2018年6月24日日曜日

第190回:「山本五十六」阿川 弘之

レーティング:★★★★★★★

山本五十六は、日本の軍人の中では東郷平八郎、乃木希典あたりと同格の高い知名度を持っているのではないかと思います。今はそうでもないのかもしれませんが、私の小学校時代はまだプラモデルがそれなりに人気があり、軍艦や戦車、ゼロ戦といったものを幾つか作った記憶があります。その後、太平洋戦争の書籍をたまに図書館で借りて読んだりしていましたが、戦後に描かれた本は、ほとんどが海軍善玉説であり、陸軍=悪玉というわかりやすい描かれ方をしています。その主な理由は、2・26事件を主導したのが陸軍の青年将校であったこと、また明確な戦略がなく中国で戦線を拡大し、なし崩し的に三国同盟を推進したことで、米英との全面対決の構図を作ったことが挙げられます。

さて、本書はそのようにとかく善く描かれがちな海軍において連合艦隊司令長官(亡くなったのち元帥)を務めた山本五十六の評伝です。まずは本当に丹念に取材がなされており、また多くの先人の書物の上に作られていますので、とてもバランスが取れた内容になっています。山本氏が長岡の出身で、贔屓ともいえるとても強い郷土愛を持っていたこと、夫婦仲はよくなく、外に親密な女性を抱えていたことなど目にうろこの部分がかなりあります。また、昭和初期から軍縮交渉に携わり、米国、英国にも長期出張を含めてかなり滞在したことも恥ずかしながら知りませんでした。そういう国際的な経験を通じて、日本の国力の限界を理解していたがゆえに、開戦反対であったことはよく知られていますし、早くから艦艇に対して飛行機の有用性を意識していたことも有名です。

真珠湾攻撃は、山本氏の短期決戦、早期講和を目指す考えから出てきており、機動部隊で米国海軍の本拠地を叩くという本当に野心的な作戦でした。結果的に空母を叩けなかったわけですが、相当の成果を上げました。その後の連合艦隊司令長官は、正直に言えばあまり積極的に指揮を執っているわけでもなく、大和に蟄居するような形で日を過ごしていたようです。惜しむらくは、空母を中心とした機動部隊の有用性に気づきながら、その活用がその後は必ずしもされなかったこと(サンゴ海海戦などは別として)、更には司令長官の問題ではありませんが、自身の死の原因にもなる暗号解読の重要性に気づかず、ミッドウェー海戦を迎えたことです。

とは言え、これらはすべて敗戦後のタラレバの世界の話であり、後世の私たちが偉そうに論評する話でもなく、できるとしたらどういう教訓を読み取れるかよく考えるくらいでしょうか。人物としては、故郷を愛し、新しい用兵法や作戦を考案し、部下や理知的な考えを好む極めて尊敬できる方だったことが分かります。また、阿川氏のバランスの取れた論考、タブーなく描きたいという姿勢に頭が下がります。阿川氏の書いた「井上成美」も読んでみたいと思います。

2018年6月2日土曜日

第189回:「羊をめぐる冒険」村上 春樹

再び村上さんの足跡を辿る第3弾です。本書は村上さんの長編作家としての立場を確立したといっても過言ではない初期の初長編であり、内容としても前2作に比べてぐっとシリアスになり、深みを増しています。また、カルト集団や歴史的な物語(特に昭和初期の満州)がモチーフとして出てきます。本書の主な舞台は都内と北海道ですが、私はこれを読んだ高校時代は北海道に行ったことがな、強い憧れを抱いたのを覚えています。その分、札幌や函館、小樽に行く機会が得られたのは本当に嬉しかったです。

本書の面白さは、現世のものと現世でないものが融合して出てくるところです。詳細は書けませんが、(下)で出てくる丘の上での邂逅は本当に感動的であり、歴史的なシーンだと思います。また、いろいろと回収されない謎があり、たとえば「ガールフレンド」はなぜどこに行ってしまったのか、「羊」という不気味な存在の狙いは何なのか、どうして「羊男」という形をとる必要があったのか・・・。

それなりの長さなので久々に読みましたが、下巻からは2002年2月にロンドンに一人従兄を訪ねて行った時の栞がでてきましてこれまたとても懐かしくなりました。どうもその時に機内で読んでいたようです。映画のチケットの半券でもうそんな映画を見たことも忘れていましたが、雨に濡れた寒い夕方に映画館に行ったことを思い出しました。イヌイットの映画でした、なんでこの映画を見に行ったのか。