2019年8月11日日曜日

第225回:「極夜行前」角幡 唯介

レーティング:★★★★★★★

第221回でレビューした名作と呼び声の高い「極夜行」のまさに準備段階について記した一冊です。角幡さんには失礼ですが、人気作の二番煎じでつまらない本なんじゃないかという危惧も少しだけあったのですが、至極真面目に書かれており、またそのクオリティは「極夜行」よりも高いのではないかという一冊でした。探検物が好きな方には本当にマストといえる一冊ではないでしょうか。素晴らしい作品です。

おおもとになった「極夜行」については既に第221回に結構書き込んだのでまだの方はそちらを見ていただくとして、本書の素晴らしさは冒険家角幡唯介が如何に長い年月を掛け、また用意周到に困難を乗り越えながら準備してきたがの過程がつぶさにわかることです。例えば本編ではさらりとしか触れられない六分儀について試行錯誤を繰り返したこと、デポについては何度も何度も荒らされてきたこと、またカヤックでの北極圏での長旅を行ってきたことなど、どれもが得難い探検となっています。また、その過程では自らと北極圏がダイレクトにつながり、まさに自然の恵みを得て自分が生きていき、さらに旅をアレンジしていくというダイレクトな感覚を味わうプロセスが描かれており、感動的ですらあります。

自分が道具を使いこなし、スキルを習得しながら自らのできることを拡大していく、それは生命にとって生きることと同義であるはず。旅の中でそのプロセスをたくさんの助力を得ながら実現していったこの探検は、間違いなく事前準備も含めて角幡さんの最高傑作ではないでしょうか。また、30代後半から40代前半に掛けて何かの最高傑作を残したいという角幡さんの人生観は胸に刺さるものがあります。当然、探検という肉体的な要素が強いジャンルと市井の勤め人では何をもってピークとするかは相当異なるものと思いますが、その覚悟に学ぶところ大です。

2019年8月10日土曜日

第224回:「黄砂の籠城」松岡 圭祐

レーティング:★★★★★★☆

随分前回のレビューから時間が空いてしまいました。更新頻度が落ちるときは本があまり読めていないという時もあるのですが、それ以上に仕事やらで忙しくなってしまい、なかなか家でPCを空ける時間が取れないという時が多いです。7月は色々とバタバタでしたが、やっとお盆になり一息。数冊のストックがあるので順にレビューしていきたいと思います。

さて、松岡さんの本はまだ読んだことがなかったのですが、ミステリーを中心に書かれてきた作家が書下ろしで新たなジャンルに挑んだのがこの一冊ということです。あるブログを読んでいたら、本当に面白いので読んでほしいという熱いポストがあり手を出してみました。文庫で上下2冊ですが、非常に面白くてぐいぐい読んでしまいました。

題材は歴史で習う所謂「義和団事件」であり、義和団の乱とか義和団の変などといったりもします。時は清王朝の末期、1900年のことです。予てからの日本を含む列強の中国への駐屯が進む中で、欧米諸国は宣教師を通じたキリスト教の布教に力を入れていましたが、その欧米人やキリスト教のアプローチに強く反発した宗教結社の義和団が中核となり、キリスト教会を手始めに列強の権益に反対し、ついには西太后が列強に宣戦布告をし、北京の公使館地区である東交民港を義和団と清朝軍が包囲し、壮絶な籠城戦を行っていきますが、この過程が描かれています。

その籠城戦の中では、会津という歴史的な宿命を負ってしまった藩出身の柴五郎が陸軍軍人として連合国の作戦立案、籠城戦でとてつもない働きをします。そのこと自体知りませんでしたが、日本人は一致団結して、また義勇兵も含めて献身的に働き、籠城戦成功に大きな役割を果たしたと言われています。やや一方的な日本礼賛と思えるところもなくはないですが、筆致は抑え気味でわりと客観的なのではないかと思います。また、この間の他国(特にイギリス、ロシア)とのやりとりや内紛、スパイなどは息を握る展開であり、ものすごい戦いがあったのだなと痛感しました。歴史ものとしてもエンタメ大作としてもとても面白く読めると思います。お勧めです。