2013年11月30日土曜日

第81回:「V字回復の経営」三枝 匡

レーティング:★★★★★★★

このところ少し仕事が立て込み、なかなか更新できません。おまけに今日読み終わった(別の)1冊は今年の4月にレビュー済であることに気づき、すなわち1年以内に読んだにもかかわらず本当に心に(記憶に)残らない1冊をまた読んでしまったことに気づいて、少しへこみました。

さて、本書は著者の名前は何度も書店で目にしていたにも関わらず、なかなか手が伸びていなかった1冊です。非常に面白いとあちこちで評判になっていたので(もうかなり昔ですが)、やっと読めて嬉しいのと同時に、あと5年早く読んでおけばと思えた1冊です。

内容は、著者が過去に手掛けたコンサルティング、特に企業変革に焦点をあてたプロジェクトを仮想の会社に置き換え(ただし、数値等は概ね実在のもの)、実話仕立てのストーリーで説明していくというものです。著者は日本のBCGの第1号(日本人)社員だそうで、2000年代前半にはそれまで個人事務所でおこなっていたコンサルティングを辞め、ミスミの経営陣に加わり、現在もCo-CEOとして社のかじ取りを行われています。さすがに実践的に経営に関与し、経営者としても非常に優れた実績を残されている方なので、口だけ番長にならないリアルな本となっています。

本書の優れたところはいくつもあるのですが、①現実のケースをベースにしているために極めてリアル、②経営学や欧米コンサルティングの知見を随所に活用し、理論的バックボーンがある、③にも関わらず、日本企業の独特の経営慣行や労使関係などをとらえており、日本企業変革の要諦をハイレベルでとらえている、ところかと思います。著者が極めてクリアに頭の中を整理されているからだと思いますが、難しい内容を書きながらすっと抵抗なく頭に入り、かつ納得できる内容であることに感服してしまいました。

会社をある種の人間臭いやりとりが交錯し、続く場としてとらえており、経営者も非経営者も全員が等しく志をもって仕事に取り組む必要があるというメッセージがあるように思われます。どの人物描写もリアルであり、どの年代、階層の人が読んでも心を熱くするものがある物語ではないかと思います。本書(読んだのは単行本)は2001年に刊行されましたが、現在もまったく変わらず通用する内容ばかりで、全く色あせていないのは如何に経営の普遍的なポイントにフォーカスしているかを表していると思います。3部作のように他の作品もあるようなので近々読んでみたいと思います。

久々に経営学(?)関係の本では大ヒットであり、面白い一冊なのでついついレーティングもバブリーになってしまいましたが、それくらい価値ある一冊だと思います。

2013年11月18日月曜日

第80回:「ザ・ラストバンカー」西川 善文

レーティング:★★★★★★☆

経営者の回顧録は面白いというのが私の中のセオリーなのですが、全く期待を裏切らない一冊でした。ご存知、三井住友銀行の元頭取であり、日本郵政の元社長である西川さんの一冊です。来し方を振り返りながら、特に誤解や批判の多かった不良債権処理の取り組み、危機下の増資、日本郵政時代の資産処分などを中心に書いています。割と率直に書いていて、守秘義務に抵触しないかとややひやひやするようなところもあります。他の書評には、(本書には)色々書かれていないことがあるというものもありましたが、それはやぼというもので、至極当たり前だと思います。まだ年月が経っていないため、色々迷惑のかかる話やどうしても書けないことも一つや二つではなかったはずです。

本書の優れたところは、世界有数のメガバンクのトップが、それまでにどんな仕事に取り組んできたか、また日本郵政の民営化に尽力した様が描かれていることはもちろん、その過程で安宅産業の処理、イトマンとの関わり、ダイエーの不振、金融ビッグバンと業界の再編、郵政民営化など、昭和から平成を彩る大型経済事件の貴重な証言になっているところです。特に自分でリアルタイムに経験していない安宅産業とイトマンの話はかなり興味深いものでした。そして大手のメディアが形作る一方的なイメージが時として相当に歪んで真相をうやむやにしてしまうことです。他方、大きなメディアでしかできない取材や持てない影響力もあるので、当然ですが大きいから即悪いというものではなく、当事者のこうした本も含めて、多様な情報源が社会にあるということが大事なのだと思います。

本の内容に戻ると、驚いたことの一つは銀行の取引先の再建や処理に関わる深さです。今もそうなのか分かりませんが、詳述されている安宅産業の処理には融資第三部という専業の部署を設け、更に安宅本体のみならず、米国の子会社、国内の関係会社(ゴルフ場まで含む)まで入り込んで懸命に再建または破綻処理の作業が行われています。現在は昔ほどメインバンクという体制が強固に機能していないので、ここまで極端なことはないのかもしれません。もうひとつ驚いたのは、戦後の金融行政の縛りの強さです。教科書的な意味で金利の自由化がなされなかったこと、出店規制などがあったことは知ってはいましたが、ここまで細部にわたり規制が敷かれていたとは知りませんでした。私が小さい頃は、預金を獲得するために銀行ができることはおまけになにを付けるか(ミッフィー付きかミッキー付きのティッシュetc)しか差別化材料がないなどという自嘲がありましたが、本当にそういう世界だったのかもしれません。大きな意味での金融業界の自由化は金融機関の数を一気に減らし、その過程では多くの痛みもあったはずですが、コンビニが24時間でATMを稼働させるなど30年前は夢のまた夢で、利用者の利便性が大きく向上したことは間違いないと思います。

優れた経営者の告白であり、優れた現在進行形の経済史、といえる本です。