2014年11月24日月曜日

第106回:「IMF(上・下)」ポール・ブルースタイン

レーティング:★★★★★★☆

主として1997~1999年のアジア通貨危機への国際社会、とりわけIMFの対応についてノンフィクションの形で書かれた一冊です。欧米の経済ジャーナリズムの質の高さを感じる一冊で、主にワシントンを舞台にはしていますが、ロシアやアジアについても十分に取材されており、大変臨場感のある一冊です。アジア通貨危機はグローバリゼーション黎明期の大きな経済事象(事件)でしたが、その内幕を克明に記録したものとして歴史的にも十分価値のある一冊だと思えます。ただし、なぜか本書(原本)が刊行されてから10年以降経ってから邦訳されており、なんともそのタイミングは拍子抜けします。まだ、性質は違いますがリーマンショックあたりで翻訳していれば商業的にも違ったものになっていたのではないでしょうか。

舞台はワシントンのIMFです。いわずとしれた国際通貨基金であり、世界トップレベルのマクロエコノミストが集うところとして知られています。ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ教授を始めとしてアンチ国際機関の大物は多数いて、たしかにそういう言説を読むとなかなかすっきりするところではあるのですが、世の中はそんなに単純なものではなく、本書はIMFの功罪を丁寧に客観的に、また独善的にならずに評価しています。

タイ、インドネシア、韓国、ロシア、メキシコなどの事例がつまびらかに紹介されますが、IMFを中心とした国際社会の救済が上手く行ったところもそうでないところもありますが、個人的にもった感想はどれも紙一重だったんだな、ということと多くの場合後付けでしか評価できないんだな、ということです。もちろん当初の見たてや計画からのかい離で評価するわけですが、マクロ経済や国際金融という分野である以上、本当的に外生的なファクターが多くて、ややIMFの職員に同情的な感想を持ちました。他方、米国や日本財務省もこれらの決定には大きな発言権を持っていたことがわかり、単に一つの国際機関に留まらない作品になっています。さらに面白いのは被支援国の内情もつぶさに描いており、グローバルな視点を獲得していてこれまた素晴らしいところです。

難点は最初に書いたとおり、ちょっと題材が古いため、いまさら(書き尽くされた感のあるテーマで)興味を持続させにくいこと、訳がところどころ読みにくく、基本的な経済単語と思われるところに誤りではないと思うのですが、見慣れない用法が見られるところでしょうか。しかしながら、全体としての訳は原書に忠実で正確だと思います。こういう分野を志す方には、本当に面白い一冊ではないでしょうか。長いので年末年始の読書のお供に。

2014年11月22日土曜日

第105回:「銀行総務特命」池井戸 潤

レーティング:★★★★★☆☆

本日2個目の在庫一掃レビューです。3作連続で池井戸さんでまたまた銀行ものですが、本作はミステリーではなく、短編小説の集まりです。テーマは全て一緒で標題のとおり銀行の総務担当が様々な不祥事に対処し、その過程で組織や個人の悲哀を浮かび上がらせるというもので、おそらく最も池井戸さんが得意としているか書きたかったテーマの作品ではないかと思います。

さて、中身は短編なので色々なのですが、各種ハラスメント、不正、個人不祥事などが次々勃発し、それに組織の一員として対応していくというものです。人間それぞれ事情がありますが、ペーソスに溢れた話が続き、「銀行仕置人」と似たような話と思いきや作品のクオリティはこちらの方がずっと良いと思いました。ご興味ある方はぜひ読み比べてみてください。

短編で移動中などに少しずつ読めるので、年末年始のお供にどうでしょうか。

第104回:「銀行仕置人」池井戸 潤

レーティング:★★★★☆☆☆

前回に続いて池井戸さんの作品です。あまり有名ではない作品のようですが、2005年に単行本として刊行され、文庫は34刷までいっており、さすが人気作家というところです。

内容ですが、某メガバンクの本店営業第3部次長がある会社向けの融資を焦げ付けさせ、その責任を問われて・・という半沢直樹シリーズにあるパターンです。違うのは、基本的にミステリーとまでは言わないまでも、謎解きを進めていく構成であることと、主人公(黒部)のキャラがあまり立っていないことくらいでしょうか。一つ面白いのは、デジタルフィッシュというIT系の会社がでてくるのですが、これはいっせいを風靡したなんとかフィッシュという会社を題材に(少なくとも意識)しているのではないかと思えるところです。もちろん虚実織り交ぜているはずですが。。。

銀行もの、半沢もの、ミステリーものが好きな方にはお勧めの一冊です。個人的にはあまり響くものはなかったのですが、好みの問題であり、面白いは面白かったです。

2014年11月3日月曜日

第103回:「空飛ぶタイヤ」池井戸 潤

レーティング:★★★★★★☆

読書の秋、なのですが中々読書が進みません。しかし、レビューに挙げてないだけで読了しているものが本書以外に一冊あるので、まあまあ悪くないペースかもしれません。皆さんは読書の秋、いかがでしょうか。最近思うのは、ずっと昔は電車の中で漫画を読んでる人、本を読んでいる人、携帯(ガラケー)を見ている人などが分散していたのですが、今は殆どの人がスマホを見ている人になっていることです。自分も結構そうなっているときがあるのですが改めてみると結構びびる光景です。スマホに浸食されて、日本人の読書本数というのは(元々減少しているところ)更に減っているのではないでしょうか。ちなみに日本だけかと思いきや、海外でも正直言って余り変わらない光景を見ますので、グローバルな現象なのかもしれません。

さて、標題の一冊は2000年代に起きた某自動車メーカーにおけるトラックのリコール隠しを題材にしたものです。実際の事故(事件)、それも社会的に大きな反響を読んだものを下敷きにしており、更に登場するメーカー及び同系列の銀行が日本最大の財閥を露骨にイメージさせるものなので、著者の勇気は先ず凄いなと思いました。なかなかタブーとは言いませんが、ここまで批判的に小説として再構築できる覚悟も力量も凄まじいものがあります。ちなみにWikiによれば、さすがにスポンサーとの兼ね合いからか民法では放送できず、WOWOWでドラマ化して高い評価を受けたそうです。ぜひ読んで頂きたい秀作です。

末尾についている大沢在昌さんの解説が秀逸なので読んで頂きたいのですが、自分として凄いと思った点を。まず上に書いたとおり、著者のプロ小説家として覚悟を固めた批判的記述に凄味があります。そこまで?という程に日本の一流というものへの批判を繰り広げます。これがどれだけあっているのかは密接に接したことに無い私にはよく分かりませんが、著者は元々小説家になる前に内部にこの財閥に所属していたはずなので色々と思う時があるのかもしれません。次に小説家として、無駄もムラもない描写が本当に上手いと感じました。上下(文庫)で900ページほどあったと思いますが、だれることなく、かといって飛ばし過ぎでわけがわからなくなることもありません。初期の村上龍さんはここらへんのコンパクトで情感豊かな描写が特徴でしたが、遜色ないレベルで筆が進んでいきます。三つ目には、よく人物が描かれていて、更に会社や個人の欲、組織の病理に切り込みつつ、人はどうあるべきかということも不合理に生きる多くの人間を出しながら考えさせられるところです。

エンタメ寄りな作家なのかと失礼なとらえ方をしていましたが、時代が変わっても心を打つ、また2000年代の日本の経済や経済事件ということを知るうえ手も非常に優れた作品と思われ、6つ星としていますが、気分的には6.5くらい献上してもよいのではと思う力作でした。著者の他の作品も読んでみようと思います。