2011年6月26日日曜日

第17回:「「愚直」論」樋口 泰行

レーティング:★★★★☆☆☆

経営者の書いた本が結構好きで、広告でも良くチェックしています。この本を読むのは二度目ですが、色あせることない面白さがあります。

樋口氏は松下電器産業(現パナソニック)を皮切りにハーバードMBA、BCG、アップル、コンパック(合併でHPに)、日本HP(社長)でキャリアを積んでこられた方です(本書の刊行は2005年)。その後も私が承知している限りですが、ダイエーの再建に取り組まれ(某スポンサーとの確執で1年強で社長退任)、その後2008年から日本マイクロソフトの社長を務められています。これだけ書くとなんだか外資渡り歩きで身近な感じはしないのですが、意外や意外、この本を読むと、氏は自他共に認める(昭和型)猛烈リーマンであり、英語は(少なくとも昔は)大の苦手であり、ビジネススクールでも1年目は悪戦苦闘、松下での最初の配属は相当地味、と共感しやすい要素が多いので、一人の現代ビジネスパーソンの自伝として楽しく読めます。

印象的なのは第6回でレビューした冨山氏同様に、現場で逃げずに頭を絞って、苦しみ抜いて仕事をすることを何度も繰り返し訴えているところです。また、コンピュータやマネージメントという専門性があるにも関わらず、一番大事なのはマインドだ、と断言するところも意外です。もちろん後者は高い志や仕事における目線といった意味を多分に含んでおり、対人でどうしていくべきかといった話には矮小化されていませんが、色々と感じるものがあります。

仕事やキャリアについて考える20~30代のビジネスパーソンや、熱いものを忘れかけた/失いかけそうな人に良いかもしれません。しかしちょっと熱すぎるところもあるので、ややこの冷房カット全盛の夏場に読むのはしんどいところですが、変に押しつけがましいところはなく、時間的にもさらりと読めるのでお勧めです。

2011年6月19日日曜日

第16回:「ロング・グッドバイ」レイモンド・チャンドラー

レーティング:★★★★★★★

久々の更新になります。なんやかんやでバタバタしており、本を読む時間自体があまり確保できず、また、この本はあとがきを入れると645ページもあるので、今月はやっと1冊を読み終わった状態です。

レーティングは、当ブログ初の満点!渋すぎるフィリップ・マーロウ(=主人公)にしびれました。レイモンド・チャンドラーは、1888年に米国シカゴで生まれたミステリ作家です。フィリップ・マーロウという私立探偵を主人公としたミステリのシリーズで有名になり、今でも多くのファンを内外で獲得しています(この翻訳は村上春樹氏)。本作が発表されてからすでに48年が経過してますので、既に歴史の風雪に曝された上で生き延びていることを考えれば、高いレーティングになることは不思議ではないのですが、それにしても(満点を付ける程)面白かったです。

まず、強烈な主人公の設定。主人公は私立探偵で、都会に一人で住んでいて、割と酒を良く飲んでいて(酒の話の部分を読むとのどが渇きます)、警察に多数の知己が居て(友人ではない)・・・とミステリアスな人物となっています。こういう人物なので実にドライなのかと思いきや、偶然に見かけた酔っぱらいを助けてしまい、というところから物語がスタートするのも意外ですが、その酔っぱらいを最後まで見捨てることができず・・・という展開も人物造形を良い意味で裏切っていきます。

次に全体を貫く喪失感。あまり書くとネタばれになってしまうのですが、戦争、金、名誉、そして人にとってのプライド、そういったものが随所に語られ、それらがどういう経路を辿って人生に影響を与えるかが大胆に描かれていきます。人について言えば金持ちもいれば、移民も出てきますし、私立探偵も警察官もギャングもでてきますが夫々に悲哀を抱えています。その渦に翻弄されていくフィリップ・マーロウはある意味そういった周囲の物語の語り部として機能していきます。

最後に文章の巧みさ。ここは読んでくださいとしか言えないのですが、どの文章も無駄がないのに詳細で、そして飽きることなく600ページを読み切らせる力量はたいしたものです。ぜひチャンドラーの他の作品も読まねばと思わせます。また、ぜひ原書でも読んでみたいと思わせるものでした。

たまに何気なく書店で手に取った一冊が、忘れえぬ良作であることがあり、その意味で読書はやめられないものだと再認識しました。