2012年12月22日土曜日

第60回:「虚像の砦」真山 仁

レーティング:★★★★★☆☆

前回の投稿から一か月以上空いてしまいました。細切れ時間やまとまった余暇を優先的に割り当てていることがあり、なかなか本が読めません。おそらくこの傾向は一旦2月くらいまでは続くので、やや不本意ですが続いてしまいそうです。もう1冊、今月は読んだので、後1冊は積み増したいところです。

ところで、本書は読み始めてすぐに「んんん・・なんか読んだことあるかも」と思い始め、少し進んで確信に変わりました。おそらく図書館で借りて、2年前くらいに読んだのでしょう。しかし、筋を結構忘れていることもあり、せっかくということで最後まで読みました。再読する気が起きるということはそれなりにおもしろかったということであり、二度目にも関わらずかなりぐいぐい引き込まれました。さすが真山 仁さんです。

真山さんは代表作が「ハゲタカ」シリーズであり、NHKでもドラマ化されました(こちらも面白かった)。経済小説がメイン領域で、本書はさらに著者のバックグラウンドである報道やメディアを射程に入れているため、相当冴えています。ハゲタカは世相というか時代を的確に切り取ったこともあり、大きな話題となった一方、本書はそれほどメディアからのカバーもなかった(そもそも既存大手メディアにとってはかなりの問題作ですが)気がします。しかしながら、内容の濃さ、スピード感、問題意識の高さなどは一級品であり、もっと評価されてよい作品に思われます。

文庫版で読みましたが約500ページ、短くはないですが読み始めたらぐぐっと読めると思います。年末年始の帰省のお供などにいかがでしょうか。ちなみに文庫版の解説は、稀にみるがっかりなものでした(本書の評価には全く関係ありませんが)。

2012年11月11日日曜日

第59回:「働く君に贈る25の言葉」佐々木 常夫

レーティング:★★★★★☆☆

ビジネス書で昨今かなり人気のある佐々木氏(元東レ経営研究所社長)の本です。就職したての甥への手紙という形式をとりながら、著者が社会人生活で大切だと思ったこと、大事にしているエピソードなどを書いているものです。

数年前だったと思いますが、著者の今までの来歴を書いた短いものを読んで衝撃を受けました。普通のビジネス・パーソンならとっくに挫折してしまうだろうなというような(主として)プライベートの難しさを抱えながら、仕事も家庭も放りだすことなく、妥協することなく取り組み、東レで大きな成功を収められました。相当に厳しい局面があったと思いますが、それを乗り切るバイタリティであり覚悟は尊敬に値します。なかなか本を読む機会はなかったのですが、今回手に取ってみました。

書いてあることは、誰も異を唱えない普通のものばかりです。しかし、そのシンプルというか真っ当さ(それを実践すること)こそが難しいのかもれません。たとえば「書くと覚える、覚えると使う。使うと身に付く」とか「せっかく失敗したんだ、行かさなきゃ損だよ。」などです。

内容を余り書くとただのネタばれになってしまうので控えますが、特に面白かったチャプターは、「欲を持ちなさい。欲が磨かれて志になる。」、「「それでもなお」という言葉が、君を磨き上げてくれる。」、「逆風の場こそ、君を鍛えてくれる」と「運命を引き受けなさい。それが、生きるということです。」あたりです。どれもこれも書いてみると陳腐極まりなく聞こえますが、佐々木氏の努力を重ねた半生のエピソードと一緒に語られるときわめて説得力があります。レーティングは普通ですが、ビジネスパーソン全般にお勧めの一冊です。

第58回:「リストラクチャリング」ローランド・ベルガー・アンド・パートナー・ジャパン

レーティング:★★★★☆☆☆

人間の健康と一緒で、企業の業績も浮沈がありますが、企業の浮き沈みは時に従業員や取引先、株主などに大きな影響を与える社会的なイベントとなります。昨今、一部業界について企業業績に関する厳しい報道がなされたり、また大きな(他のセクターの)企業が国の関与もあり再生を遂げたりと、様々なリストラクチャリングに関係するニュースが多くなってきている気がします。

2000年前後のバブル崩壊後の不良債権積み上がりの時期、大手の金融機関を始めとして多くの破たん事例があり、毎週どこかで企業が行き詰っているように感じました。あのころほど暗い雰囲気はありませんが、そのあたりからどうして企業の業績は悪化するのか、一時的な悪化と大きな問題につながる悪化を隔てるものはなにか、また悪化したらどうすれば復活できるのか、そういうことへの興味が続いています。

本書は2001年発行なので、そんな厳しい経済状況に追い込まれ、金融機関の資産サイドを整理、融資先を再生させることが大きな社会的課題となっていた時期の本です。コンサルティング会社が出す本に典型的なことですが、分かりやすく、多少の事例を交えながら(ただし、公開情報を超えない浅いもの)、モデル的な対処について解説しています。本書は、真っ当に「止血」(キャッシュの流出阻止)、「描く」(成長シナリオの創出)、「進む」(シナリオの実行)という流れでポイントを書いています。この辺りは実際に数多くの事例を手掛けているはずなので、細かいコツまで含めて書いてあり、ここまで目配せしているのかと勉強になります。

他方、ルフトハンザ、日産等のケースも言及がありますが、こちらは新聞に書いてある程度の記事であり、あまり新しいところはなく、それを目当てに買うとがっかりされるかもしれません(もとい、すでに本屋には売ってない本かもしれませんが)。これ以上を知りたかったら、コンサルティングを申し込んでね、ということかもしれません。

2012年10月28日日曜日

第57回:「門」夏目 漱石

レーティング:★★★★★★★

夏目漱石の小説を読んだのは、もう10年以上前と記憶しています。中学だったかの頃に「吾輩は猫である」を読んで、さすが面白いなあと感激し、その後「こころ」を読み、どーんと重い作品であるため、漱石作品の持つ多様な側面を感じました。その後、「門」の第一部作に当たる「三四郎」を読むのですが、当時の私には(ましてや昔の)大学生の生活や考えは良く分からず、二度トライしたのですが、いずれも途中で断念してしまいました。

それから年月は流れ、「門」を薦める本に出会い、久々に読んでみようと思い、手に取ってみました。内容は余りに有名で、いたるところに紹介があると思うので割愛しますが、三四郎の主人公が結婚し、役所勤めを続ける日々の話です。こう書くとなんの面白みもないのですが、初期の先品と異なり薄い雲が終始立ち込めたような重苦しさや、その中での生活や主人公と妻の心の動きなどが生き生きと延々と描写されていきます。

中学生だったときより、今の自分は(累計では)ずっと本を読んできたわけですが、いま漱石を読むと、文体の完成度、文章の簡潔さと明瞭さ、色ではなく濃淡を描き出す筆力などすべて高いレベルでまとめられていることが良くわかります。さすがに世紀を超えて残る作家です。

「門」は三四郎シリーズの完結編なので、ここから「それから」に戻る手もありますが、結構重い本だったので漱石の後期とは一度間合いをとって、またいつか戻ってきたいと思います。久々の最高レーティングです、レベル高いです。

第56回:「フロイトとユング」小此木 啓吾・河合 隼雄

レーティング:★★★★★★☆

日本を代表するフロイト派の医師である小此木氏と同じくユング派の心理療法家である河合氏(いずれも故人)の対談本です。ここ何回か、対談本が一般的傾向として如何につまらないかを書いたのですが、本書はその例外となる深く、広く、学ぶところの多い一冊となっています。なんでも本書は元々1979年に刊行されたものの、出版社の事情で入手が困難となり、復活を望む声に押されて1989年に復刊したとのことです。両対談者のまえがきとあとがきでも読み取れますが、ずいぶんと思い入れのある一冊だったようで、そのことは中身の濃さからも想像できます。

内容はタイトルのとおりで、両対談者がどのようにフロイトでありユングに学ぶようになったかというヒストリー、フロイトやユングの中心的な考え方・アプローチの相違点、日本や東洋におけるフロイトやユングの意義などが語られていきます。内容としてはやさしいところから高度なところまでカバーしていますが、対談という性質かするすると読めますし、それでいて内容は手を抜いているところはありません。世の中にフロイトやユングについて書いた本は多いですが、日本の第一人者が対談形式で迫ったものはなく、貴重なものかと思います。なお、対談が行われた時代が時代なので、若干学生運動やいじめ問題(こちらはまだ隆々と続いていますが)も触れられていますが、特に時事ネタに偏っていることはなく(むしろほとんどない)、現代でも全く違和感のない内容です。

面白いのは、「科学」たらんことを目指し、組織、系統だったものを重視したフロイトを学んだのは、慶應医学部を出て、医師として研究・実践した小此木氏であり、それに対して徹底して対象の「内面」に重きを置いて、ある意味対象の外部に起こった事象は意味を持たないというくらいの割り切りを見せたユングをつぶさに学んだのが、医師ではない河合氏であったことです。フィットというのでしょうか、それぞれのキャラクターは、よくフロイトやユングにあっているようです。また、相違点のみならず、フロイトとユングの相互の影響やお互いに認め合っているところもたくさん読み取れます。

個人的な備忘になってしまいますが、ボス(スイス)、ライヒ(オーストリア)、ラカン(フランス)も著作をいつか読んでみたいと思います。

2012年10月20日土曜日

第55回:「レバレッジ勉強法」本田 直之

レーティング:★★★★☆☆☆

先日読んだ同じ著者の『レバレッジ・シンキング』のシリーズです。今回は社会人の勉強法に焦点をあてたものです。かなりの部分が『レバレッジ・シンキング』の内容とかぶってはいますが、自分用のメモも兼ねて内容をご紹介したいと思います。ご興味ある方は、手に取ってみる価値が十分にある一冊だと思います。

まず、本田氏は勉強を三種類に分類します。すなわち、①試験、資格、②知識、ノウハウ、③情報です。そして趣味的なものを除けば、社会人の勉強は将来継続的なリターンを得るための投資と割り切り、7つのチェックポイントで極力向いていない勉強や目的のあいまいな勉強を排除しようと呼びかけます。社会人が自由にできる時間はやはり限られているので、それを効率的なところに振り向け、さらに少ない投入量で目標に達することを繰り返し説きます。

具体的な分野としては、①語学、②IT、③金融知識を挙げ(これは人によって異なると思いますが)、勉強するための「仕組み」づくりを提唱しています。マニュアルのフル活用、アクティブ思考、ノルマ化、時間割などを駆使して、効率的かつ持続的な勉強を・・というノウハウが描かれていきます。

なお、最後の方にはこんなPCを使うといいとか、お勧め文房具などが紹介されており、さすがにこれは要らない内容である気もしますが、まあこういう柔らかいネタもなかなか面白く、嫌みなく紹介されているところが、本田氏らしくてすごいな、と感心しました。

いっちょ勉強しようかな、という方にお勧めです。ちなみに社会人向けに書かれていますが、学生さんが読んでも十分に使える内容だと思います。

第54回:「こころと脳の対話」河合隼雄、茂木健一郎

レーティング:★☆☆☆☆☆☆

好きな作家やミュージシャンの作品で、こういうものは出さないで欲しかったよな・・というものはあるでしょうか?私は、たまにあるのですが、本書はその典型例です。最晩年の河合先生と脳科学者の茂木氏の対談です。

残念ながら対談本にろくなものはない(いいものはごく稀)という私の限られた経験則そのままでした。中身の薄さ、対談の深まらなさ、茂木氏の脳科学者としての知見がタイトルとは裏腹にほとんど示されないことなど残念な部分が目立ちます。当時、脳科学というものがクローズアップされたところで、ブーム本でもあったのでしょうが、これが世に出された価値は殆ど無いように思われます。

ここまで対談本に懐疑的なら、読まなければいいじゃないかという指摘はあると思いますが(そして、その通りだと思いますが)、ついつい気になる人のものは読んでしまいます。どこかでいけてる対談本に会えるよう、ぼちぼち読書を続けたいと思います。

2012年10月7日日曜日

第53回:「深層意識への道」河合 隼雄

レーティング:★★★☆☆☆☆

著者名だけで(図書館で)借りてしまったのですが、結論から言ってかなり期待外れな一冊でした。まず、①タイトルと本の内容が余りに異なる(詳細は後ほど)、②内容が前回レビューした「未来への記憶」と大きく重複(1/3くらいはほとんどそのまま。同じ出版社(岩波)とはいえ…)、③ライトな語りで全体が構成されている(そういう趣旨の本では本来ないはず)、という点で非常に残念です。

本書は「グーテンベルクの森」というシリーズの一冊だそうで、これは岩波書店が著名人に頼んで、今までの読書遍歴を書いてもらうというものだそうです。他に佐和 隆光氏(経済学)、長谷川 眞理子氏(生物学)などが書かれているようです(2005年時点)。著者である河合氏はもちろんユング派の臨床心理学を専門としていましたから、本書の後半はかなりその関連の本が多く、前回と同様に関心のある人には非常に面白いと思います(良い読書候補ソースとなります)。

以下、個人的なメモとして本書に紹介されていたもので将来的に読んでみたいと思ったものを残しておきたいと思います(ごく私的なネタですみません・・)。

夏目 漱石:『門』、『道草』
L・ヴァン・デル・ポスト:『影の獄にて』(思索社)
C・G・ユング:『ユング自伝‐思い出・夢・思想』(みすず書房)
山口 昌男:『道化の民俗学』(新潮社)
白洲 正子:『明恵上人』

あと神話の話がたくさん出てきますので、そういう方面に興味がある方にもお勧めです(私は全然分かりませんが)。

2012年9月30日日曜日

第52回:「未来への記憶」河合 隼雄

レーティング:★★★★★☆☆

久々に河合先生の本です。ご存じの通り、日本の臨床心理学の確立に大きな役割を果たし、スイスのユング研究所にてアジア人として二人目、日本人として初めて分析家の資格を得た人でもあります。また、晩年は2002年から文化庁長官を務められており、その点で記憶されている方も多いかと思います。

河合先生は本当に著作が多く本格的な心理学や臨床心理の本から、教育や生き方について論じたもの、本書のような口述の自伝的なもの、本当に色々あります。私は河合先生の相当のファンであり、機会があれば読み進めるようにしているのですが、それでもなかなか進みません。

ところで本書はサブタイトルに「自伝の試み」とあるように、先生が自身の人生を振り返ってしゃべり、それを本にしたものです。丹波の篠山での自由な少年時代、神戸工専(電気科)での生活、京都大でのやや暗めな青春時代など率直に語られていて、ものすごいドラマチックなことがあるわけではありませんが、一つの読み物として非常に面白いものがあります。大学までの先生は、自分に何ができるのかに悩み、進路に悩み、意外と回り道をしていることがわかります。もちろん実家が経済的にゆとりがあり、悩める余裕があったことは確かですが、一直線に進んだ秀才でも、一を知って百を知る天才でもなかったことが分かります。

大学を出た後はやや動きが出てきます。高校の先生になってみたり、独学で心理学の勉強を始めて、英語が全然できないのにフルブライト奨学金を得て留学したり、そこでの素晴らしい出会いからユング研究所に行くことになったり。印象に残るのは、先生自身も自分の人生がどこにいくのか確信はなかったにも関わらず、自分の好きなこと(人間そのものや心理)を追求して、家族以外のものを生活から(無理にではないのがいいところですが)そぎ落として真っすぐに生きているところです。

少しだけ物足りないところを書くと、「あとがき」で書かれているように、意図的に自分の家族(兄弟や両親ではなく、奥様やお子さん)に触れないようにしているところでしょうか。もちろんまだまだ生活のある方々なのでいたずらにプライバシーをさらす必要はないわけですが、自伝なので少し空白ができてしまう感じです。あとは、先生が深いところで持っていた懊悩についても、意図的か意図せずかほとんど触れていません。2回の留学時代や迷った大学時代には、かなり深い悩みがあったでしょうし、他の著作では悪への関心といった形で示唆されていますが、そこまで突っ込んだことは書いていません。

なお、読んだのは岩波新書版の上下巻であり、2001年に発刊されたものです。先生ファンでないとあまり読む気がしないかと思いますが、もしご関心あればぜひ。読み物として面白いです。

2012年9月23日日曜日

第51回:「レバレッジ・シンキング」本田 直之

レーティング:★★★★☆☆☆

今日は久々の自己啓発系の本をレビューしてみます。本田氏は売れっ子のビジネス書/自己啓発書の著者であり、本書もそうですが「レバレッジ」シリーズで好評を博しています。私は書店で立ち読みしたり、新聞の広告で見かけたりもしていて、関心は持っていたのですが読んだのは本書が初めてです。

さて、内容はタイトルのいかつさ、とは裏腹にきわめて真っ当な自己啓発書です。要点をまとめてしまえば、①アスリート同様にビジネスパーソンもトレーニングが必要、なのに多くのビジネスパーソンは仕事に時間を取られすぎてトレーニングしていない、②Do more with lessを念頭に、より少ない労力で効果を上げるべく、押さえるポイント、力を入れる部分を見極めて賢く研鑽することが必要、③必要な勉強等の時間はあらかじめスケジュールに組み込む、休日の時間割を作る、習慣づけるなどで捻出、④知識は先駆者のまとめたものや外部スクールなどを積極的に利用して効率的に吸収する、⑤人脈は自分が相手に何を与えられるかで考え、常に助言者(コーチ)を持つ、という感じです。

著者は毎日朝の5時から7時まで入浴しながらビジネス書を読んでいるそうで、本書の読みやすさや組み立て方は抜群だと感じます。質問の投げかけ、ノウハウの解説、著者自身の実践の仕方など非常に説得力があり、安心感があります。こういう本は、読んであー面白かったで終わってしまいがちなのですが、著者はそこを厳しく戒めているので、私も次のことは少なくとも心がけてみようと思います。

・労力、時間、知識、人脈の4資産を意識して生活する。
・本の内容をメモ化する、できれば持ち歩く。(本の種類によりますね)
・習慣化されたエクササイズは非常に重要。
・大きな習慣を定着させるには、小さな習慣を確実にやる。

読まれた方も多いかと思いますが、なんとなく時間がないと感じる方や自己啓発の方法論に関心ある方にはお勧めです。

2012年9月17日月曜日

第50回:「永遠の0(ゼロ)」百田 尚樹

レーティング:★★★★★★☆

以前から気になっていたものの、読む機会なくもうほとんど忘れてしまっていた一冊です。先日、とある大先輩が読まれ、強烈に薦めてくださったので、これは読まねば!と思い立ちました。結論から言って、非常にメッセージ性の強い半ばノンフィクションのような話ですが、非常に強く心を打つものがあり、ぜひ感受性の強い中高生なども含めて、多くの方にお勧めしたい一冊でした。

ネタばれを慎重に避けないといけない一冊なので、概略だけ記載すると、自分のルーツ探しを始めた司法浪人の青年が、零戦の名パイロットであった「祖父」の足跡を辿るうち、数奇な昭和前期の歴史とそこに翻弄されながらも懸命に生きた人々の生き様に触れて・・、という話です。これだけ書くとふうん、という感じですが高い力量と熱量を持って書かれている一冊であり、濃さが違います。

優れた本である理由はたくさんあるのですが、自分なりにまとめてみると、①見方がバランスのとれたものとなっており、いたずらに著者の主張のごり押しではないこと、そうではありながら②多くの取材に基づいて事実に即した記載が多いので説得力があること、③太平洋戦争を大きなテーマとして流れを追いつつも、兵士たちの戦前・戦後を複雑かつ非情な社会との関係を踏まえて描いていること、④小説らしさ(フィクションの部分)を失っていないこと、かなあと思います。④の部分が少し強く出てしまっている(最後に)ため、レーティング満点をためらったのですが、④の部分がないと逆に中途半端な本になってしまっていたはずなので、非難しているわけではありません(私が非難できるようなレベルを遥かに超えた意欲作です)。

しかしこの本を読んでいると、(いつかも書きましたが)自分が如何に幸せな時代に生きているのかを痛感します。色々な人が感想を書かれていますが、読んでいくのがつらい場面が良く出てきます。10代後半で読んだ(毀誉褒貶ありますが)「きけわだつみのこえ」を思い出してしまいました。本書で繰り返し指摘されているとおり、あの戦争は現代に通じるさまざまな病理をショーケースのように含んでいて、複雑な気持ちになります。ぜひ読み継いでいきたい、読み継いでいくべき一冊かと思います。著者の新刊も話題になっており、こちらは図書館で予約待ちなので、借りられる日が非常に待ち遠しい状況です。

ところで気づいてみると投稿も今回で第50回となりました。めざせ千冊という心意気でやっているのですが、なかなか簡単に稼げるものではないですね。。。気長にやっていきたいとおもいますので、引き続きたまに覘いて戴ければと思います。

2012年8月30日木曜日

第49回:「栄花物語」山本 周五郎

レーティング ★★★★★★☆

歴史小説が好きで、小学校の後半から家にあった司馬遼太郎、吉川英治などに夢中になりました。中学卒業くらいで、かなり読んだ気になって、このジャンルはいいかなと早合点し、それ以来あまり読んでませんでしたが、不思議と社会に出るとまた読みたいなぁと思うことがあります。

さて、山本周五郎氏はいわずと知れた歴史/人情小説家で昭和を舞台に数多くの名作を残されました。しかし、よく読んでいた司馬作品に比べて、人情要素が多そうなこと、執筆した年代が古いことなどが理由で一冊も読んだことがありませんでしたが、本屋に行くといつも気になる存在であり、このたび栄花物語を読んでみることにしました。

読み始めてみると、かなり人情色が強く、最初はちょっと外したのかなと思いましたが、田沼意次を中心として武家と町人を交えて物語が絡み合い、独特のリズムを感じ、ぐっと引き込まれてしまいました。文庫で600ページを超えるのですが、全く長さを感じさせません。長らく親しんだ司馬さんの本に比べると目線が(意図的に)低く設定されており、少し説明的です。その分、人の描写は、素晴らしく、感情移入させられます。

主題は色々あると思いますが、毀誉褒貶ある政治家の信念、優れた才能を持ちながら、身を持ち崩しつつ、なお人情に引きずられる人間くさい作家、生真面目でうまく行くように見えて、激しい一面を持つ旗本、などなど様々な生き方があり、どれも魅力的なテーマを抱えています。古い小説ですがかなりお勧めです。

2012年7月29日日曜日

第48回:「交流分析入門」桂 戴作他

レーティング:★★★★★★☆

今日は心理学もので、交流分析の入門書です。一般になじみがない言葉で、私も全く知らなかったのですが、数年前とあるきっかけで交流分析の創始者であるEric Berneの著書を読むことととなり、知るに至りました。交流分析は心理学理論の一つであり、人格をP(Parent)、A(Adult)、C(Child)から構成されるものとして分析したり、Transaction Analysisという名前のとおり、人と人とのやりとりからその人の持つ傾向や偏りを判断しようとする特徴があります。詳細はWikiepdiaに良くできた解説があるので、ご興味がある方はそちらをご参照ください。

当時、Ericの本を英語で読まされ、心理学のタームがバンバンでてきてかなり「?」の状態でした。しかし「?」なりに関心を持てる内容で、結局、かなり時間が掛ったのですが読み終わりました。とりわけ面白いと思ったのがScript(脚本と本書では訳されています)の分析です。ある人が持つ傾向、それも短期、中期、長期になぞってしまう生き方がScriptと定義づけられていますが、神話や童話などを引きつつScript分析がなされるのが非常に面白く、興味を引き付けられました。ただし、本書では残念ながらScriptの分析はそこまで多くありません(シリーズ第5巻が「脚本分析」というタイトルなので、そちらを読む必要があるかもしれません)。

本書は、丁寧でありながら勝手な解釈なしに交流分析について紹介しており、著者も3名がバランスよく記述しているので非常によい入門書だと思います。なんと初版は昭和59年と書いてあるので、もう30年近く読み継がれていることも頷けます。また、エゴグラムという性格を見える化したものもあり、どういう形がどういう意味合いを持つのかが分かって、なるほどという感じです。もちろん、どのエゴグラムが良い、悪いという短絡的な判断はされておらず、むしろどういうことに留意すべきか、どういう傾向があるかについて記載があります。また、交流分析は実践家からもかなり支持されているようで、エゴグラムやScriptは変えうるのだ、という立場で書かれていますので、100%自分に満足していますという人(少ないかと思いますが)以外にはなかなか前向きな書物だと思います。ご興味ある方はぜひ。大きめの本屋でないとなかなか置いていないようです。(丸善(丸の内)で買いましたが、紀伊国屋(新宿本店)にも在庫がありました。)

2012年7月22日日曜日

第47回:「パール判事」中島 岳志

レーティング:★★★★☆☆☆

長い間、論争が続いて簡単には決着しない問題があります。例えば、日本の戦争責任は終戦以来ずっと議論されてきたにも関わらず、さまざまな意見が未だにあり、まだ暫らくは決着をみることはなさそうです。その議論に大きく影響を与えているのが、本書が取り上げるインド出身の東京裁判判事であったラーダービノール・パール氏です。

第二次世界大戦の日本の指導層の戦争責任を裁いた東京裁判ですが、その中で個人責任ある犯罪として、「平和に対する罪」「通例の戦争犯罪」「人道に対する罪」が定義され、適用されました。このうち、通例の戦争犯罪を除いては、それまでの国際法に規定されていないもので所謂事後法でした。事後法は通常の裁判でも認められないことであり、この点が東京裁判を批判する多数の根拠の一つとなっています。個人的には、敗戦国で無条件降伏したから、なにされても文句は言えないよな、と安易に感じることもありますが、たしかに裁判の形式としては異例尽くめであり、問題は多かったように思えます(あとの祭りではありますが)。

この裁判の判事は対日降伏文書に署名した九カ国が指名権を持っていました。インドはその九カ国に含まれていませんでしたが、日本による戦争被害を受けたとし、判事選出の要求を出し、パール判事が派遣されました。本書の美点は、パール判事が無批判に日本を無罪と断じていたのではなく、プロの法律家としての論理と筋金入りのガンジー主義者としての信念をもって、是々非々で戦争犯罪、そして戦争責任を判断したことを明らかにしたことです。著者は一部の右派の論者によって、パールが不適切に引用され、都合のよいように使われていることに強い危機感を抱いており、そこに一定の歯止めを掛けることに成功しているように見えます。また、あまり知られていないパール自身の人生に迫ったており、プレ・ポスト東京裁判の記述がほぼ全体の半分を占め、人間として大変魅力のある人物であったことが分かります。特に東京裁判の後も老齢まで3度にわたり来日し、チャンドラ・ボーズゆかりの人々とも交流を持ったエピソードは感動的です。

他方、本書の気になる部分は、パール判決の検証、考察の弱さです。参考文献に(そうではないと信じたいですが)パール判決の原文がなく、もっぱら二次的な資料(しかも日本語)に頼っており、逆に自身の主張に沿う部分のみを著者も使っているのではないかとの懸念があります。読了後に知ったことですが、本書をめぐって大きな論争が起きており、幾人かの保守系の論者からは相当きつい指摘を受けています。これを踏まえた検証本や著者自身の再反論が本の形でなされるとより議論は深まったと思うのですが。

少し毛色は違いますが、小熊 英二と並んで同時代の歴史研究者として気になる存在です。これが最初の本だったので、引き続き読んでみたいと思います。

2012年7月8日日曜日

第46回:「挫折力」冨山 和彦

レーティング:★★★★☆☆☆

第42回の樋口氏同様に、好きなビジネスパーソンである冨山氏の本です。第5、6、36回でも著者の本をレビューしていますので、おそらくこのブログで最も頻出かもしれません。樋口氏を上回る有名人で、過去にもご紹介しているので改めての説明は不要かと思いますが、国内の独立系戦略コンサルティング会社の経営者から産業再生機構のCOOに転じ、現在は企業再生系のコンサルティング会社の代表取締役CEOをされています。

本書は2011年2月初版であり、東日本大震災の少し前の本です。非常にざっくり要約すれば、早いうちの挫折経験は成長する上で欠かすことのできない大事なものであり、積極的に(チャレンジし)挫折すべし、というものです。もちろん単に挫折して腐るのではなくて、真摯に反省し、前向きに学べ、ということも書いてあります。こう書いてしまうと、なんだそんなことかと身も蓋もない感じですが、良くも悪くもこのメッセージが本書のほぼすべてかと思います。

面白いのは、著者の挫折経験に触れた部分です。挫折例の一つとして出てくる、自信を持って司法試験を受けて落ちた(その翌年には合格していますが・・)というのはあまり適切な例とは感じられませんが、もう一つの例であるビジネススクールを出て日本に凱旋して、会社に戻ってみると大変な状況になってしまっていて、関西に携帯電話の会社を作るため出向するストーリーがいい感じです。このストーリーは著者の他の本でもかなり触れられているので本当に大変かつ有益な経験だったと思いますが、30代で出向して苦労する、といったところは世の中の私を含めた一般的な働き手にも身近な話題であり、共感もできるところです。

なお、矛盾するようですが著者の挫折経験に触れた部分は本書の半分以上というわけではなく、期待したよりずっと少なく、やや親父の説教的な部分が長いので著者に思い入れのない方などは飽きてしまう本かもしれません。それでも文中で出てくる「禍福は糾える縄の如し」(史記)や「人生は意外に長い」(著者)はなかなか良い言葉かと思いました。また、著者の父方の祖父母と父のエピソードは心打たれるものがあります。若手や中間管理職に向けて書かれた熱い本ですのでご興味のある方はぜひどうぞ。

2012年6月23日土曜日

第45回:「プレイバック」レイモンド・チャンドラー

レーティング:★★★★★★★

既に2作をレビューしているアメリカのハードボイルド作家であるレイモンド・チャンドラーの遺作です。1958年の作品、舞台は今までの作品ではロサンジェルスが中心だったのですが、今回はエスメラルダという仮想の町です。

今回も主人公のマーロウは、不本意ながらも難事件に巻き込まれていくのですが、突然ある人物を見つけ出し、居場所を特定してほしいという電話がかかってくるところから話が始まります。ネタばれしてはどうしようもないのですが、居場所を特定する対象の女性の抱える秘密が殆ど最後まで明かされず、長い小説ではありませんが、その秘密が強い求心力となってどんどん読み進めることができると思います。

私が読んだバージョンは、ハヤカワから出ている清水俊二氏の出ている訳(正直、少し不親切な訳)ですが、その後ろについている「あとがき」が秀逸です。全編に貫かれているやや暗い雰囲気、ホテルのロビーで語られる本筋にほとんど影響がないように思えるエピソード(内容はかなり強烈)など、いままでのチャンドラーのマーロウ・シリーズには見られないものが指摘されており、確かにそうだと非常に納得してしまいます。安易な解釈をするのは可能だと思いますが、あれこれ後講釈を垂れるよりは、素直にそういう側面をもった作品だということで楽しむことができると良いかと思います(念のため清水氏は安易な解釈も後講釈もしていません)。閉塞感と明るさが同居したなんとも魅力的な雰囲気を持つ作品です。

残るマーロウ・シリーズも読み進めたいと思います。アメリカのハードボイルドに関心ある方に、お勧めの一冊です。

2012年6月17日日曜日

第44回:「やさしくわかる会社税務」白土 英成(編著)

レーティング★★★☆☆☆☆

学生のころは一部の学校・学部の人を除いてほとんど関係がないのに、社会人になってみるとでわりと多くの業界・職種で馴染みが出てくるものの一つが、会計かと思います。帳簿を付ける、自社他社の財務諸表を見る、決算の仕事をするなど触れる機会が色々あります。一方、本書が対象とする税務は仕事上、触れるには触れるわけですが、体系だった研修や大学の授業も少なく、なかなか理解しがたい世界です。勤め人の多くが確定申告などする必要もないし、所得税、酒税など払う機会は多くてもなかなか学ぶ機会がない(そもそもあまり学ぶ必要も差し迫ってない)ものかと思います。
この本は1999年刊行とずいぶん古く、しかも税務の世界は税理士試験を受ける人がかなり頻繁にチェックしないといけないほど、制度や税率の改正が多い世界だそうなので、情報の細部は既に使えなくなっていると思いますが、会社税務の大枠について知るにはなかなか良い本でした。おそらく類書は(会計と違ってそこまで)多くはないと思いますが、すぐれたものがたくさんあるかと思います。
こういう所謂ハウツーというかノウハウ本の類は、評価するのが困難ですが、私のようなド初心者にも理解可能なレベルで最低限の知識は載せているという意味では十分かと思います。

2012年5月27日日曜日

第43回:「金融アンバンドリング戦略」大垣 尚司

レーティング:★★★★★★☆

2004年に初版を迎えた1冊、著者の大垣氏は興銀出身で当時は立命館大学大学院教授という肩書になっています。米国でロースクールを出ていることもあるのか、極めて理路整然と日本の金融界(特に規制、技術及び競争環境)について整理がなされ、規制緩和による業態クロスの進出、機能毎の分化(アンバンドリング)が進んでいるか述べられます。しかし著者の見立てでは、いずれも不十分であり、特にアンバンドリングが持つ破壊力(金融業界の変革可能性)とそのメリット、デメリットが詳細に検討されます。

圧巻なのは、著者の知識と構想の深さと広さ。金融業といっても色々な業態があるわけですが、投資銀行、商業銀行、信託、保険、ファイナンス会社など幅広いものを的確につかんで、それらを機能に分解して議論しています。また、単に現状を解説するのに留まらず、望ましい規制変更の方向性、アンバンドリング後のバンドリング(再組み合わせ)戦略についても具体性をもって言及しています。また、金融機関の経営陣であった経験も生かして、机上の空論にならず新ビジネスモデルを数量的にも意味があることを検証しており、説得力があります。

本書が世に出てから8年、内容の一部が実現しているものがありますが、多くはまだまだ実現していないようです。当然ながら、だからといって本書の価値が傷つくことはありません。ただ、なんでそうならなかったのかを考えると、幾つか仮説が思いつきます。一つは、予想以上に厳しい経済状況/収益環境が続いたため、既存の業態の改廃、新規の業態の創設がコスト的に困難だった可能性があります(リスクをとるには相応の収益裏付けや資本蓄積が必要になるわけで。ただし、逆にいえば後述のとおりアンバンドルせざるを負えないほど追い込まれもしなかった、ともいえるかもしれません。)。

もう一つは、日本の金融業がアンバンドリングに大きな魅力を感じなかった可能性です。たとえば、機能分化して競争力のない部門を分社化したり、売却したりというのは相当なコストや経営上の手数、ステークホルダーからの反発を招くわけですが、それをリスクをとってやるくらいなら現状を維持したほうが良いという判断があったのかもしれません。

著者は数年に一度著作を出されているようで(現状では本書しか読んだことがありませんが・・)、ぜひ今の時点でのアップデート版も出してほしいと思いました。歴史の風雪に検証されていないという意味でレーティングは6にしていますが、本当に舌を巻いてしまう中身の濃い1冊だと思います。

2012年5月20日日曜日

第42回:「変人力」樋口 泰行

レーティング:★★★★★☆☆

現在マイクロソフト日本法人の代表執行役社長の樋口さんの著作です。出版されたのは2007年12月で、再建中のダイエーの社長を辞められて1年2カ月ほどたったころとなります。内容は、ダイエーの社長を務められた2005年5月から2006年10月までの体験を振り返り、その中から経営者に必要な3つの力をピックアップして説明するものとなっています。

樋口さんの著作については第17回にレビューしており、その時にプロフィールも詳細にご紹介していますので、ご興味あるかたはそちらも併せ読んでいただければと思いますが、引き続き(著者のファンであることもあり)面白い内容となっています。以前、学生だったときに好きな経営者について書けという宿題があり、色々考えたのですが結局著者を取り上げたことがあります。

さて、産業再生機構についてはご存じの方が多いと思いますが、その機構が取り組んだ大型案件の一つがダイエーでした。ダイエーは現在もGMS業界の主要プレーヤーですが、80年代、90年代までのダイエーは現在とは比べものにならない存在感と勢いを誇っており、そのダイエーが産業再生機構の支援を受けるというのはかなり象徴的な「事件」でありました。また、同時にスポンサーとして参画したのが国内PEの草分けであるアドバンテッジ・パートナーズと商社の丸紅ということで、これまた興味深い組み合わせであり、色々な意味で注目された案件でした。

その後、産業再生機構はダイエー株を丸紅とイオンに譲渡し、現在も基本的にこの2社が株主として経営に参画しています。一つ残念なのは、この株式譲渡の過程ではダイエーと株主間で大きな軋轢があったとされていたのですが、その内実については十分に語られていない点です。推測のカギとしては「引き続き貢献させてほしい」と記者会見でコメントした(2006年7月)という記述があり、相応に納得していない様子が伺えます。引退した経営者ではないので、さまざまな影響や社会的インパクトを考慮されたのだろうと考えられます。

なお、タイトルは「変人力」という安易な新書かタレント本のような寒いものになっていますが、受けを狙ったタイトル設定の誤り典型例で、樋口さんは「現場力」、「戦略力」及び(最後に)「変人力」が必要だとはっきり書いており、このどちらかというと末節である点のみをタイトルとしてしまったのはいかにも出版社的発想で残念です。残念な部分を連続して挙げてしまったものの、日本政府や企業、ファンドが2000年代に真剣に取り組んだ産業再生の試みを知る上でも、また一人の現役経営者の記録としても非常に面白い良著であることは間違いありません。

2012年4月23日月曜日

第41回:「企業再生の基礎知識」高木 新二郎

レーティング:★★★★☆☆☆

第38回でレビューした本の共著者の一人である高木新二郎氏の著作です。

新書らしく、平易な文章でトピックへの導入として幅広い領域をカバーしています。まず、財務上の倒産に関するキーワードが解説され、倒産についての基礎知識が続き、PEファンドやTAマネージャーといった比較的あらたなコンセプトについての説明、倒産法制の概観で締めくくられます。

本書が書かれたのは、竹中大臣(当時)が不良債権処理プログラムを発表した後の2003年です。当時はバブルの後遺症や長期の景気低迷によって多くの大企業が危機的な状況に陥っていたときであり、本書も不良債権処理プログラムに期待を示しつつ、PEファンド、TAマネージャー(外部からの傭兵)、DIPファイナンスといったものにかなり手放しの賛意表明がされています。それらが必ずしも上手くいったわけではないことは、周知のとおりですが、いずれにせよ2003年当時の時代背景を思い起こすと、本書で書かれていることの(当時の)切実さや高揚感が良く分かります。

なお、著者は弁護士であることからも自明ですが、本書の5チャプターのうち一番内容がコンパクトかつ読み応えがあるのは第5チャプターの「倒産法制の現在」です。本書が書かれてから10年弱が経過していますが、民事再生、会社更生を軸とした法制の形は今と変わっていませんので、現在でも読む価値ありかと思います。

2012年4月22日日曜日

第40回:「渋谷ではたらく社長の告白」藤田 晋

レーティング:★★★★☆☆☆

お陰様で第40回目となりました。さて、この本はサイバーエージェント創業者かつ社長である藤田氏の創業記録といったところです。生い立ち、学生時代、ベンチャーとの出会い、起業、上場そして結婚といったエピソードが包み隠さず語られており、ビジネスに関わるものとしてのみならず、一個人としても興味深い内容になっています。

この本を読んで思い出した一冊があります。同じく若くして経営者となったタリーズコーヒージャパンの松田康太氏の「すべては一杯のコーヒーから」で、こちらは2008年ころ読んで強烈な印象を受けました。丁度、普通の高校生が同年代の学生が出ている甲子園の試合を見てショックを受ける、そんな感じです。松田氏の本はタリーズのコーヒーを飲むというユーザーとしての経験があるので、親近感が湧いたのですが、実は藤田氏の本にも、というか藤田氏自身について個人的に親近感をもって読み進めました。

実はもう10年も以上前に一度だけ藤田氏の講演を聞いたことがあります。正確にはサイバーエージェントの採用説明会に出席、私は結構前の方の席に座っていて間近で藤田氏が語り始め、なぜインターネットか、なぜベンチャーかということを熱く語られたというものです。わりと狭い一室に椅子が並べられ、わけもわからず座っている学生たちの前で、相当忙しかったのでしょう、遅刻してきた藤田社長はこころなしかかなりやつれていて、白っぽい顔をしていた記憶がありますが、喋りは大変に流暢でメモなども一切見ずに熱弁をふるいました。今となってはその時の話の中身はあまり覚えていませんが、とにかく社長が若かったこと、そして採用説明会にも関わらず社長自らが熱弁を振るったことが印象に残っており、自身の就職活動を通じてかなり記憶に残った会社でした。

サイバーエージェントは今アメーバピグなどのサービスで人気を博しているよう(私は一度もやったことがありません)ですが、私が就職活動をしていた頃も出始めとはいえ、丁度ネットバブル華やかな頃だったので、日経新聞にも登場していました。その後、本書によればネットバブル崩壊などで会社売却を真剣に模索するなど、かなり厳しい状況に追い込まれたことがあるようですが、現在までこれだけの知名度と業績を残しているのは素直に称賛されていいものかと思います。

インターネット関係の会社でありながら、コアの技術というものがなく始めた割には、社長やその周りの構想力や事業化力、高いセールス能力などに支えられ、独自のポジションを獲得していった裏側には、苦悩と猛烈な努力があったというのはこの本から初めて知ることであり、藤田さんすごいなぁという感を新たにしました。最後に話を伺って10年以上経っていますが、まだまだ進化しているようです。応援したいと思います。

2012年3月20日火曜日

第39回:「苦役列車」西村 賢太

レーティング:★★★★★★☆

第144回芥川賞受賞作です。作家をひそかに志す日雇労働者が主人公となっていますが、私小説的な要素が多分にあり、多くの部分が実体験に基づいているということです。なかなか読んだことのない、重苦しいようなあっけらかんとした、不幸だけど希望があるような不思議な小説です。そして昨今はあまりお目にかかれない濃密な主人公の吐露が続き、時折息苦しさを覚えます。

暗いばかりの小説ではなく、主人公が大正期などの文学を実は読み漁っていて、随分と私小説に情熱を燃やしており、それが現実の世界で生きることの大きな支えになっているという熱く、前向きな部分も感じられます。また文体も秀逸で、どこでこんなのを覚えたのかという難解な漢字が良く出てきて、文末が意識的に「る」と「た」で揃えられ、リズムを生み出すように続いていきます。

さらけだすことについてこれだけ意欲を持った作家は昨今いなかったように思え、高い評価にしました。ちなみに表題作の最後の1パラは文字通り痺れます。また単行本に同時に収められている『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』も良い味出してますので、ぜひご一読ください。

2012年3月18日日曜日

第38回:「私的整理の実務」高木 新二郎・中村 清

レーティング:★★★★☆☆☆

世の中では多くの会社が生まれ、倒産(、そしてその一部は再生)しているわけですが、その倒産プロセスは大きく二つに分けられます。一つは法的倒産処理手続きであり、もう一つは私的倒産処理手続きとなりますが、前者は破産、会社更生、民事再生といったものであり、ニュースでもある程度聞くカテゴリかと思います。後者については、その名のとおり債務者と債権者が私的なプロセス(法廷等が関与しない)で債権債務関係を再編するものであり、それが故に事例が公に公表されることが少なく、世の目に触れることも少なくなります(通常、私的整理と呼ばれます)。

本書はその私的整理について法的な位置付け、考え方、判例を紹介しながら、実務の流れについて詳細を記したものです。私的整理は外部機関の関与がないため、公平性の担保や詐害行為の防止が難しいことが特徴ですが(他方、迅速な処理が可能)、どの程度までが裁判所によって認められ、否認されるかについて判例をベースに解説されています。世に法的倒産処理に関する本は多いですが、私的整理に関する(特に実務面の)本は非常に少なく、その意味で貴重な情報源として使えます。ちなみに著者の一人の高木氏は、弁護士(元裁判官)で倒産・事業再生の大家であり、この本を書いた後になりますが産業再生機構の産業再生委員長も務められました。

このように優れた一冊なのですが、本書は平成10年(1998年)に書かれており、その後、倒産法制が大幅に改正されているため、幾つか今はピンとこない記述がある点は要注意です。ぜひ、アップデート版が刊行されることを望みます。

2012年3月4日日曜日

第37回:「半島を出よ(上)(下)」村上 龍

レーティング:★★★★★★☆

ここ半年ほど本を読める時間が減っているのですが、他方、数少ない読んだ本に当たりが多くて嬉しいこのごろです。この本は非常に面白かったですし、なによりプロの作家の想像力、構想力や筆力をまざまざと見せつけられました。

村上龍氏は、私のささやかな読書史には重要な位置を占める作家で、高校1~2年目のころには随分とはまり、前期の(エッセーを含む)殆どの作品を読みました。特に「限りなく透明に近いブルー」、「コインロッカーベイビーズ」、「愛と幻想のファシズム」や「五分後の世界」は自堕落な世界観と緊張感のある描写に随分とやられました。しかしながら、その後の「KYOKO」あたりから、なんだか自分の求めていたものと路線が異なるような気がして、しかも随分と文章の密度が低下した気がして、「インザミソスープ」でなにが面白いのか全然わからなくなってしまい、それ以降、少なくとも氏の小説は一切読まなくなってしまっていました。ただし、経済関係での露出、特に「カンブリア宮殿」なんかは面白いので、今でも良く見ています。

ほぼ、読まなくなってから干支が一回りした最近、成田から長い時間フライトに乗る機会があり、この本を手にしました。とりあえず分厚いので上巻だけ買って飛行機に乗り込みました。上巻は単行本で430ページもあるので、これは帰国するまで読み終わらないだろうと思っていたのですが、北朝鮮の反乱軍が九州に上陸するというかなり変わった設定と、膨大な資料と取材に裏打ちされたリアルな描写にぐんぐんと読み進めました。結局、買った翌日には上巻を読了してしまい、下巻を買ってこなかったことを深く後悔しながら帰国しました。

この小説の面白いところは、荒唐無稽というか突飛な設定にも関わらず、緻密な日本や北朝鮮双方の取材によって高いリアリティを獲得しているところです。そこに加えて、北朝鮮兵士の視点から日本を描写し、また彼らの祖国が描写されていることです。それがどれほど正確なものかは分かりかねますが、何人もの脱北者にインタビューを重ねているため、たぶんそういう感じなんだろうなと思えるところが随所に出てきます。

また、この反乱軍に唯一立ち向かっていく集団があるのですが、これも現在の日本への強烈なアンチテーゼとなっています。この集団はほぼリアリティはないのですが、個性的で読ませます。こういう社会から疎外された人々を描くのは、デビューのころから一貫して著者の得意分野です。

構想の大きさ、北朝鮮兵士の側から語ること(そしてその難しさ)、圧倒的な取材を通じたリアリティ、長いのにほとんどだれないストーリー展開などどれをとっても一級品の小説だと思います。レーティングは満点にすべきか悩みましたが歴史の風雪を乗り越えきったわけではないので、少し控えめに6としました。

第36回:「経営分析のリアル・ノウハウ」冨山 和彦・経営共創基盤

レーティング:★★★★★☆☆

久々に新刊(2月17日発売)を購入しました。冨山氏は第5回、第6回でもレビューしているので、ご興味のある方はそちらも参照いただきたいのですが、産業再生機構で辣腕を振るった企業再生家であり、現在は著者に名を連ねている経営共創基盤のCEOを務めています。

本書は一通りの財務分析や経営分析をした経験のある人がぶつかるであろう問題意識に応える内容となっており、新書ながら非常に密度の濃いものとなっています。私もとりあえず一通り読みましたが、ゆっくり咀嚼しながらもう一度近々読んでみようと思っています。さらりと書いていることが、かなり大事であったりして、マーカーをとりあえず手元に準備するつもりです。

財務分析や経営分析をする時に、迷ってしまうところやすっきりしないところは色々ありますが、一つは踏まえるべき業界や会社の文脈に照らしてどう財務分析の数値を判断するかということがあります。また、財務分析はできたんだけど、なんで高い利益率を誇っているのかいまいち判然としない場合もあります(利益率が低かったり、マイナスなのは比較的読み取りやすいのですが)。たぶん、その会社の商売の仕組みが見えていないことに起因するものだと思います。特にこの後者の部分、会社が行っている日々の業務が明確に描けないと見た目はもっともらしくても、随分苦しい分析になりがちな気が実体験からしています。

以下の項目は、特に面白いものでした。
「リアル経営分析はテーラーメイド」
「その数字から企業小説を書けるのか」
「規模が効く業種と効かない業種」
「業界構図の変化の陰には、必ず経済構造の変化がある」
「規模、範囲、そして「密着」の経済性」
「そもそも勝ちパターンがつくりにくいビジネスもある」
「分けるはわかる、管理会計の重要性」

やはり実務家の本は、教科書的な通り一遍の解説を超えて、豊富な実例を踏まえた含蓄があります。もっと詳細なものを読んでみたい気はしますが、エッセンスをぎりぎりまで詰め込んだ新書とという感じで、非常に読み応えがありました。お勧めです。

2012年2月5日日曜日

第35回:「ハーバードの人生を変える授業」タル・ベン・シャハー

レーティング:★★★★★☆☆

先日、いつも借りている地元の図書館からメールが来ました。予約された本が届きました・・・最近めっきり予約をしていなかったので、はてなにを予約したんだろうかと。確かに人気のある新刊にはすぐに予約が殺到するので、予約後1年以上まっている本もあります。そういう中の一冊かと思って受け取りにいったところ、タイトルの本でした。奥付を見ると、2011年5月に増刷したことが記載されているのでその後にどうやら予約したようです。

前置きが長くなりましたが、本の内容は、ハーバードの学部生向けに以前あった(今は著者がイスラエルに戻っている)講座のエッセンスを纏めたものです。要は自己啓発的というかワークライフバランス的な内容で、どう自分の好きなものを見つけるかとか、自分の気持ちと向き合うかみたいなことが書いてあるのですが、ただの読みものというよりは、ワークブックとして構成されているのが特徴です。ThinkとActionという2項目が各セクションについており、実践することを強く推奨した内容となっています(おそらくそうしないとほぼ意味がない)。

内容自体は、日本ではお目にかかれない!といったものでもなく、さすがハーバード!という内容でもありませんが、極めて分かりやすいこと、内容が至極常識的であることから信頼が持てます。なお、原題は"Even Happier"という抑制されたものであるのに対して、邦題は読者を馬鹿にしたようなものに変えられているのがやや残念ですが、出版不況のご時世ではこのくらいのタイトルを付けないと社内で了解がえられないのかもしれません。

就活中の学生さんから社会人の方までくらいには面白い本だと思います。全部は無理そうですが、一部やってみようかと思わせるものがありました。

2012年1月29日日曜日

第34回:「ノモンハンの夏」半藤 一利

レーティング:★★★★★★☆

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。昨秋より読書に充てられる時間がかなり減少中ですが、読めないなりにちょっとずつ頑張ってレビューしていこうと思います。

今年最初の1冊は、近所の本屋で購入したものです。山本七平賞も取っており、著者の代表作のひとつなのでご存知の方も多いかもしれません。私は、ずっと昔に村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」を読んだ時にこのノモンハン事件を知り、その後も村上氏がエッセーや対談だったかで2回ほどノモンハンでの不思議な体験について言及するにつれ、いつかノモンハンについてちゃんと読んでみたいと思っていました。

本書は、時系列にノモンハン事件発生前のころから始まります。1939年の参謀本部のメンバーについて触れ、その後、大陸の関東軍に話が移っていきます。ノモンハン事件そのものを掘り下げて書くというよりは、ドイツ、イタリア、ロシア、イギリス、フランス、日本の当時の外交関係にこの事件が与えた影響や、参謀本部と関東軍が如何に互いに統制を失い、特に関東軍が如何に意図的に統帥権を干犯し、戦線拡大に突き進んだかが詳細に描写されていきます。どれも(陸軍、参謀本部、関東軍には容赦なく批判的ですが)守られるべきバランスが保たれた描写や評価であり、また、徒に細部に拘らず大局的な視点を持っている良著だと思います。

色々な読みが可能かと思いますが、ガバナンスの困難さ、中央と出先の意思疎通の欠如、加速する方向性の違い、など現代にも(軍隊でないにせよ)通じるトピックスが数多く出てきます。その意味では、日本政府であり、日本(陸)軍の犯した失敗は、単に戦争に留まらない立派な教訓を数多く引き出すことが可能であり、だからこそ類書が絶えることなく書かれているのかもしれません。また、本書は基本的にノモンハン事件のフォーカスしていますが、ご興味がある方は「失敗の本質」もお勧めです。なお、同書がまず取り上げている失敗は「ノモンハン事件」です。

組織でも個人でも失敗のメカニズムを学んだところで、それを血肉化して再発を必ず防げるものではないのが難しいところですが・・・。