2013年2月17日日曜日

第62回:「スプートニクの恋人」村上 春樹

レーティング:★★★★★★★

相変わらず読書に割ける時間が激減していますが、なんとか月1は確保していきたいと思います。来週の日曜で懸案が一つ終わるので、3月は少しゆっくりできそうなので、何冊か気になっているものがいければと思います。

ところで私の好きな作家である村上氏の1999年の作品です(文庫は2001年)。当然ながら当時リアルタイムで購入しており、今回はなんと4回目か5回目の再読です。1999年から今まで14年近くになりますが、その間に一番再読した本かもしれません。およそ一度読んだ本の9割は二度と読まないのですが、その中でも頂点に近いというのは不思議な感じもします。なぜ不思議かというと、この本は村上氏のヒット作が多々ある中で非常に話題に上ることが少なく、どちらかというとかなり忘れられているに近いものだからです。長編小説としては大作「ねじまき鳥クロニクル」とターニングポイントともいわれている「海辺のカフカ」の間に刊行されたものです。

さて、この作品の特徴を私なりに書くと、①比喩がかなり過剰なまでに多用されている(おそらく試み、といった側面があります)、②実は作者の思いや経験が(ところどころ)ストレートに出ている、③めずらしく?最後がハッピーな終わりを予感させる終わり方になっている、というところです。パーツパーツの特徴をこう描くと以上のようですが、それに加えて、キラー文章とも言える幾つか素晴らしいフレーズや文章が見られます。コンパクトで適度に修飾的で、かつ絵画を思わせるいい文章が片手では数え切れないくらい出てきます。もっともっと世間的に評価されてもいい作品な気がしますが・・。

次の文章は少し有名かもしれません、冒頭の一文。「22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。それは行く手の形あるものを残らずなぎ倒し、片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。(続く)」こういうやや過剰な文章は作者のあまり多用するところではありませんが、かなり意識的に本作では使われ、またそれらは(まどろっこしいですが)作品全体のトーンを暗示するものとして効果的に使われていて、感心するものがあります。

また作者の思いですが、作中での中心的な役割を果たす「すみれ」の独白や思いにかなり代弁されている印象があります。人づきあいが昔から苦手で、かなり交流を避けた時期もあったこと、全体小説をいつかかいてみたいと思っていること、(著者が以前訪れた)ギリシャに行くこと・・などなど。作者はいつもは作品にこういう思いをストレートに表現することは少ない(かなり慎重に避けている)ように見えるのですが、この作品は異色です。「海辺のカフカ」でのチェンジの前ということを考えると、それ以前の作品とのつながりをもつ本作(たとえば「ねじまき鳥クロニクル」で重要なモチーフとなった井戸は今回も出てきます)で一度なにかを総括しようと考えたのかもしれません。

どんどん長くなってしまいますが、結論としてはまだ読んだことのない村上ファン、ファンでない方にもぜひ読んでいただきたいということです。書評を見ても殆ど本作のものが見つけられませんが、筋の突飛さはあるものの、すみれの持つ切迫感、主人公の持つ虚無感と現実への対処など普通の人々が普通に感じるであろう人生も生々しく書かれています。そして春の雨の夜のように暖かいエンディングも素晴らしいです。ちょうど昨日、長編としては3年ぶりとなる作者の作品が4月に発売との報道が一斉に流れました。ファンとしてはうれしい限りでどこで事前予約を入れるか今から楽しみにしています。2009年、2010年に発売されて賛否両論を巻き起こした「1Q84」の続編という説もありますが、どうでしょうか。例によってプロモーションは小出しにされそうですが、今から楽しみです。