2016年4月24日日曜日

第145回:「サバイバル登山家」服部 文祥

レーティング:★★★★☆☆☆

昔からこういう冒険ものというか極地ものが好きで、本作も面白く読みました。私が昔衝撃を受けたのは、石川直樹さんの「この地球を受け継ぐものへ」というノンフィクションで、20代前半の世界への好奇心を相当に刺激されたものでした。それに対して本作は、どちらかというと国内の山の話ばかりですが、知床や黒部といった日本でも、また世界的にも相当厳しい自然の中での話です。

アマゾンではやや辛口に評されていますが、サバイバル登山とは筆者によれば、極力装備や食事を切り詰め、簡素化していって理想的には身一つで自然に入って生き延びるような登山のありかた、ということになるかと思います。その割にはタープがあったり、お米や調味料が結構たくさん持参されたりと、それってサバイバルなのかという疑問が呈されていますが、私はこういうコンセプトは(自分はやらないし、どこまで意味があるのかはわからないけれど)とてもユニークで面白いと思います。そして登山のような行為では、そういう楽しみ方も十分許容されてしかるべきだと思いますし、実践して、本に出すこともとても面白いことだと思います。

本書で読み応えがあるのは、後半に描かれる黒部の迫真の登山記録です。黒部というのは本当に人も入るのが容易でない山深いところだそうで(今でも車でも行くのは相当困難だそうです)、しかも冬は世界的な豪雪地帯ということ。ここに正月に何度も言っている筆者とその仲間の方々はかなりクレージーだと思いますが、何日も雪に降り込められて身動きすらできない様は圧倒的です。さらにそこで複数人とはいえ、一緒にサバイバルしていく様はかなり面白いです。

著者の服部さんは、たまに雑誌「Be-pal」などに寄稿されています。最近はハンティングにも凝っていらっしゃるようで、ジビエを自分でさばかれたりしてワイルド度が本書が刊行された10年前より上がっている感じもします。ぜひ、海外での活動など新たな展開がまた本になることを期待しています。

2016年4月10日日曜日

第144回:「日本百名山と深田久弥」高辻 謙輔

レーティング:★★★★★☆☆

最近知ったのですが昭和中期に相当の登山ブームがあり、その時の火付け役はいくつかあるそうなのですが、一つが本書のタイトルになっている深田久弥氏(作家、登山家)が選定し、雑誌に連載した日本百名山だそうです。その本自体をまだ読んでないので、やや順番が前後しているのですが、評伝を見つけたのでまず背景を知る意味でも読んでみたものです。2004年、白水社刊行の単行本です。

深田さんは東大出身の当時として相当のインテリだったようですが、小説を書き、また登山に若くからたしなんでいたことから山岳関係の散文や小説も多く手掛けた方ということです。加賀の大聖寺あたりの出身ということですが、世田谷区松原や鎌倉にも住んでいたようです。また、大変な書物の収集家としても知られ、内外の古書を買い集め、自らの庭に九山山房という小屋を建てて、山岳関係の本の保存、閲覧、助言などに使っていたようです。

面白いのは日本の山を若いころから登り続け、自ら登った山の中から百名山を選定したことです。基準はゆるやかですが、原則1500メートル以上であること、山としての品格があることなどを挙げています。私は、小学生の時に上った筑波山(今年もう一度いこうと計画中)しか登ったことがないのですが、ぜひとも百名山を登ってみたいと考えています(1年に5峰で20年かかりますが・・)。

深田さんの時代から、現在もある山岳雑誌、例えば『山と渓谷』、『岳人』などがあり、深田さんも活発に寄港されていたようです。さすがに『PEAKS』はなかったようですが。この時代の登山はとてもおおらかで、結構山頂で酒を飲んだ、みたいな記述が出てきます。下山に危険が多いことを考えると、現在ではご法度な気がします。深田さん自身もかなり大酒飲みだったようで、それが直接の原因かわかりませんが、芽ヶ岳(山梨県、1704メートル)を登山中に亡くなっています。享年1704メートルでした。急死されたことは残念ですが、山を愛した深田さんとしてはある意味本望だったのかもしれません。ぜひ原書である『日本百名山』を近々読んでみたいと思います。

第143回:「風林火山」井上 靖

レーティング:★★★★★★☆

第140回で井上さんの『氷壁』をレビューしましたが、とても面白く、ほかの作品も読みたくなり図書館で借りてきました。相当古い作品ですが、こちらもとても面白く読めました。近現代の作品と歴史ものの作品をここまで上手く両方ともかける作家というのは、今の時代を入れてもとても稀有なのではないかと思います。

今年の大河ドラマはご存知の通り『真田丸』であり信州が現在のところ舞台となってきました。ごく初期に武田勝頼がなくなってしまいますが、その哀切な最期はかなり見事に描かれており、久々に歴史もの、それも武田家関係が気になっていたところ、ちょうどよく手に取り、あっという間に読了しました。タイトルから想像されるのはいわゆる武田信玄ですが、本作は予想に反して、優れた軍師、軍略家であった山本勘助を中心に展開していきます。知りませんでしたが、勘助は結構な年齢になるまで今川家の城下に居て、何度か今川家に士官を試みるものの実現せず、半分浪人のような形でいたようです。苦労人なんですね。

さて、武田家につかえることになった勘助はメキメキと戦ごとに信頼を勝ち得、武田家の重臣となりあがっていきます。これだけだと凡百の歴史小説ということで終わるのですが、本作は勘助の男前とはいえなかった容貌、天才的な直観と計略、子も家族も持たず戦いに明け暮れるなかでの諏訪の姫他へのひそかなる強い愛情、主君への忠誠など相反する強い情念を余すことなく描いているところです。心理小説的でもあり、単なる歴史小説とは趣を異にした傑作と呼んでよいと思います。

また、上杉家なども丹念に描いており、戦国時代の対立や戦闘というものが、決して単純な領地争いや殺戮の要素だけではなかったことも描いています。最後は第4回川中島の合戦(1561年10月)で終わりますが、これも壮絶であり、勘助はもとより信玄の弟・信繁、諸角虎定、初鹿野忠次なども戦死したようです。歴史もの好きな方は必読の一冊です。