2013年7月21日日曜日

第72回:「祖父たちの零戦」神立 尚紀

レーティング:★★★★★★★

日本の夏といえば色々ありますが、終戦の夏、というのが個人的に浮かんできます。敗戦の夏といっても良いかもしれません。父がかなりの日本史好きで、とりわけ近代史に詳しく、小さい頃に(父は戦後生まれですが)よく太平洋戦争の話を聞きました。母方の祖父は満洲に出征していたこともあり、少しだけ実感を伴って聞いていましたが、本当のところ当時一番魅了されたのは艦艇や飛行機の写真でした。不謹慎を承知で言えば、そういうものを無条件にかっこいいと感じていたし、今もそういう部分を少しは持っています。ただし、その後様々な戦史などを読んできましたが、見た目のかっこよさの後ろに張り付く、悲惨な戦争の実像を知り、当然ですが小学生の時とは全く違ったとらえ方をするようになりました。

とにかく、小学生の頃は父に話を聞いたり、図書館から帝国海軍写真集、みたいな本を何冊か借りて良く読んでいました(かなりの軍国少年ですね・・)。そのころにこれも父の影響でいくつかプラモデルを作っていたのですが、戦艦大和、ドイツの戦車(名前が思い出せません)、そして本書の主題である零戦などだったことを良く覚えています。私は当時からなぜか陸軍には殆ど興味がなく、一貫して海軍に興味があったのですが、その中でも零戦は圧倒的にフォルムが美しく、その数奇な運命と共にずっと気になってきました。そんな中で既にレビューした百田氏の「永遠の0(ゼロ)」(第50回)を読み、再びちゃんと関連書を読んでみたい、という気持ちになりました。

さて、そんな本書ですが、(少し変わったお名前の)神立(こうだち)氏が膨大な数の零戦のパイロットや整備士にインタビューを行い、また元兵士や遺族から入手した多くの未刊行資料なども踏まえ、零戦の誕生からパイロットたちの戦後を含めた一生までを追った労作です。主要な登場人物(実在)は2名で、いずれも兵学校に昭和4年に入学し、その後、パイロットとなりました。二人は様々な戦場を転戦し、その模様を軸に太平洋戦争全体の趨勢も丹念に描いていきます。

本書の優れたところは3つ。1つは実在の関係者の膨大な証言を積み重ねており、特に零戦のユーザーから見た特性、操縦性などが非常に詳細に書かれていること、もう1つは単に兵器や戦史を追っているのではなく、戦後までカバーした優れた人間模様の描写があること、最後に非常にバランスの取れた見方を提示しており、ただの兵器本にも戦史本にもなっていないこと。特に2つ目の点は、零戦パイロットが殆ど亡くなられた今となっては貴重極まりないもので、すぐれた歴史の証言たり得ています。著者は「フライデー」のカメラマンから独立し、多くのゼロ戦乗りに取材していくうちに信頼を獲得し、NPO法人「零戦の会」理事も務められています。

戦後のパイロットたちの回顧は、なんともやるせない気持ちになります。勝ち目がない戦争を戦い抜いて散った生身の300万以上の将兵・民間人のことを思って、改めてどう生きるべきか考えさせられます。本書は零戦による特攻や桜花、回天と言った非人間的な兵器についても良く触れていて、乗り込んだ兵士たちのことを思うと重い気持になります。本書は借りて読みましたが、買わないといけない一冊となりました。