2011年12月31日土曜日

第33回:「「あるがまま」を受け入れる技術」谷川 浩司及び河合 隼雄

レーティング:★★★☆☆☆☆

今年最後のレビューとなります。改めて読んで下さった皆様、どうもありがとうございました。最近は色々あって読書に割ける時間が減ってしまっていますが、来年はもっと読んで(&レビューして)いきたいと思うのでどうぞよろしくお願いします。

ところでやっと読了したのは最近読み進めている河合 隼雄さんのシリーズで、前回の硬派な(ほとんど学術書)ものとは打って変わった対談ものです。私の経験では対談本というのは9割超の確率で駄本ですが、今回も残念ながらその範疇であったようです。二人の対談者は立派ですし、いずれも関心のある人なのですが、一般論としてあまりに対談本のいけてなさが際立っているように思え、その理由を考えてみたいと思います。仮説1:喋り言葉は書き言葉に比べて冗長であり、内容の密度が下がる、仮説2:喋りでは即座に応答する必要があるので、どうしても内容が浅くなる。仮説3:喋りでは面白いこと、良いことを言おうとするので、内容が受け狙いになる。などなど他にも色々と考えられますが、皆さんいかがでしょうか。もちろん対談本肯定派の方がいらっしゃればぜひお勧めの本と共に教えてください。出版社や対談者からすれば、短い時間でテープ起こしと校正くらいの作業で1冊の本ができるので、原価が異様に安く、実は手っ取り早い稼ぎ方なのかもしれません。

さて、この本は一流棋士の谷川氏とユング派の大家である河合氏(このときは文化庁長官)の対談であり、主に谷川氏のプロ棋士としての経験などに対して、河合氏が心理学的な観点からコメントして、徐々に二人で話していくというものです。前半は二人ともお互いがお互いを褒めあう展開であり、読者からすればやや白けます。編集の問題かと思いますが、そういうやりとりは本に掲載する前段階で済まして欲しいものです。その後、特に谷川氏が「~というものではないでしょうか」などと一般化した思いや信じるところをなんども開陳するのですが、いずれも凡庸な話であり、特別お金を払って読むに値しない話が続きます。別に凡庸な話がいけないわけではなく、私も凡庸な話しかできませんが、あまりに常識人な話が続くので、なにかカフェでとなりのおじいさんとお父さんのお話を聞いているような感覚に陥ります。

ただ、後半の内容はすこし盛り返し、谷川氏が羽生氏(ご存じの棋士)への嫉妬について語るところや、なにもしないことが創造につながるという河合氏の話などは、生々しくまた逆説的で興味深いところでした。

本年最後の1冊のレビューがかなり批判的で恐縮ですが(だったら読むなという話もありますが)、また来年も率直に書いていきたいと思いますので、宜しくお願いします。末筆になりますが、どうぞ良い1年をお迎えください。

2011年12月17日土曜日

第32回:「河合隼雄著作集2ユング心理学の展開」河合 隼雄

レーティング:★★★★★★★

なかなか読みごたえのある一冊でした。レーティングは6か7かで悩みましたが、これだけクオリティを落とさずに真正面からユングの心理学を解説しながら、分かりやすさと神話や小説、映画といったイメージにあふれ、理解を助けられる本はそうそうこれからもでないであろうことは確かなので、惜しむことなく7としました。

著作集1より踏み込んで、ユング心理学のエッセンスの一部である「影」と「イメージ」について論が展開されます。前半は「影の現象学」ということで、「影」の定義や解説を行っていき、影が自我に与える影響、また影自身の世界について解説を行っていきます。このなかで非常に面白かったのは「影の逆説」という部分で触れられる道化についての考察です。王の影の部分を引き受けるスケープゴートとしての「道化」という認識が基本にありますが、科学というよりは文学や歴史といった領域も巻き込む論となっています。

後半は「イメージの心理学」ということで、様々なイメージの持つ意味について論が展開されます。例えば、熊は●●の象徴といった安易なひも付けは一切排しつつ、あるイメージから導かれる多様な意味や意義を探っていく内容となっています。ここでも神話や文学といったものが数多く出てきますが、特に「創造の病い」や「ライフサイクル」(特に直線と円環)といったところは秀逸だと感じました。

一般受けする本ではありませんが、非常にフェアに書かれていると思いますので、関心ある方はぜひ一読されることをお勧めします。

2011年12月4日日曜日

第31回:「大河の一滴」五木 寛之

レーティング:★★★★★☆☆

師走は、文字通り忙しい月と言われていますが、私も例外ではなく、なんだか11月後半からばたばたとしており、平日も休日もなにかしらがあり、本をじっくり読む時間が取れません。そんな中で、この本と河合隼先生の本とSteve Jobsの伝記(英語版)を並行して読むというめちゃくちゃな読書スタイルをとっていたので、どれもいつもに輪をかけて進んでいませんでしたが、一番読みやすい本書をなんとか読み終わったというところです。某消費者金融ではありませんが、読書も計画的にすることが必要そうです。

さて、この本は1998年に出版され、大ヒットとなったのでタイトルを耳にされた方も多いかと思います。ただし、年代としては私の世代よりは、当時40~50代以上に受けたものと思われ、内容としては渋いものです(しかしながら、若い人も読んで感じることは等しくあると思います)。

具体的な内容的ですが、やはり重いものが多く、親鸞などを引き合いに出しながら現代の問題(犯罪、自殺、心の問題etc)について答えではないものの、一つの見方を提示しています。著者も書かれている通り、この本では割と素直に「こうではないか」という一つの見立てが示されていて、いつもは「なになにではないだろうか」と問いかけるスタイルの多い著者にしては珍しいスタイルかと思います。

うーんと思ったのは、この本が出版されベストセラーになった13年後の2011年、現在の日本が突きつけられている問題の多くは概ね(当時から)変わらず、その深刻さの度合いが増しているものもある(多い)ということです。本書では繰り返し自殺の問題(これは当時より数で言うと増えています)、不況や貧富の格差の問題(これも目立って改善はしていないかもしれません)が触れられていますが、これらのイシューは変わらず今日も残っています。また、自然災害(阪神大震災、当時)についても残念ながら今年は東日本大震災が起こってしまい、今、この本が再びこの本が書かれることがあれば、原発やエネルギーといった話も追加されてしまいそうです。

フェアに言えば、本書でしばしば触れられている犯罪は、統計的には減少しているようです(警察庁によれば、刑法犯罪の認知件数は平成14年を境に一貫して減少してきています)。もちろん犯罪の性質といったものは加味していませんが・・。

最後にあとがきを読んではたと気づきましたが、本書は幻冬舎から出ています。色々と型破りで有名な見城 徹氏は著者と実は長い長い付き合いだそうで、氏に口説き落とされて本書を書いたようです。幻冬舎の設立は1993年ということなので、少し経ってからの出版ですが、この本も幻冬舎が飛躍するのに大きく寄与したことは間違いなさそうです。こういう普段見えにくい著者と編集者の交流ややりとりが垣間見れるのは、興味深いところです。

2011年11月16日水曜日

第30回:「夜明けを待ちながら」五木 寛之

レーティング:★★★★★☆☆

ゆるく始めた本ブログですが、お陰様で第30回目のレビューに到達しました。飽きっぽい私がここまで続けられているのは、ひとえに本が好きということではありますが、こうしてつたないレビューを書き残すことが非常にポータブルな記録となっていることもあります。本のチョイスは、偶然であったり、またある程度意思を働かせたものも色々ですが、その時々になにを読んでなにを考えていたのか、少しわかる気がします。

今回は五木氏が1998年に出したエッセイです。多くの方がご覧になったことがあると思いますが、五木氏は多くのエッセイを特に90年代から立て続けに出しており、周りに聞いてみると賛否はかなり分かれますが、幾つかの本はベストセラーになるなど人気作家と言っていい存在になっています。私も記憶している限りではこれが3冊目(五木氏の著作のうち)だと思いますが、素直に良い本だと思います。

ラジオで、リスナーからの手紙に対して答えたものに手を入れたのが大半を占めるのですが、そのテーマも決して明るいものばかりではなく、むしろヘビーなものが大半です。それらに対して五木氏が迷いながら、殆どが答えにはなっていないのですが(当然ですが)話をしていきます。よくよく考えると人生の相談事というのは大抵答えはなくて、それをどうみるか、どう考えるかということしかできない気もしますが、答えがなくても相談者をぐっと受け止め、支え、静かに鼓舞することはできるように思えます。

他の作家と同様に、そして五木氏自身が認めているように、どのエッセイも同じようなネタやものの見方が繰り返されますが、別にまたかという感じもせず、年が離れているからか割と素直に読めます。書かれたのは、1998年はバブルが崩壊し、企業倒産やリストラも増えたそれなりに暗い話題の多かった年と記憶していますが、その時代から今があまり変わっていない印象を(本書を通じて)受けます。また、ポジティブ思考や強者生存的なテーゼに真っ向から反論をしており、勝間和代氏的な世界観の対極を行っていることろは、非常に読んでいて面白いものがあります。

本を季節で分類すれば、秋か冬のものですので、この季節にまったり読むには面白いと思います。ただし、受験を控えている等、テンションを上げていかないと行かない人には不向きですので、春休みあたりに読んでください。

2011年11月13日日曜日

第29回:「リスクは金なり」黒木 亮

レーティング:★★★☆☆☆☆

たままた時間があり、本屋でぶらぶらと文庫本を眺めていたところ、見つけて購入しました。好きな作家であり、このブログでも何度か著作を紹介してる黒木氏のエッセー集です。私が知る限り、氏のエッセー集はこれが初めてではないかと思われ(そもそもエッセーを積極的に書いているわけではないようです)、その意味では貴重なのですが、残念ながらレーティングはかなり辛めにつけさせてもらいました。

気に入らない理由をあまり挙げるのもお行儀が良くありませんが、自分でレーティングを付けている以上、一つの見方としてご紹介したいと思います。

①多くのエッセーが短すぎて、読みごたえがない:短いから優れていないというわけではないのですが、なかには2ページといった極めて短いものがかなりあります。すらすら読めるといえばそうなのですが、わざわざ本に収録するほどか・・というものも多数あります。
②タイトルが大げさすぎる:内容は多岐に亘っていて楽しいのですが(例えば外国のお酒の話)、その反面このタイトルのネーミングが示唆するものと相当にズレがあります。ついでに言えば、帯にある「なりたい自分になるための仕事術、人間術」に至っては???という感じがします。
③既存の著作と重複する内容が少なからずある:エッセイは古いもので2000年ころからのものを含んでいますが、時々の取材ノート的な内容があり、それらは概ね今までの作品に書き込まれているもので、新味がありません。

内容は楽しいものや味のあるものもありますが、熱心に読んでいるファンとしては(①、③はそれが故にかもしれませんが)全体としてがっかりするものでした。

2011年11月3日木曜日

第28回:「日出る国の工場」村上 春樹/安西 水丸

レーティング:★★★★☆☆☆

皆さんは一度読んだ本について、読んだこと自体を思い出せなくなることってあるのでしょうか?私は、大体の本は内容は覚えていなくとも、読んだという事実については思い出せることが殆どなのですが、たまにどうしても、「読んだ気がするんだけどな・・・でもちょっと読んでも、読んだかどうか思い出せない・・・」という本があります。第15回でレビューした本(こちらは再読の比較的早い段階で読んだことを思い出しました)もそうですし、今回レビューする本も同様です。今回は、なんと最終章に来るまで、以前読んだことを確信をもって思い出すことができませんでした。

そもそもある本を読んだことが思い出せないというのは、よっぽど適当に読んでいたか、内容に記憶に引っかかるようなインパクトなり意外性が相当欠如していた、ということかと思います。これを読んだのはもう10年ほど前ということまで思い出しましたので、どっちが(もしくは両方が)理由かいまや良く分かりませんが、どちらかというと後者の理由の気がします。

ところで本の内容は、著者の二人が様々な工場見学を行い、雑感を記すというゆるいものです。「ゆるい」のですが、別に批判的にそういっているわけではなく、ユーモアもペーソスもあり、そして1980年代の日本の戦後経済成長の最高潮の興奮も感じられる本になっています。大学生だった当時は工場見学など殆どしたこともなく(小学校で楽しみにしていた某大手製パン会社の工場見学は、風邪で欠席)、余り面白さがわからなかったのですが、社会人になって各種の工場等にお邪魔をする機会に恵まれたため、今読んでみると面白い内容となっていました。

軽く読める本で、ちゃんと時間が取れるならば1日で十分と思われます。旅行の移動時間などリラックスして読めるときにどうでしょうか。また、安西さんの絵が(いつもながら)洒脱で良い感じです。面白いのは、CD工場(当時最先端バリバリであったCDがもはや絶滅危惧種とはいかないまでも、劣勢に立っているのは時代の流れの速さを感じます)と牧場でしょうか。経済動物というコンセプトが出てきますが、なかなかにシビアで牛乳もありがたく飲まないといけないなと感じるかもしれません。いずれにせよ、ひっさびさの再読ですが、それなりに楽しかったです。そこそこのお勧めです。

2011年10月29日土曜日

第27回:「河合隼雄著作集1ユング心理学入門」河合 隼雄

レーティング:★★★★★★☆

前回レビューした河合先生の著作です。こちらは打って変わって硬い本であり、前半はユング心理学の根幹をなす概念や考え方について説明を行い、後半はそれらを理解するために不可欠なユングの人生についての記述です。ユングの心理学について体系的に記述した本を読むのは初めてでしたが、結論から言って非常に面白い本でした。

前半は、次の点について説明がなされます:「タイプ」「コンプレックス」「個人的無意識と普遍的無意識」「心像と象徴」「夢分析」「アニマ・アニムス」「自己」。これらについて解説するのは私の力量を遥かに超えているのですが、河合先生は分かりやすく説明を進めるので、心理学について殆ど学んだことのない方でも入っていけるものと思われます。ただ、フロイトとの対比があちらこちらに出てくる(二人のポジションを考えれば仕方ないことですが)ので、フロイトの入門みたいなものを一度読んでいると、より良くユングの立ち位置が理解できるものと思います。

また、この本が日本人の先生によって書かれているため、いたずらにユング心理学を日本や日本人にそのまま適用することを主張するのではなく、むしろどう我々日本人の文脈でユング心理学が意味を持つのかということが意識的に触れられており、あるときは慎重な記述がなされていることです。これだけ正統性をもって深くユングを理解した日本人が、こういった著作を残したことの意義は、非常に大きいものと感じます。あと、面白いのは曼荼羅のストーリーと解釈でした。

後半のユングの生涯も読みものとしても非常に面白いものです。先生も指摘している通り、ユングは疑いようのない業績を残しているのですが、普通の面を非常に持ち合わせていると共に、少年時代と中年?時代に大いに人生を崩しかねないような大きな苦悩というか壁にぶち当たっていたことが意外であり、また一般人として励まされるところです。それらの苦悩はとても深く、激しいものでしたが、一つ言えるのはユングはそこに真正面から突入し、逃避的な行動を殆ど取っていないように見えるということです。

なお、この著作集は14巻まであるそうなので、なかなか全て読むのは大変そうですが、あと2冊は近々読んでみたいと思っています。もし、上記のキーワードにご興味がある方はお手に取られることをお勧めします。偏りのない、深みのある秀逸な一冊だと思います。

2011年10月23日日曜日

第26回:「こころと人生」河合 隼雄

レーティング:★★★★☆☆☆

私が河合先生のことを知ったきっかけは、村上春樹との対談本を読んだことでした。心理学自体には高校時代にも興味があり、個人的な話ですが真剣に文学部に進んで心理学をやろうかどうか考えた覚えがあります。それから心理学への興味はだいぶ落ちたのですが、また、この対談本を読み、その後海外で心理学や心理学的なアプローチにそれなりに触れる機会があり、ちょっと先生の本をちゃんと読んでみようと思いました。なお、ご案内のとおりですが、先生は2007年に亡くなられてしまいました。

河合先生は、スイスのチューリッヒにあるユング研究所にて、日本人初のユング派分析家として認定され、その後、京都大学等で教鞭をとったり、文化庁長官を務めたりしました。著作は本当に多く、細かなものまで含めたら何冊あるのか想像もできませんが、本書は非常に軽い(基本的には講演/講義の記録)というか読みやすい本であり、学術的なものは前面に出さず、身近な話題や実例を取った本です。

面白いのは、タイトルに「人生」とあるように、子供、青年期、中年、老いといった形で人生の各ステージにおける心理の動きや軋轢を取り上げている点です。たとえば私の年であれば子供や青年時代を思い出しながら読みつつ、中年と老いを読んで、うーむと考える(もしくは親を思い出す)こともあり、どのセクションもそれなりに関心を持って読めることが特徴かと思います。

深い話もあれば、新書のハウツーに出てきそうなアドバイスもあるのですが(別に悪い意味ではなく)、特徴としては全てを肯定的にまず受け止めるという視点が秀逸だと思います。カウンセラーとしては当たり前の態度なのだと思いますが、子供の非行、青年期の無力感、中年期の危機などをいずれも理由があったり、なかったりするけど、まずはそれをどっかりと受け止めて、ぼちぼち考えていきましょうという態度で語られており、そのこと自体が相談者にとって大いなる一歩になったのだろうと考えます。

まずは軽めに先生の世界にアプローチするには、良著だと思います。

2011年10月20日木曜日

第25回:「武器よさらば」ヘミングウェイ

レーティング:★★★★★★★

本を読む場合に、目的別に幾つかの系統があるのですが、これは自分の中では「過去の名作を読んでみよう」というシリーズです。名だたる内外の名作は世の中に沢山あるわけですが、それらをちょっとずつ時間はかかるにせよ読んでいくというのが、個人的にはかなり大切なライフワークになっています。今回は、名作として押しも押されぬヘミングウェイの「武器よさらば」です。

ヘミングウェイは、解説が不要なほど有名であり、私も名前や主要な作品のタイトルは知っていたのですが、たとえば開高 健が尊敬していた作家である、とか、最後は猟銃自殺した(本書の年表でヘミングウェイの父も同じ方法で自殺していたことを知りました)といったサイド情報だけが頭にありつつ、一作も読んだことがありませんでした。そんなこんなで、近所の相当に貧弱な品ぞろえの本屋に(も!)、置いてあったので購入してきた次第です。

内容は第一次世界大戦、舞台はイタリア北部戦線、主人公はアメリカ人(ただしイタリア軍に従軍)という舞台設定です。比較的クールに戦争の描写が進んでいきますが、そのクールさの中に生々しい痛みが含まれており、読んでいて辛く感じることもあります。また、出てくる女性たちは一途な中にも危うさを醸し出している人が多く、多かれ少なかれ戦争が登場人物たちに深く影響を与えていることが暗示されます。

あまり書いてしまっては面白くないのですが、秀逸なのはボートでスイス行きを試みる場面であり、ここは正直どうなるのかとはらはらします。また、最後はかなり意外な終わり方でした。主題は幾つかあるのだと思いますが、解説にこれは「戦争というものが本質的に孕む悪」を描いているということが書いてありますが、私はかなり違う印象を受けました。もちろん徹頭徹尾、戦争なしには成り立たない小説なのですが、それよりもどうしようもなく転げ落ちてしまうこともある人生、といったものや逃避行と幸せにはならない(ことが結果的には約束されている)恋愛といったことが描きたかったのではないかと思えて仕方ありません。

ここらへんは感じ方の問題だと思いますが。いずれにせよ、間違いなしの一級品であり、その文章の無駄のなさ、構成の頑丈さにしびれる作品でした。

2011年10月2日日曜日

第24回:「企業再生プロフェッショナル」西浦 祐ニ編著

レーティング:★★★★☆☆☆

アリックスパートナーズという著名な米国の企業再生専門プロフェッショナルファーム(の日本法人)が取りまとめた、近年流行りの小説風の本です。基本的な目的は、企業再生専門のファームとはなにか(特にコンサルティング会社との類似点と相違点)、どのように企業再生に取り組むか(私的整理、法的整理(民事再生、会社更生)、コスト削減、事業譲渡、再建計画等々)を示すことのようです。

1990年代以降、金融機関を含めて日本の大企業が倒産したり、ひどいケースには廃業・清算される事例もしばしば耳にするようになりましたが、こういったファームの目的は、危機に陥った企業にハンズオンで入り込み、経営者に寄り添う形で再建の司令塔として機能することだそうです。再建計画を経営陣や株主等と共同で作ることはもちろん、プロセス上必要なコンサルタントや弁護士、投資銀行などとの窓口となって全般的な関与をしていきます。

題材にされているのは新興のPCの組立・販売会社(今はない一世を風靡したS社がモデルか)であり、志を持った起業家が急速に会社を大きくしたのち、粉飾等に手を染め、会社が急速に傾けいていく、そこに企業再生ファームが乗り込んでいくというストーリーです。小説そのものが主眼ではないので、あまりそころ論評しても仕方がないかと思いますが、話はきわめて陳腐です。ただ、分かりやすくはなっているので当初目的は達しているのではないでしょうか。

本書にも書かれているとおり、守秘義務から実際のプロジェクト内容について記述するのは極めて困難ということですが、JAL、ライブドア等の知名度のある会社の再生に関与したファームとのことで、そこで得られた実例も書いてもらえると一層面白くなるかもと思いました。特殊な本なので、主題に関心のある人にはお勧めです。

2011年9月24日土曜日

第23回:「われ巣鴨に出頭せず」工藤 美千代

レーティング:★★★★☆☆☆

近衛文麿についてのノンフィクションです。広範な資料調査をベースにしており(ただしニ次資料が多すぎる感あり)、あえて今日まで評判が芳しくない近衛公について真正面から取り上げた点で、著者の心意気を感じます。なお、ニ次資料が・・と書きましたが、後半にはロンドンのナショナル・アーカイブスで発見された近衛公の尋問記録があり、これは非常に貴重かつ近衛公の評価に一石を投じる資料だと思います。

全体を通しての感想ですが、近衛公の色々な前向きな側面を見られたし、その純粋なる行動も良くわかったのですが、それでもなお釈然としない気分がします。様々な局面で中国や米国との和平に動いたのは事実ですが、政治の中枢に居たものとしてそれはある意味当然であり、また、陸軍を中心とした妨害があったとはいえ、幾つかの重大な錯誤を犯しているように見えます。そして、前回レビューした「散るぞ悲しき」を読んだ後だから尚更かもしれませんか、昭和20年までの政治家の集合的責任は極めて重いように思われます。

また、手法的について言えば膨大なニ次資料をベースに検討を行っていますが、若干、近衛公に有利な材料をピックアップしている感が強く出ており、あるときには日記や手記といったものを証拠に論を立てつつ、必ずしも全てが正しく日記や手記にかかれるわけではないという当然の理由で(近衛公に不利な)情報を捨象しているところは疑問です。

本書は昭和初期の天皇、華族、陸海軍、政治の力学についての優れたサマリーになっており、少し詳細に政治過程を知るには適していると思います。異常な政治状況と軍部の台頭(もしくは統制の喪失)が如何に国を狂わせたかが良く分かります。

第22回:「散るぞ悲しき」梯 久美子

レーティング:★★★★★★☆

2005年に話題となった1作です。丹念な取材、取材対象への(客観性は損なわないものの)深い共感、トピックの難しさをもろともしない冷静な筆致、どれをとっても一級のノンフィクションとなっています。太平洋戦争については様々な評価がありますが、それを超えて一人の人間が圧倒的な運命の前でどう生きたか、という普遍的なテーマを携えており、考えさせられる内容に仕上がっています。

サブタイトル「硫黄島総指揮官・栗林忠道」が示す通り、日米の先頭の中でも最も熾烈を極めたといっても過言ではない硫黄島での戦いを指揮した栗林中将(のちに大将)のストーリーです。軍人のエリート卵としての出発から、その後の軍歴、当時は死地と言っても過言ではない硫黄島への志願しての前進、家族や元部下に対して宛てた数多くの手紙から浮き上がる几帳面な性格と深い愛情に心を打たれます。しかし、ここまでだとただの良い軍人で終わってしまうのですが、本の半分は如何に中将が入念かつ執拗に硫黄島防衛に際して準備を行い、残酷ともいえる戦闘方法をとって戦い抜いたかが描かれます。あまり知らなかったのですが、中将は硫黄島を米軍にとって最も忌避する戦場にし、大いに恐れられ、そしてその戦いを称えられました。

本書全体を貫くのは兵士たちの哀切なる叫びであり、それを大本営に伝えた中将の無念さです。また、本の後半に描かれる平成6年の話ははっとさせられ、なんとも言えない気持ちになります。兵士たちの生きたかったという強い思いが満ち溢れており、読むのがたびたび辛くなる本です。不景気だとはいっても、戦後100年もたっていないのにこの経済と治安と生活環境があることに心から感謝し、その中でどうするべきかを考えさせられる良い本だと思います。著者の本をもっと読んでみたくなりました。

2011年9月4日日曜日

第21回:「不撓不屈」高杉 良

レーティング:★★★★★☆☆

株式会社TKCの創始者で、税務史に残る当局との裁判である「飯塚事件」の中心に居た故・飯塚 毅氏の実話に基づく評伝です。TKCの成り立ちよりは、飯塚氏の人柄、生い立ち、教養、信念そしてそれらを持って国税庁と激突した飯塚事件の詳細が話の中心です。こんな立派な人が居たのかという驚くの連続で、士業を目指される方、とりわけ公認会計士や税理士を目指される人には大きなモチベーションになるのではないでしょうか?

飯塚氏は、ほぼ独学でドイツ語と英語をマスターしており、国内外の税法に通暁し、昭和中期にはドイツの会社と提携を成し遂げたり、米国企業の日本法人の法律顧問になったりと高い才能をもって活躍します。社用車は外車(これには信念があるわけですが)と順風満帆であった飯塚氏の会計事務所は突如、国税庁及び税務署との全面対決に入り、第ニの帝人事件といわれる飯塚事件が発生します。部下の逮捕・抑留、そして裁判は4年以上に及び、その前には全国的な事務所及び取引先への弾圧的調査が継続されます。

しかし、この渦中でも飯塚氏は見事な見識と態度をもって事務所を主導し、そして氏を助ける各界の有力者が現れます。単に硬派な訴訟ストーリーではなく、冷徹できれる経営者であった飯塚氏が、揺れまどい、多くの人の支えを得る中で成長する様も描かれており、いずれにせよ一級の経済ネタであることは間違いありません。

惜しむらくは高杉氏の記述がやや平板に思え、これだけの当局との激突であれば、描かれているよりもっと悪いことがあったのだと思うのですが、そこは実在の会社や存命中の関係者も多いためか相当に抑制された記述になっています。かかる記述があると、さらに国家権力と対峙することのむずかしさ、そこで立場を投げ出さなかった飯塚氏のすさまじさがより分かっただろうに、とも思います。

なお、この小説は一度映画化もされており、映画の方が好きだという方はそちらでご覧になるのも手かと思います。本は、文庫版で上下2冊ですが、比較的すぐ読めると思います。

2011年8月27日土曜日

第20回:「さよなら、愛しい人」レイモンド・チャンドラー

レーティング:★★★★★★☆

記念すべき第20回目に到達しました。数少ないReaderの方に於かれては、更新があまりに遅いので、もはやストップかと思われた方もいるようですが、単に夏休み、労働時間の長さなどから本が読み終わらないのが理由です。今回は、第16回でレビューしたレイモンド・チャンドラーの(私にとって)第2作目で、前回同様に村上春樹の訳です。

結論からいうと、前回レビューした「ロング・グッドバイ」より難解かつ複雑であり、読み進めるのに難儀し、読み終わった後もいまいち全体像を把握できていませんが、文章の旨さや筋の巧妙さについては十分に堪能ができ、前回よりは低いもののこのレーティングとなりました。

おなじみ私立探偵のマーロウが主人公ですが、今回は警察と裏組織がメインの舞台となります。いきなり荒っぽい描写から始まりますが、この出来事を通奏低音として、一気にエンディングに行く様はかなり圧巻でありますので、もしチャンドラーに興味を持ってもらえた方が居たら、最初に読むことはお勧めできないですが、ぜひ手に取っていただきたい作品です。

ミステリという性質上、あまり多くを語ることは即ネタばれにつながるので、抑制したいと思いますが、最初の酒場のシーン、警察署で虫を見るシーン、船に潜入するシーンが強く頭に刻まれており、その前後のぴりっとした簡潔かつ臨場感ある文章は、さすがチャンドラーと僭越ながら思える素晴らしい文章かと思います。村上氏の翻訳は、正直に言えば「ロング・グッドバイ」ほどの輝きはないようにも思えますが、あとがきで氏が書かれている通り、原文は相当難解なのかもしれません。

非常に楽しんだのですが、3週間ほど時間をかけてしまい、やや理解不足のところがあるので、ぜひ少し経ったら読み直してみたいと思っています。また、その時にどうレーティングや印象が変わるかも書いてみたいと思います。これから読書の秋になり、読みたい本も溜まっているので、なんとか時間を工面してどんどんUPしていきたいと思いますので、引き続き宜しくお願いします。

2011年7月30日土曜日

第19回:「私を離さないで」 カズオ イシグロ

レーティング:★★★★★☆☆

イギリスのブッカー賞作家、ということで日本で随分有名なカズオ イシグロさんの長編小説です。私はもう10年以上前になりますが、カズオ イシグロの「日の名残り」という作品の映画(アンソニー・ホプキンス主演)を見て、作者を知りました。それから随分と時間が経ちましたが、(私にとって)二つ目の作品として読んでみました。

各所のレビューで書かれている通り、ネタばれのリスクが高いのでもってまわったような書き方しかできませんが、最後の1/3でこの小説の凄さをじわじわ感じました。最初は、なにか現実感を失ったような、しかし凄くリアルな子供たちの生活が描かれていきます。正直言って、前半は進みが遅く、繰り返される会話ややりとりがなんのためにあるのか良く分からず、もったいぶっちゃってさ、と若干がっかりしながら読み進みました。

しかし、後半(の後半)に急展開して、今まで語られなかったことがより鮮明になり、息苦しいような展開になっていきます。設定されたシチュエーションはまったく凡庸ではないのですが、実は不変的で切実なテーマについての話だということに気づかされます。

作品としては重苦しく、密度が濃いので読むのにはパワーが必要でした。仕事の後、電車に乗ってさあ読むか、という気になかなかなりません。それだけきちんと向き合うことが必要な良い作品なのかもしれませんが、なかなかにヘビーです。カズオ イシグロの作品は沢山読んでいないものがあり、追って読んでいきたいと思います。

2011年7月16日土曜日

第18回:「会社再建」湯谷昇羊

レーティング:★★★☆☆☆☆

サブタイトルは、「福岡を燃えさせた男 高塚 猛の軌跡」です。高校を卒業しリクルートに入社、22歳で課長となり、29歳で盛岡のあるホテルの再建のため総支配人として送り込まれ、見事再建をし、その後請われて福岡ドーム、シーホークホテル&リゾーツ及び福岡ダイエーホークス社長となった方で、週刊ダイヤモンドの連載を単行本化したものです。

ダイエーといえば、小さい頃10年ほど住んだ町の中心部に大きな店舗があったことを良く覚えています。圧倒的に大きなスーパーで、おもちゃ売り場やカセットテープ、CDを売る店やドムドム(ファストフード、Webで調べるとまだあるようです)なんかがあって買い物のみならずちょっと遊べる要素もあり、よく家族でいったものでした。そのダイエーは私にとって大きな存在だったのですが、その後、業績は低迷していきました。2000年前後のダイエーにとって「お荷物」と言われてしまった、いわゆる「福岡3点セット」といわれる上記の3社が、高塚氏が再建に取り組んだ対象です。

福岡に縁もゆかりもなく、既に盛岡で財界人として経営者として十分な実績と名声を得ていた高塚氏がこの3点を引き受けた勇気には敬服します。そして、独特の販促キャンペーン、人事制度の大幅な柔軟化、3点セットの有機的な活用等により、短期間に営業利益化(ただし本書のなかでは経常利益計上はならず)していきます。数字のみならず、経営者として従業員の行動を変えていった点も本書によってつまびらかにされており、ホテル業、スポーツビジネス等に関心ある方には面白い内容かと思います。

他方、残念なことであり、ビジネス雑誌や経営者列伝にたまに起きることですが、ある時期を見て名経営者と褒めあげられた人が様々な毀誉褒貶にさらされていく好例になっています。高塚氏は、Wikiに詳細が書かれていますが、その後ダイエーを去っていきます。進めた改革が急進的でありすぎたのか、会社の再建をやりきれなかったのか、その過程で恨みを買ったのか慢心が過ぎたのか、そのあたりの経緯は分かりませんが複雑な気持ちになります。(本書は、出版のタイミングによるものですが、3点セット再建の軌跡のみが綴られており、後日譚は一切ありません。)

2011年6月26日日曜日

第17回:「「愚直」論」樋口 泰行

レーティング:★★★★☆☆☆

経営者の書いた本が結構好きで、広告でも良くチェックしています。この本を読むのは二度目ですが、色あせることない面白さがあります。

樋口氏は松下電器産業(現パナソニック)を皮切りにハーバードMBA、BCG、アップル、コンパック(合併でHPに)、日本HP(社長)でキャリアを積んでこられた方です(本書の刊行は2005年)。その後も私が承知している限りですが、ダイエーの再建に取り組まれ(某スポンサーとの確執で1年強で社長退任)、その後2008年から日本マイクロソフトの社長を務められています。これだけ書くとなんだか外資渡り歩きで身近な感じはしないのですが、意外や意外、この本を読むと、氏は自他共に認める(昭和型)猛烈リーマンであり、英語は(少なくとも昔は)大の苦手であり、ビジネススクールでも1年目は悪戦苦闘、松下での最初の配属は相当地味、と共感しやすい要素が多いので、一人の現代ビジネスパーソンの自伝として楽しく読めます。

印象的なのは第6回でレビューした冨山氏同様に、現場で逃げずに頭を絞って、苦しみ抜いて仕事をすることを何度も繰り返し訴えているところです。また、コンピュータやマネージメントという専門性があるにも関わらず、一番大事なのはマインドだ、と断言するところも意外です。もちろん後者は高い志や仕事における目線といった意味を多分に含んでおり、対人でどうしていくべきかといった話には矮小化されていませんが、色々と感じるものがあります。

仕事やキャリアについて考える20~30代のビジネスパーソンや、熱いものを忘れかけた/失いかけそうな人に良いかもしれません。しかしちょっと熱すぎるところもあるので、ややこの冷房カット全盛の夏場に読むのはしんどいところですが、変に押しつけがましいところはなく、時間的にもさらりと読めるのでお勧めです。

2011年6月19日日曜日

第16回:「ロング・グッドバイ」レイモンド・チャンドラー

レーティング:★★★★★★★

久々の更新になります。なんやかんやでバタバタしており、本を読む時間自体があまり確保できず、また、この本はあとがきを入れると645ページもあるので、今月はやっと1冊を読み終わった状態です。

レーティングは、当ブログ初の満点!渋すぎるフィリップ・マーロウ(=主人公)にしびれました。レイモンド・チャンドラーは、1888年に米国シカゴで生まれたミステリ作家です。フィリップ・マーロウという私立探偵を主人公としたミステリのシリーズで有名になり、今でも多くのファンを内外で獲得しています(この翻訳は村上春樹氏)。本作が発表されてからすでに48年が経過してますので、既に歴史の風雪に曝された上で生き延びていることを考えれば、高いレーティングになることは不思議ではないのですが、それにしても(満点を付ける程)面白かったです。

まず、強烈な主人公の設定。主人公は私立探偵で、都会に一人で住んでいて、割と酒を良く飲んでいて(酒の話の部分を読むとのどが渇きます)、警察に多数の知己が居て(友人ではない)・・・とミステリアスな人物となっています。こういう人物なので実にドライなのかと思いきや、偶然に見かけた酔っぱらいを助けてしまい、というところから物語がスタートするのも意外ですが、その酔っぱらいを最後まで見捨てることができず・・・という展開も人物造形を良い意味で裏切っていきます。

次に全体を貫く喪失感。あまり書くとネタばれになってしまうのですが、戦争、金、名誉、そして人にとってのプライド、そういったものが随所に語られ、それらがどういう経路を辿って人生に影響を与えるかが大胆に描かれていきます。人について言えば金持ちもいれば、移民も出てきますし、私立探偵も警察官もギャングもでてきますが夫々に悲哀を抱えています。その渦に翻弄されていくフィリップ・マーロウはある意味そういった周囲の物語の語り部として機能していきます。

最後に文章の巧みさ。ここは読んでくださいとしか言えないのですが、どの文章も無駄がないのに詳細で、そして飽きることなく600ページを読み切らせる力量はたいしたものです。ぜひチャンドラーの他の作品も読まねばと思わせます。また、ぜひ原書でも読んでみたいと思わせるものでした。

たまに何気なく書店で手に取った一冊が、忘れえぬ良作であることがあり、その意味で読書はやめられないものだと再認識しました。

2011年5月29日日曜日

第15回:「セイビング・ザ・サン」ジリアン テット

レーティング:★★★★★★☆

だいたい一度読んだ本というのは覚えており、一度読んだにも関わらずまた買って/借りてしまうというのは極めて少ないんですが、それがこの本でした。書き出しの飛行機の中での偶然の出会いのシーンを読んで、あれ、なんか読んだ気もするけど気のせいか・・と読み続けましたが、やはり一度(おそらく2006年頃)読んだことがありました。しかしながら、大著なので細部を忘れており、またなによりも作品のクオリティの高さにひかれて2度目の通読をしてしまいました。

サブタイトルは、「リップルウッドと新生銀行の誕生」です。シンプルな3部構成となっていますが、まず第一部は日本長期信用銀行(長銀)がいかにバブルのさなかに不動産セクターへの投融資を拡大していったか、その後の不良債権隠しを行ったか、またスイスの銀行との提携等の生き残りを図ったかが詳細に記述されていきます。第ニ部は、リップルウッドを中心とした米国及びその他の国の投資家グループが組成され、米国政府高官も巻き込んだ形で、長銀の競売が行われたことを丹念に描写しています。そして第三部が、長銀が新生銀行となってからの苦闘、IPOまでをカバーしています。いずれの記述も社会人類学でPh.Dまでとった著者らしく、驚くほどのインタビューと客観的な歴史をつなぎ合わせた、非常にクオリティの高いものです。特になかなか話したがらないであろう長銀の元幹部やリップルウッド周辺の人や政府関係者、また新生銀行の元社長である八城氏からも厚い信頼を寄せられていたことが伺えます。

本書の最良の部分は、バブルから2000年代半ばまでの日本の銀行を取り囲む変化や金融行政をバランスの取れた筆致で描ききっている点です。その他にも著者が外国人であったことから、多少誤解に基づくと思われる点も無きにしも非ずですが、優れた日本人論にもなっています。特に日本が変えること以外に選択肢がなくなるまで変えないことが正当化されうるといった指摘は非常に興味深いものがあります。また、金融に関する本としても面白く、PEとしてリスクをコントロールしながら、少額の投資でこれだけの(少なくとも金銭的には)大成功のディールを成功させたリップルウッドの手腕は称賛に値しますし、新生銀行の意図した道であるリテールと投資銀行業務の強化がどのように成功し、またその後伸び悩んでいるかも良く分かります。

いずれにせよ有名紙の記者とはいえ、これだけの大作をなした著者の能力と情熱に敬意を表し、また上記のように色々な観点から優れた読みものなので、ほぼ満点に近いレーティング6としました。

2011年5月22日日曜日

第14回:「裸でも生きる」山口 絵里子

レーティング:★★★★★☆☆

2007年9月に発刊された本書。サブタイトルの「25歳女性起業家の号泣戦記」が良く表しているとおり、ある女性の生い立ちと起業に至る実話です。著者であり起業家の山口さんはメディアに頻繁にカバーされているので、見た・読んだという方も多いかもしれません。現在、株式会社マザーハウスの代表を務めています。

以前からだいぶ気になって、マザーハウスのサイトや山口さんのインタビューなどを読んでいたのですが、この本を読んで、随分と驚き、応援したい気持ちになりました。小学校での経験、中学校での非行(詳細はさすがに省かれていますが・・)の記述は壮絶で、一人の少女が背負った傷やそれに向き合った心の強さをひしひしと感じます。高校時代は柔道に明け暮れるのですが、このチョイスもなかなかユニークであり、練習スタイル?も随分と気合いが入っていて、(本人は否定されるでしょうが)ただものではないんだなあ、と感じます。

その後、慶應大学に進み、名門ゼミに入るところで一気に社会的、経済的な関心が高まり、IDB(米州開発銀行)でインターンを行い、バングラデシュに行くこととなります。そこから起業に至っていくのですが、ずいぶん中身の濃い話なので、ぜひ一読されることをお勧めします。

全てが著者の実体験であり、包み隠さず明らかにしていることで圧倒的なリアリティがありますし、著者の意思の強さと自分で考える姿勢には学ぶべきものが沢山あります。特に先が見えない状況で努力し続けるという点。高校時代の柔道は、全くの素人から3年間、体も壊しながら勝てるアテなどない中で想像を超える練習を継続しています。起業してからも、バングラデシュの工場で色々なことが起こるのですが、業務の継続が困難な状況で自分の思いを貫徹していきます。

株式会社マザーハウスがカバンを作り、日本の消費者に売り込めた(最初は150個限定)こと自体が奇跡のようなことで、ここまで失敗に至っておかしくない理由がざっと数十はあります。著者は、ものづくりなどしたこともなく、会社も経営しておらず、バングラデシュには適当な製造の人材の不足し、政情も不安定で・・でもそういう全てのことを「できない/しない理由」とせずに、自分の使命とやり方を信じて突き進んだのは見事としか言えません。先(ペイオフ)の見えない努力は回避したいものですし、社会人になって成算が見えないものに自分を捧げるのは相当の勇気が居るものですので、そういう「蛮勇」(というと失礼ですが)を読んで、正反対の生き方として学ぶものが多々あります。熱い本です。

2011年5月12日木曜日

第13回:「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず(上・下)」塩野 七生

レーティング:★★★★★☆☆

多くの人が世界史を学ぶのは中学校、高校で、大学に進んでごく稀に(すみません)歴史を専攻する人もいる。私は典型的な部類で、中学校、高校で世界史を学んだのですが、その中でもローマ時代はいかんせん教科書の最初の方にちょろっと出てくるだけであり、また身も蓋もない言い方をすれば遠い国の遠い昔の話なので、あまり興味を持ちませんでした。他方、塩野氏については月刊のオピニオン誌に「いまこそローマ人に学べ!」的な寄稿をたまにされているのは知っており(読んだことはなし)、いずれ代表作であるローマについての本を読んでみたいと思っていました。

また2年ほど前に短期間ですが数回イタリアに足を踏み入れる機会があり、そういえば自分はイタリアはおろかローマ時代のことも何も知らないなぁと痛感すると共に、何人か知り合えて、深い話もできたイタリア人はほぼ例外なくとても好きになることができました。そんなこんなで、新潮文庫から出ているこのシリーズを入手(現在、この2冊(通し番号1・2)と3及び5)したので読んでみようと思った次第です。

歴史の教科書は、歴史を学ぶ気をなくさせるほど無味乾燥ですが(そりゃあ世界の歴史を1冊で俯瞰しようということに限界があるわけですが)、細かく見ていくと一杯面白いエピソードや先進的なストーリーがあることをいやというほど痛感しました。著者の描き方はかなり俯瞰的ではありますが、それでもおよそ500年程度(ローマの勃興から半島統一まで)を丹念に描いています。政体、統治機構、軍隊、市民生活などのうち、何が変わって何を変えなかったかがよくわかります。

また感動してしまうのが、ローマが首都陥落(ケルト人による)などを経験しながら、幾度も起ちあがってその版図を広げ、驚異的ともいえる包容政策を取っていくあたりです。まだまだ、1・2ですが、今後が楽しみになります。

最後に装丁も見所です。各時代に鋳造された美しい小さなコインを載せた、シンプルながら非常に味のあるものに仕上がっておりますので、よろしれければ本屋などでチェックしてみてください。また、2の最後にある「ひとまずの結び」も優れた文章だと思います。欲を言えば、2の最後についている年表を1の最初に持ってきてほしかった(早く気付けよ、という話ではありますが)。次は3~5が一つのまとまり「ハンニバル戦記」となっているので、時間はかかると思いますが読み終わったらまたポストしたいと思います。

2011年5月7日土曜日

第12回:「獅子のごとく」黒木 亮

レーティング:★★★★★☆☆

本ブログでおなじみの黒木氏の新刊(といっても2010年11月初版・・)です。実在する人物をモチーフにしながら、虚実織り交ぜてストーリーが進行していく点は黒木氏の作品「巨大投資銀行」とほぼ同様ですが、本作はより「どぎつい」描写や批判的なスタンスが多く出てくるので、黒木氏はかなり慎重に筆を進めたのではないかと推察します。

レーティングがかなり高い理由は、以下のものです。まず、(架空の点が後半中心に多いとしても)ある強烈な人物の一代記として、純粋にストーリーが面白い点が挙げられます。主人公は家族や家業の関係で苦汁を舐めるのですが、それらをバネに猛烈な仕事ジャンキーとなっていきます。それが自身や家族、会社ひいては社会にもたらす正負の影響が比較的バランスよく描かれています(単に批判的なだけではない)。黒木氏は、MSN産経ニュースのインタビューで「(主人公にも)“痛み”があって、本当に悪役なのかどうかは、よく分からないんだけど」と語っており、二元論的に正邪を描こうとしているわけではないことを認めています。

次に、最初の点の補強になりますが、登場人物の人間性の変化が良く描けていると思います。仕事を通じて、成功したり、お金を持ったり、またその逆になる人が多数出てきますが、そこで各人は様々な変化を遂げます。作中では、人間性や仕事へのスタンスを曲げたくなくて主人公(及びその会社)から離れるもの、徹底的に人間性を捨て仕事に過剰適応していくもの、仕事にのめり込むあまり当初謙虚であったのに勝負の構図でしか人生をとらえられなくなる人など、様々なパターンが示されます。(言うまでもなく)どれが良い悪いというよりは、どういったモデルをベースに自分の生き方を選ぶのか、という問いかけに思えました。

最後に、投資銀行の内実(特にモデルとなった米系IB)の一端が垣間見られます。上記の「巨大投資銀行」はマーケット/トレーディング部門の視点から描かれていましたが、本作ではいわゆる投資銀行部(門)をメインの舞台としていますので、M&A、債券、株式、その他金融商品などが幅広く出てきて、投資銀行部がどういRM機能を果たしているか触れることができるため、投資銀行に就職したい学生さんなどにも良いのではないかと思います。

主人公の仕事に賭ける執念や熱気がみなぎった作品で、引くと同時に惹かれる点もある不思議なストーリーでした。主人公の過剰ともいえる接待、人脈作りなど寝技系の仕事獲得方法が多く描写されていますが、いうまでもなくそれを支えた多くの部下の方々の(プッシュされたが故もあるでしょうが)優れたプロポーザルや的確なエグゼキューションがあって仕事が獲得できてきた部分も多いはずであり、そこにもより言及があると更によかったかなあと思いました。いずれにせよ読み応えのある作品でした。

2011年4月22日金曜日

第11回:「雑文集」村上 春樹

レーティング:★★★★★★☆

上記レーティングは、私が村上春樹の大ファンなので相当バイアスが入っていることが確実ですが、私的書評なのでご容赦ください。

『雑文集』というタイトルが示す通り、村上氏が80年代から書いてきたライナーノーツや行ったスピーチ、新聞等への寄稿、自作の外国語訳版への序文等を集めたものです。本当に1ページの半分にも満たない電報から数十ページの読み応えあるエッセイまでありますが、駄文はなく、面白いものばかりです(褒めすぎか・・)。とりわけ、料理やジャズといった村上氏が得意のファンお馴染みの分野だけではなく、余り語られてこなかった生い立ち(初めて買ったレコードとか・・)や、日本では殆ど語らない文学観といったものが載っている点は貴重だと思います。

本当に個性的で多様な文章が集められていますが、私が特に良かったと思ったのは以下のものです。
・東京の地下のブラック・マジック:地下鉄サリン事件に関して。
・いいときにはとてもいい:短いけれど心にしみる電報です。
・柄谷行人:笑えて脱力します。これをボツにした編集者は正しい気がする。
・物語の善きサイクル:村上氏にしては珍しい物語論です。
と、リストし始めるとしまいには全てを書いてしまいそうですが、面白い本なのでぜひお手に取ってみてください。そうそう、装丁も安西水丸さんと和田誠さんの絵が素敵です。

2011年4月12日火曜日

第10回:「リストラ屋」黒木 亮

レーティング:★★★☆☆☆☆

(私にとっては)記念すべき第10回に到達しました。読んで下さった皆様、ありがとうございます。完全に趣味で行っている書評ですが、次は100回を目指して進んでいきたいと思います。大体、月4冊ペーストすると25カ月あれば100冊に到達するはずです・・。

ところで今回は本ブログではおなじみの黒木氏の作品です。他に2冊同時並行で読んでいるのですが、どうしても読みやすく、また著者が好きだということもあり他の2冊を追い抜いて読んでしまいました。が、レーティングは低めです。

本作は、黒木氏の書いた「カラ売り屋」の続編という位置づけであり、事実サブタイトルとして「カラ売り屋2」という名前も付いています。おなじみ?パンゲア&カンパニーというカラ売り専業のファンドが、極東スポーツというPE会社の保有するリストラ真っ最中の会社(の経営者)と戦っていくものです。

率直に言えば、第7回で書評した「トリプルA」のような人間描写はなく、(こちらは書評していませんが)「巨大投資銀行」や「エネルギー」で描かれたような緻密な経済/金融の描写もなく、半端な印象を受けました。書評で書かれている方も散見しましたが、リストラ経営者=悪、市場を守るもの=善という分かりやすい構図が設定・貫徹されてしまっています。著者特有の、ビジネスパーソンの行動の源泉を生い立ちに求めるという部分が本の後半にありますが、それとて生い立ちこそ描写していますが、上記の善悪の構図にはノータッチです。リストラ経営者にも、それを雇ったPEファンドにもそれぞれの論理があり、肯定的に描かれているカラ売り屋だってファンドによっては、人によっては、また意図と関係なく悪となることもあると思われますが、そういった多面的な評価が描かれなかったのは残念です。

ただ、著者は勧善懲悪的なストーリーを一貫して避けてきている(と私は強く感じます)ので、この作品では恐らく意図的にそういうストーリーを描いてみたのでしょう。もしそうだとすれば、(上記の善悪の構図を維持しなければ)パンゲアが所在するNYのハーレムにおける人々の生き様(そしてパンゲアのパートナーが行っているボランティア活動)が上手く描けなくなるからではないか、と思います。このNYの描写は、ストーリーに深みを与えていて、アメリカにおける人種、経済的格差を丹念に拾っています。

レーティングはやや辛めですが、実は結構楽しんで読みました。中盤まで読んでなんだかなぁと思われた方は、ぜひ我慢して最後の50ページまで行ってみてください。すこし救われた気になります。

2011年4月9日土曜日

第9回:「福祉を変える経営」小倉 昌男

レーティング:★★★★★☆☆

第7回のレビューにて触れた故・小倉昌男氏(元・ヤマト福祉財団理事長)が生前に書かれた本です(2003年10月初版)。小倉さんは経営の第一線を退いた後、莫大な私財を投じてこの財団を立ち上げ、各種の障害者への支援、雇用などを行ってきました。特に大手のパンメーカーと提携して立ち上げたスワンベーカリーの事業を軸として、主に「共同作業所」と呼ばれる全国の障害者施設に携わる人々に向けたセミナーの草稿を本にしたものが本書となります。

色々と胸を打たれるところはあるのですが、小倉さんのこの財団へのコミットメントの強さ、まさに無私と呼んでよい障害者との共生への努力が印象的です。財団は共同作業所の運営に携わる人々を、無料で2泊3日のセミナーに招待し、小倉さんは(高齢になっていたにもかかわらず)自ら熱弁を振るい続けました。しかも一年に何度も、何年間もです。

本書のメッセージをあえて単純化すれば、障害者にも適正な賃金を払えるビジネスモデルを確立・実行するべき、というものです。このメッセージは、(賛否両論あるんだとおもいますが)極めて熱い問いかけ(障害者の尊厳とはなにか、自立とは何か)に支えられており、わかりやすく語りつくされています。また、そういった考えを実践するためのセミナーをベースとしてますので、数々の先進的な障害者雇用事例、ビジネス事例が数多く詰め込まれており、大いに実践的な内容になっています。

考えてみれば少し形態は違いますが、途上国の産品を「貧しい人が一生懸命つくったから、買って下さい」という形ではなく、㈱マザーハウスのように「かっこいい/綺麗でほしくなるバック作ったので、納得すれば買って下さい」という社会起業家が出て、成功を収めてきてます。若いこうした社会起業家が活躍する一方、かなり前から、ビジネスの当たり前の論理と強い情熱をもった日本のビジネスパーソンが実践していたこと、これは余り知られていないでしょうし文句なく称賛に値することだと思いました。ずいぶんと頭が下がりますし、色々と考えさせられる本です。

2011年4月3日日曜日

第8回:「努力しない生き方」桜井 章一

レーティング:★★★☆☆☆☆

麻雀好きな人であればご存知かもしれませんし、そうでない人も耳にしたことがあるかもしれませんが、雀鬼と呼ばれた桜井氏による生き方?本です。現代の人々の生き方や社会が「足し算」の積み重ねから出来ているとして、そうではない「引き算」や「足さない」ことを通じて違う生き方を目指すというもので、著者の実体験や考えから構成されています。

一つ一つの内容は突飛ではなく、頑張れば全てが叶う的な自己啓発本への強烈なアンチテーゼとしての面白さがあります。例えば、「壁を乗り越えられないのは、壁を意識しすぎるからである。(中略)壁は越えるのではなく、上に乗っかればいいと思う。(中略)壁となっている問題をとりあえず丸ごと受け入れるということである。」とか、「人というのはもともと、意味を持たない不合理な存在としてこの世にあらわれたのであるる。(中略)「意味を求める」姿勢だけでいくと、人は意味に縛られて窒息してくる。」など、なかなか(私としては)面白いと思える言葉がよく出てきました。

レーティングはやや低いのですが、各メッセージには著者の想像から来た部分が多く(実体験もあるけどやや具体性に欠ける)、買って手元に置いておいて読み返そうという気にはならなかったことが原因です。著者に言わせれば、こういう感じ方が既に相当「足し算」もしくは効用追求型の読み方ということかもしれません。

大学受験中の学生などには進められませんが、少し疲れたなーと感じられた社会人の方などにはふっと気づきのある本かもしれません。軽いタッチで1-2時間もあればさらりと読めるので、夜にビールでも片手に寝る前読む、そんなスタイルで向き合うと楽しいかもしれません。

2011年3月20日日曜日

第7回:「トリプルA」黒木 亮

レーティング:★★★★★★☆

今回の書評に入る前に、発生から1週間も経過してしまいましたが、東日本大震災で被災した全ての方にお見舞い申し上げると共に、亡くなられた方のご冥福をお祈りします。まだ中学生だったときに阪神大震災が起き、親族も被災しました。当時、塾からの帰り道のバスで随分と運命は(時として)むごいと感じたことを今も鮮明に覚えています。今回は亡くなられた方の数だけでもすでに阪神大震災を超えており、今後残念ながら一層増加しそうですし、原発のその後のトラブルにより不安感も増幅され、予期せぬ災害が地域や個々人の人生を一変させうることを改めて痛感した次第です。出来ることを、少しずつしてみたいと思います。

さて、今回の書評ですが(こうして安穏と書評できていることのありがたみを深く認識しないといけないと感じます)、第7回目にして既に黒木さん3作目です。結論からいうと、あまり期待していなかった(すみません)分、良い意味で非常に裏切られ嬉しい思いです。主人公と登場人物の魅力、対比の鮮やかさ、時間的な広がりがすばらしく、レーティングも(始まって間もないですが)現状までの最高です。

まず、主人公の魅力ですが、大学時代のストーリー、それをばねにした社会人になってからの活躍(特に一つ目の会社時代)は非常に説得力があります。おそらく(種目は違えど)著者の体験が相当ベースになっているはずですが、大学の部活で挫折を味わった主人公がそれを大きな原動力として仕事に打ち込む姿に共感する20代、30代のビジネスパーソンは多いのではないでしょうか。その後、結婚して子供が出来て一つの転機が起きるのですが、仕事への姿勢は引き続き一途で、またぎりぎりのところで仕事における良心を保とうとするところ、家族への思いを貫くところなど、なんとも魅力的な人物となっています。

次に、(仕事面では主人公の対比として描かれている)マーシャルズ社の駐日代表を務める三條という人物も良く描けていて、粘着質な感じや地位への貪欲さなどが人間らしく、主人公とは違った意味ではありますが魅力があります。この他、S&D社の水野という女性もきりっとしたすがすがしさを持って描かれており、読み応えがあります(下巻になると余りでなくなるので、もう少しこの人の話を膨らませる手はあったのかもしれません)。

また、時間的な広がりですが、著者の作品は短いスパン(3年とか長くても10年)を切り取ったものが多い印象を持っています(但し、第2回で書評した「冬の喝采」等自伝的なものは別)が、この作品は日本における戦後の格付会社の歴史にも触れており、1984年の夏から話がスタートしリーマンショックの2008年まで足掛け25年の話となっています。この間の金融ビッグバン、護送船団方式の導入、投資銀行のヘッジファンド化、米国及び日本における証券化商品の隆盛、その裏で進行した審査プロセスの形式化、格付会社の変容や利益相反などを詳細に分かりやすく触れます(そしてこれら事象の解説は基本的に事実に基づいています)ので、金融現代史としても分かりやすく入門的に読めるものと思います。

最後に付け加えると、華々しいビジネスやビジネスパーソンを取り上げることの多い著者の作品の中では珍しく故・小倉昌男氏(元・ヤマト福祉財団理事長)の晩年の活動を大きくフィーチャーしているところもこの作品への深みを加えている点だと思います。氏の思いや活動を知りたくなりました。

2011年3月13日日曜日

第6回:「指一本の執念が勝負を決める」冨山 和彦

レーティング:★★★★★☆☆

鼓舞される本だった。2007年6月刊行なので第5回のレビュー作「会社は頭から腐る」より少し前に刊行されたもので、正直言って「会社は頭から腐る」と重なる部分は大きいものの、この作品はよりパーソナルなメッセージが多く親しみを持ちやすい。また、前作がどちらかというと産業再生機構での仕事をカジュアルに振り返るという面があったのに対して、本作はもうすこしビジネスパーソンの生き方や著者の今後の展望(新たな会社を立ち上げた直後)を語るところに重点が置かれています。

経営という仕事を俯瞰したとき著者がこだわるのは、どこまで執念を持って粘り強く仕事に取り組み、周りの人を興味を持って観察し、ガチンコ勝負(数十回出てくる)できるかという点。例えば二十代は睡眠も貯金も必要ない、とか三十半ばまでは(仕事では)ガキとか刺激的であるが歯切れの良い言葉が多く出てきます。個人的には睡眠も多少の貯金も必要だったのですが、心意気としては著者の書いているところに共感できます。

(著者は自ら書いていますが)典型的な偏差値エリートですが、そこにはとどまらずロジカルに考え抜いて「自分の」人生を生きることの大切さについて力説します。特に第3章は、著者がどう勉強してきたかについて書いており、例えば20代前半の社会人の人などには(時間も沢山あるし)一つのモデルとして参考にできるのではないでしょうか。

最後に欲を言えば、守秘義務があって書けないことが多いのだとは思いますが、再建に当たって経験した修羅場についてもっと深く、具体的にかいてあると一層ガチンコ勝負の大切さが浮き上がってくると思われます(携帯電話事業の話などは秀逸)。前作は同僚から本の話を聞きましたが、実はこの本も尊敬する会社の大先輩から、伺った本です。

2011年3月5日土曜日

第5回:「会社は頭から腐る」冨山 和彦

レーティング:★★★★★☆☆

耳が痛い本でした。著者は、著名なコンサルタントであり、元産業再生機構COO。現在は経営共創基盤CEOとして活躍されています。名前を目にしたり、著作等を読んだ方も多いかもしれません。JALの関係でも一時期メディアから大きく取り上げられました。本作は2007年7月に出版されており、私は当時居た部署の同僚から、最近こういう本を読んで・・・と話を聞いて以来、いつか読みたい(それにしても3年以上それから経ってしまっているのは情けないものがありますが)と思っていたものです。

内容は、著者が産業再生機構、そしてその前に社長を務めていたCDIという会社を通じて得た企業再生、コンサルティングの現場から感じたことを綴ったものです。著者は、東大大学中に司法試験をパス、外資系コンサルティング会社を経て共同で起業、その後同社の社長となり、産業再生機構に請われて行きます(あとスタンフォードでMBAも)。一見、バリバリ・キレキレ系のキャリアであり、数式やエレガントな競争戦略論満載の本を出しそうですが、(体験を踏まえた)泥臭い経営論を書いています。優れた経営人材はガチンコの勝負からしか生まれない、だめな会社はまず「頭から」腐る、ということを繰り返します。大企業や安定した企業内での経験というのは、(これはさすがに場合によると思いますが)会社がつぶれるわけでもなく、個人として連帯保証を銀行に差し入れて破産するわけでもなく、所詮「ごっこ」に過ぎないと言い切ります。人によっては、根性論も多分に入った本なので拒否反応があるかもしれませんが、どの主張も極めてロジカルに展開されており、また経験に裏打ちされているのですっと納得できるものです。キャリアから来るイメージと内容の泥臭さが大きなミスマッチですが、それをつなぐロジックの太さが、この本の面白さであるように思えます。

冒頭の耳が痛いというのは、著者の主張の一つ、とにかくガチンコ勝負をしろという点です。「恵まれていること」と「ガチンコ勝負の欠如」は軌を一にしているということが繰り返し語られており、高度成長期の遺産が(だいぶ減ったとはいえ)まだ有る日本企業では、ガチンコ勝負する必要自体がなかったということも触れられていますが、私も日々ガチンコにさらされているわけではなく、身につまされます。耳が痛い本を読むと、この著者はちょっと変わった人だなとか、そんなガチンコ勝負してるやつの方がむしろ少ない、と否定的なドライブが入りがちですが、ここは真摯に受け止めたいと思います。

感心した点としては、一般的な会社における経営層、ミドル、現場の各層に働くインセンティブがどれほど大きく異なり、また影響を持っているかについて描写している点、会社員とは弱く・流されるものであるという前提に立っている点など、会社(員)心理への理解も十分に示されているところで、まったくもって頭でっかちではなく、あくまで現実における葛藤の中から生まれてきている点です。(そういう意味では第1回でレビューした「ストーリーとしての競争戦略」と好対照です。もちろん主眼が違うのでだからどちらかがダメということには全くなりません。)

著者の本を読むのは初めてですが、もう一冊手元にあるのでそちらも近々レビューしたいと思います。産業再生機構の実務的な活動に興味がある方は、去年読んだのですが「事業再生の実践(第1~3巻)」産業再生機構も読まれることをお勧めします。こちらは至極実践的なものですが、この本と合わせ読むと事業と財務の一体再生といった産業再生機構の手法の多くが、(COOだったので当然ですが)著者の経験や信念、そして仕事のやり方から来ていることが分かります。

2011年2月24日木曜日

第4回:「排出権商人」黒木 亮

レーティング:★★★★☆☆☆

まだレビュー4作目なのに、黒木亮2冊目となります(偏っててすみません)。この本が刊行されたとき、丁度海外に居たこともあり、つい最近まで不覚にも存在を把握していませんでした。さっそく図書館で借りて読み終わったところです。

タイトルが全てを表している本なのですが、排出権にまつわる様々な人の観点から同ビジネスが描かれています。主人公はある大手エンジニアリング会社の女性であり、その人の公私にわたる成長の小説として読むことも可能ですし、実に皮肉たっぷりに排出権ビジネスを描いている本としても読めます。また、金融危機発生までの数年間の資源・環境ブーム(引き続き、ではありますが)でひと儲けをたくらむカラ売り屋のお話としても読めます。これら多様な読み方ができる、という意味で面白い本かと思います。黒木亮の小説の特徴かと思いますが、なるべくネタとしているビジネスの全貌を描こうとして、多種多様なプレーヤーを丁寧にプロットし、動かしていることが伺えます。

やや残念だと思ったのが、ビジネスを丹念に描写し、そのために多くの登場人部を配置したがために、この分量の本にしては人物が盛り沢山になりすぎ、結果としてストーリーが弱くなった感じがする点です。主人公は魅力的ですし、祖母のストーリーも有効に機能しているのですが、なにか予定調和的な終わり方です。また、徹底した悪役がおらず(別にいなくても小説は成り立つわけですが)、中途半端な印象も受けます。

それにしても、上にも書きましたがこの本にも「カラ売り屋」が出てきます。黒木亮はカラ売り屋自体についての小説も書いていますが、証券会社時代にカラ売りでよっぽど儲けたのか(そんな感じもしませんが)、商社時代にカラ売りでよっぽど嫌な目にあわされたのかわかりませんが、何度もこのモチーフが出てくるのは非常に面白く感じます。大抵、リスクを取って、丹念に真実を追求し、虚飾を暴いて利益を得ていく経済界のお掃除屋さんといった形で出てくるので、作者はかなりカラ売り屋に好意的なのだとは思いますが・・なにかあったんでしょうか。

なお、舞台となっているエンジニアリング会社の内幕の描写はかなりリアルであり、プラント・ビジネスの一端(受注と利益をどう結び付けるか、VEとは何かなど)が垣間見られるという意味でも面白い本かと思います。

2011年2月19日土曜日

第3回:「チーム・バチスタの栄光」海堂 尊

レーティング:★★★★★★☆

あまり説明の必要がないくらい知名度の高い作品かもしれません。第4回『このミステリーがすごい!』大賞受賞、しかもぶっちぎりの評価だったそうです。後続のシリーズを含めて大変な売れ行きでしたし、発売した2006年当時のメディアによるカバーも非常に多かったのが印象的です。

当時から関心を持っていたんですが、ミステリーって一回読んだらもう一度読もうと滅多に思わないし、買うのもなーと読まずじまいになっていました。周りにも(あんなに売れたのに)読んだと言う人が不思議に一人もおらず、また、医療?大学病院もの?が元来苦手で(山崎豊子の「白い巨塔」に至っては1冊目の三分の一も読めませんでした)ためらっていました。そんななか、昨年末に某巨大チェーンの古本屋に行ったときに文庫版上下が105円でたたき売られており(すみません)、重い腰を上げて購入しました。

読んでみると冒頭のレーティングのとおりですが、これは面白いな~の一言です。まず、人物の設定と描写が極めて優れていて、一貫して出てくる田口講師は村上春樹の「1Q84」の牛河を明るくしたような味があるし、白鳥技官は(好みは別れると正直思いますが)キャラ立ちという意味ですばらしく、著者の思い切りに敬意を表したいと思います。

また、各所で指摘されていることですが、著者は現役の医師であり、医療問題がかかえる様々な構造的な問題や、見えにくい問題を随分丁寧に書いており、広い意味での社会的問題意識の高いミステリーでもあります。医師が人の生死を小説にすることには、やや抵抗がある向きもあるかもしれませんが、著者の問題意識が広く社会に投げかけることが出来ている事実を考慮すれば余り問題にならないのではないかと思います。

後続のシリーズ(2作)もぜひ読んでみたいと思います(そしてレビューします)。

2011年2月11日金曜日

第2回:「冬の喝采」黒木 亮

レーティング:★★★★☆☆☆

黒木亮は好きな作家の一人で、特に金融ネタの長編はすば抜けて面白い。事実、作者の本の多くはその類の本であり、その意味からして本書は相当に異色のものである。内容は、作者の陸上競技人生(中学から大学卒業まで)を中心にした青春の物語。いかに一人の青年が陸上に出会い、のめりこみ、その過程で高揚、失望、離別や出会いを体験していくか淡々とした筆致で描かれている。

全体を貫くテーマは真摯なもので、一つのことに打ち込むこと(うちこむといった生易しい言葉では決してすまされないのみりこみ様であるが)、それを通じて学べること、一生懸命やって酸いも甘いも味わいつくすことなどに加えて出生と家族も大きなテーマになっている。

1月、長時間飛行機に乗る機会があり、機内に入る前に成田空港の良く行く本屋で上下(文庫)を購入。それからやや忙しくなったのもあるが、結局、読了までちょうど1カ月かかった。特に上巻を終えたあたりで1週間程度手が伸びず(第1回の本を併読していたのもあるが)、そこまで夢中に読めなかった。

なぜ夢中で読めなかったかといえば、おそらく陸上競技人生の記録的要素が多すぎることと陸上競技以外のっ描写が乏しすぎたことだろう。前者について言えば、練習内容の記録や一カ月走ったキロ数などが延々と、そして繰り返し記載される。自伝的小説というにはなにか日記の転載のような感じを受けた。後者について言えば、意識的だとは思うが高校・大学の勉強、恋愛、アルバイトなどの記述を極力減らしているように見える。そこが一人の人間の成長ストーリーとして広がりを欠き、すこし共感が難しかった原因かもしれない。

この小説は誰に向けてかかれたものだろうか、と考える。私はこれは作者自身に、そして両親(二つの)に向けて書かれたものである気がしてならない。その意味では、一般的な読者の一人であろう私が共感できようができまいがあまり大事なことではないかもしれない。この作品は、(少なくとも)作者にとってはすごく大きな意味がある作品だったのだろうと感じる。

陸上等なにか運動に青春を捧げた人、そういう人に興味がある人、箱根駅伝に興味がある人、北海道出身の人などは読まれると強く共感されるかもしれないと思う。

第1回:「ストーリーとしての競争戦略」楠木 建

レーティング:★★★★★☆☆
(僭越ではありますが、7段階評価させて頂きます。今回は5。)

昨今ちょっと話題になっている掲題の書を読んでみました。

率直にいって面白い本であり、経営、特に競争戦略論に興味のある方はぜひ一読されることをお勧めします。著者の抑制の効いたスタンスが非常にかっこいい本です。自分がこの考え方をオリジナルに発明したぜ!といった傲慢さがない(現に多くの類似、関連ある指摘が既になされていることを認め、その上でどこがオリジナルかを丁寧に説明している)、これを理解・実践すればだれでもひと儲けできるぜ!といった軽薄さがない(断定したり、過度に大きく見せようという多くのビジネス書に見られる点を慎重に避けている)といった点に好感が持てます。

ところで内容ですが、優れた競争戦略はある種のストーリーとなっている、というコンセプトで貫かれています。第1章で戦略がなぜストーリーとして読み解けるか、またストーリーとは何かを説明、第2章で過去の競争戦略理論や基本的な分析の枠組み(Strategic PositioningとOrganizational Capability)を提示します。その後、第3~5章で優れたストーリーとはなにかをコンセプト、時間軸(にそった発展)、キラーパスといった視点から分析・解説していきます。直後の第6章ではガリバーインターナショナルの事例分析を行い、第7章でまとめと続きます。

第2章まではやや冗長な感じがあり、少し飽きたのですが、第3章からは随分と鋭い分析が出てきて、唸らされます。また、著者は幅広く内外のケースを取り上げており、航空会社(サウスウエスト)、Eコマース(楽天)、飲食(Starbucks)、中古自動車(ガリバー)といった随分と異なる業種の企業のストーリーを読むだけでもかなり面白いものがあります。企業の戦略ストーリーを読むだけではビジネス・スクールのケース・スタディと変わらないわけですが、著者はストーリーをなぞるだけではなく、丁寧に腑分けし、競争優位の源泉を説得力をもって解説していきます。

著者の議論で共感した点は以下のようなところです。
・戦略とは「アクションリスト」ではない
・戦略とは「テンプレート」ではない
・ベストプラクティスの模倣は、かえって競争力を削ぐ(ただし、文脈による)
また本書で一番秀逸と思われる議論は「キラーパス」についてですが、キラーパスには模倣不能ということを超えて模倣回避を促す要素があるという点は非常にエキサイティングです。競争戦略上のキラーパスってなによ?という肝心の点ですが、ぜひ本書をご覧下さい。

500ページを超える大作ですが、著者の好奇心と探求はまだまだ続きそう(若い・・)なので、次回作にも期待したいと思います。個人的には、ケース・スタディをもっと読んで、この競争戦略論の妥当性や適用可能性についてもっと知りたい、という気持ちがあります。他方、これらの本で取り上げられた企業がもし競争優位を失っていく、失ったとすればそれはどういう過程を辿ってかという事例もぜひ読んでみたいと思います。

内容は真面目な本ですが著者の砕けた表現が随所に出てくるので読みやすさもあり(評価は分かれると思いますが、論文ではないので個人的にOKだと感じました)、かたい本はちょっとな、と思われる方にも随分とお勧めできます。

2011年1月22日土曜日

Rebook、始めました

このBlogの目的は、シンプルです。ただ、私が読んだ本を評していくこと、それだけです。ちなみにジャンルの限定はなく、ただ一つのルールは、私が最初から最後までリアルタイムに読んだ本、それを書評することだけです(従って、昔読んだ本や全て読まなかったものは対象外)。

まずは、いま読んでいる『ストーリーとしての競争戦略』楠木 建について近日中に書きます。なにせ500ページ以上あり、Amazonのレビューを見ると好悪とりまぜた大混乱になっているので、読後にどう考えるか楽しみです