2021年3月28日日曜日

第234回:「強き蟻」松本 清張

レーティング:★★★★★☆☆

ここ数年、松本清張さんの作品に嵌っていますが、挙げられるのはまずは圧倒的な筆力。ぐいぐい引き込まれるストーリー、無駄がない描写、最後の鮮やかさ。特に悪人を描く時の旨さと、単に勧善懲悪ではない、悪そのものの存在を肯定した作品になっているところに深みを感じます。松本さんに限らず、昭和の大作家は本当にすごかったと思う。本作品は昭和45年から連載開始(文藝春秋)ということです。当時私は生まれてなかったものの、まだぎりぎり当時の雰囲気が想像ではあるが理解できる気がします。

本作品は年の離れた夫婦、それも30歳も離れた夫婦の話であり、特にその奥さんが主役となって舞台を回していきます。しかしながら、夫もただの老人としては描かれておらずその相克が非常にち密に描かれます。さらに、そこに弁護士や医者、犯罪事件も絡むという豪華キャスト。内容はネタバレにならないよう書けませんが、解説で似鳥 鶏さんが書かれている文書は非常に面白いことを書き添えたいと思います。似鳥さんのお名前は初めて拝見しましたが、やけに現代調の文章だなと思ったら1981年生まれの推理作家の方で、本書(文庫)が刊行された2013年に書かれた文章のようです。

文庫で400ページくらいですが一気に読めます。清張さんの作品としては決して長くはなく、また舞台が地理的にかなり限定されてしまうので、スケールという点ではすこし物足りないものを感じましたが、人間の心理描写や40前後の葛藤といったところは余すところなく描かれている感じがしました。お勧めの一冊です。

2021年3月20日土曜日

第233回:「約束の海」山崎 豊子

レーティング:★★★★★★☆

前回の投稿からほぼ5ヵ月が経過してしまいました。この間の読書量は大きく低下してしまっていました。仕事環境が激変し、身の回りのことをする時間が極端に増え、移動時間が減るなど本を読む時間がどんどん削られました。しかしながら、今になって少し落ち着いて本を読む時間ができたことは良い印しだと思いますし、これからは少しゆっくりと読書をする時間を意識的に持てればと思います。

さて、久々の一冊は山崎さんの遺作となってしまった約束の海です。小さいころに世間をにぎわし、それを幼心で見ていて衝撃を受けたニュースはいくつかあるのですが、たとえば日航機の墜落、チェルノブイリ、そして潜水艦なだしおの衝突事故でした。それらの事故が持つ社会的な意味合いは当時よくわかりませんでしたが、連日、生々しく放送されるテレビを家族でよく見ていましたし、その痛ましさはもちろんのこと、こういうことが身近に起こったらどうしようという不安を漠然と抱いたことを思い出します。

本作は山崎さんらしく、太平洋戦争初日の真珠湾攻撃から、なだしお、そして日本近海における外国勢力とのせめぎあいを取り上げながら、青年の成長と人生を描くという一大叙事詩となっています。三部作が想定されていたということで、第一部で終わってしまったことは本当に残念ですが、こういうスケールの大きな作品で山崎さんが最後に問いたかったことの重みは十分に伝わってきます。テーマ設定もそうですし、どのような題材に心を動かされておられたかというのを読むと、どこまでも人間的な優しい視点を持った作家でらっしゃったことを感じます。取材は綿密を極め、長い年月と考えられない費用が投じられていたようです。こういう作品を生み出していける作家はほとんどにいなくなってしまったように感じられるのが寂しいところです。山崎さんの本はまだ読めていない代表作が数冊あるのでそれらについても順次読み進めたいと思います。