2012年10月28日日曜日

第57回:「門」夏目 漱石

レーティング:★★★★★★★

夏目漱石の小説を読んだのは、もう10年以上前と記憶しています。中学だったかの頃に「吾輩は猫である」を読んで、さすが面白いなあと感激し、その後「こころ」を読み、どーんと重い作品であるため、漱石作品の持つ多様な側面を感じました。その後、「門」の第一部作に当たる「三四郎」を読むのですが、当時の私には(ましてや昔の)大学生の生活や考えは良く分からず、二度トライしたのですが、いずれも途中で断念してしまいました。

それから年月は流れ、「門」を薦める本に出会い、久々に読んでみようと思い、手に取ってみました。内容は余りに有名で、いたるところに紹介があると思うので割愛しますが、三四郎の主人公が結婚し、役所勤めを続ける日々の話です。こう書くとなんの面白みもないのですが、初期の先品と異なり薄い雲が終始立ち込めたような重苦しさや、その中での生活や主人公と妻の心の動きなどが生き生きと延々と描写されていきます。

中学生だったときより、今の自分は(累計では)ずっと本を読んできたわけですが、いま漱石を読むと、文体の完成度、文章の簡潔さと明瞭さ、色ではなく濃淡を描き出す筆力などすべて高いレベルでまとめられていることが良くわかります。さすがに世紀を超えて残る作家です。

「門」は三四郎シリーズの完結編なので、ここから「それから」に戻る手もありますが、結構重い本だったので漱石の後期とは一度間合いをとって、またいつか戻ってきたいと思います。久々の最高レーティングです、レベル高いです。

第56回:「フロイトとユング」小此木 啓吾・河合 隼雄

レーティング:★★★★★★☆

日本を代表するフロイト派の医師である小此木氏と同じくユング派の心理療法家である河合氏(いずれも故人)の対談本です。ここ何回か、対談本が一般的傾向として如何につまらないかを書いたのですが、本書はその例外となる深く、広く、学ぶところの多い一冊となっています。なんでも本書は元々1979年に刊行されたものの、出版社の事情で入手が困難となり、復活を望む声に押されて1989年に復刊したとのことです。両対談者のまえがきとあとがきでも読み取れますが、ずいぶんと思い入れのある一冊だったようで、そのことは中身の濃さからも想像できます。

内容はタイトルのとおりで、両対談者がどのようにフロイトでありユングに学ぶようになったかというヒストリー、フロイトやユングの中心的な考え方・アプローチの相違点、日本や東洋におけるフロイトやユングの意義などが語られていきます。内容としてはやさしいところから高度なところまでカバーしていますが、対談という性質かするすると読めますし、それでいて内容は手を抜いているところはありません。世の中にフロイトやユングについて書いた本は多いですが、日本の第一人者が対談形式で迫ったものはなく、貴重なものかと思います。なお、対談が行われた時代が時代なので、若干学生運動やいじめ問題(こちらはまだ隆々と続いていますが)も触れられていますが、特に時事ネタに偏っていることはなく(むしろほとんどない)、現代でも全く違和感のない内容です。

面白いのは、「科学」たらんことを目指し、組織、系統だったものを重視したフロイトを学んだのは、慶應医学部を出て、医師として研究・実践した小此木氏であり、それに対して徹底して対象の「内面」に重きを置いて、ある意味対象の外部に起こった事象は意味を持たないというくらいの割り切りを見せたユングをつぶさに学んだのが、医師ではない河合氏であったことです。フィットというのでしょうか、それぞれのキャラクターは、よくフロイトやユングにあっているようです。また、相違点のみならず、フロイトとユングの相互の影響やお互いに認め合っているところもたくさん読み取れます。

個人的な備忘になってしまいますが、ボス(スイス)、ライヒ(オーストリア)、ラカン(フランス)も著作をいつか読んでみたいと思います。

2012年10月20日土曜日

第55回:「レバレッジ勉強法」本田 直之

レーティング:★★★★☆☆☆

先日読んだ同じ著者の『レバレッジ・シンキング』のシリーズです。今回は社会人の勉強法に焦点をあてたものです。かなりの部分が『レバレッジ・シンキング』の内容とかぶってはいますが、自分用のメモも兼ねて内容をご紹介したいと思います。ご興味ある方は、手に取ってみる価値が十分にある一冊だと思います。

まず、本田氏は勉強を三種類に分類します。すなわち、①試験、資格、②知識、ノウハウ、③情報です。そして趣味的なものを除けば、社会人の勉強は将来継続的なリターンを得るための投資と割り切り、7つのチェックポイントで極力向いていない勉強や目的のあいまいな勉強を排除しようと呼びかけます。社会人が自由にできる時間はやはり限られているので、それを効率的なところに振り向け、さらに少ない投入量で目標に達することを繰り返し説きます。

具体的な分野としては、①語学、②IT、③金融知識を挙げ(これは人によって異なると思いますが)、勉強するための「仕組み」づくりを提唱しています。マニュアルのフル活用、アクティブ思考、ノルマ化、時間割などを駆使して、効率的かつ持続的な勉強を・・というノウハウが描かれていきます。

なお、最後の方にはこんなPCを使うといいとか、お勧め文房具などが紹介されており、さすがにこれは要らない内容である気もしますが、まあこういう柔らかいネタもなかなか面白く、嫌みなく紹介されているところが、本田氏らしくてすごいな、と感心しました。

いっちょ勉強しようかな、という方にお勧めです。ちなみに社会人向けに書かれていますが、学生さんが読んでも十分に使える内容だと思います。

第54回:「こころと脳の対話」河合隼雄、茂木健一郎

レーティング:★☆☆☆☆☆☆

好きな作家やミュージシャンの作品で、こういうものは出さないで欲しかったよな・・というものはあるでしょうか?私は、たまにあるのですが、本書はその典型例です。最晩年の河合先生と脳科学者の茂木氏の対談です。

残念ながら対談本にろくなものはない(いいものはごく稀)という私の限られた経験則そのままでした。中身の薄さ、対談の深まらなさ、茂木氏の脳科学者としての知見がタイトルとは裏腹にほとんど示されないことなど残念な部分が目立ちます。当時、脳科学というものがクローズアップされたところで、ブーム本でもあったのでしょうが、これが世に出された価値は殆ど無いように思われます。

ここまで対談本に懐疑的なら、読まなければいいじゃないかという指摘はあると思いますが(そして、その通りだと思いますが)、ついつい気になる人のものは読んでしまいます。どこかでいけてる対談本に会えるよう、ぼちぼち読書を続けたいと思います。

2012年10月7日日曜日

第53回:「深層意識への道」河合 隼雄

レーティング:★★★☆☆☆☆

著者名だけで(図書館で)借りてしまったのですが、結論から言ってかなり期待外れな一冊でした。まず、①タイトルと本の内容が余りに異なる(詳細は後ほど)、②内容が前回レビューした「未来への記憶」と大きく重複(1/3くらいはほとんどそのまま。同じ出版社(岩波)とはいえ…)、③ライトな語りで全体が構成されている(そういう趣旨の本では本来ないはず)、という点で非常に残念です。

本書は「グーテンベルクの森」というシリーズの一冊だそうで、これは岩波書店が著名人に頼んで、今までの読書遍歴を書いてもらうというものだそうです。他に佐和 隆光氏(経済学)、長谷川 眞理子氏(生物学)などが書かれているようです(2005年時点)。著者である河合氏はもちろんユング派の臨床心理学を専門としていましたから、本書の後半はかなりその関連の本が多く、前回と同様に関心のある人には非常に面白いと思います(良い読書候補ソースとなります)。

以下、個人的なメモとして本書に紹介されていたもので将来的に読んでみたいと思ったものを残しておきたいと思います(ごく私的なネタですみません・・)。

夏目 漱石:『門』、『道草』
L・ヴァン・デル・ポスト:『影の獄にて』(思索社)
C・G・ユング:『ユング自伝‐思い出・夢・思想』(みすず書房)
山口 昌男:『道化の民俗学』(新潮社)
白洲 正子:『明恵上人』

あと神話の話がたくさん出てきますので、そういう方面に興味がある方にもお勧めです(私は全然分かりませんが)。