2014年12月28日日曜日

第108回:「かばん屋の相続」池井戸 潤

レーティング:★★★★★☆☆

池井戸さんの作品を11月あたりから順次読んでいるんですが、結構多作な作家のようでかなりの作品を量産されています。元々長編のイメージがあったのですが、短編も結構面白いものが多く、むしろ短編の方があっているのではないかと余計なお世話を思ってしまったりします。標題の短編を含む5作品が収められています。

いつもどおり、大体はメガバンクで下町の支店に勤め、中小企業を担当している若手銀行員が主人公ですが、表題作は信金職員がでてくる珍しい作品です。中小企業の業況の傾きと銀行の対応、また銀行内部での不正や上司の横暴といった池井戸さん得意のテーマで書かれていきますが、表題作はむしろ借り手である中小企業のお家騒動を中心に描いていて趣向が変わっています。ネットなどでは盛んに書かれていますが、有名なカバンメーカーの内紛を下敷きとしていることは明白で、あくまでフィクションですが、レビュー済の「空飛ぶタイヤ」のようなスタイルです。

中身としては必ずしも明るくはありませんが、短編でさっと読めるので年末年始のやや気ぜわしい時でもお勧めです。池井戸さんの作品はどの書店に行っても沢山ならんでいるので見つけるのが難しいということもないと思います。私の地元の駅の書店は本当に品ぞろえが良くないのですが、池井戸さんの本だけはこれでもかと並んでいます。それだけ売れ筋なんでしょうね。

2014年12月27日土曜日

第107回:「プロフェッショナルマネジャー」ハロルド・ジェニーン

レーティング:★★★★★★☆

年の瀬も年の瀬になってしまいました。12月は前半に色々あり、なかなか自宅のPCに触れることもできずこんなタイミングになってしまいましたが、本書を含めて3冊読み終わっていますので、なんとか年内にすべてレビューをアップしたいと思います。

さて、書店で一時期結構平積みされていた本書、ユニクロの柳井さんが「これが私の最高の教科書だ」と写真付きで帯に登場しています。2004年発刊と書いているのでなんともう10年も経っているんですね。光陰矢のごとしです。内容は、米国のITTというコングロマリットを経営した著者が自身のキャリアを振り返りつつ、経営の要諦について語るというものです。まあここまで書くとありきたりな本ということで終わるわけですが、本書は本音と建前が上手く併記されていてとても面白いところに特徴があります。

まず非常に実績を出した経営者なので厳しい記述が随所にあるんですが、他方、そうはいっても人間だから厳しくやるだけじゃだめだよね、とか、成功する経営者は沢山いるけど、アルコールとか異性問題で身を持ち崩す例も非常に多い、とか、給料はやっぱり一つの指標なので高いものを目指すべきだけど、他方若い時は経験の方がずっと大事、などなどと身近なトピックを冷静な観察眼を通して分析していきます。

あと、とても楽しいとおもったもう一つの理由は頭でっかちにならず、率直に過去の失敗についても記述しており、さらに全編にビジネスで前向きに努力して成功していくことについての楽観的でポジティブな見方が満ちているところです。ここは自分の反省にもつながるのですが、やたらむずかしく考えたり、必要以上に高いものを求めたりしていないか、よく振り返る必要があるように感じています。時代はやや古いですが、内容は現代でもまったく遜色なく読めるもので、少し分厚いですがビジネス・パーソンに非常にお勧めです。30代以上の人の方が頭に入りやすい内容かもしれません。

2014年11月24日月曜日

第106回:「IMF(上・下)」ポール・ブルースタイン

レーティング:★★★★★★☆

主として1997~1999年のアジア通貨危機への国際社会、とりわけIMFの対応についてノンフィクションの形で書かれた一冊です。欧米の経済ジャーナリズムの質の高さを感じる一冊で、主にワシントンを舞台にはしていますが、ロシアやアジアについても十分に取材されており、大変臨場感のある一冊です。アジア通貨危機はグローバリゼーション黎明期の大きな経済事象(事件)でしたが、その内幕を克明に記録したものとして歴史的にも十分価値のある一冊だと思えます。ただし、なぜか本書(原本)が刊行されてから10年以降経ってから邦訳されており、なんともそのタイミングは拍子抜けします。まだ、性質は違いますがリーマンショックあたりで翻訳していれば商業的にも違ったものになっていたのではないでしょうか。

舞台はワシントンのIMFです。いわずとしれた国際通貨基金であり、世界トップレベルのマクロエコノミストが集うところとして知られています。ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ教授を始めとしてアンチ国際機関の大物は多数いて、たしかにそういう言説を読むとなかなかすっきりするところではあるのですが、世の中はそんなに単純なものではなく、本書はIMFの功罪を丁寧に客観的に、また独善的にならずに評価しています。

タイ、インドネシア、韓国、ロシア、メキシコなどの事例がつまびらかに紹介されますが、IMFを中心とした国際社会の救済が上手く行ったところもそうでないところもありますが、個人的にもった感想はどれも紙一重だったんだな、ということと多くの場合後付けでしか評価できないんだな、ということです。もちろん当初の見たてや計画からのかい離で評価するわけですが、マクロ経済や国際金融という分野である以上、本当的に外生的なファクターが多くて、ややIMFの職員に同情的な感想を持ちました。他方、米国や日本財務省もこれらの決定には大きな発言権を持っていたことがわかり、単に一つの国際機関に留まらない作品になっています。さらに面白いのは被支援国の内情もつぶさに描いており、グローバルな視点を獲得していてこれまた素晴らしいところです。

難点は最初に書いたとおり、ちょっと題材が古いため、いまさら(書き尽くされた感のあるテーマで)興味を持続させにくいこと、訳がところどころ読みにくく、基本的な経済単語と思われるところに誤りではないと思うのですが、見慣れない用法が見られるところでしょうか。しかしながら、全体としての訳は原書に忠実で正確だと思います。こういう分野を志す方には、本当に面白い一冊ではないでしょうか。長いので年末年始の読書のお供に。

2014年11月22日土曜日

第105回:「銀行総務特命」池井戸 潤

レーティング:★★★★★☆☆

本日2個目の在庫一掃レビューです。3作連続で池井戸さんでまたまた銀行ものですが、本作はミステリーではなく、短編小説の集まりです。テーマは全て一緒で標題のとおり銀行の総務担当が様々な不祥事に対処し、その過程で組織や個人の悲哀を浮かび上がらせるというもので、おそらく最も池井戸さんが得意としているか書きたかったテーマの作品ではないかと思います。

さて、中身は短編なので色々なのですが、各種ハラスメント、不正、個人不祥事などが次々勃発し、それに組織の一員として対応していくというものです。人間それぞれ事情がありますが、ペーソスに溢れた話が続き、「銀行仕置人」と似たような話と思いきや作品のクオリティはこちらの方がずっと良いと思いました。ご興味ある方はぜひ読み比べてみてください。

短編で移動中などに少しずつ読めるので、年末年始のお供にどうでしょうか。

第104回:「銀行仕置人」池井戸 潤

レーティング:★★★★☆☆☆

前回に続いて池井戸さんの作品です。あまり有名ではない作品のようですが、2005年に単行本として刊行され、文庫は34刷までいっており、さすが人気作家というところです。

内容ですが、某メガバンクの本店営業第3部次長がある会社向けの融資を焦げ付けさせ、その責任を問われて・・という半沢直樹シリーズにあるパターンです。違うのは、基本的にミステリーとまでは言わないまでも、謎解きを進めていく構成であることと、主人公(黒部)のキャラがあまり立っていないことくらいでしょうか。一つ面白いのは、デジタルフィッシュというIT系の会社がでてくるのですが、これはいっせいを風靡したなんとかフィッシュという会社を題材に(少なくとも意識)しているのではないかと思えるところです。もちろん虚実織り交ぜているはずですが。。。

銀行もの、半沢もの、ミステリーものが好きな方にはお勧めの一冊です。個人的にはあまり響くものはなかったのですが、好みの問題であり、面白いは面白かったです。

2014年11月3日月曜日

第103回:「空飛ぶタイヤ」池井戸 潤

レーティング:★★★★★★☆

読書の秋、なのですが中々読書が進みません。しかし、レビューに挙げてないだけで読了しているものが本書以外に一冊あるので、まあまあ悪くないペースかもしれません。皆さんは読書の秋、いかがでしょうか。最近思うのは、ずっと昔は電車の中で漫画を読んでる人、本を読んでいる人、携帯(ガラケー)を見ている人などが分散していたのですが、今は殆どの人がスマホを見ている人になっていることです。自分も結構そうなっているときがあるのですが改めてみると結構びびる光景です。スマホに浸食されて、日本人の読書本数というのは(元々減少しているところ)更に減っているのではないでしょうか。ちなみに日本だけかと思いきや、海外でも正直言って余り変わらない光景を見ますので、グローバルな現象なのかもしれません。

さて、標題の一冊は2000年代に起きた某自動車メーカーにおけるトラックのリコール隠しを題材にしたものです。実際の事故(事件)、それも社会的に大きな反響を読んだものを下敷きにしており、更に登場するメーカー及び同系列の銀行が日本最大の財閥を露骨にイメージさせるものなので、著者の勇気は先ず凄いなと思いました。なかなかタブーとは言いませんが、ここまで批判的に小説として再構築できる覚悟も力量も凄まじいものがあります。ちなみにWikiによれば、さすがにスポンサーとの兼ね合いからか民法では放送できず、WOWOWでドラマ化して高い評価を受けたそうです。ぜひ読んで頂きたい秀作です。

末尾についている大沢在昌さんの解説が秀逸なので読んで頂きたいのですが、自分として凄いと思った点を。まず上に書いたとおり、著者のプロ小説家として覚悟を固めた批判的記述に凄味があります。そこまで?という程に日本の一流というものへの批判を繰り広げます。これがどれだけあっているのかは密接に接したことに無い私にはよく分かりませんが、著者は元々小説家になる前に内部にこの財閥に所属していたはずなので色々と思う時があるのかもしれません。次に小説家として、無駄もムラもない描写が本当に上手いと感じました。上下(文庫)で900ページほどあったと思いますが、だれることなく、かといって飛ばし過ぎでわけがわからなくなることもありません。初期の村上龍さんはここらへんのコンパクトで情感豊かな描写が特徴でしたが、遜色ないレベルで筆が進んでいきます。三つ目には、よく人物が描かれていて、更に会社や個人の欲、組織の病理に切り込みつつ、人はどうあるべきかということも不合理に生きる多くの人間を出しながら考えさせられるところです。

エンタメ寄りな作家なのかと失礼なとらえ方をしていましたが、時代が変わっても心を打つ、また2000年代の日本の経済や経済事件ということを知るうえ手も非常に優れた作品と思われ、6つ星としていますが、気分的には6.5くらい献上してもよいのではと思う力作でした。著者の他の作品も読んでみようと思います。

2014年10月13日月曜日

第102回:「Twelve Y.O.」福井 晴敏

レーティング:★★☆☆☆☆☆

第44回江戸川乱歩賞を受賞した作品です。何回かレビューしている福井さんの1998年刊行の一冊(読んだのは文庫版)で、時系列でいうとこれまでにレビューしたものより、更に前の作品となります。

さて、レビューですが、正直に言ってかなり残念でした。すでに書いたとおり、レビュー済みの二冊より前の作品ということもあり、かなり文章の癖が悪く出ており、話もリアリティに欠け、まとまりがありません。もっといえば、江戸川乱歩賞に値するのか微妙な作品です。ここら辺の事情は、解説の大沢在昌氏の文に詳しく出ていますが、他の作品が相当不作の年だったのかもしれません。

内容は福井さんの話に典型的な非公然組織のメンバーが様々な陰謀に巻き込まれ、そして巻き込み・・という話ですが、率直に本作以降の作品とかなり似通ったテーマとメッセージであり、もう少し作品ごとの変化を期待していた身としては残念です。また、例えば米国の描写も非常に単調で、わりと明確に反米的なメッセージが出ており深みに欠けます。福井さんの作品が相当好きな方は別として、基本的にあまりお勧めできない一作です。なぜ大沢さんがここまで押されたのかも良く分かりません。

2014年9月24日水曜日

第101回:「武士道」新渡戸 稲造著、矢内原忠雄訳

レーティング:★★★★★★★

古典を読むシリーズです。小さいころからこういう著作があるというのは社会(歴史)の授業などで繰り返し聞いてきましたが、やっと読むことにしました。古典と言えば岩波文庫で、めずらしく岩波から購入しました。とりあえず薄いので読みやすそうと思い手に取ったものでしたが、内容はさすが押しも押されぬ名著であり、大変面白かったです。

ご存じの方が多いと思いますが、この原作は英語で書かれ、原題は「Bushido, the Soul of Japan」(1899)です。今から115年も前にグローバルなコンテキストで武士道について考察し、流麗な英語で書きあげて出版した日本人が居るというのは純粋に驚きであり、現代と比べても全く遜色のない(もしくはそれ以上の)国際化ぶりです。

内容ですが、武士道というものを騎士道との対比や「義」、「勇」、「仁」、「礼」、「誠」などといったコンセプトとの関係で説明していきます。これらの説明の中では孔子(BC552-479)や孟子(BC372-289)といった中国の思想家についても随所に触れられます。また神道や仏教、西欧との対比ではキリスト教についても惜しみなく触れられ、非常にフェアな描写が続きます。全体を通じて感じるのは、武士というのは独自の価値や信念の体系に生きていて、良い悪いは抜きにして現代とは相当に違うパラダイムで生きていたということ。また、現代がたった100年のことではありますが、如何に資本主義的な価値観で染められていて、政治経済のみならず自分を含む人々の思考までも支配しているのかということです。

武士道の描写の中にはやや過激な描写が出てきて、正直引いてしまうところもありますが、逆に現代人には理解しがたい確固たる様式や思想があることが非常に面白く、独自の文化体系を作り上げたことに敬意が湧きます。更に体系としての武士道は滅びても随所にそれが社会に生きていくだろうという新渡戸の指摘は、卓見といわざるを得ません。読みものとしては、コンパクトかつ次のチャプターへの移行がとてもとてもスムーズで説得力がありますので、そういう観点でも楽しんで頂ける一冊だと思います。

2014年9月22日月曜日

第100回:「そうか、君は課長になったのか。」佐々木 常夫

レーティング:★★★★★★☆

継続は力なり、とはよく言ったもので2011年1月に立ちあげたこのブログも今回で100ポスト目です。仕事や子育て、趣味などでなかなか30代リーマンに自由になる時間は少ないのを実感しますが、電車や飛行機の中、寝る前、たまには喫茶店などでぼちぼち読んで来たものが3年8か月で100冊に到達しました。ほぼ1年25ポスト前後で安定しており、この中には上下や4冊で一つとしてカウントしているものもあるので、年間大体30~40冊程度を読んでいることとなります。もう少し読みたいなぁ、と感じることしきりですが、焦らず、途切れずに続けていきたいと思います。

さて記念すべき100冊目となる一冊です。タイトルは「課長になった」ですが、別に課長になったわけではありません。ただ、少し最近働き方が変わったこともあり、あれこれと立場の違う人、特に仕事場では立場的に下になる人とどう接していくか試行錯誤が続いており手に取りました。佐々木さんの説明は前回のレビューである第59回などでも少し行っていますが、難病と障害を抱えたご家族が居ながら、東レで企画中心に大きな仕事をされた方です。人間的に温かく、しかし本書を見ればわかる通り仕事に関しては非常に厳しい方です。

前回レビューしたものと同様に著者からのお手紙形式になっており、1つの区切りは数ページと極めて読みやすいものです。今回は、昔の部下が課長になった(ばかり)という想定で、課長としての心得を順々に説明していきます。内容は平易ですが、結構はっとさせられるものも多いものです。以下、自分の備忘まで興味を持ったところを。

1-3:高い「志」が人を動かす
1-5:プレーイング・マネージャーにはなるな
2-6:「在任中に何をなすか」を決める
2-10:細かいことは部下に教われ
2-12:部下の仕事に手を突っ込む
3-15:はっきりと言葉にする
3-18:褒めるが8割、叱るが2割
3-20:部下の仕事を認めてあげなさい
5-33:会社の常識に染まらない

この一冊は買ったので、なんどか読み直すこととなりそうです。なお、本書でかなり押されている「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」、「驕れる白人と闘うための日本近代史」、「プロフェッショナルマネジャー」は近々読んでみたいと思います。

2014年9月13日土曜日

第99回:「運命の人」山崎 豊子

レーティング:★★★★★★★

前回のポストからほぼ1カ月空いてしまいました。仕事でなかなか時間が取れなかったのと、今回のレビュー対象がかなり長い(文庫版で読みましたが1~4まで4冊・・)ことが理由でした。本作はもはや説明の必要がない故・山崎豊子さんの完結した作品としては最後の作品です。後書きで書かれていますがメディア・マスコミについて書こうと構想しているときに、戦後史に大きなインパクトを与えた「沖縄密約事件」に思い至ったそうで、これを題材とした一作です。

1~3巻までは、沖縄密約事件を題材として、メディアの使命、権力と情報公開、外交における秘密保持、男女関係、公務員秘密保持法などをテーマとして実際の出来事を下敷きとして進んでいきます。この部分はメディア関係者でもなく、外交関係者でもない自分にはビビッドに響く感じはなかったのですが、やはり(優れた小説のほとんどがそうであるように)人物描写が魅力的でぐいぐい引き込まれました。主人公の新聞記者、それを相克の中で支える妻、外務省の事務官と上層部、主人公の父(青果商)、支える優秀で情熱を持った弁護士などが登場し、昭和中期の熱い熱気、戦後からポスト戦後に舵を切りつつある日本の混乱などが生々しく、本当にその時代を少し経験したような錯覚に陥ります。

ここでまでであれば、「あー面白かった」ということで終わります。3巻が終わるころ、この小説はどう終わるのか、言葉を換えれば4巻で何か書くことがあるのだろうかという疑問を持ちました。4巻は主人公の裁判後の後日談で、この部分が(相当フィクションを含んでいると思いますが)秀逸です。語られるのは沖縄密約事件と繋がる沖縄の激しい地上戦、多すぎてむごすぎる犠牲、戦後の圧倒的な米軍優位での人権蹂躙などがつぶさに描かれていきます。著者は普段は意識して客観的な描写を心掛けることが多い気がしますが、今回は相当の思い入れがあったのか、当事者の証言や史実を徹底的に沖縄の視点から紹介していきます。激しい地上戦やひめゆりに代表される悲劇についてはそれなりに知っていたつもりですが、本当に身につまされるような物語がかたられていきます(電車では読めないレベルです)。個人的に沖縄の基地反対運動については批判的な思いも持っていたりしたのですが、それが180度変わることはないものの、そういう反対運動が成立してきた歴史的事実を本当に知らなかったことを反省しました。綺麗事に聞こえますが、本書はそういう事実をきちんと共有すること、そのうえで現在の沖縄を理解することを要求しているように思えてなりません。

一般的な書評を見ると必ずしも評価の高くない一冊ですが、私は山崎さんの色々な作品の中でもトップクラスではないかと思います。やや青臭いトピックではありますが著者の思い入れの強さを感じられる一冊です。メディア、戦後史、沖縄の現代史をつなぐスケールの大きな作品だと思います。長いですがぜひご関心ある方はお手に取られることをお勧めします。

2014年8月17日日曜日

第98回:「しんがり」清武 英利

レーティング:★★★★★☆☆

このところ夏だというのにめずらしく仕事が立て込んでおり、読書も本ブログの更新も頻度が落ちてますが、忙しい時に限って2~3冊併読していて更にアップが遅れたりします。忙しくても毎月2冊は最低限目指しているのですが、今月は(本書以外に)あと1冊読めるか微妙な情勢です。

さて、本書は日経新聞朝刊の広告欄に出ていて、興味をひかれて借りたものです。サブタイトルは「山一證券 最後の12人」というもので、破綻が決まった後、給与も途中からでない中で破綻の原因の解明や責任追及などのため会社に残り続けた人々の物語です。破綻した会社で本当に清算まで至る会社は少なく、他社に買われたり、民事再生という形で再建を目指すわけですが、山一の場合は強い行政指導や裁判所からの拒否もあり自主廃業という形で異例の清算に至りました。文字通り金融危機の中で会社自体が消滅するわけですが、自分のキャリアや家族の生活を頭の片隅に抱えながら、強い責任感を発揮して残り続けた人々のエピソードはかなり強く心を打つものがありました。どうして自分が長年務めた山一が消滅しなくてはならないのか、いつから「飛ばし」が始まったのか、そして誰が。見つける機会はなかったのか、会社が生き残る機会はなかったのか。そういう疑問に突き動かされながら、心身ともに厳しい状況での仕事が続いたようです。

破綻の直接の原因は、過去の法人取引の中で取引先の損失を被る形で多くの簿外債務を抱え、雪だるま式に大きくなってきたこと、大物総会屋に(他社も同様ですが)付け込まれたことなどが描写されていきます。ここまでは既報のものとそう変わりませんが、本書はインサイダーの多くに取材しているので部門間の争い、とりわけ法人部門の強大化と牽制部門の権限の小ささが浮き彫りにされていき、その発端がなんとも人間臭く、悲しくなるようなエピソードで驚きます。

他方、辞めた山一社員が人それぞれ一筋縄ではいかないポスト山一の人生を送ったことも描かれています。本書を読み始めてから気づいたのですが著者は読売巨人のGMとなって5カ月で解任されたあの人です。知りませんでしたが元々新聞記者だったということで、文章は大変読みやすく、取材も丁寧にされている感じを受けています。そして、こういう地味だけれど硬骨のノンフィクションを書くところに、著者の人間性がよく表れていると感じました。

2014年7月13日日曜日

第97回:「スコールの夜」芦崎 笙

レーティング:★★★★☆☆☆

2013年、第5回日経小説大賞受賞作です。当時かなり大きく報道されましたし、書店でも結構平積みされていましたので目にされた方も多いのではないでしょうか。現役○○、というのはとかく影響を集めやすいですが、財務省の現役キャリアということも話題を呼びました。たしかに本省のキャリアで根気よくコツコツと破綻ない小説を書くのは大変だと思います。

さて、本書はある大銀行に勤める女性総合職第1期の物語です、枢要な部署に登用され、厳しい仕事に当たるうちに・・・というものです。話自体は至極普通といっては失礼ですが、大きなクライマックスもドラマチックな展開もなく、やや淡々と話は進んでいきます。この点、結構批判はありますが、私自身は荒唐無稽なもので現実感を喪失するより、ややじっとりしていますが地に足のついた話として徹底しているのはリアリティがあってよいなあと思いました。他方、主人公が女性であり、日本の大組織における女性の存在という重要テーマがあるのはわかるのですが、ややそこに話が集中しすぎていたのが残念でした。知的世界で格闘する男性弁護士、SEとして組織の枠にとらわれず活躍する若手男性、主人公の母の昭和的価値観など、素材は色々と提供されていますが、どの人も魅力的ではあるけれど踏み込んだ人物造形がないので、やや印象不足な感じです。

プロの作家ではないので多産は難しいかもしれませんが、自作を読んでみたいところです(最後の方に示唆されています)。

2014年7月5日土曜日

第96回:「オレたちバブル入行組」池井戸 潤

レーティング:★★★★☆☆☆

流行りもの、といってももうやや懐かしめに属するかもしれない1冊です。ご存じ池井戸さんの半沢直樹シリーズの第1冊です。経済小説は基本的に好きなのでこまめにチェックするようにしているのですが、池井戸さんの本は一冊も読んだことがなく、TBSの半沢直樹も後半から見たので本書がカバーする話は殆ど知りませんでした。

原作を読んでから映画/ドラマ化されたものをみるとがっかりするというのは良くあることですが、本書については逆でドラマを見てから原作を読むことになったのですが、既にドラマで雰囲気というか世界観が分かっているからか、あまり面白さがありませんでした。率直なところ。ドラマは堺雅人さんの怪演と他のキャストのはまり方がすばらしかったのですが、原作はやや密度が薄く退屈に感じてしまい。金融関係ならば、黒木亮さんなどの方が密度が濃く、ずっと面白い感じがします。しかしながら、半沢直樹シリーズ第3・4作はかなり評判が高く、雑誌連載時にもちょっと読んで関心をもっていたので懲りずに第2作目以降を読んでいこうと思います。

あと気づいたんですが、主人公の親父さんの設定がドラマと原作は違うんですね。半沢直樹が入行10年以上たった時点から話が始まりますが、若手時代の話なども番外編として将来刊行されそうです。池井戸さんがそれを潔しとするかはわかりませんが・・・。

2014年6月25日水曜日

第95回:「終戦のローレライ」福井 晴敏

レーティング:★★★★★★☆

かなり前回のレビューから時間が空いてしまいました。別に読書をやめていたわけではないのですが、色々と変化もありちょっと忙しくなってしまったのと、今回レビューする一作が文庫版で4冊もあり、異様に大作だったことが原因です。以前「亡国のイージス」をレビューした福井さんの代表作の一つである「終戦のローレライ」です。

元々映画化のために書き下ろされた一作だそうですが(映画は見てません)、核心の点がやや荒唐無稽であり最初は鼻白む感じがしましたが、ところがどっこいストーリーの壮大さ、まさに映画向きな危機の連続とその切り抜け方、単なる娯楽大作に留まらない複数の納得感ある視点の提示があり、ほとんど飽きることなく読み進めることができました。常々よい小説とは様々な読み方ができるものと書いていますが、本書はそういう意味でよい一冊だとおもいます。とにかくこれだけスケールが大きいのに破綻していないエンターテイメントを書ける作者は、今の日本にも5人いるかどうかというレベルではないかと思います。

「亡国のイージス」はほぼ現代の話でしたが、今回は終戦という言葉から分かるとおり1945年の終戦(敗戦)に着想を得て書かれています。素晴らしいのはドイツ、日本、アメリカを主な舞台にしていながら、各々がバラバラにならずに綺麗に一つの物語に統合される点です。また、主人公と思しき3人はいずれも10代であり、ただの戦争や戦闘といった話ではなくさわやかな青春小説という側面も持っています。この点、話としては決して明るくないと思いますが、「亡国のイージス」よりずっと前向きで心を打つ物語に仕上がっています。

もし福井さんの本に関心を持って、読んでみたいという方がいれば、間違いなく本作から読むことをお勧めします。相当の大作ですが文章がこなれていて読みやすく、場面もそれなりに素早く展開していくのでほとんど飽きません。約1カ月これを読むのに費やしてしまいましたが、全然後悔はありません。なお、終章の完成度も非常に高く、作者は相当推敲を繰り返したであろう後が読み取れます。ぜひ、夏休みの終戦のシーズンに一度手に取ってみてはいかがでしょうか。色々と考えさせられます。

2014年5月11日日曜日

第94回:「外資系金融のExcel作成術」慎 秦俊

レーティング:★★★★★☆☆

日経新聞で何度も広告が打たれており、実際、書店でもかなりの売り上げになっているようなので、なんとなくタイトルを目にされた方も多いかもしれません。タイトルはやや釣りが入っていますが、要は外資系金融機関でフィナンシャル・モデル(FM)をどう作っているか、というノウハウを記載したものです。著者はモルスタに勤務後、プライベート・エクイティのユニゾン・キャピタルに勤務したそうです。ジュニアポジションだったので、相当FMを作り、回しという作業を積み重ねたであろうことが想像できます。

私も仕事がらFMを受け取って、簡単なシュミレーションをしたり、また自分の仕事のため、簡単なコーポレートのFMなどを作って走らせるということはしていたのですが、高度なモデルを組めない、そもそも組み方を体系的に学んだことがない、簡単なモデルを組んでもやたら見づらい、などの悩みがありました。このため本書には刊行後からかなり関心があったのですが、丁度、後輩が貸してくれるということでありがたく読みました。結論からいって金融関係の方、特にジュニアの方にはよい一冊だと思います。私もそんなに若くはないのですが、目からうろこが沢山あり、一部の内容は日々実践することで身につきつつあります。ちなみに、本書は実際に手を動かしてExcelを開いてカチャカチャしながら読むのが一番だと思います。

さて、本書の良いなと思う点はかなりあるのですが、まずは徹底して無駄が省かれ、大事な内容に絞って書いてあることです。ノウハウとしてはたくさん詰まっていますが、覚えきれないほどの分量ではありません。良くあるExcel使えるようになる!みたいな本は、やたらめったらどうでもいいショートカットなども記載しているのですが、FMを綺麗に、正しく作るというその目的に必要かつ良く使うものに絞り込んでいるので、とても読みやすいものになっています。次には、「いかに見せるか」という見た目の話をきっちりと書いているところです。綺麗に頭に入ってくる数字、見やすくて、その意味を読み取ろうという気になる数字というのがあります。見やすい、見やすくないの分かれ目は、多くの場合見せ方の問題で、特に投資銀行的なノウハウが特に役立つところなのでしょう。簡単なルールだけ記載していますが、ちゃんと、綺麗に見せる、というのは社内でも社外でも非常に大事だと思います。読む気が失せるような数字の羅列はわりとどこの業界でもあるのではないでしょうか。見せ方だけにこだわれば軽薄に聞こえますが、しっかりとした理由と技術が詰め込まれており説得的です。最後に、今までない領域に挑戦した点です。英語では1冊FMだけについて記載している本を知っていますが、日本語でFMについて正面から書いているものはなかったはずです。そういうところに若い著者が果敢に挑んだところは大変勇気がいることですし、意味も大きかったような気がします。

他方、少しだけ改善すれば・・と思う点ですが、Amazonの書評でも指摘されています(その他にも数字でも数点あります)が、誤植や数字が手順どおりにやっても合致しないところがある点です。これはおそらく重版で修正されるものと思いますが、少し残念でした(他の部分がプロフェッショナルなだけに)。あと一つは印刷の色が薄い点です。Excelで見やすいように淡色を使っている影響があるかと思いますが、印刷の色もかなり薄いので少し見にくいのが気になります。少し色覚が良くない方などは殆ど色が分からなくなるのではないでしょうか。

色々書きましたが良著です。金融関係者、各種財務諸表を扱う方などはぜひ手にとって見られると面白い一冊だと思います。著者は意欲的な方のようなので、お忙しそうですがこれに限らずいつか2冊目を出されることを期待しています。

2014年5月6日火曜日

第93回:「熱く生きる」天野 篤

レーティング:★★★★★☆☆

著者の名前をどこかで聞いたことが・・という方は多いのではないでしょうか。今上天皇の心臓手術を2012年に執刀した心臓血管外科医で、現在、順天堂大学医学部の教授です。私は2012年の手術の時に、その経歴を紹介するエピソードを聞いて関心を持ち、おそらくその年か2013年だったか定かでないのですが、NHKの『プロフェッショナル』で特集されており、強く感銘を受けました。気骨のある、血の通った人柄に大変な魅力を感じました。

その偉業や経歴については様々なところで紹介されていますので、ググれば一発で出てくると思いますが、若くしてお父さんが心臓病に罹り、それを治したいという思いもあって医師を志します。優秀な進学校に居たのですが成績は振るわず3浪、(医学部としては)決して優秀とは言えないある私学に入り、医者となります。その後も伝統的な医師のヒエラルキーに安住することなく腕を磨き続け、比類ない治療件数と手術実績を残し、順天堂教授に上り詰めます。これだけでも一つの現代版のサクセスストーリーとして面白く読めますが、3浪時の意外な放蕩のエピソード、お父さんを救えなかった無念、コンプレックスを基にした強烈な努力とプライド、(偉くなっても)患者を第一に考え向き合い続ける姿勢など、まさにプロフェッショナルの題材にうってつけという感じです。

平易な文章で書いてあり、すらすらと読めますので、おそらく3時間もかからないと思いますが幾つか面白いなと思った点を残しておきます。
・医師は大変な金銭的、社会的コストの上になる職業であり、全力で患者に奉仕しないといけない(際限はあります)。
・エリート医師でもそれに見合う努力をしていないモノが多すぎる。自身は泊まり込みを続けて平日は殆ど家に帰らないスタイルでやってきた(推奨はされていません)。
・患者に言われた「人の3倍努力すると、神様はなにかくれる」をモットーとして、今も糸の結び方などを日々練習している。医師は医師道だと思っている。
・オフポンプ(人工心臓不使用)手術が現在の主流であり、積極的に取り組んできた。また、感染症の低減も世界トップクラス。6,500回以上執刀。


自分なりに魅力を感じた点を纏めれば、①オリジナルな信念を持って実践している、②そのための努力を継続している(場数の多さが成長を速めている)、③心が通っている、④適度な遊びがある(麻雀やゴルフetc)というところでしょうか。興味を持たれた方はオンラインで見られるのかもしれませんが、上記のNHKプロフェッショナルを見るとより厳しくも温かい人柄が伝わるかと思います。医者の不養生ではありませんが、食生活などがかなり厳しい感じだったので、ぜひご自身も大切に長く医療に携わって頂きたいと思った一冊です。

2014年4月13日日曜日

第92回:「プロフェッショナル経営者とバイアウト」日本バイアウト研究所編

レーティング:★★★★★☆☆

今回もマニアックな一冊であり、前回レビューしたもののシリーズものです。ファンドによるバイアウト対象先に送り込まれた外部からの経営者へのインタビューと送り込んだファンド、また仲介した人材エージェントへのインタビューを纏めたものです。本書のフォーカスは、PEによる投資案件で実際に成長や再生を実現していくのは投資先経営陣ですが、その経営陣をリクルートし、かれらがどう成長/再生を実現しているかという点、更には日本における(送り込む)経営者プロ市場がどうなっているのか、というものです。前回に続いてディールの詳細が明らかにされることが極めて少ないPE投資の内実が詳細に当事者によって語られているので非常に参考になります。また、今回もビジネススクールの授業で即使えそうなものばかりです。

全体的な論調としては、日本ではプロ経営者(送り込まれた企業を概ね業種に関係なく成長/再建できる経営者、と一応定義します)の市場が欧米などに比べれば小さいそうです。しかし、それでも本書に出ている成功例は結構劇的なものもあり、また少なくない事例が紹介されています。面白かったのは、以前のPE投資は金融工学的な付加価値が大きくて、買収(+レバレッジ)で資本を再構成、不採算事業、遊休資産の売却、自社株買い/株主配当などB/Sに着目した改革が多かったようですが、近年ではイージーな案件が減ってきて、本格的にどうやってビジネスを変えていくかということがバリューアップのメインの戦場になっているそうです。確かにKKRの黎明期のエピソードを見ると上記のような手法が徹底して書かれていますが、2000年以降の少なくとも国内の事例をみると、かなり踏み込んだ戦略/オペレーションの改革が行われています。KKRも企業価値向上のためコンサルティング機能を内製化しており、2011年からKKRキャップストーンをグローバルに立ちあげています。

送り込む経営者の確保ですが、これも色々な手法があるものの、①経営者プールを独自にゆるく囲い込み、②(ミドル含め)経営層を内製化(内部から派遣)、③人材エージェントなどからサーチ、というのが主流なようです。①はインダストリー・パートナーなどと呼ばれる各回の経営陣OB/OGなどとのコンタクト強化(ディールのソーシングも兼ねて)などをしているようで、そこから案件ごとに最適な人物を探すようです。②はPEファンドの人材を数名実際に派遣し、現場でのマネージメントに実際に入れてしまうもの、③はそのままですね。どれも一長一短あるそうですが、ある程度の規模が確保できているファンドならば、①と②の組み合わせが一番現実的な路線のような気がします。

レーティングは記載のとおりですが、前半にかなり重複感が強いエピソードが並びます。後半はファンド側の視点もかなり盛り込まれてて面白いと思います。関心のある方がかなり限定されると思いますが、勉強になる一冊です。

2014年4月3日木曜日

第91回:「事業再生とバイアウト」日本バイアウト研究所編

レーティング:★★★★★★☆

今回の一冊はかなりマニアックなものですので、関心ない方は完全スルーを推奨します。2011年3月に刊行された一冊で、400ページ強あるボリューミーなものです。

バイアウトとはいわゆる企業への資本参加(通常支配権を獲得)を指しますが、内部の経営陣が株式を買い取るのをMBO(Management Buy Out)、外部の経営陣が株式を買い取り会社を新たに経営するのをMBI(Management Buy In)と呼んでいます。2000年代は不良債権のバルクセール(いわゆるバブルの後処理)から始まり、その後企業自体を再生の対象とするビジネス、それを生業とするファンドが相当数誕生しました。公的機関として不良債権問題の解決への端緒を付けるとして設立された産業再生機構(2003~2007年)はBSサイドの再構成を中心に行ったのに対して、再生機構のOB/OGが主力として設立したファンドはBSはもちろんのことPLサイドにも注力し、本格的なターンアラウンドを目指しています。

ちょっとこの関係に首を突っ込まざるを得ないことが数年前にあり、更にその3年ほど前にはベンチャー及びプライベートエクイティ投資について学んだことがきっかけで、産業再生機構が出した本(3部作)を読み、そこから自分なりにこのブログでもかなり頻繁にレビューしていますが事業再生というものについて学んできました。今回は、事業再生のなかでもバイアウト(MBOでもMBIでも)を使ったパターンであり、いわゆる投資ファンド、とりわけプライベートエクイティ(PE)ファンドが絡んだものです。

本書は2部構成になっていて、前半は「手法と市場動向」、後半は「事例と経営者インタビュー」となっています。前半はその名のとおり弁護士さんを中心として法的なフレームワークの説明、典型的なPEファンドのバリューアップ手法などの解説が続きます。ここはちょっとだけ退屈なのですが、へーそういう手法もあるんだという気づきが随所にあります。そこを乗り越えると後半ですが、その名のとおりケーススタディのようになっていて、各PEファンドの投資、バリューアップ、一部はイグジットまで顛末がかなり詳細に書かれています。当事者たちが詳細にケースを紹介しているので、なかなかセンシティブで普段情報が出てこない再生事例が詳細に紹介されており、またPEファンドの投資判断、バリューアップ、デューデリジェンス手法などがかなり描かれているので、アウトサイダーとしては大変興味深い内容です。どれも日本のビジネススクールの教材としてすぐに使えそうなものばかりです。

自身の備忘録として、以下何点か。
①現在の国内事業再生は、時価総額~200億円程度の中堅企業が中心的なPE投資対象となっており、使われるスキームは様々だが殆どのケースでレバレッジは効かせていない。また一回の投資額も5~20億円程度とかなり小さく、ミドルリスク・リターンを狙っている模様。
②デューデリジェンスにはきちんと各種アドバイザー、コンサルタントを入れている(もちろん本格投資を決める直前だと思いますが)。ただし、この点はリスク対比、またリターン対比でコストが正当化できるのか謎(できるからやっているのでしょうが)。極力(調査対象を絞るなど)省コストで外部リソースを使っているものと推測。
③各社の再建プロセスは共通パターンあり。経営者の招聘、人事制度の改革やインセンティブの付与(目標達成時賞与、ストックオプション)、社内規律の確立、規則の整備、製造現場の改善(5S他)、キャッシュ創出(不要資産の処分、固定費の圧縮、運転資金の削減)、コスト低減によるPL改善、特に営業利益重視、場合によって金融支援によるBS改善。殆どこのパターンの模様。これをちゃんとできると海外販路の開拓、商品の価格見直し等で利益レベルの向上を目指し、イグジットヘ。
④各PEファンドとも成功例を載せているので当然と言えば当然だが、かなりのリターンを得ている。本書の某ファンドが手掛けた製造業のある会社の例では、PEファンドの投資額は5億円(+有形無形のコスト、人件費等は別)に対して、イグジットは21億円(なんと4倍強)となっている。もちろんこれはできすぎの例だと思われるが、リスクを取っている分かなりのアップサイドがある(ダウンサイドもある)。

この業界に興味のある学生さん(もとい新卒は殆どいないようですが)、社会人の方々にはとても面白いと思います。なかなか情報がでてこない業界なので資料として一級品です。

2014年3月23日日曜日

第90回:「フラニーとズーイ」サリンジャー(村上春樹訳)

レーティング:★★★☆☆☆☆

村上春樹氏翻訳の文庫新刊が出るということを聞き、ファン故の愚かさで発売直後に買ってしまいました。『ライ麦畑でつかまえて』はすごく好きというレベルではありませんが、それなりに好きだったのですが、本作品はまったく良さが分からず閉口してしまいました。おそらく作者、翻訳者をブラインドにして読み始めたら、半分読まずにギブしてしまっていたと思います。

村上氏は本書を若いころ(といっても10代だそうですが)に読んで良さがわからなかったけど、近年再読してその良さに惹かれたそうです。私は既に10代とはほどとおいところに来ていますが、いつか再読したらその良さが分かるようになるのでしょうか。手短になぜ閉口したかを書くと、まず文章がやたらに装飾的でまわりくどく、文意がつかみにくい。主題がわからず、かといってディティールや雰囲気にも没入することができない、というものです。何度か読むのをやめようかと思いましたが、単純にもったいない、また後半良くなるのではないかという淡い期待で読み進めました。

近年読書の大漁状態が続いていたので、小休止的な意味でこういう期待外れに終わるものがあってよかったのかもしれません(とせめて前向きに考えてみます。

2014年3月16日日曜日

第89回:「戦略プロフェッショナル(増補改訂版)」三枝 匡

レーティング:★★★★★★★

第81、82回で三枝さん三部作のうち残りの2冊をレビューしています。いずれも素晴らしいものですが、残る1作の本作も期待を裏切らないものでした。今回ご紹介するバージョンは、すでに文庫化(2002年)されたオリジナルの増補版であり、著者へのインタビューや各種の解説が追記された一冊です。

3部作すべて同様の構成であり、実際にあったビジネスストーリーをほぼそのまま使いながら、解説を挟んで経営とは、戦略とは、その中でのリーダーシップとはといった話が展開されます。どれも三枝さんの実業経験を踏まえて書かれており、今回も納得度が極めて高い上にプロローグ、エピローグおよびインタビューで著者自身の体験を余すことなく書いており、大げさかもしれませんが感動すらする内容です。また、ネタバレになるので控えますが、本書では実際のエピソードの裏側が明かされ、三枝氏の来歴も本人の口からかなり詳細に語られます。氏も語られているとおり、増補版を出したのは次世代育成に力を入れている三枝さんにとって非常に意味のある仕事であったと思われ、その意気に感じるものがあります。

記号的に書くとよくいるビジネスエリートかという感じになってしまいますが、三枝さんは三井石油化学に入社、その後、BCG東京オフィスの日本人初採用、同社ボストンオフィス勤務、スタンフォードMBA、米国企業に就職し、同社と某財閥系化学会社の合弁会社を経営(30前半で代表取締役)、製薬企業系の不振企業の再建、ベンチャーキャピタルの運営、個人事務所開設からコンサルティングへの復帰、東証一部上場企業の社長(現在に至る)となっています。ご本人も書かれていますが、この一つ一つにかなり壮絶なエピソードがあり、どれも密度が濃く、特に留学のくだりなどそのまま小説になりそうな話です。

タイトルからもそうですが、面白いのは経営のプロはどうやって育てられるのかについて、かなり公式化して要件を明示しているところです。豊富な経験と年数の積み上げによりここまではっきりと示せるのであり、相当の自信をもたれていることが伺えます。三枝さんの凄みは理論を理解し、実践しつつ、さらに高いレベルで結果を出し続けていることだとおもいますが、その説得力たるや経営学者の頭でっかちなものではなく、またたたき上げの根性論だけに偏る経営者のものとも大きく離れています。面白いですし、励まされる一冊です。この分野に関心のある人に素直にお勧めです。

2014年2月16日日曜日

第88回:「反転」田中 森一

レーティング:★★★★★★★

検事を辞めて、検事と相対する弁護士になる人をヤメ検というそうです。その動機は様々なようですが、検事の経験や人脈があるため、弁護に強いことから人によってはかなりの活躍をするそうです。同時に、一部では強引な弁護手法や検事との距離感などについて批判も根強くあるとのこと。そんなヤメ検として非常に有名になった田中氏のノンフィクション、出色の出来であり、さすが幻冬舎という一冊です。素晴らしい内容と情感をもった一冊だと思います。

簡単に中身をご紹介すると、佐賀の海近くの貧しい村に生まれた氏は、父から勉強など不要、進学も無用と言われていましたが、苦学して岡山大学に入学します(ここまでのいきさつも相当面白いです)。当時は村の出身者が大学まで進むなどというのは本当にレアで、家族はもとより村の期待を背負ってのことでした。その後、法曹を目指し、猛勉強の末に合格、裁判官を目指しますが、左派全盛の時代背景もあり、ひょんなことから裁判官になることが困難になり、検事の道に進みます。

検事になってからは、佐賀、大阪等で活躍、その後に東京地検特捜部に着任します。特捜部の前は割と単純な軽犯罪から地方自治体の首長を巻き込む贈収賄まで意欲的に手掛け、検事としての力量を高め、適性について確信を深めます。他方、具体的に記述されていますが、検察の上層部からの横やりや圧力が入ったことも一度ならずあり、一部は捜査や起訴を断念したことについても書かれています。本書で認識させられましたが、検察は法務省の傘下にあり、政府の法の番人であることから、政治や政府の意向を強く受けるようです。政府の一組織としてどういう事件を立件するか、捜査するかについてはかなり取捨選択や自主規制があるようです。著者はそうした検察の制約に違和感を感じ、またプライベートでいろいろあったこともあり、検事をやめ、弁護士に転身します。ここらへんの検察組織の特殊性については、内部の第一線に居た人だけに非常にリアルですし、特捜部の捜査を受けて著作を書いた人々の見方があながち滑稽ではないことも伺えます。

さて、ここからが後半ですが、バブル華やかな時代には数多くのバブル紳士がいましたが、大阪、東京を舞台にした数々の経済犯罪や闇の組織とのつながりをもっていった著者は、金が乱れ飛ぶ中で必死に仕事をし(このあたりは相当批判はあると思います)、自分でも書かれているやや悪趣味な金の使い方もしながら、しかし自身の正義と思うところで弁護活動を行っていきます。この間もヤメ検として検察と対峙しつつも、いろいろと人脈を保っており、圧巻です。著者自身の人生も非常に読んでいて面白いのですが、バブル紳士たちの派手すぎる生き方、強引なビジネス手法、法律との戦い方などが生き生きとしており、ポストバブルの現在からは到底理解できないような興味深い内容となっています。

その後、著者自身が特捜部との全面対決をしていき・・・。という話ですが、本当に面白いのでノンフィクション好きの方にはぜひというレベルのお勧め本です。単行本で400ページくらいありますが、あっというまに読めると思います。こういう確かな時代の記録を、自分の人生をさらけ出して書いた著者に感謝したいと思います。

2014年2月9日日曜日

第87回:「われ悩む、ゆえにわれあり」土屋 賢二

レーティング:★★★★★☆☆

土屋さんのエッセイを紹介されたのは、もう10年くらいまえでしょうか。現在の(初婚ですが)妻におもしろいよと当時紹介され、2冊ほど読んだ記憶があります。このたび1週間ほど時間がとれそうだったので、久々に土屋さんの本を読みたいと思い借りてきました。10年ほど前に読んだ時はお茶の水大学教授の肩書だった気がしますが、本書では同大名誉教授になってました。1944年生まれということなので、もう実質引退されているということでしょうか。ちなみに哲学の教授です。

さて、土屋さんの本業の著作は読んだことがないのですが、本書を含む一般向けに書かれているのは軽妙なエッセイが多く、どの本も面白くお勧めです。視点が徹底的に自虐的で、自虐ネタの書きものでは日本でも有数の方ではないかと勝手に思っています。哲学の教授というと難しそうとか高尚そうというイメージがありますが、正直言って息抜きに書いているのか、その真逆でゆるいネタばかりです。カントもヘーゲルも出てきません。

前置きが長くなりましたが本書は2012年に刊行されたもので、元々は雑誌PHPに連載された氏の人生相談から取っているそうです。相談ネタもユニークなものが多く、例えば「自然の美しさに無関心な子ども」について、とか「アリとキリギリス、どちらがトクか」などしょーもない(が当事者にとっては大事な)ものが並びます。しかし、こうして客観的に見てみると下らないなあと思える悩みも、実は自分に生じるとやっかいだったりして、私たちの抱える悩みもはたから見たらその程度なのかもしれません。土屋さんは、いつもどおり力の抜けた、真面目半分、不真面目半分な回答を繰り広げます。どれもかなり笑えるものばかりで公共の乗り物で読むのが困難なのですが、その自由すぎる発想を読んでいくと、単に笑えるだけでなく様々な角度からものをみることで、正当な悩みの評価や新たな抜け出し方を見つけられると言っている気がします(あえて教訓を抽出しようとすれば)。

面白いのはいくつもありますが、備忘まで挙げると「新幹線の肘掛け問題」、「夢がかなったらほんとうに幸せか」、「夢を捨てさせるには」、「仲良しの度合い」などでしょうか。旅に持っていったり、なんとなくふわっと笑いたい時などにお勧めの一冊です。人気のある土屋さんなので、引き続き著作はどんどん出るものと思われます。

2014年2月6日木曜日

第86回:「ザ・プロフェッショナル」大前 研一

レーティング:★★☆☆☆☆☆

言わずと知れた大前さんが2005年に出版された一冊です。いつか時間ができたら読もうかなぁと思っているうちにもう9年も経ってしまったことが驚きですが、遅ればせながら図書館で借りてきました。既にレビューしている大前さんの代表作「企業参謀」が素晴らしいものであったのに、本書は読んでみて非常に残念でした。人の時間は限りがあるので、途中で読むのをやめようかと思いましたが、後半良くなるかもしれないと読み続け、そして不可解な印象と混乱が残ってしまいました。

勝手に低レーティングを付けるのも失礼なので、その理由を列挙してみます。

①内容がとびとびで「ザ・プロフェッショナル」という21世紀のビジネスパーソンのあるべき姿から拡散しており、なにが言いたいのか殆ど分からない。

②コンサルタントスタートだからか、どこまでいってもデルやGE、マイクロソフトといった如何にもビジネススクールが好きな企業の例が並び、その分析がどれも巷の経済雑誌に書かれているレベルで、独自のものが殆どない。

③(①につながる点ですが)サブタイトルが「21世紀をいかに生き抜くか」というものですが、21世紀の企業競争の要諦について、20世紀的なロジックのアプローチが通じるといってみたり、通じないといってみたりぶれており、結局20世紀と21世紀の特徴、違いがごちゃごちゃになっている。

そこらへんの経済評論家やゼミの課題作文ではなく、大前さんなのでこのようなタイトルの大上段の本をだされる以上はもっと整理されたものになっているのかと期待してたのですが、かなり混乱した内容になっている気がします。やはり経営者の一代記のようなリアリティのあるもの、学者でも突っ込んで事例を調べているものの方が面白く、また為になるなあということを再確認する事例でした。残念です。

2014年1月26日日曜日

第85回:「バイアウト」幸田 真音

レーティング:★★★★☆☆☆

新幹線や飛行機のなかで、暇つぶしに読む感じで楽しむのに最適な一冊だと思います。決してネガティブな意味ではなく、長さは丁度良く、文章は読みやすく、複雑すぎないので適度に楽しめます。正直にいってあまり期待せずに読み始め、前半だれて読み続けるのをやめようかと思いましたが、後半の意外な展開におおっと読み続けました。良い意味で期待を裏切られた感じです。

さて、内容てすが、現実世界の人をモチーフにして、架空の音楽エンタメ会社を巡るTOB合戦を描いたものです。経済小説にありがちですが、その過程で主人公である女性証券ウーマンの生い立ちと成長が語られます。読めばすぐにわかりますが、一世を風靡した村上ファンド、筋にはあまり関係しませんがホリエモンなどが出てきます。主人公の所属する会社はリーマンブラザーズでしょうか。詳細を書いてしまうとすぐネタバレになりそうですが、時代背景としてはリーマンショック前のやや上向いた経済状況の中、資本主義を標榜するファンドが大きな資産含み益を持つ会社をターゲットに買収を計画するところからスト―リーから始まります。

展開はやや陳腐であり、現実に起きたこと、例えばTBSの買収騒動などの方が部外者としてはずっとエキサイティングだったように思えるのが少し残念です。また、著者の人間描写がやや単線的で感情移入しづらく、更に主人公以外の人物の深みに欠けるところが目立ってしまいます。経済小説でありしかたがない面はあるのですが、経済事象だけ読みたければノンフィクションを読めば良いわけで、そこはかなり残念でした。なお、本書は語りつくされた感のある疑問「会社はだれのものか」を問うものですが、この問いは立場によって見方によって色々な答えがあるので、あまり突き詰めて考えても仕方がないように思えます。

2014年1月19日日曜日

第84回:「35歳からのリアル」人生戦略会議

レーティング:★★★★☆☆☆

ハウツーものともちょっと違いますが、2000年代に入ってから書店で良く見るようになった類の一冊です。類書は28歳やら40代やら色々とありますが、一番年齢に近いものを図書館から借りてきました。以前は、こういう本って世代を十把一絡げにして語り、凄い恥ずかしいよな、意味ないよなと思っていたのですが(今も少し思っています)、読まず嫌いも良くないだろうということと、同世代は典型的にどういうイシューを抱えているのかを知るのは迷いの少なくない年代としてよいかなと思って借りた次第です。

前置きが長くなりましたが、本書は「仕事」「家庭」「お金」「活力」「選択」というカテゴリーにそって豊富な客観データを用いて説明を行っていきます。ちなみに読者を男性と明確に規定した内容ですので、男目線、夫目線が露骨に前面にでており、間違って女性が読むとかなり不快かもしれません。こういう本は全体を通して評価する作品ではないので、自分として気になった点、備忘のため記録しておきたい点に絞って書いてみたいと思います。

まず「仕事」です。全産業的にですが、1997~2007年にかけて30~34歳男性の所得は100~300万円減少している(恐るべき数字です)。1997年に最も多いレンジは500~699万円だったのが、2007年には300~399万円に落ちています。雇用体系ごとの分布のシフトがもっとも効いていると思いますが、そういう厳しい時代に生きているということは認識しとかないといけなさそうです。また、35~49歳は週60時間以上働く割合が最も大きい年代だそうです。60時間というのはやってみると割と普通ですが、まあ長いことは確かです。その上で、選択しとして大きく4つのモデルが提示されます、すなわち①専門職として自分の仕事を追究する、②ゼネラリストとしてマネジメントの道を進む、③出世しなくてよいので定年まで勤め上げる、④転職を考える/独立開業を考える。いずれの選択を行う上でも、1.自分は何が得意か、2.自分が本当にやりたいことはなんなのか、3.何をすることに意味や価値を感じるのか、を良く考えるべきということで、新卒当時とは全く違ったリアルな検討ができるようになっているはずだ、とのことです。

「家庭」では主に結婚と子供/子育てについて、「生活」では家、食事、健康をどうするかについて詳細に記載があります。既に幾つかのライフイベントを経験しているので、それほど驚きのある内容はありませんが、子育てにかんする費用については具体的な数字が多くてよかったです。あくまでモデルケースですが、22歳までの養育費は1640万円、私立中学3年間で380万円(公立141万円)、私立高校313万円(公立156万円)。あと日米の幸福度を比べると、アメリカでは年と取るほどに幸福度があがるのに対して、日本では逆に下がり続けています(平成20年度)。比較的福祉が充実している、かつ勝ち逃げ世代が多いと思われる今のシニアにそういう傾向があるのはなんとも不思議です。アメリカは良く分かりませんが、なぜこうも逆の挙動になるのでしょうか。

最後の「活力」「選択」では、もう35だと思うか、それとも今の知識・経験や人脈などを生かして10年後、20年後を(苦しくとも)見据えるかで大きな差が出ること、保守的でありつつも今やりたいことや今しかできないことをしっかり追求することの意味について書かれます。それを実現するために、楽観的であること、体を鍛えること、まずやってみること、「弱い紐帯」を活用すること、などが書かれます。読む前の先入観とは裏腹に、どれもそうだよなあということが多く、言い訳できない世代に差し掛かっていることを痛感しました。10年、20年の計を考えてみたいと思います。

2014年1月13日月曜日

第83回:「亡国のイージス」福井 晴敏

レーティング:★★★★★★☆

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。本年ものんびりとしたペースですが、1冊読み終わるごとに懲りずにレビューしていきたいと思います。さて、昨年末から読み始めていた本書ですがやっと読み終わりました。映画化もされた(見てませんが)ようなので、ご存知の方も多いかもしれない一冊です。私は文庫版の上下2冊を読んだのですが、単行本は1999年が初刊とのことで、もう15年も経つのですね。

まず、非常に長い一冊です。文庫で上下合計ですが千ページを超えています。上巻は謎がふんだんにちりばめられ、海のシーンを中心とした戦記ものみたいな感じですが、下巻は登場人物の家族も含むストーリーが多くなり、人間中心の話に移行していきます。正直に言えばもう少し短い方が楽ですし、後半少しだれる感じがありますが、かといって無駄な削れそうな部分があるかというとそういうことでもないようで、これだけの内容を詰め込むにはやむを得ないのかなと思います。

次に、話は面白いです。上に書いたとおり既に15年が経過していますが、在日米軍、ミサイル防衛、朝鮮半島情勢など日本を取り巻く状況はあまり変わっておらず、いまでも新鮮に読めます。現在は、中国や尖閣情勢が加わっているという意味で更に複雑化していますが・・。要は政治的なリアリティがありつつ、各国家や主体の考えをいくつかのギミックをつかってあぶりだしており、非常に完成度が高いと思います。更に一番上手いなとおもったのは、その魅力ある人物造形です。どの人物もハードボイルドな側面をもっていつつ、人間臭さを失っておらず、常に混乱と迷いの中で最善の選択をしようともがきます。その結果、行動は矛盾を孕んでいたり、合理的でないこともありますが、そういうことを含めて人間であることの賛歌になっています。2000年に日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、大藪春彦賞を一気に受賞していることからも、非常に衝撃を与えた作品ということが分かるかと思います。

あと男子というかおっさん的な観点で面白かったのは、イージス艦や現代の海戦というのがどういうものかという一端が読めたことです。レーダーの性能が飛躍的に向上し、多くのミサイル発射や近接戦闘が自動で行えることや、データリンクをフル活用した電子戦の様相を呈していることなど、まさにハイテクの力を結集していることが分かりました。この文脈では日本が独自に航空機、艦艇を作れば相当のものができそうですが、費用やテスト、また外交上の配慮もあってなかなか難しいそうです。

著者の作品を読むのは初めてでしたが非常に面白く、いつか時間がある時に評判のよい「終戦のローレライ」も読んでみたいと思いますが、こちらは表題作の倍くらいの長さのようなので正直躊躇してしまいます・・。本年は30冊を読むことを目標に掲げているので、年末に115冊くらいまでいけるよう頑張っていきたいと思います。その次は松岡正剛さんの千夜千冊に追いつけ、追い越せで頑張っていきたいと思います。