2012年3月20日火曜日

第39回:「苦役列車」西村 賢太

レーティング:★★★★★★☆

第144回芥川賞受賞作です。作家をひそかに志す日雇労働者が主人公となっていますが、私小説的な要素が多分にあり、多くの部分が実体験に基づいているということです。なかなか読んだことのない、重苦しいようなあっけらかんとした、不幸だけど希望があるような不思議な小説です。そして昨今はあまりお目にかかれない濃密な主人公の吐露が続き、時折息苦しさを覚えます。

暗いばかりの小説ではなく、主人公が大正期などの文学を実は読み漁っていて、随分と私小説に情熱を燃やしており、それが現実の世界で生きることの大きな支えになっているという熱く、前向きな部分も感じられます。また文体も秀逸で、どこでこんなのを覚えたのかという難解な漢字が良く出てきて、文末が意識的に「る」と「た」で揃えられ、リズムを生み出すように続いていきます。

さらけだすことについてこれだけ意欲を持った作家は昨今いなかったように思え、高い評価にしました。ちなみに表題作の最後の1パラは文字通り痺れます。また単行本に同時に収められている『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』も良い味出してますので、ぜひご一読ください。

2012年3月18日日曜日

第38回:「私的整理の実務」高木 新二郎・中村 清

レーティング:★★★★☆☆☆

世の中では多くの会社が生まれ、倒産(、そしてその一部は再生)しているわけですが、その倒産プロセスは大きく二つに分けられます。一つは法的倒産処理手続きであり、もう一つは私的倒産処理手続きとなりますが、前者は破産、会社更生、民事再生といったものであり、ニュースでもある程度聞くカテゴリかと思います。後者については、その名のとおり債務者と債権者が私的なプロセス(法廷等が関与しない)で債権債務関係を再編するものであり、それが故に事例が公に公表されることが少なく、世の目に触れることも少なくなります(通常、私的整理と呼ばれます)。

本書はその私的整理について法的な位置付け、考え方、判例を紹介しながら、実務の流れについて詳細を記したものです。私的整理は外部機関の関与がないため、公平性の担保や詐害行為の防止が難しいことが特徴ですが(他方、迅速な処理が可能)、どの程度までが裁判所によって認められ、否認されるかについて判例をベースに解説されています。世に法的倒産処理に関する本は多いですが、私的整理に関する(特に実務面の)本は非常に少なく、その意味で貴重な情報源として使えます。ちなみに著者の一人の高木氏は、弁護士(元裁判官)で倒産・事業再生の大家であり、この本を書いた後になりますが産業再生機構の産業再生委員長も務められました。

このように優れた一冊なのですが、本書は平成10年(1998年)に書かれており、その後、倒産法制が大幅に改正されているため、幾つか今はピンとこない記述がある点は要注意です。ぜひ、アップデート版が刊行されることを望みます。

2012年3月4日日曜日

第37回:「半島を出よ(上)(下)」村上 龍

レーティング:★★★★★★☆

ここ半年ほど本を読める時間が減っているのですが、他方、数少ない読んだ本に当たりが多くて嬉しいこのごろです。この本は非常に面白かったですし、なによりプロの作家の想像力、構想力や筆力をまざまざと見せつけられました。

村上龍氏は、私のささやかな読書史には重要な位置を占める作家で、高校1~2年目のころには随分とはまり、前期の(エッセーを含む)殆どの作品を読みました。特に「限りなく透明に近いブルー」、「コインロッカーベイビーズ」、「愛と幻想のファシズム」や「五分後の世界」は自堕落な世界観と緊張感のある描写に随分とやられました。しかしながら、その後の「KYOKO」あたりから、なんだか自分の求めていたものと路線が異なるような気がして、しかも随分と文章の密度が低下した気がして、「インザミソスープ」でなにが面白いのか全然わからなくなってしまい、それ以降、少なくとも氏の小説は一切読まなくなってしまっていました。ただし、経済関係での露出、特に「カンブリア宮殿」なんかは面白いので、今でも良く見ています。

ほぼ、読まなくなってから干支が一回りした最近、成田から長い時間フライトに乗る機会があり、この本を手にしました。とりあえず分厚いので上巻だけ買って飛行機に乗り込みました。上巻は単行本で430ページもあるので、これは帰国するまで読み終わらないだろうと思っていたのですが、北朝鮮の反乱軍が九州に上陸するというかなり変わった設定と、膨大な資料と取材に裏打ちされたリアルな描写にぐんぐんと読み進めました。結局、買った翌日には上巻を読了してしまい、下巻を買ってこなかったことを深く後悔しながら帰国しました。

この小説の面白いところは、荒唐無稽というか突飛な設定にも関わらず、緻密な日本や北朝鮮双方の取材によって高いリアリティを獲得しているところです。そこに加えて、北朝鮮兵士の視点から日本を描写し、また彼らの祖国が描写されていることです。それがどれほど正確なものかは分かりかねますが、何人もの脱北者にインタビューを重ねているため、たぶんそういう感じなんだろうなと思えるところが随所に出てきます。

また、この反乱軍に唯一立ち向かっていく集団があるのですが、これも現在の日本への強烈なアンチテーゼとなっています。この集団はほぼリアリティはないのですが、個性的で読ませます。こういう社会から疎外された人々を描くのは、デビューのころから一貫して著者の得意分野です。

構想の大きさ、北朝鮮兵士の側から語ること(そしてその難しさ)、圧倒的な取材を通じたリアリティ、長いのにほとんどだれないストーリー展開などどれをとっても一級品の小説だと思います。レーティングは満点にすべきか悩みましたが歴史の風雪を乗り越えきったわけではないので、少し控えめに6としました。

第36回:「経営分析のリアル・ノウハウ」冨山 和彦・経営共創基盤

レーティング:★★★★★☆☆

久々に新刊(2月17日発売)を購入しました。冨山氏は第5回、第6回でもレビューしているので、ご興味のある方はそちらも参照いただきたいのですが、産業再生機構で辣腕を振るった企業再生家であり、現在は著者に名を連ねている経営共創基盤のCEOを務めています。

本書は一通りの財務分析や経営分析をした経験のある人がぶつかるであろう問題意識に応える内容となっており、新書ながら非常に密度の濃いものとなっています。私もとりあえず一通り読みましたが、ゆっくり咀嚼しながらもう一度近々読んでみようと思っています。さらりと書いていることが、かなり大事であったりして、マーカーをとりあえず手元に準備するつもりです。

財務分析や経営分析をする時に、迷ってしまうところやすっきりしないところは色々ありますが、一つは踏まえるべき業界や会社の文脈に照らしてどう財務分析の数値を判断するかということがあります。また、財務分析はできたんだけど、なんで高い利益率を誇っているのかいまいち判然としない場合もあります(利益率が低かったり、マイナスなのは比較的読み取りやすいのですが)。たぶん、その会社の商売の仕組みが見えていないことに起因するものだと思います。特にこの後者の部分、会社が行っている日々の業務が明確に描けないと見た目はもっともらしくても、随分苦しい分析になりがちな気が実体験からしています。

以下の項目は、特に面白いものでした。
「リアル経営分析はテーラーメイド」
「その数字から企業小説を書けるのか」
「規模が効く業種と効かない業種」
「業界構図の変化の陰には、必ず経済構造の変化がある」
「規模、範囲、そして「密着」の経済性」
「そもそも勝ちパターンがつくりにくいビジネスもある」
「分けるはわかる、管理会計の重要性」

やはり実務家の本は、教科書的な通り一遍の解説を超えて、豊富な実例を踏まえた含蓄があります。もっと詳細なものを読んでみたい気はしますが、エッセンスをぎりぎりまで詰め込んだ新書とという感じで、非常に読み応えがありました。お勧めです。