2011年4月22日金曜日

第11回:「雑文集」村上 春樹

レーティング:★★★★★★☆

上記レーティングは、私が村上春樹の大ファンなので相当バイアスが入っていることが確実ですが、私的書評なのでご容赦ください。

『雑文集』というタイトルが示す通り、村上氏が80年代から書いてきたライナーノーツや行ったスピーチ、新聞等への寄稿、自作の外国語訳版への序文等を集めたものです。本当に1ページの半分にも満たない電報から数十ページの読み応えあるエッセイまでありますが、駄文はなく、面白いものばかりです(褒めすぎか・・)。とりわけ、料理やジャズといった村上氏が得意のファンお馴染みの分野だけではなく、余り語られてこなかった生い立ち(初めて買ったレコードとか・・)や、日本では殆ど語らない文学観といったものが載っている点は貴重だと思います。

本当に個性的で多様な文章が集められていますが、私が特に良かったと思ったのは以下のものです。
・東京の地下のブラック・マジック:地下鉄サリン事件に関して。
・いいときにはとてもいい:短いけれど心にしみる電報です。
・柄谷行人:笑えて脱力します。これをボツにした編集者は正しい気がする。
・物語の善きサイクル:村上氏にしては珍しい物語論です。
と、リストし始めるとしまいには全てを書いてしまいそうですが、面白い本なのでぜひお手に取ってみてください。そうそう、装丁も安西水丸さんと和田誠さんの絵が素敵です。

2011年4月12日火曜日

第10回:「リストラ屋」黒木 亮

レーティング:★★★☆☆☆☆

(私にとっては)記念すべき第10回に到達しました。読んで下さった皆様、ありがとうございます。完全に趣味で行っている書評ですが、次は100回を目指して進んでいきたいと思います。大体、月4冊ペーストすると25カ月あれば100冊に到達するはずです・・。

ところで今回は本ブログではおなじみの黒木氏の作品です。他に2冊同時並行で読んでいるのですが、どうしても読みやすく、また著者が好きだということもあり他の2冊を追い抜いて読んでしまいました。が、レーティングは低めです。

本作は、黒木氏の書いた「カラ売り屋」の続編という位置づけであり、事実サブタイトルとして「カラ売り屋2」という名前も付いています。おなじみ?パンゲア&カンパニーというカラ売り専業のファンドが、極東スポーツというPE会社の保有するリストラ真っ最中の会社(の経営者)と戦っていくものです。

率直に言えば、第7回で書評した「トリプルA」のような人間描写はなく、(こちらは書評していませんが)「巨大投資銀行」や「エネルギー」で描かれたような緻密な経済/金融の描写もなく、半端な印象を受けました。書評で書かれている方も散見しましたが、リストラ経営者=悪、市場を守るもの=善という分かりやすい構図が設定・貫徹されてしまっています。著者特有の、ビジネスパーソンの行動の源泉を生い立ちに求めるという部分が本の後半にありますが、それとて生い立ちこそ描写していますが、上記の善悪の構図にはノータッチです。リストラ経営者にも、それを雇ったPEファンドにもそれぞれの論理があり、肯定的に描かれているカラ売り屋だってファンドによっては、人によっては、また意図と関係なく悪となることもあると思われますが、そういった多面的な評価が描かれなかったのは残念です。

ただ、著者は勧善懲悪的なストーリーを一貫して避けてきている(と私は強く感じます)ので、この作品では恐らく意図的にそういうストーリーを描いてみたのでしょう。もしそうだとすれば、(上記の善悪の構図を維持しなければ)パンゲアが所在するNYのハーレムにおける人々の生き様(そしてパンゲアのパートナーが行っているボランティア活動)が上手く描けなくなるからではないか、と思います。このNYの描写は、ストーリーに深みを与えていて、アメリカにおける人種、経済的格差を丹念に拾っています。

レーティングはやや辛めですが、実は結構楽しんで読みました。中盤まで読んでなんだかなぁと思われた方は、ぜひ我慢して最後の50ページまで行ってみてください。すこし救われた気になります。

2011年4月9日土曜日

第9回:「福祉を変える経営」小倉 昌男

レーティング:★★★★★☆☆

第7回のレビューにて触れた故・小倉昌男氏(元・ヤマト福祉財団理事長)が生前に書かれた本です(2003年10月初版)。小倉さんは経営の第一線を退いた後、莫大な私財を投じてこの財団を立ち上げ、各種の障害者への支援、雇用などを行ってきました。特に大手のパンメーカーと提携して立ち上げたスワンベーカリーの事業を軸として、主に「共同作業所」と呼ばれる全国の障害者施設に携わる人々に向けたセミナーの草稿を本にしたものが本書となります。

色々と胸を打たれるところはあるのですが、小倉さんのこの財団へのコミットメントの強さ、まさに無私と呼んでよい障害者との共生への努力が印象的です。財団は共同作業所の運営に携わる人々を、無料で2泊3日のセミナーに招待し、小倉さんは(高齢になっていたにもかかわらず)自ら熱弁を振るい続けました。しかも一年に何度も、何年間もです。

本書のメッセージをあえて単純化すれば、障害者にも適正な賃金を払えるビジネスモデルを確立・実行するべき、というものです。このメッセージは、(賛否両論あるんだとおもいますが)極めて熱い問いかけ(障害者の尊厳とはなにか、自立とは何か)に支えられており、わかりやすく語りつくされています。また、そういった考えを実践するためのセミナーをベースとしてますので、数々の先進的な障害者雇用事例、ビジネス事例が数多く詰め込まれており、大いに実践的な内容になっています。

考えてみれば少し形態は違いますが、途上国の産品を「貧しい人が一生懸命つくったから、買って下さい」という形ではなく、㈱マザーハウスのように「かっこいい/綺麗でほしくなるバック作ったので、納得すれば買って下さい」という社会起業家が出て、成功を収めてきてます。若いこうした社会起業家が活躍する一方、かなり前から、ビジネスの当たり前の論理と強い情熱をもった日本のビジネスパーソンが実践していたこと、これは余り知られていないでしょうし文句なく称賛に値することだと思いました。ずいぶんと頭が下がりますし、色々と考えさせられる本です。

2011年4月3日日曜日

第8回:「努力しない生き方」桜井 章一

レーティング:★★★☆☆☆☆

麻雀好きな人であればご存知かもしれませんし、そうでない人も耳にしたことがあるかもしれませんが、雀鬼と呼ばれた桜井氏による生き方?本です。現代の人々の生き方や社会が「足し算」の積み重ねから出来ているとして、そうではない「引き算」や「足さない」ことを通じて違う生き方を目指すというもので、著者の実体験や考えから構成されています。

一つ一つの内容は突飛ではなく、頑張れば全てが叶う的な自己啓発本への強烈なアンチテーゼとしての面白さがあります。例えば、「壁を乗り越えられないのは、壁を意識しすぎるからである。(中略)壁は越えるのではなく、上に乗っかればいいと思う。(中略)壁となっている問題をとりあえず丸ごと受け入れるということである。」とか、「人というのはもともと、意味を持たない不合理な存在としてこの世にあらわれたのであるる。(中略)「意味を求める」姿勢だけでいくと、人は意味に縛られて窒息してくる。」など、なかなか(私としては)面白いと思える言葉がよく出てきました。

レーティングはやや低いのですが、各メッセージには著者の想像から来た部分が多く(実体験もあるけどやや具体性に欠ける)、買って手元に置いておいて読み返そうという気にはならなかったことが原因です。著者に言わせれば、こういう感じ方が既に相当「足し算」もしくは効用追求型の読み方ということかもしれません。

大学受験中の学生などには進められませんが、少し疲れたなーと感じられた社会人の方などにはふっと気づきのある本かもしれません。軽いタッチで1-2時間もあればさらりと読めるので、夜にビールでも片手に寝る前読む、そんなスタイルで向き合うと楽しいかもしれません。