2018年12月30日日曜日

第204回:「隠蔽捜査」今野 敏

レーティング:★★★★☆☆☆

最近、本を読むのは結構体力というか知力というか、要は力が居ることなんだなと実感します。10代の頃はそれこそ一日中読んでも大丈夫だったし、一週間に大げさではなく数冊というペースで読めていました。今はそんな時間が日々取れないことは別にしても、結構集中して読むと疲れを感じることがあり、202回、203回及び今回のようなやや軽めというかエンタメ系の読み物に走ってしまいます。難しい哲学の本なんて読んだら、五分で寝てしまいそうです。

さて、本書は今野さんという方の小説で、この方の本は初めて読みます。吉川英治文学新人賞受賞作で、もともとは2005年に刊行とのこと。どうしてこの本を選んだかですが、この前古書店にいってぶらぶらと見ていたら綺麗なのに安くなっており、お試しということで買ったものです。最初の方は慣れない文体で、なんだかあまり盛り上がらない感じでしたが、主人公(警察官僚)の意外な家族の悩みが露呈してから、一気に話が面白くなりました。後半は文字通りぐいぐいと一気に読んでしまいました。

本書で今年のレビューは最後となりそうです。振り返るとしめて25冊ということで、最少であったら昨年よりはぐっと回復しましたが、このブログを始めてからはかなり少ない水準となりました。来年はもう少し時間が取れそうな感じもあり、好きな本をどんどん読み続けていきたいと思います。

2018年12月25日火曜日

第203回:「オレたちバブル入行組」池井戸 潤

レーティング:★★★★★★☆

第96回でレビューをしていますが、ほぼ3年ぶりくらいに再読しました。正直にいって読んでいる間中、なんか読んだ気がかなりするなと思いつつ、面白いのでそのまま読んでしまいました。2度目ですが、改めてよくできている一冊だと思いました。

内容ですが、支店長の強引な決定により融資を決定した取引先が、突然倒産。いろいろと調べているとどうも計画倒産の疑いがあり・・というものです。本作は様々なテーマを織り込んでおり、下請けに甘んじる中小企業の困難さ、銀行の支店に圧し掛かるプレッシャー、その中でいかに正義を貫くか、またどうして道を誤るか、更にはいちかばちかの中国進出など現代的なテーマを多数読み取れます。

年末年始にはこういうさらりと読めるエンタメものを読むのが結構好きです。また、出張などにもっていくにも重くなく良いかと思います。

第202回:「銀翼のイカロス」池井戸 潤

レーティング:★★★★★★☆

久々に池井戸さんの一冊を読みました。いわゆる半沢直樹シリーズの第4冊目で、JALの再生を扱った一冊です。基本的には、JALの債権者である半沢直樹属する東京中央銀行が、政権が作ったタスク・フォースに債権放棄を迫られるが・・というお話です。この関係ではよく半沢シリーズで出てくる金融庁もいつもどおり出てきます。たぶん著者の問題意識、すなわち恣意的な航空行政、自身を顧みなかった航空業界、人気取りに走り正当性を失った時の政権などが強く念頭にあり、現実をデフォルメしながらもなぞる展開となっており、相当の取材をしたうえで批判的に状況を読み解いていきます。

中堅中小企業を取り扱った半沢直樹シリーズの前作までとは異なり、本作はダイナミックに政府、行政、ほかの債権者などのプレーヤーが出てくるので、スケール感がありとても面白い内容となっています。最近は半沢シリーズ新作が連載されているのかどうか知りませんが、ぜひまた大きなテーマを取り扱ってもらえると面白いものが仕上がるのではないかと思います。これを書いている12/25現在、日経平均が1000円以上下げていますが、2019年はどういうマーケットになるのでしょうか。システミックなリスクや戦争といった大きな顕在化した地政学リスクがなければ大きく底割れすることはないような気がしますが、来年もボラタイルなマーケットになりそうな気がします。

2018年11月23日金曜日

第201回:「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」加藤 陽子

レーティング:★★★★★★★

発行時にベストセラーになった一冊です。著者は加藤さんで、東大の文学部の教授をされています。平易な語り口ですが、深い洞察力と相手国側や国際社会側の視点も持って語られ、歴史が立体的に浮き上がってきます。ちなみに神奈川を代表する栄光学園で5日間講義を行った際の記録がまとめられたのが本書です。その内容の素晴らしさと教育的な価値に気づかれたのでしょう、ご本人と先生方が一緒にまとめられた本ということです。

本書は、日清、日露、日中そして太平洋戦争を俯瞰することで、どうしてかくも立て続けに戦争を行ったのか、また国民や指導部はどのように戦争に突き進んでいってしまったのかを書いています。よくある俗説のように軍国主義の一部の勢力が国民を抑圧し、騙すことで戦争に突き進んだという簡単な見方は消え、むしろ国民運動としての積極的な支持があり、さらにその中心には日本の国家としての安全保障という確信的な利益をいかにして列強との間で確保するかという長期的戦略がベースにあったことが明らかにされていきます。

日清はアジアからの独立、日露は欧米からの独立(福沢諭吉の脱亜入欧もでてきます)、資源確保と列強との間の勢力争いとなった日中(しかしながら中国の戦略もあり内部に深く取り込まれていく)、更に勝利の目算がないままそれでも国民の多くが熱狂的に支持した太平洋戦争。この過程では普通選挙や人権擁護といった普通の議論が巷ではなされ、しかし土地本位の政治体制が金持ち優遇を脱せず、軍部が民衆を代表するいわゆる野党として現れ、与党のような実権を掌握する過程が描かれます。国内の分裂や政治不全が戦争への道を敷いたという意味で、更には国民もそれを多くの場合に支持をしたという意味で、現代の荒れる世界にも考えうるような課題を突き付けていることが分かります。

このボリュームで戦争終了までの極めて質の高い近代通史が読めるというのは画期的なことで、最上位レーティングとしました。

2018年11月10日土曜日

第200回:「シンドローム」真山 仁

レーティング:★★★★★☆☆

ハードカバーで上下二巻、900ページ近い力作です。おなじみのハゲタカ・シリーズの最新作であり、2015年から雑誌に連載されていたものをまとめたものです。フィクションの形をとっていますが、多少のフェイクも入れながらかなり大胆に事実をベースにした構成をとっています。上巻はほとんどの部分が福島第一原子力発電所の事故とその後、数日間の動きが描写されます。このあたりは新聞やテレビで十分に繰り返された話をなぞっている感じもあり、正直間延びした感じを受けますが、下巻になり、なぜそこまで丁寧に描いたのかがなんとなくわかるような気がしてきます。あとは、あそこまでページを割いて原発について掘り下げるというのは、著者のエネルギー問題への個人的な関心の高さも感じることができます。

買収者側は資本の論理を推し進めながら、うまく利益をあげる取引を仕込み、被買収側はどうにかして生存を図るわけですが、その対立軸は古来からの勧善懲悪的で図式としてはやや単純すぎるかなという印象を受けました。他方、本作の優れたところは、単に企業買収の話にとどまらず、原発、エネルギー政策といった大きな構図を視野に入れて、広がりのあるストーリーを描き出しているところです。また、これも言い古された話ではありますが、時の政府の対応についても非常に厳しい筆致で描き切っています。

かなり賛否が分かれている様ではありますが、私としては著者の問題意識は十分に伝わってきますし、エンタメ作品でありながら、高い視座と広い視野のある作品に仕上がっていると思いますので、エネルギー関係者やそういう業界に携わる学生さんなどにも十分面白く読めるのではないかと思います。著者にはポスト原発のFiT制度下の再生可能エネルギーを巡るビジネスなども続編として描いてほしいと願っています。

そういえば気づくと第200回目のレビューとなりました。最初のポストが2011年1月(東日本大震災の2か月前)ですから、足掛け7年9か月での200巻達成となりました。変動はありますが、1年30冊弱のペースでしょうか。今後もぼちぼち読んではアップしていきたいと思います。

2018年11月4日日曜日

第199回:「垂直の記憶」山野井 泰史

レーティング:★★★★★★☆

前回レビューから1ヵ月以上不本意にも空いてしまいました。出張もあり、なんやかやと休日もイベントがあり、ゆっくり本を読むことができなかったのですが、11月に入り少し時間が出来ました。

さて、本書は登山、とりわけアルパイン・スタイル、ビッグウォール・クライミング・スタイルにおける名著と言われている一冊です。山野井さんは一般にはそこまで有名ではないかもしれませんが、その道のスーパースターであり、日本における第一人者の一人といって差し支えないのではないでしょうか。また、奥様の妙子さんも女性アルピニストとして世界的に知られています。本書は山野井さんが時に奥様ともチームを組み、ヒマラヤに挑んだ記録を本にまとめたものです。サブタイトルが「岩と雪の7章」ってかっこよすぎます。

私はアルパインもビッグウォールもやったことがないんですが、本書は真のクライマーの物語であり、読んでいるだけでこちらまでドキドキする臨場感があります。最後の「ギャチュン・カン北壁」をピークとして、どの登山も壮絶も壮絶であり、またこういうことをやりきってしまう身体能力や意志の強さというのは想像を絶しています。最近、夜テレビでやっている「クレージー・ジャーニー」という番組を、ちょうど会社から帰ったあたりでやっていることもあり見るのですが、この番組も想像を絶するような旅や挑戦をしている人を紹介しており、ものすごく面白いです。山野井さんもぜひ出てほしいところです。

しかし、8000メートルを超える高峰に一人で突っ込んでいくとかそういう話ばかりなのですが、本当にすごいです。ご本人も認めているようにやや特殊な世界なので、それをもって社会的に偉いとか偉くないというのは全くないのですが、その突き抜けた情熱と実行力と見方にはあこがれを感じます。

2018年9月29日土曜日

第198回:「最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと」マーカス・バッキンガム

レーティング:★★★★★☆☆

ビジネス本は結構読んできたんですが、書店にいくとリーダーシップやマネジャーの役割といったジャンルの本が山ほどあります。このジャンルの本は、いわゆるソフトスキルを中心に描いているだけにつかみどころがなく、やや説教じみた内容が多く、更には書いている人によってスタンスが全く異なるのがあるあるです。要は、定説がなく客観性が得られ辛く(だからこそ諸説振りまいていろんな人が書けるジャンルなんだと思いますが)、その意味で科学というより、かなりアートの要素が強くなりがちです。

本書も正直にいってそういった特徴は一定程度ありますが、かなりの人にインタビューして実例を交えているので、相応に説得力がありますし、奇抜ではないがあまりに常識的な内容ではないという意味でとてもバランスがよく、腹落ちする内容の一冊となっていました。ちなみに、私は「タイトルが異様に長い本は漏れなく内容が残念」という経験からの確信を持っているのですが、今回はあまり当てはまらないかったようで、やはり先入観を強く持ってはいけないなと反省しています。英題は「The One Thing You Need to Know: ...about great managing, great leading, and sustained individula success」というものでした。長いですね。

本書が言いたいことはとても明快です。リーダーは、あるべき姿を「明確に」示すことが大事。そうでないと人が付いてこない、新しい未来を見せられない。マネジャーは、部下の個性や強みの違いを把握し、強みを伸ばすことに注力する必要がある。型にはめて弱みを消す努力は多くの場合報われないので、徹底的に個性や強みを伸ばす手助けをすべき。そして、個人の成功は如何に不得意なことや情熱を感じないことをしないか、そして自分の個性や強みを発揮できることを続けていくかに掛かっている。バランスをとる必要はない。ということに集約されます。

これがどこまで正しいのかというのは人によって見方が分かれると思いますが、自分を振り返ると年下の同僚などに対してはここが弱いからいろいろと手助けをしよう、強みは勝手に伸びるし、伸ばしていけるだろう、というパターンで考えていることが多かったので、この本のアプローチを取り入れてみようと思いました。実感的に弱みを消すのはなかなかうまくいかないケースが多かったです。あと、自分の弱いことややりたくないことを排除することは容易ではありませんが、なにか工夫できないかと、これも考えていきたいと思います。示唆に富む一冊だと思います。

2018年9月8日土曜日

第197回:「聖の青春」大崎 善生

レーティング:★★★★★★★

もうずっと前、村上聖(さとし)さんが亡くなったのは平成10年ということなので、20年も前になります。1998年のこと。自分はそのころテレビニュースなどで何度か天才棋士の早すぎる死を聞いたものの、当時はあまり深く気に留めることがありませんでした。29歳の早すぎる死、幼いころから病気を患いながらも、棋士として素晴らしい才能を発揮したが道半ばで、という程度の認識しかなかったものでそれきりでした。しかし、なんとなく気になって、ずっと忘れて今日に至っていたところ、この前、図書館で偶然目に飛び込んできて、思わず借りました。

本書は村上さんや師匠である森さんと深い親交を結んだ将棋雑誌の編集者が描いた一冊であり、何気なく読み始めたものの、今まで読んできた本の中で、激しく心を揺さぶるトップ3に入る衝撃を受けました。村上さんの絶え間ない闘病の中での不屈の戦い、ご両親の温かい無私の支援、お兄さんの愛情と苦しみ、師匠であった森さんの苦悩と惜しみない親のような愛情、羽生、谷川といった将棋界の綺羅星のようなライバルたち(正確には谷川さんは目標であり、ライバルとは位置付けがたいが)が生き生きと描かれています。そして見逃せないのが、昭和後期から平成初期に掛けての大阪のアパートを中心とした庶民的な暮らしや千駄ヶ谷の将棋会館のあたりの風景も描かれ、一人の人間の生きざまを描きながら、その周りの大きな愛情や勝負の厳しさ、そして時代まで切り取る作品に仕上がっています。著者の筆力に脱帽です。

小学校の大半を病院で過ごす生活の中、将棋に傾倒していった村上さんは、文字通り人生すべてを将棋に捧げ、最後は一戦一戦ごとに文字通り命を削りながら棋戦を行いました。その思いの強さや執念、病気から培った独特の生命観。そんな中でも、人生を楽しめた北海道旅行や麻雀などで遊ぶこともできたエピソーがあったのは、本に明るさを添えています。自分は村上さんとは境遇が全く違うけれど、それだけ真剣に前向きに人生を生きているのかと考えると非常に心もとないものがありますが、命の大切さや高い目標に向かった真剣に物事に取り組むことの重要性を改めて思い起こさせてくれます。一級品の作品であり、高校生や大学生にぜひ読んでほしい一冊です。

2018年9月1日土曜日

第196回:「グリード ハゲタカⅣ」真山 仁

レーティング:★★★★☆☆☆

たまたま同じような時期に読み終わったので、久々の一日2回分アップとなります。なぜか最近は気分的に本を読みたい、読める感じがするので読書の秋を先取りでいろいろと読みたいものを読んでいきたいと思います。さて、本書は今更説明不要なハゲタカシリーズの第四作です。第三作(日本の大手自動車メーカーが舞台)は読んでいないのですが、先にこちらを読んでしまいました。現在(もう終わったかな)テレビドラマでハゲタカがやっており(今度はNHKではない)、それに触発されて久々に読みたいと思い借りましたが、テレビドラマは全く見ていません。それは別としてテレ東でやっている「ラストチャンス再生請負人」をたまに見ますが、結構面白いです。仲村トオルはいつまでも若々しくてかっこいいですね。

本書に戻ると、いつも通り主人公の鷲津が率いる買収ファンドが主役となりますが、今回はリーマンショックを舞台としてニューヨークやワシントンDCで話が進行していきます。もう10年前かと思うと感慨深いですが、ちょうどリーマンが倒産寸前となり、どこまで投資銀行が潰れるのか、AIGはどうなるのか、商業銀行ももしかしたらというような話が毎日のように飛び交い、非常に切迫感があったことを覚えています。リーマンが破たんし、従業員たちが小さな段ボールや荷物をまとめて出ていく映像は強く頭に残っています。今回はそういう投資銀行とアメリカの名門企業が対象として出てくるのですが、リーマンショックの説明や描写が長く、肝心の買収がゆっくりとしか進まないので、ハゲタカの真骨頂の一つである息詰まるハイペースでの進行とはなっていないのが、やや残念でした。しかしながら、全体としてはメッセージ性もあり、またスケールの大きさも十分の読み応えある一冊です。

ハゲタカシリーズは本作がメインモノの最新作ですが、2015年に外伝という大阪を舞台とした作品が一作あるようです。著者の真山さんは大阪出身ですので、土地勘もあるでしょうし、面白い作品に仕上がっているのではないかと思います。ぜひ読んでみたいところです。

第195回「より速く、より遠くへ!ロードバイク完全レッスン」西 加南子

レーティング:★★★★☆☆☆

今回もソフトバンク新書の一冊です。全く知りませんでしたが、西さんは38歳で全日本選手権(2009年)を初優勝された遅咲きのロードレーサーであり、いまも現役で活動を続けているプロ選手ということです。もともとトライアスロンをされていたようですが、自転車が合っているということで特化し、2009年ころまでは派遣社員と二足の草鞋を履いて活動をされていたとのこと。

そんな西さんがアマチュアであり、かつどんどん能力を高めたい、あわよくばレースにも出てみたいというロードバイク乗り向けに書かれた一冊となります。とても平易な文章で段階を追って説明がありますし、さらには日中働いている人を想定した現実的な内容であるため、とても参考になります。どうやって50Km、100Kmと距離を伸ばしていくか書いており、さらに家ではローラーを使って平日こなし、また休息を十分に取ることは強調されています。また、疲労が心拍数である程度わかるというのは目からうろこであり、自分も実際図ってみたい気になりましたが、いかんせんツールをどうするのかと基礎心拍数からまず図らないといけないので、なにか探してみたいと思います。

初級からステップアップしていこうという方にはうってつけと思われます。今の自分にはここまでやる時間が残念ながらないので、すこし余裕が出来たらいろいろとトライしてみたいところです。

2018年8月18日土曜日

第194回:「アラフォーからのロードバイク」野澤 伸吾

レーティング:★★★★★☆☆

前回レビューから1ヵ月弱も空いてしまいました。この夏は仕事もなかなか減らず、家でなんやかやとやることが多く、読書ペースが上がりません。今年は年後半に向けて更に忙しくなる見込みなので、来春までは腹を括って読めるときに散発的に読むしかなさそうです。

そんななか、今春から運動不足を少しでも解消するためクロスバイクに乗って近所のサイクリングロードなどを走っていますが、思いのほか面白く長続きしています。サイクリングロードは車で並走することはありましたが、実際に自分で走るとこれまた見晴らしもよく爽快で、クロスバイクでも2時間半くらいで40Kmくらい移動できることが分かってきました。サイクリングロードを走っているのは、ロードバイク6割、クロスバイク2割、歩行者・ランナー・ママチャリ2割といった構成ですが、ロードバイクとクロスバイクには見た目以上の圧倒的な速度の差があり、年配の方やかなりメタボっぽい方にもぶっちぎられます。速度でいうと私はだいたい時速20Km程度で巡航しますが、ロードバイクは無理なく時速30Kmはでているようで、少し力を込めると恐らく40Km近くは出ているのではないでしょうか。

クロスバイクは扱いやすいですし、そこまで高価でもないので街乗りも含めて気楽に楽しめるのでこれはこれで十分満足なのですが、ロードバイクの凄さの秘密に触れたいと思って借りてきたのが本書です。ワイズロードというスポーツバイク専門店の人が描いた本で、その仕組みから乗り方、楽しみ方まで丁寧に書いてあり、新書という意外な形式ではありますが、絵も入っていて楽しい構成です。チェーンは走った後に必ず乾拭きするとか、ケイデンスを一定にする、高性能かどうかより自分の使いたいスタイルで機材を選ぶなど、なるほどと思うものや知らなかったということもあり、なかなかです。ちなみに本書は見慣れないカバー(表紙)だとおもったら、ソフトバンク新書というところからでているということです。2013年6月発行です。

2018年7月28日土曜日

第193回:「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」新井 紀子

レーティング:★★★★★★☆

今年のベストセラーの中の一冊であり、AIという旬のネタと子供の読解力という親の関心事をうまく組み合わせたタイトルの一冊です。AIについてはよくニュースや新聞などで目にし、2000年代前半のドットコムバブルを彷彿とさせるAIバブルが起きていることから、結構関心がありました。また、子供の読解力については親としてもそうですし、ゆとり教育やスマホといった子供たちの学力に影響を及ぼしそうな要素がいろいろとある中で、どうなっているのかという関心もありました。

本書は前半でとても分かりやすくAIを使って企業や研究者がなにをしようとしているのかを説明したうえで、同時にAIの限界がどこにあるのかを自らの研究を通じて論じていきます。帯にあるように、AIができることとできないことは相当分かってきているようで、その意味で過大な妄想をAIに持つべきではないが、産業や医学等において大きな影響力を持ってくるであろうことも述べています。後半は衝撃的なリサーチですが、日本人の中学生、高校生の日本語の読解力がかなり低いレベルにあることを説き起こしていきます。驚愕すべきことは、学力上位といわれる学校でもそれなりの読解力しかないこと、更には社会人でも同様のこと。これは日本社会全体の知的レベルや意味を理解する力が低い状態にあるということで、読んでいるもの、話していることが正しく伝わっていない可能性が示唆されています。そうすれば、AIは部分的にはこれを凌駕する力をつけているので、部分最適でAIが人間の仕事の一定の部分を奪っていくリスクが現実化していることが説明されます。

詳細は本書をぜひ読んでいただきたいところですが、本書の素晴らしいところは著者の志の高さと知的な誠実さです。ありがちなAI関連本の煽りは一切なく、エビデンスを使って冷静に分析をしていきます。なぜ日本人の読解力が低いのかは謎であり、そこがとてももどかしいところですが、この解明は次作に期待したいと思います。1点読んでいてわからなかったのは、読解力に関する長期的なデータがないため、今の低い読解力が経年でどう変化しているのかという点です。今の読解力が高くないのは分かりましたが、昔に比べて低くなっているのか高くなっているのかがわからず、そこは評価しづらいところかと思います。

2018年7月22日日曜日

第192回:「セラピスト」最相 葉月

レーティング:★★★★★★★

最相さんは数年ごとにコンスタントに労作を世に出す、ノンフィクション作家として知られており、出世作は『絶対音感』です。私は『絶対音感』は読んでおらず、ただ、自分の好きな星新一の評伝を書いてたなという程度の認識しかありませんでした。前回(第191回)でレビューした故・河合さんの本と同時に借りたのが、初めて最相さんの本を読む機会となりました。

ノン・フィクションは色々なジャンルの中でも好きですが、読んでみるとやたら浅いものやいろいろなネタ本のホッチキス止めのようなものが多い中で、本書を一読し、最相さんが以下に長い時間をかけて丁寧に取材し、またバックグラウンドの勉強や資料収集を怠りなく進め、更に本作について切実な動機をもって執筆に当たったのかがよくわかりました。ほかの作品は読んでいませんが、きっと素晴らしいクオリティの作品を書かれているのではないかと思われ、ぜひ読んでみたいと思います。

本書は体験的ノン・フィクションとでもいうべきものであり、自ら箱庭療法を体験し、更に心理学についての専門的な教育を受けながら進んでいきます。戦後日本の心理学が、占領後の一部の大洗の教育機関、さらにそこに関係した米国のクリスチャンから齎されたこと。米国、スイスに学んだユング派の河合先生が臨床心理士として、ユング的な考え方やカウンセリングのアプローチを持ち込んだこと。臨床心理士(今後は国家資格として心理師)のワークや日本の医療改善に取り組んだ人々。さらに箱庭療法の実際。色々と俯瞰しながら、現代医療の問題点や障碍者福祉(そして社会復帰)までの取り組みを紹介するもので、非常に高い見地や広い視野と同時に地に足の着いたルポが組み合わされ、現代社会論としてもとても面白い一冊です。

最後に河合さんや臨床心理士たちの書いたケースが断片的に紹介されていますが、とても面白いです。人間って不思議な存在なのだとつくづく思います。広く推奨できる一冊であり、ご関心の向きはぜひ読んでいただければと思います。非常に分厚いですが、文章もとてもよく推敲され、読みやすいので時間は余りかかりません。

第191回:「生きるとは、自分の物語をつくること」小川 洋子・河合 隼雄

レーティング:★★★★★☆☆

本ブログでは類書も含めて何度かレビューしている、故・河合さんの対談本です。同氏が亡くなられた2006年の対談を収めたもので、『博士の愛した数式』で一躍有名になった小川洋子さんとのものです。本書は『博士の愛した数式』を最初に読み解きながら、数学科出身の河合さんの数学への愛も垣間見せつつ展開していきます。なかなかに趣のある対談で、博士と少年の間の友情がなぜ成立するか、能動的に誰かを変えようというのではないけれど、そこにともにいるということの重要性、受け入れがたいことを受け入れるときの物語の必要性、原罪と原悲、いとしみ。

対談は次回を約して第2回を終えたところ、河合さんが病に斃れることで途切れてしまいます。長いあとがきは河合さんの追憶と、小川さん自身が物語を作り出すことについて書き記すことで閉じていきます。アンネの親友であったジャクリーヌさんの夫のルートさんのエピソードも大変印象的です。

正直に書けば、本編はかなり短く、もっと対談を読んでみたかったという物足りない感じが残りますが、それは小川さんが一番感じているところでしょう。しかし、中身は非常に濃いもので物語やそれにまつわる心理学に関心のある方はぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

2018年6月24日日曜日

第190回:「山本五十六」阿川 弘之

レーティング:★★★★★★★

山本五十六は、日本の軍人の中では東郷平八郎、乃木希典あたりと同格の高い知名度を持っているのではないかと思います。今はそうでもないのかもしれませんが、私の小学校時代はまだプラモデルがそれなりに人気があり、軍艦や戦車、ゼロ戦といったものを幾つか作った記憶があります。その後、太平洋戦争の書籍をたまに図書館で借りて読んだりしていましたが、戦後に描かれた本は、ほとんどが海軍善玉説であり、陸軍=悪玉というわかりやすい描かれ方をしています。その主な理由は、2・26事件を主導したのが陸軍の青年将校であったこと、また明確な戦略がなく中国で戦線を拡大し、なし崩し的に三国同盟を推進したことで、米英との全面対決の構図を作ったことが挙げられます。

さて、本書はそのようにとかく善く描かれがちな海軍において連合艦隊司令長官(亡くなったのち元帥)を務めた山本五十六の評伝です。まずは本当に丹念に取材がなされており、また多くの先人の書物の上に作られていますので、とてもバランスが取れた内容になっています。山本氏が長岡の出身で、贔屓ともいえるとても強い郷土愛を持っていたこと、夫婦仲はよくなく、外に親密な女性を抱えていたことなど目にうろこの部分がかなりあります。また、昭和初期から軍縮交渉に携わり、米国、英国にも長期出張を含めてかなり滞在したことも恥ずかしながら知りませんでした。そういう国際的な経験を通じて、日本の国力の限界を理解していたがゆえに、開戦反対であったことはよく知られていますし、早くから艦艇に対して飛行機の有用性を意識していたことも有名です。

真珠湾攻撃は、山本氏の短期決戦、早期講和を目指す考えから出てきており、機動部隊で米国海軍の本拠地を叩くという本当に野心的な作戦でした。結果的に空母を叩けなかったわけですが、相当の成果を上げました。その後の連合艦隊司令長官は、正直に言えばあまり積極的に指揮を執っているわけでもなく、大和に蟄居するような形で日を過ごしていたようです。惜しむらくは、空母を中心とした機動部隊の有用性に気づきながら、その活用がその後は必ずしもされなかったこと(サンゴ海海戦などは別として)、更には司令長官の問題ではありませんが、自身の死の原因にもなる暗号解読の重要性に気づかず、ミッドウェー海戦を迎えたことです。

とは言え、これらはすべて敗戦後のタラレバの世界の話であり、後世の私たちが偉そうに論評する話でもなく、できるとしたらどういう教訓を読み取れるかよく考えるくらいでしょうか。人物としては、故郷を愛し、新しい用兵法や作戦を考案し、部下や理知的な考えを好む極めて尊敬できる方だったことが分かります。また、阿川氏のバランスの取れた論考、タブーなく描きたいという姿勢に頭が下がります。阿川氏の書いた「井上成美」も読んでみたいと思います。

2018年6月2日土曜日

第189回:「羊をめぐる冒険」村上 春樹

再び村上さんの足跡を辿る第3弾です。本書は村上さんの長編作家としての立場を確立したといっても過言ではない初期の初長編であり、内容としても前2作に比べてぐっとシリアスになり、深みを増しています。また、カルト集団や歴史的な物語(特に昭和初期の満州)がモチーフとして出てきます。本書の主な舞台は都内と北海道ですが、私はこれを読んだ高校時代は北海道に行ったことがな、強い憧れを抱いたのを覚えています。その分、札幌や函館、小樽に行く機会が得られたのは本当に嬉しかったです。

本書の面白さは、現世のものと現世でないものが融合して出てくるところです。詳細は書けませんが、(下)で出てくる丘の上での邂逅は本当に感動的であり、歴史的なシーンだと思います。また、いろいろと回収されない謎があり、たとえば「ガールフレンド」はなぜどこに行ってしまったのか、「羊」という不気味な存在の狙いは何なのか、どうして「羊男」という形をとる必要があったのか・・・。

それなりの長さなので久々に読みましたが、下巻からは2002年2月にロンドンに一人従兄を訪ねて行った時の栞がでてきましてこれまたとても懐かしくなりました。どうもその時に機内で読んでいたようです。映画のチケットの半券でもうそんな映画を見たことも忘れていましたが、雨に濡れた寒い夕方に映画館に行ったことを思い出しました。イヌイットの映画でした、なんでこの映画を見に行ったのか。

2018年5月6日日曜日

第188回:「1973年のピンボール」村上 春樹

レーティング:★★★★★★☆

前回の「風の歌を聴け」に続き村上さんの一冊です。もはや説明不要なレベルですが、1980年3月にオリジナルが刊行された本書は、鼠やジェイといった基本的な登場人物を引き継ぎながら、ついに鼠が街を・・・吐露にという話です。印象深いのは、散文調の欠片をちりばめた文体が後半になるに向けて独白を交えて長文に変わっていき、登場人物の切実な内情の吐露に至る緩やかな変化だと思います。このあたりはとても切なく、まぎれもなくピンボールがそのきっかけを作っています。大量生産されたピンボールの古い型式を追い求めるうち、その工業製品としてのもの悲しさが迫ってくるようです。

また、鼠のような主要な登場人物ではありませんが、ミステリアスな双子の描写に多くのページが割かれており、彼らが少しずつ社会というものに関心を持っていく過程がさりげなく触れられています。正直にいって双子がなにを表象しているのかは私には直観的にはよくわからないのですが、心理学的に(安直に)言えば主人公である僕の童心ということになるのでしょう。社会には特に関心がなく、着るものにも関心がなく、他者に対して関心がないわけではないがとてもマイペースな付き合いしかできないという。しかし、そうであるならばなぜ「僕」は双子を通じて描写しないといけなかったのでしょうか。その部分を特に強調する必要があったのか、置き去ってしまった童心の中に成長のヒントが隠されているのか。

久々に初期の村上さんの作品を読み返して改めて面白さを感じます。本書ももう読むのは4~5回目だと思います。続く初期作品も読み返していきたいと思います。

2018年4月21日土曜日

第187回:「風の歌を聴け」村上 春樹

レーティング:★★★★★★☆

四月に入って少しいろいろと落ち着くかと思いきや、なんだかんだと忙しさが続き、時間が空いてしまいました。そんな中で家に転がっていて、本当に久々に読んだ一冊です。当ブログでも何回も触れていますが、私は世にいうハルキストなので、原点に返ってもう何度目になるかわからないこの一冊を読み返してみました。記憶が概ね正しければ、おそらく5回目くらいだと思います。

本書は村上春樹さんが世に出た一冊で、群像新人賞を受賞し、文庫版は1982年に出ています(単行本は1979年)。1982年、まだ昭和50年代ですね。懐かしいというか、まだ幼かったので断片的な記憶しかない時期ですが、ずいぶん遠くに来たものだという感じがします。

言わずと知れた文学界に衝撃をもたらした散文ともポエムともいえない作品です。ラジオ、昔の記憶などが断片的に挿入され、ジェイや鼠は本名すら明らかになりません。主人公だってそうです。そしておぼろげにわかるのは、神戸と思しき地元に帰省してきた大学生の話だということ。とても危うい年代の強い感受性と無鉄砲さと、奇妙な老成の仕方が混ざり合ってとても独特な作品として仕上がっており、2018年の今読んでもとても新鮮でまだまだその輝きを放っています。

これを読むと初期のほかの作品、「ダンス・ダンス・ダンス」や「ノルウェイの森」も読みたくなります。2000年代の作品も素晴らしいのですが、初期はまったく違った新鮮さを感じる文体でいつよんでもワクワクします。

2018年3月31日土曜日

第186回:「ダークサイド・スキル」木村 尚敬

レーティング:★★★★★☆☆

2017年7月に刊行されたビジネス書です。ロングセラーになっているようで、本屋でも平積みされていますし、日経新聞にも時折広告がでているので目にされた方も多いかと思います。ビジネス書は表面的だったり、薄っぺらいものが少なくないですが、本書は切り口が面白く、二回読んでしまいました。ちなみにページ数はそれなりにありますが、平易な文章でありどんどん読めます。

著者は経営共創基盤のパートナーということですが、20代のころに会社をやったり、大病を患ったり、海外MBAやAMPの経験もあるなど幅広い経験を生かした一冊となっています。著書のタイトルはアイキャッチとしての機能を十分果たしていると思いますが、ビジネス書にありがちなやや煽りの入ったタイトル設定なのがやや残念です。中身は、ごく真っ当です。

例えばプレゼン能力が高いとか財務諸表が読めるとか、英語ができる、そういった経営上必要なスキルをブライトサイド・スキルと定義し、他方で上下の人に影響力を与え、信頼関係を構築し、情報を収集していく力をダークサイド・スキルと定義し、その強化・活用を訴えています。そのためにはCND(調整、根回し、段取り)を付けるとか、一つ上の上司とのホットラインを作るとか、情報収集のためのシナプスを張り巡らすなど色々と書いてあり、それぞれは一定以上の年数を経たビジネス・パーソンであれば実感として良くわかるものではないかと思います。

本書はいろいろな会社のミドル向けに描かれており、20代が読んでも正直ピンとこないかもしれません。20代はむしろ率直にブライトサイド・スキルを身に着けることに集中した方がよいかもしれません。また、本書を50代で読んでも逆にすべて知っている、またはもう遅いという話かもしれず、年代的には35~45くらいの方にお勧めです。簡単そうに見えますが奥深い一冊で、売れている理由が分かる気がします。

2018年3月25日日曜日

第185回:「こころの読書教室」河合 隼雄

レーティング:★★★★★★☆

この本は2度目のレビューとなります。第126回(2015年10月)に読んでレビューをしていますが、2週間ほど前に外出直前になにか本をもっていこうと思ってカバーのついた文庫本をカバンに入れていったのですが、その本がこちらでした。一度読んだ本のカバーはとることを習慣としているのですが、この本は当時忙しかったのかそのままとなっていました。

この本は河合さんの最晩年に描かれた本で、厳密には語り下ろしを本にしたものです。児童文学などを中心に紹介しながら心というものを解き明かしていくコンセプトですが、記憶にあったよりずっと深いものをテーマにしており、改めてその優しい語り口に心打たれるものがあります。臨床を扱う心理士/学者として、なにより患者であったり不調に抱える人に対するとても優しい目線をもっています。また、無意識が顔を出してしまうことがある、というスタンスでそれによる支障をそのまま受け止め、むしろそこから汲めるものが人生を豊かにするという姿勢をもっており、さすがユング派の大家という感じです。

本が数十冊紹介されており、どれも面白そうなのですがいまそのうちの一冊を読んでいます。もう1冊読んでみたいと思うのですが年度末もありやや時間がとりにくく、GWあたりにでもゆっくり読んでみたいと思います。最近は帰りの電車で疲れてぼーっとスマホを眺めることが多かったのですが、文庫は手に取りやすく、河合さんの優しい語り口にずいぶん癒されました。2回目ですが、前回より深く理解できた感じがします。もう一度数年後に読みたい一冊です。

2018年2月24日土曜日

第184回:「息子と狩猟へ」服部 文祥

レーティング:★★☆☆☆☆☆

著者の書くノンフィクションや出ている映像が好きで、よく目にしていた(レビューもしています)ので、楽しみに手に取った一冊です。おそらく著者初めての小説作品ではないかと思いますが、出来ばえとしては率直に言って良くなく、何が言いたいのか分からず、ただひたすらに暗い話でありとても残念でした。2作品が収められていますが、結局、狩猟 とは何なのか、サバイバルすることとはなんなのかということを中心に話が展開していきますが、重要な人物(たとえば息子)の言動が非現実的であったり・・・あまりにがっかりなので今回は手短に。

2018年2月17日土曜日

第183回:「空白の五マイル」角幡 唯介

レーティング:★★★★★★★

現代には稀な冒険家の話。世界中の殆どの場所が踏破されつつある現代において、そもそも冒険というものが成立しづらくなっているわけですが、著者は冒険の現代的な意味を問いながら、ツアンポー峡谷という中国とインド国境付近の最後の楽園とされた土地について書いていきます。本書(文庫)は2012年に出ていますが、著者の角幡さんは近著(エッセー?)もあるようなので、そちらも遠からず読んでみたいと思います。

本書は前回レビューに続いて星7つです。大学時代に心底感動した本が『この地球を受け継ぐ者へ―人力地球縦断プロジェクト「P2P」の全記録』(石川 直樹)だったのですが、その本とはまた違った趣で強い印象が残りました。まずP2Pは、世界的なプロジェクトに選ばれた若者たちが衝突を繰り返しながら協力してエクスペディションを行っていくものでした。衛星携帯やブログといった当時最新のテクノロジー満載で、ほぼリアルタイムで旅の様子が発信されていく形であり、全体として明るく、夢と希望に満ちたものでした。翻って今回レビューした一冊は、大学の探検部時代からツアンポーに取りつかれた人が、大学時代のツアンポー峡谷踏査の構想を3回に分けてかなえていき、その手法も基本的には単独行、傷だらけ、サポート僅か、予測不可能な事態が連続して生きて帰れるのかどうか、という厳しいものです。また、著者の大学の先輩がツアンポー峡谷のカヌーで亡くなったエピソードから始まるように、常に死と生と冒険という重いテーマを抱えています。

読んでいて本当に驚くのが切実な動機をもってツアンポーに入り、限られた食料を持ちながら沢の遡行、藪漕ぎ、クライミング、雪との闘いを乗り越えていく強さです。自らの生を放り投げたような粗削りな旅ですが、恐れおののきながら進んでいく様はとても感動的です。また、ツアンポーの複雑な歴史や文化自体もとても興味深いですし、更には旅の最後で見せられる官憲のやさしさといった部分もぐっときます。私は、本作で出てくる人(1人だけ)とお会いし、一緒に食事を1度だけさせていただいたことがもう16年ほど前にあります。とても強烈な印象を受けた方で、眼の力が強く、今でも忘れられない方です。この本を読んでいて期せずして再びそのご活躍ぶりを目にして、まったく予期しない感銘も受けました。

2018年2月12日月曜日

第182回:「外道クライマー」宮城 公博

レーティング:★★★★★★★

久々の星7つ、とても型破りで面白い一冊でした。那智の滝を登った人が捕まった事件はニュースになりました(2012年7月)が、その時に目にされた方もいるかとおもいます。私も当時は山登りにも沢登り(こちらはやったことありませんが)にも興味がなく、沢ヤはなんでこんなバカな、罰当たりなことをするんだろうと思って気にも留めませんでした。しかし、なんとその逮捕されたうちの一人がこの著者と知って驚くとともに、更にこの本の面白さに驚いたところです。

宮城さんは、クライマーとしてヒマラヤなどで高い実績を上げつつ、そのクライミング技術に磨きを掛け、国内外で沢登りをするいわゆる生粋の沢ヤということです。仕事も那智の滝で逮捕されてからやめてしまい、今はクライミングやライター、登山ガイドなどをして過ごしているそうです。本書の面白さは、宮城さんと仲間の沢ヤのキャラの濃さと飾らない生き方につきます。常識をはるかに超えたような挑戦をただふらりとやってしまうその生き方は、とても市井のリーマンには真似もできないところであり、それがゆえにあこがれる部分があります。

本書は那智の滝での逮捕事件から始まり、メインとなるタイのジャングル46日探検、台湾の大渓谷(チャーカンシー)、称名滝の登攀といった構成です。どれも濃密な体験であり、沢や滝をひたすら遡上するという旅は私には面白さが分かりませんが、とにかくそれに魅せられて力を合わせて(合わせてないときも多いですが)進んでいく姿は痛快です。特にタイのジャングルは壮絶で生死の境目に来たというような局面がいくつか出てきます。本当はミャンマーにいきたかったのに、途中で予定を変更してタイに行ったり、いきあたりばったりですが、クライミングについてはそれなりに周到な準備をしたりと緻密なんだか緻密じゃないんだかよくわかりません。

世間の常識から大きく外れた生活ですがこういう本がちゃんと出版され、また多くの読者がついているところに日本の社会の多様さというか健全さを感じます。表現含めてとても面白く、最初の索引からかなり笑えますのでとてもお勧めです。

2018年1月27日土曜日

第181回:「絵から読み解く江戸庶民の暮らし」安村 敏信監修

レーティング:★★★★★☆☆

日本史が昔から好きで、ちょこちょこと関連の本を読んでいます。今回はほとんど知識のない江戸時代の本です。例えば由井正雪の乱とか、忠臣蔵とか、寺子屋での教育が普及し、世界有数の教育大国であったとかそういう断片的な知識しかないので、一度読んでみたいとおもっていたところ、期待を裏切らない一冊でした。本作は、タイトルのとおり浮世絵を中心とした各種の絵や出版物から江戸の庶民の生活について説明する本であり、肝心の絵が小さい、白黒であるという点を除けばとても読みやすく、構成も飽きさせない優れた一冊だと思います。ちなみに監修の安村さんは美術館の館長を務められ、現在は美術品屋を経営している方のようです。

備忘もかねて面白かった点を書くと、江戸の町はざっくりいって50万人の武士を養うために50万人の町人が居る世界有数の大都市であったこと、現在と同様に生粋の江戸っ子は少なく、奉公や参勤交代といった形で地方から来た人が大半であったこと、すでに浄水が武蔵野のあたりから引かれており、下水は整備されていないもののし尿は農業にリサイクルされていたこと。火事が多く、地震や台風、火山など天災も多かったことから、宵越しの金は持たないといった「いき」の土台が生まれてきた。天ぷらやすしは庶民の街角のスナックであり、食べ物にもブーム(桜餅)があったり、大食いバトルまであったということ。他方、住まいは長屋が密集し、現代より町人はよっぽど狭いところでの生活をしていたこと、そういう長屋のなかで手工業を行ったり、勤めに出て行ったりしたこと。庶民は浮世絵を見たり、相撲を見たり、大山など近隣の自社に講単位で出かけて楽しんだこと。意外にもかかあ天下の家が多く、離婚や勘当も結構あったこと。寺子屋はとても工夫されており、テキストもかなりの種類があったこと。おしゃれは当時から重要視されており、バサラ、傾奇といった突飛な格好の人もかなりいたこと。

通読して、独自の文化をはぐくみ、質素、いきであることを旨としながら、祭りや花火といった熱さをもっていた江戸の町人にとても親近感を持ちました。なんだ、結局時代が変わってもやってることはあまり変わらない、という印象です。技術は進歩しているかもしれませんが、夏になれば人々は花火に群がり、お祭りに出かけ、冬にはお寺に初もうでにいって、相撲やコンサートを見に行きます。路上ですしは売っていませんが、ケバブをつまんだり、漫画を楽しんだり、日帰りで箱根に出かけたり。驚くほと人々の行動様式は変わっていません。江戸でも現代でもいろいろな楽しみを見つけながら、簡単ではない世の中を必死に生きた先達が居るということはとてもうれしく、励まされるものがあります。ぜひ武士の暮らしについても読んでみたいと思います。

2018年1月3日水曜日

第180回:「最高の休息」久賀谷 亮

レーティング:★★★★★☆☆

前回レビューしたマインドフルネス関係の類書ですが、米国で医師をしている精神科医の本です。入門編的になじみやすいエピソードを展開しつつ、専門知識を交えた解説を加えていくスタイルで、最近(といってももうしばらくそうですが)はやりの形をとっています。古本屋で買ったのですが、昨年さかんに新聞などで宣伝されていた一冊であり、中古でも1000円近くと値を保っているところをみると結構人気がある一冊のようです。

世の中のマインドフルネス本は、そのやり方や効能にフォーカスしているのに対して、本書は脳科学的なアプローチで疲労の正体が身体的というより脳からくるものであることを丹念に説き起こしています。そして慢性疲労症候群など幅広い疾病に脳の疲労というものが関連していること、そしてマインドフルネスのプラクティスによりどのような脳への変化が期待されるかが書かれています。実証的なデータを引用しながら、とても中立的に書かれていますので、これさえやれば健康になるとか、これさえやればみんなハッピーという軽率さがないところがよいところでしょう。

面白いのは競争が人を疲弊させるという下りです。アメリカにいる著者は競争を叩き込まれるアメリカ人の生き方に共感しつつも、深い憂慮を抱いていることが分かります。しかし競争的な社会や環境であっても、疲労の感じ方にはとても大きな個人差があるということであり、要はどういう考え方をするか、感じ方をするかという受け止め方が重要であることが説かれています。今年の目標の一つとして、いろいろな気付きをもって生きていくことを大事にしたいと思います。

さて、昨年は18冊と本ブログ開始(2011年)以来、最低の読破数となってしまいました。単純に最大の理由は仕事や育児に追われて時間がなかったことにつきますが、平日も帰りにスマホばかりみてしまって読書量が減ってしまった面もあります。本としては趣味寄りの軽い本が多かったために、今年はもう少し(今読んでいるものも含めて)古典的なものや超大作にも取り組んでみたいと思います。