2021年7月11日日曜日

第239回:「国銅」帚木 蓬生

レーティング:★★★★★★★

お勧めの歴史もので挙げられていた一冊です。帚木さんの著作は今まで読んだことがなかったんですが、今回読んで、本作のクオリティに感動しました。国銅は東大寺の大仏造営を軸に青年の成長、8世紀の技術、国家、厳しい一足の生活、仏教の大きなうねり、人間愛、生と死が余すことなく描かれています。解説でも書かれていますが、本書の最大の工夫は抑えた筆致で、いたずらに出来事を盛り上げすぎることなく、暗くなりすぎることなく、しかし決して明るくはないトーンで約440ページが書ききられたことだと思います。描写は細かく、延々と続くため、途中で少しペースが落ちることがあったのは正直なところですが、下巻の後半の旅路では主人公の国広と一緒に故郷を目指すような気分になりました。それだけ丁寧に長い生活を一緒に追っていったことで感情が移入されていたのだと思います。

大それたドラマを丁寧に避けているのですが、その中で浮かび上がってくるのは生命への賛歌であり、生活を日々まともに一生懸命送っていくことへのエールです。いやになるようなことやつまらないと思うようなことが日常にはたくさんあると思いますが、そのどれもこれもが生きることの一部であり、全部であるというのが伝わってきます。多様な僧侶の生きざま、なにを大事にして変わらずに生きていくかということを突き付けられます。悲田院に生きる僧侶、故郷で誰も知られずに仏像を彫ること、どれも名声や富とほど遠く、下手したら誰にも気づかれず終わってしまう営為かもしれませんが、それを誰かが見ているんだぞと著者は言っているように思えます。

2003年に刊行とありますが、文庫版の奥付をみるとすでに本年で5刷とのこと。地味かもしれませんが良質な作品が読者の心に届いていることを感じます。次に機会があればかならず東大寺に足を運んで、それを作った人々の長い労苦に思いをはせながら東大寺大仏殿を訪れたいと思います。