2016年12月29日木曜日

第161回:「梅原猛の授業 仏教」梅原 猛

レーティング:★★★★☆☆☆

今年最後のレビューとなります。これで本年28冊目のレビューとなりますが、このブログを初めて2位となる冊数であり、1冊1冊もかなり分量があったので総ページ数としては過去最高記録かもしれません。なかなか公私ともに多忙だった1年ですが、来年も色々と面白い本を発掘していきたいと思います。

さて、今年ラストは本作、図書館でフラッと目に入った1冊です。元々、父が梅原さんの著作が好きで、実家に『隠された十字架』と『水底の歌』(他にもあったかもしれません)がありました。前者は高校あたりで読んだ記憶がありますが、豊富なエビデンスを基に論を進め、大胆な考察をしていくところはとても驚き、学者というのはこういうものかと智のすごさというものを実感したものです。

梅原さんは哲学を皮切りに勉強を始められた方ですが、日本の古代史、宗教、哲学などについての著作を数多く残されています。本書は京都の洛南高校の生徒向けに行った全12回の授業をまとめたものとなりますので、著作というか講義録という感じの仕上がりです。なお、仏教の成り立ちや考え方といった点は実は少なく、日本に伝来した仏教がどのような発展や変貌を遂げてきたかということに力点を置いて、わかりやすく書かれています。以下、もっぱら備忘まで主な点を書き留めたいと思います。

・舞台となった洛南高校は空海(弘法大師)の開いた綜藝種智院(しゅげいしゅちいん)という学校がルーツ(真言宗系)。
・釈迦は王族の座を捨て出家、35歳で悟りを開き、80歳までガンジス河流域において説教を行った。
・その思想を一言でいえば四諦(苦諦、集諦(じったい)、滅諦(めったい)、道諦)。その意味で極めて道徳に近い考え方。また、カースト社会において四姓平等を説いたのは革命的。
・龍樹(インド150~250年頃)が大乗仏教を理論的に確立。現在、大乗仏教が色濃いのは日本とモンゴルくらい、小乗仏教はタイ、ベトナム、スリランカなど。
・大乗仏教は自利利他で特に後者を重んじる。観音菩薩は仏様になれるが、人間を救うためにわざと菩薩に留まっている。
・日本に仏教を導入した聖徳太子の17条の憲法は仏教ベース。太子が作った注釈書は『三経義疏』(さんきょうぎしょ)であり、法華経が含まれる。
・奈良時代には行基が仏教をさらに広める。旅をつづけ下からの布教を行った。資料はあまりないが、異相の仏像を数多く残している。
・平安時代には空海と最澄が出る。最澄は学者肌で論争が得意、空海は茫洋としているがスケールの大きな人(20年の留学も2年で切り上げ帰国)。最澄は比叡山にこもり既存仏教を批判して天台宗を始める。空海は現世肯定の真言密教を持ち込み、高野山と東寺をベースに活躍。 ・鎌倉時代には法然と弟子の親鸞、更に栄西(臨済宗)、道元(曹洞宗)が活躍。親鸞は天才といってよく、数々の作家をひきつけてやまない。 ・現在の日本の仏教界は明治期に寺が世襲となり、求心力を失いつつある。ただ、多神教であること、他者への寛容さや生き物の平等など優れた点が多く、道徳のベースとしても復活が期待される。

ほんの入門的な内容ですが私にはとても勉強になりました。これを機に梅原さんのほかの著作もまだまだ読んでいないので読んでいきたいと思います。

2016年12月4日日曜日

第160回:「残夢の骸-満州国演義9」船戸 与一

レーティング:★★★★★★★

ついに今年後半の読書時間のかなりの部分をつぎ込んだ満州国演義も最終巻となりました。巻末には2段組みで13ページに渡り参考資料が列記されており、著者の本作を作るための長い苦闘がしのばれます。さらに、第2巻と本巻だけについているあとがきが秀逸で、特にこちらのあとがきは今まで読んできた中でもとても素晴らしい味わいのものです。

本作は戦況がどん詰まりとなった1944年6月のマリアナ沖海戦のあたりから始まります。すでに米国海軍の猛攻により太平洋の制空権はほぼ失われ、ガダルカナル、サイパン島を相次いで失っていきます。多くのページが割かれているわけではありませんが、沖縄戦の悲劇や捷一号作戦、本土決戦準備などが描かれていきます。また中国大陸、とりわけ満州はソ連との緊張関係が高まっていきます。最強とうたわれた関東軍は相次いで主力が南方前線の支援に送り込まれ、開拓民や高齢者を相次いで徴兵し、頭数を揃えますがその内実は練度、武器・弾薬ともに心もとない限りの状況に陥っていきます。

欧州戦線においてイタリアが降伏し、ドイツが倒れ、ヤルタ会談(1945年2月)が開かれます。この会談ではソ連による対日参戦容認がなされたといわれており、本書も基本的にはその見解を採っていますが、本当にどうなのかはよくわかりません。ただ、ソ連軍が極東において大幅に戦力を増強し、終戦前にサハリンや満州に雪崩れ込んだことを考えればそうなのかもしれません。また、このソ連の対日宣戦の可能性と台湾沖航空戦(1944年10月)の誤報を握りつぶしたのは戦後名をはせた某参謀ではないかと繰り返し書かれますが、ここももはや歴史の闇に埋もれ、真相は解明されないでしょう。

満州での日本人の逃避行やシベリアへの抑留が本書最後のハイライトですが、とても悲惨です。満州は長く戦争下での奇妙な平和を享受するわけですがその精算が最後になされます。太郎は寒い大地で自分なりの後始末を付け、三郎も帝国軍人として自らの人生を閉じます。次郎はインパールで果て、四郎は満州で生き別れた照夫を内地に連れていきます。本書の準主役であった間垣は、最後まで信念を貫き見事なセリフを残します。

本書は決して有名ではなく、その長さやマニアックさから一般的には今後もなりえないと思います。他方、この完成度の高さは尋常ではなく、しっかりとした評価を中期的に獲得する一冊と思います。