2015年8月23日日曜日

第123回:「のぼうの城」和田 竜

レーティング:★★★★★★☆

今月一度レビューした和田さんのデビュー作です。こちらも本屋では当時かなりのヒットでしたし、盛んに新たな時代小説ということで宣伝されてましたのでご存知の方も多いかもしれません。遅ればせながらやっと読みました。

舞台設定は1590年の羽柴秀吉軍の壮大な小田原攻めの一環として、石田三成が大谷吉継などを率いて忍城(現在の埼玉県行田市付近)を攻める話です。忍というキーワードからなんとなく人じゃものなのかなどと想像していましたが、城攻めでありとても変わった城主(正確には城代)をめぐる話です。読んだばかりの「村上海賊の娘」と比べてしまうのですが、テンポが速く軽やかな展開です。このデビュー作からすでにキャラクター描写が際立っており(ある意味分かりやすい)、毎度和田さんの小説の最後の後日談の部分を読むとせつない気持ちにさせられ、それだけ各登場人物に自然と入れ込んでしまっていることに気づきます。

歴史好きの方にはなにをいまさらという話かもしれませんが、戦国時代は善悪を超えて今とはかなり違うパラダイムが流れていたようです。侍にとっては武士道や生き様、武辺、名誉といったものがとても大事であり、忠義や忠誠も強調される一方、頻繁な裏切りや裏切りの約束、金銭や俸禄による雇用(主)の変更があったりとかなりのフレキシブルさも見られます。また、農民も元武士であったものや、無力さと団結することによる力の結集が表裏一体であったり、割と利害関係で明確に領主と結ばれていたり、封建時代ならではの思考や行動様式が見られるようです。この部分はどんな歴史小説を読んでもいまだに尽きず新しいものが出てきて、とても不思議ですし興味があります。

さわやかな一冊であり、2日程度で十分読めますので関心ある方はぜひ手に取ってみてください。

2015年8月22日土曜日

第122回:「流星ワゴン」重松 清

レーティング:★★★★★★★

今年ドラマ化された一冊なので、タイトルを聞いたことがある方、ドラマは見たという方も多いのではないでしょうか。有名な重松さんの一冊であり、遅ればせながら読みました。実は高い評判を聞いていながら重松さんの作品を読むのは初でした。きっかけはドラマが面白いと聞いて何話か断片的にみたことです。香川 照之さんが出てるということでみたのですが、正直前提知識ゼロで設定の意味がよくわからず、やめてしまいました。しかしあの不思議な設定は何なんだろうということが気になり読んでみました。

読んでの感想ですが、これは反則だろうというものです。テーマは一読して分かるとおり父と子(とりわけ息子)です。男性、特に30~40代で自分に息子が居る方にはぐっと身につまされる本ではないでしょうか。正直読み進むのが辛いところが何度もあります。世代、生と死、運命といったものをまざまざと提示してきます。父親と息子の関係はとてもとらえどころがなく、微妙な感じです(母親と娘も違った意味でそうだと思いますが)。わが身を振り返っても解説で見事に書かれているように接している総時間数が圧倒的に足りない気がしましたし、コミュニケーションが(一般的な話ですが)やや両方とも下手だったりするので、ますます疎遠になりがちです。

本書の秀逸なところは単に親子関係を描写するだけではなく、死者の視線を通してこの世界を描くことで、逆説的に生きること、一生懸命生きることについて描いていくところです。そしてそれを可能にする車がワゴンになるのですが、このワゴンに関する下りは何度も泣けるところがでるので公共交通機関では読めません。本書はいわゆるお涙ちょうだいではないのですが、切実な叫びを沢山含んでおり、とてもよい意味で文学的ですし映画的でもあります。

日ごろ見過ごしていること、聞き流していること、なんでもないと思っている時間、父の、息子の目線に立って考えること、そういう凡庸ですが大事なことを思い出させられ、大げさに言えば日々を大切に生きていかないといけないと思われられる一冊です。とてもよい一冊で、お父さん世代はもちろんのことで10代、20代の方にもぜひ読んでいただきたいと思います。

2015年8月3日月曜日

第121回:「村上海賊の娘(上)(下)」和田 竜

レーティング:★★★★★★☆

図書館で昨年予約してからほぼ1年待ったでしょうか。区全体ですが、なんと1,000人近くが先に予約を入れており、(複数冊あるので)1年近くで手元に届きました。数年かかるかと思っていたので、その意味ではかなり早いでしょうか。『のぼうの城』などで有名な著者ですが、これもまた不覚にも一度も読んだことがなかったのです。

結論から言うと、(上)巻ではなかなか文体や描写のあっさりとした感じ、妙にしつこくて残酷な戦闘描写にやや閉口する感があり、個人的には相当低い評価をしていました。しかし・・・(下)巻に読み進めていくにつれて不思議なものでキャラクターが生き生きと動き出し、絡み合い、壮大なフィナーレに向かっていくその技量に随分驚き、最後の方ではすっかり主人公のファンになってしまう始末でした。イメージとしてはかなり軽いテンポでさくさく進んでいき、相当漫画チックな展開をします。これは著者が元々脚本だということに起因するものと思われ、色々と話題の百田尚樹さんの本ととても近い感じです。

しかし僭越ながら高く評価したいと思うのはこの題材の選び方です。基本的には毛利家、村上海賊、本願寺の顕如、鈴木孫一あたりがメインで出てきますが、渋い木津川合戦をテーマとしており、資料が少ないであろう海賊や海戦を主題に据えています。陸の物語、信長や秀吉、家康から見た歴史は多数ありますが、本作品は信長の敵であった本願寺の更にその支援をせんとする者の視点から描かれており、さらに海賊らしい風習や考え方が随所に表れてきます。

テンポが良くどんどん読み進めることが可能で、しかしながら独自の視点から歴史を活写している本作品は文章全体の粗さや会話の単調さを勘案してもとても面白いエンターテイメントと言えると思います。戦国モノが好きな方にはぜひお勧めです。