2017年10月28日土曜日

第178回:「黒部の山賊」伊藤 正一

レーティング:★★★★★★★

先日、NHKのブラタモリで黒部ダムや立山をやっていましたが、黒部はいつか行ってみたい土地であり、興味津々で読みました。伊藤さんは大正12年、長野市生まれ。昭和21年に三俣小屋の権利を譲り受け、昭和24年から現在の三俣山荘に住みながら、近隣の山小屋を建設・運営し、どっぷりと黒部の山中に暮らしながら、猟師や営林署、登山客、動物、物の怪(?)との交友を深められました。その様子をとてもユーモラスに、愛情たっぷりに描いたのが本書であり、初版は昭和39年、非常に評価の高い伝説的な本で、今回の復本は平成26年になされたということです。ちなみに巻末には復本に際して高橋庄太郎さんが寄稿されています(なかなか味があります)。

内容ですが、山小屋整備のあたりの山賊たちとの出会い、奇妙な生活、埋蔵金に取りつかれた人々、バケモノ、遭難、動物、後日談という構成になっています。とにかくどのパートもとても面白く、思わずおいおいそれは盛りすぎでは、というストーリーが随所に出てきますが、あの黒部の山奥ではそういうこともあったのかなと思わせる筆致であり、さらに言えばあったかなかったかは別として非常におおらかで人間味が強い時代であり、地域であったんだなということを感じられる本です。山小屋、登山、大自然とったところに関心ある方には必読といえます。

また、表紙は畦地梅太郎さんの絵であり、とても素敵です。また、巻頭や途中に写真がふんだんに使われており、どれも貴重で目が釘付けになるようなものばかりです。さらに冒頭に書いた通り、高橋庄太郎さんの短文もぜひ読んでいただきたいところです。

2017年10月22日日曜日

第177回:「米中もし戦わば」ピーター・ナヴァロ

レーティング:★★★★★★★

トランプ政権における国家通商会議の委員長であり、学者でもある著者の一冊です。もともとは経済学者ということですが、今回の一作は経済、外交、地政学、軍事戦略など多くの領域にまたがる、冷静でありながら本質的な分析をわかりやすく提示しています。

まず、世界地図を中国からみることで、軍事や貿易戦略の観点から、どうやって一次列島線が中国によって設定されたかが描かれます。中国にとっては、海洋進出を実現し、シナ海を中心に軍事プレゼンスを高めて、海洋支配を固めていくことは、単に拡張的な思想に基づくだけでなく、国家存続の観点からも緊要性が高いことが明かされていきます。このあたりは、内外の豊富な中国研究を活かしながら、とても明快で事実に基づいており、その見事さを感じます。色々な見方を比較検討して妥当性を評価しているあたりも、説得力を増す要素となっています。

あと知らなかった点が多々あるのですが、とりわけ、アメリカが先端技術や兵器の開発をしつつ、核兵器を含めて軍縮を進める中で、中国はハッキングをフル活用しながら技術のキャッチアップを進め、対艦ミサイルや宇宙兵器においては米国を上回るレベルに来ているということです。物量も味方につけ、ひと昔のように旧式兵器ばかりということは事実ではなくなっているということです。

米中関係の今後についてはかなり悲観的なことが書かれていますが、なんとか両国が折り合いをつけて平和に共存してほしいところです。もちろんその最前線にいる日本にとっても重大な影響があるので、いろいろなことを考えさせられる一冊でした。なんとか次の世代が英知を発揮して、平和を追求してほしいと思います。

2017年10月1日日曜日

第176回:「仏の発見」五木 寛之・梅原 猛

レーティング:★★★☆☆☆☆

わざわざ解説がいらないと思われるお二人の対談です。ホストは五木さんという構成であり、発見シリーズというものの一冊だそうで、ほかには「気の発見」、「息の発見」などがあるそうです(いずれも読んでません)。五木さんは親鸞や蓮如などについての小説があり、仏教に造詣が深いということ(読んでいません)で、哲学者であり仏教の大家の梅原さんと対談となった、というわけです。

しかしながら、正直言ってとても物足りない一冊です。五木さんの話を期待する方も梅原さんの深い話を期待する方も、この内容ではやや失望するのではないでしょうか。二人が自分たちの著作を紹介しつつ、親鸞、蓮如、法然などについての考え方を意見交換していきますが、正直言ってものすごく新しい内容もないですし、対談ならではの深まりもありません。お二人の知識が仏教について同じように深く、またベクトルが近いからか、対談ならではの意見の違いから浮き彫りにされる論点などもありません。

五木さんのエッセイは何冊か読んでいますが、代表作である「青春の門」や親鸞、蓮如を扱った作品は読んでいなかったので、これはこれで面白そうですし、読んでみようと思います。