2018年11月23日金曜日

第201回:「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」加藤 陽子

レーティング:★★★★★★★

発行時にベストセラーになった一冊です。著者は加藤さんで、東大の文学部の教授をされています。平易な語り口ですが、深い洞察力と相手国側や国際社会側の視点も持って語られ、歴史が立体的に浮き上がってきます。ちなみに神奈川を代表する栄光学園で5日間講義を行った際の記録がまとめられたのが本書です。その内容の素晴らしさと教育的な価値に気づかれたのでしょう、ご本人と先生方が一緒にまとめられた本ということです。

本書は、日清、日露、日中そして太平洋戦争を俯瞰することで、どうしてかくも立て続けに戦争を行ったのか、また国民や指導部はどのように戦争に突き進んでいってしまったのかを書いています。よくある俗説のように軍国主義の一部の勢力が国民を抑圧し、騙すことで戦争に突き進んだという簡単な見方は消え、むしろ国民運動としての積極的な支持があり、さらにその中心には日本の国家としての安全保障という確信的な利益をいかにして列強との間で確保するかという長期的戦略がベースにあったことが明らかにされていきます。

日清はアジアからの独立、日露は欧米からの独立(福沢諭吉の脱亜入欧もでてきます)、資源確保と列強との間の勢力争いとなった日中(しかしながら中国の戦略もあり内部に深く取り込まれていく)、更に勝利の目算がないままそれでも国民の多くが熱狂的に支持した太平洋戦争。この過程では普通選挙や人権擁護といった普通の議論が巷ではなされ、しかし土地本位の政治体制が金持ち優遇を脱せず、軍部が民衆を代表するいわゆる野党として現れ、与党のような実権を掌握する過程が描かれます。国内の分裂や政治不全が戦争への道を敷いたという意味で、更には国民もそれを多くの場合に支持をしたという意味で、現代の荒れる世界にも考えうるような課題を突き付けていることが分かります。

このボリュームで戦争終了までの極めて質の高い近代通史が読めるというのは画期的なことで、最上位レーティングとしました。

2018年11月10日土曜日

第200回:「シンドローム」真山 仁

レーティング:★★★★★☆☆

ハードカバーで上下二巻、900ページ近い力作です。おなじみのハゲタカ・シリーズの最新作であり、2015年から雑誌に連載されていたものをまとめたものです。フィクションの形をとっていますが、多少のフェイクも入れながらかなり大胆に事実をベースにした構成をとっています。上巻はほとんどの部分が福島第一原子力発電所の事故とその後、数日間の動きが描写されます。このあたりは新聞やテレビで十分に繰り返された話をなぞっている感じもあり、正直間延びした感じを受けますが、下巻になり、なぜそこまで丁寧に描いたのかがなんとなくわかるような気がしてきます。あとは、あそこまでページを割いて原発について掘り下げるというのは、著者のエネルギー問題への個人的な関心の高さも感じることができます。

買収者側は資本の論理を推し進めながら、うまく利益をあげる取引を仕込み、被買収側はどうにかして生存を図るわけですが、その対立軸は古来からの勧善懲悪的で図式としてはやや単純すぎるかなという印象を受けました。他方、本作の優れたところは、単に企業買収の話にとどまらず、原発、エネルギー政策といった大きな構図を視野に入れて、広がりのあるストーリーを描き出しているところです。また、これも言い古された話ではありますが、時の政府の対応についても非常に厳しい筆致で描き切っています。

かなり賛否が分かれている様ではありますが、私としては著者の問題意識は十分に伝わってきますし、エンタメ作品でありながら、高い視座と広い視野のある作品に仕上がっていると思いますので、エネルギー関係者やそういう業界に携わる学生さんなどにも十分面白く読めるのではないかと思います。著者にはポスト原発のFiT制度下の再生可能エネルギーを巡るビジネスなども続編として描いてほしいと願っています。

そういえば気づくと第200回目のレビューとなりました。最初のポストが2011年1月(東日本大震災の2か月前)ですから、足掛け7年9か月での200巻達成となりました。変動はありますが、1年30冊弱のペースでしょうか。今後もぼちぼち読んではアップしていきたいと思います。

2018年11月4日日曜日

第199回:「垂直の記憶」山野井 泰史

レーティング:★★★★★★☆

前回レビューから1ヵ月以上不本意にも空いてしまいました。出張もあり、なんやかやと休日もイベントがあり、ゆっくり本を読むことができなかったのですが、11月に入り少し時間が出来ました。

さて、本書は登山、とりわけアルパイン・スタイル、ビッグウォール・クライミング・スタイルにおける名著と言われている一冊です。山野井さんは一般にはそこまで有名ではないかもしれませんが、その道のスーパースターであり、日本における第一人者の一人といって差し支えないのではないでしょうか。また、奥様の妙子さんも女性アルピニストとして世界的に知られています。本書は山野井さんが時に奥様ともチームを組み、ヒマラヤに挑んだ記録を本にまとめたものです。サブタイトルが「岩と雪の7章」ってかっこよすぎます。

私はアルパインもビッグウォールもやったことがないんですが、本書は真のクライマーの物語であり、読んでいるだけでこちらまでドキドキする臨場感があります。最後の「ギャチュン・カン北壁」をピークとして、どの登山も壮絶も壮絶であり、またこういうことをやりきってしまう身体能力や意志の強さというのは想像を絶しています。最近、夜テレビでやっている「クレージー・ジャーニー」という番組を、ちょうど会社から帰ったあたりでやっていることもあり見るのですが、この番組も想像を絶するような旅や挑戦をしている人を紹介しており、ものすごく面白いです。山野井さんもぜひ出てほしいところです。

しかし、8000メートルを超える高峰に一人で突っ込んでいくとかそういう話ばかりなのですが、本当にすごいです。ご本人も認めているようにやや特殊な世界なので、それをもって社会的に偉いとか偉くないというのは全くないのですが、その突き抜けた情熱と実行力と見方にはあこがれを感じます。