2014年9月24日水曜日

第101回:「武士道」新渡戸 稲造著、矢内原忠雄訳

レーティング:★★★★★★★

古典を読むシリーズです。小さいころからこういう著作があるというのは社会(歴史)の授業などで繰り返し聞いてきましたが、やっと読むことにしました。古典と言えば岩波文庫で、めずらしく岩波から購入しました。とりあえず薄いので読みやすそうと思い手に取ったものでしたが、内容はさすが押しも押されぬ名著であり、大変面白かったです。

ご存じの方が多いと思いますが、この原作は英語で書かれ、原題は「Bushido, the Soul of Japan」(1899)です。今から115年も前にグローバルなコンテキストで武士道について考察し、流麗な英語で書きあげて出版した日本人が居るというのは純粋に驚きであり、現代と比べても全く遜色のない(もしくはそれ以上の)国際化ぶりです。

内容ですが、武士道というものを騎士道との対比や「義」、「勇」、「仁」、「礼」、「誠」などといったコンセプトとの関係で説明していきます。これらの説明の中では孔子(BC552-479)や孟子(BC372-289)といった中国の思想家についても随所に触れられます。また神道や仏教、西欧との対比ではキリスト教についても惜しみなく触れられ、非常にフェアな描写が続きます。全体を通じて感じるのは、武士というのは独自の価値や信念の体系に生きていて、良い悪いは抜きにして現代とは相当に違うパラダイムで生きていたということ。また、現代がたった100年のことではありますが、如何に資本主義的な価値観で染められていて、政治経済のみならず自分を含む人々の思考までも支配しているのかということです。

武士道の描写の中にはやや過激な描写が出てきて、正直引いてしまうところもありますが、逆に現代人には理解しがたい確固たる様式や思想があることが非常に面白く、独自の文化体系を作り上げたことに敬意が湧きます。更に体系としての武士道は滅びても随所にそれが社会に生きていくだろうという新渡戸の指摘は、卓見といわざるを得ません。読みものとしては、コンパクトかつ次のチャプターへの移行がとてもとてもスムーズで説得力がありますので、そういう観点でも楽しんで頂ける一冊だと思います。

2014年9月22日月曜日

第100回:「そうか、君は課長になったのか。」佐々木 常夫

レーティング:★★★★★★☆

継続は力なり、とはよく言ったもので2011年1月に立ちあげたこのブログも今回で100ポスト目です。仕事や子育て、趣味などでなかなか30代リーマンに自由になる時間は少ないのを実感しますが、電車や飛行機の中、寝る前、たまには喫茶店などでぼちぼち読んで来たものが3年8か月で100冊に到達しました。ほぼ1年25ポスト前後で安定しており、この中には上下や4冊で一つとしてカウントしているものもあるので、年間大体30~40冊程度を読んでいることとなります。もう少し読みたいなぁ、と感じることしきりですが、焦らず、途切れずに続けていきたいと思います。

さて記念すべき100冊目となる一冊です。タイトルは「課長になった」ですが、別に課長になったわけではありません。ただ、少し最近働き方が変わったこともあり、あれこれと立場の違う人、特に仕事場では立場的に下になる人とどう接していくか試行錯誤が続いており手に取りました。佐々木さんの説明は前回のレビューである第59回などでも少し行っていますが、難病と障害を抱えたご家族が居ながら、東レで企画中心に大きな仕事をされた方です。人間的に温かく、しかし本書を見ればわかる通り仕事に関しては非常に厳しい方です。

前回レビューしたものと同様に著者からのお手紙形式になっており、1つの区切りは数ページと極めて読みやすいものです。今回は、昔の部下が課長になった(ばかり)という想定で、課長としての心得を順々に説明していきます。内容は平易ですが、結構はっとさせられるものも多いものです。以下、自分の備忘まで興味を持ったところを。

1-3:高い「志」が人を動かす
1-5:プレーイング・マネージャーにはなるな
2-6:「在任中に何をなすか」を決める
2-10:細かいことは部下に教われ
2-12:部下の仕事に手を突っ込む
3-15:はっきりと言葉にする
3-18:褒めるが8割、叱るが2割
3-20:部下の仕事を認めてあげなさい
5-33:会社の常識に染まらない

この一冊は買ったので、なんどか読み直すこととなりそうです。なお、本書でかなり押されている「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」、「驕れる白人と闘うための日本近代史」、「プロフェッショナルマネジャー」は近々読んでみたいと思います。

2014年9月13日土曜日

第99回:「運命の人」山崎 豊子

レーティング:★★★★★★★

前回のポストからほぼ1カ月空いてしまいました。仕事でなかなか時間が取れなかったのと、今回のレビュー対象がかなり長い(文庫版で読みましたが1~4まで4冊・・)ことが理由でした。本作はもはや説明の必要がない故・山崎豊子さんの完結した作品としては最後の作品です。後書きで書かれていますがメディア・マスコミについて書こうと構想しているときに、戦後史に大きなインパクトを与えた「沖縄密約事件」に思い至ったそうで、これを題材とした一作です。

1~3巻までは、沖縄密約事件を題材として、メディアの使命、権力と情報公開、外交における秘密保持、男女関係、公務員秘密保持法などをテーマとして実際の出来事を下敷きとして進んでいきます。この部分はメディア関係者でもなく、外交関係者でもない自分にはビビッドに響く感じはなかったのですが、やはり(優れた小説のほとんどがそうであるように)人物描写が魅力的でぐいぐい引き込まれました。主人公の新聞記者、それを相克の中で支える妻、外務省の事務官と上層部、主人公の父(青果商)、支える優秀で情熱を持った弁護士などが登場し、昭和中期の熱い熱気、戦後からポスト戦後に舵を切りつつある日本の混乱などが生々しく、本当にその時代を少し経験したような錯覚に陥ります。

ここでまでであれば、「あー面白かった」ということで終わります。3巻が終わるころ、この小説はどう終わるのか、言葉を換えれば4巻で何か書くことがあるのだろうかという疑問を持ちました。4巻は主人公の裁判後の後日談で、この部分が(相当フィクションを含んでいると思いますが)秀逸です。語られるのは沖縄密約事件と繋がる沖縄の激しい地上戦、多すぎてむごすぎる犠牲、戦後の圧倒的な米軍優位での人権蹂躙などがつぶさに描かれていきます。著者は普段は意識して客観的な描写を心掛けることが多い気がしますが、今回は相当の思い入れがあったのか、当事者の証言や史実を徹底的に沖縄の視点から紹介していきます。激しい地上戦やひめゆりに代表される悲劇についてはそれなりに知っていたつもりですが、本当に身につまされるような物語がかたられていきます(電車では読めないレベルです)。個人的に沖縄の基地反対運動については批判的な思いも持っていたりしたのですが、それが180度変わることはないものの、そういう反対運動が成立してきた歴史的事実を本当に知らなかったことを反省しました。綺麗事に聞こえますが、本書はそういう事実をきちんと共有すること、そのうえで現在の沖縄を理解することを要求しているように思えてなりません。

一般的な書評を見ると必ずしも評価の高くない一冊ですが、私は山崎さんの色々な作品の中でもトップクラスではないかと思います。やや青臭いトピックではありますが著者の思い入れの強さを感じられる一冊です。メディア、戦後史、沖縄の現代史をつなぐスケールの大きな作品だと思います。長いですがぜひご関心ある方はお手に取られることをお勧めします。