

2017年1月15日日曜日

第162回:「砂のクロニクル」船戸 与一

レーティング:★★★★★★★

あけましておめでとうございます。本年のレビュー第1作となります。本書は、私が昨年下期を使って読んだ大作「満州国演義」を書かれた船戸さんの代表作となります。上下2巻(文庫)で読みましたが、とても密度が濃く面白い作品に仕上がっており、まさに代表作という感じです。

今回の主人公はクルド人です。私がクルド人という言葉を初めて聞いたのは湾岸戦争のあたりだったと思います。なんでもイラクにはクルド人という少数民族が居て、サダム・フセイン政権がそれはそれは弾圧しているというニュースを聞いたことがありましたが、詳細はよく知りませんでした。本書はイラン革命あたりから話が始まりますが、イラン・イラク戦争においても重要なプレーヤーとして登場し、国家を持たない悲劇の民族として存在していることを知りました。

あまり書くとネタバレになりますが、イランに潜入しているある日本人とロンドン・モスクワを舞台に活躍する日本人がカギを握ります。やや非現実的な設定ではありますが、悲壮なクルド・ゲリラやイラン国内の活動家とイランの国家を支える革命防衛隊などとの厳しいせめぎあいが続きます。中東の紛争は(多くの紛争がそうですが)とても残酷で悲惨なイメージがありますが、まさにそれを地で行く救いのない展開が続いていきます。本書に深みを出しているのは、クルド人活動家の観点、革命防衛隊の視点、日本人からの見え方が同時並行的に進んでいくところです。

下巻は実際の武器密輸取引の実行段階に入ります。スケール大きく、ロシアやカスピ海が出てきて、主要な登場人物が集結して息もつかせぬ展開となります。ここらへんの重々しい持っていき方は船戸さんの超一流の技術であり、本当に読ませます。なお、本作は石井光太さんの解説も秀逸です。立場では極端な人ばかりが出てきて良し悪しとは別の次元になりますが、革命防衛隊はイスラム革命に、クルド人はクルドの独立に、ゾロアスター教徒は宗教再興に、武器商人は商人としての信念にそれぞれ殉じていき、そのぶれなさに本書のフォーカスがあるように思います。なお、1992年の山本周五郎賞受賞作品ということです。