2016年11月23日水曜日

第159回:「南冥の雫-満州国演義8」船戸 与一

レーティング:★★★★★★☆

長い長い本作もついに最終巻(第9巻)の手前まで来ました。この巻は1942初頭~1944年夏ころまでをカバーしています。戦局は陸海軍の快進撃により順調に当初進行するものの、ミッドウェー海戦で海軍の中核部隊を失い、その後も太平洋北部、南部において相次いで敗戦を重ねます。有名な話ですが、徹底した情報統制と大本営発表の垂れ流しにより、戦局は国民に伝わらず、メディアはその片棒を担ぎ、当時の東条首相を中心とした極端な精神主義がまかり通っていくことになります。また、本作においても詳細に書かれていますが、国内はもちろんのこととして満州でも憲兵隊が幅を利かし、文字通りモノ言えば唇寒しの状況に陥っていきます。

また、大東亜共栄圏を掲げ、インドネシアではオランダ軍、ミャンマー、インドではイギリス軍、フィリピンではアメリカ軍と相次いで交戦していき、一定の支持は得るものの、現地での統治政策の欠如、理念先行で実体的には資源の収奪的な側面もあり、持続的な支持を得るには至らない状況に陥っていきます。これもよく言われることですが、兵站の軽視・無視などから第8巻の後半かなりを割いて描かれるインパール作戦はチャンドラ・ボーズと東条首相の思惑により推進されるものの、現実の兵士たちはこの世の地獄を味わうこととなりました。

太郎、三郎、四郎には大きな変化はありませんが、太郎の妻の圭子は帰京し、病院に入ります。このくだりは戦争にとどまらない人間の業の深さを思い知らせれ、またラストの次郎の下りは衝撃を受けます。最終巻はどうなってしまうのか想像もつきません。とても重苦しい一冊です。

2016年11月9日水曜日

第158回:「雷の波濤ー満州国演義7」船戸 与一

レーティング:★★★★★★☆

本作はやや時間が掛かってしまいました。1冊500ページ弱あるので、この第7巻までで3400ページくらい読んできた計算になります。読むだけでもこれだけかかるわけで、船戸さんがどれだけの資料を読み、取材をして気の遠くなるような蓄積をもって書かれたかを考えると頭が下がりますし、著者の作家人生を賭けた作品だということが分かります。今回は1940年、昭和15年、皇紀2600年からスタートし、開戦間もない1942年の初頭までがカバーされます。

本作では孤立主義を守りながらも国内の大不況に喘ぐ米国、戦略的に日本への圧力を掛けていきます。日本は日本で近衛内閣が混迷を極め、三国同盟に足かせを嵌められ、にっちもさっちもいかないまま資源を求めて南進を始めます。ここからは歴史でもよく習うわけですが、ハルノート、真珠湾攻撃、電撃的な南進、シンガポール陥落と進んでいきます。恐ろしいことですが日本も米国も国民は開戦を熱狂的な気持ちで迎え、総力戦にのめり込んでいきます。1点、今の時代が決定的に違うのは、ベトナム戦争の映像のようにある程度メディアや情報ツールが発展し、リアルタイムにいろいろな情報が入ることかと思います。当時、前線のつぶさな詳細が分かっていればという気はしますが、全面的な情報管制の中では望むらくもありません。

敷島兄弟はというと太郎は相変わらずなすすべもなく満州にとどまり、瓦解していく日本外交を外から眺めていきます。戦争と軌を一にして太郎の私生活も崩壊していき、あれだけ幸せであった家族に暗い影を落とし始めます。次郎は相変わらずの流浪を重ねながらも、意識しないままに特務から引き受けた裏の仕事を重ね、インド国民軍と関係を持ったり、シンガポールにまで足を延ばしていきます。三郎は相変わらずエリート憲兵として活動をしていますが、いわば憲兵のエースとして南進に同行することとなります。そして義兄を悲劇が襲います。四郎は相変わらず国策映画会社で羽ばたけない日々を送ります。

全体的に4兄弟は奇妙な安定を手にしている一冊で、残りの2巻でどういう展開になるのか今から大変気になります。

2016年11月3日木曜日

第157回:「アドラー一歩踏み出す勇気」中野 明

レーティング:★★★☆☆☆☆

少し前回のレビューから時間が空いてしまいましたが、こまごました時間の中で読書は相変わらず継続中です。今日は図書館で予約を入れてから相当待った一冊です。この3年くらいでしょうか、書籍界ではちょっとしたアドラーブームが起きています。私もよく知らなかったのですが、フロイトやユングに並ぶ大物心理学者(これはちょっと言い過ぎかと思いますが)という人もいる様です。基本的には劣等感というものに注目し、その代償としての優越コンプレックスというものをテーマとして持っていたようです。また、心理学をベースにどうよく生きるかという観点で、個人の利益のみに注目する私的論理の超越や共同体とのつながりやコモンセンスというものを重視しているようで、概ね近代西洋的な考え方のベースと一致しており、現代の日本人にはすんなりと頭に入る内容ではないかと思います。また、過去が未来を決定するということではなく、自分の目標の持ち方が未来を決定するということで、決定論を強く戒めており、この種の自己啓発系の本ととても親和性の高い心理学のようです。

さて本書はかなり売れているようですが、大学講師の方がライトノベル風に広告マンを題材にストーリーを作られたものです。内容としてはすっと読めて、たぶん2時間もあれば早い人は読み終わるのではないでしょうか。特に複雑な理論めいたものもなく、同時に内容の薄さをかなり感じますが、新書ですのでまあこういうものだと理解するほかありません。ただし、内容としては結構面白く、いろいろ考えさせられる部分があります。自分の備忘を兼ねて見出しを拾ってみます。
第1「自己成長の鍵は共同体との良好な関係にある」割り箸の話
第2「人が持つ劣等感、それは飛躍の原動力である」原点となる劣等感の話
第3「キミは私的論理の虜になっていないだろうか」自分の利益の話
第4「人生の正しい目標とは共同体への貢献である」コモンセンスの話
第5「より多く得る人からより多く与える人になれ」子供を預かる話
第6「誠意ある態度とは相手を思いやることである」会長直談判の話
第7「パートナーには献身で接することがすべてだ」退院の話

他にもアドラー本を今後読む予定なのですが、最初の一冊としてはさくっと読めてよかったかもしれません。定価で買うのはお勧めしませんが、ご関心ある方はどうぞ。