2012年7月29日日曜日

第48回:「交流分析入門」桂 戴作他

レーティング:★★★★★★☆

今日は心理学もので、交流分析の入門書です。一般になじみがない言葉で、私も全く知らなかったのですが、数年前とあるきっかけで交流分析の創始者であるEric Berneの著書を読むことととなり、知るに至りました。交流分析は心理学理論の一つであり、人格をP(Parent)、A(Adult)、C(Child)から構成されるものとして分析したり、Transaction Analysisという名前のとおり、人と人とのやりとりからその人の持つ傾向や偏りを判断しようとする特徴があります。詳細はWikiepdiaに良くできた解説があるので、ご興味がある方はそちらをご参照ください。

当時、Ericの本を英語で読まされ、心理学のタームがバンバンでてきてかなり「?」の状態でした。しかし「?」なりに関心を持てる内容で、結局、かなり時間が掛ったのですが読み終わりました。とりわけ面白いと思ったのがScript(脚本と本書では訳されています)の分析です。ある人が持つ傾向、それも短期、中期、長期になぞってしまう生き方がScriptと定義づけられていますが、神話や童話などを引きつつScript分析がなされるのが非常に面白く、興味を引き付けられました。ただし、本書では残念ながらScriptの分析はそこまで多くありません(シリーズ第5巻が「脚本分析」というタイトルなので、そちらを読む必要があるかもしれません)。

本書は、丁寧でありながら勝手な解釈なしに交流分析について紹介しており、著者も3名がバランスよく記述しているので非常によい入門書だと思います。なんと初版は昭和59年と書いてあるので、もう30年近く読み継がれていることも頷けます。また、エゴグラムという性格を見える化したものもあり、どういう形がどういう意味合いを持つのかが分かって、なるほどという感じです。もちろん、どのエゴグラムが良い、悪いという短絡的な判断はされておらず、むしろどういうことに留意すべきか、どういう傾向があるかについて記載があります。また、交流分析は実践家からもかなり支持されているようで、エゴグラムやScriptは変えうるのだ、という立場で書かれていますので、100%自分に満足していますという人(少ないかと思いますが)以外にはなかなか前向きな書物だと思います。ご興味ある方はぜひ。大きめの本屋でないとなかなか置いていないようです。(丸善(丸の内)で買いましたが、紀伊国屋(新宿本店)にも在庫がありました。)

2012年7月22日日曜日

第47回:「パール判事」中島 岳志

レーティング:★★★★☆☆☆

長い間、論争が続いて簡単には決着しない問題があります。例えば、日本の戦争責任は終戦以来ずっと議論されてきたにも関わらず、さまざまな意見が未だにあり、まだ暫らくは決着をみることはなさそうです。その議論に大きく影響を与えているのが、本書が取り上げるインド出身の東京裁判判事であったラーダービノール・パール氏です。

第二次世界大戦の日本の指導層の戦争責任を裁いた東京裁判ですが、その中で個人責任ある犯罪として、「平和に対する罪」「通例の戦争犯罪」「人道に対する罪」が定義され、適用されました。このうち、通例の戦争犯罪を除いては、それまでの国際法に規定されていないもので所謂事後法でした。事後法は通常の裁判でも認められないことであり、この点が東京裁判を批判する多数の根拠の一つとなっています。個人的には、敗戦国で無条件降伏したから、なにされても文句は言えないよな、と安易に感じることもありますが、たしかに裁判の形式としては異例尽くめであり、問題は多かったように思えます(あとの祭りではありますが)。

この裁判の判事は対日降伏文書に署名した九カ国が指名権を持っていました。インドはその九カ国に含まれていませんでしたが、日本による戦争被害を受けたとし、判事選出の要求を出し、パール判事が派遣されました。本書の美点は、パール判事が無批判に日本を無罪と断じていたのではなく、プロの法律家としての論理と筋金入りのガンジー主義者としての信念をもって、是々非々で戦争犯罪、そして戦争責任を判断したことを明らかにしたことです。著者は一部の右派の論者によって、パールが不適切に引用され、都合のよいように使われていることに強い危機感を抱いており、そこに一定の歯止めを掛けることに成功しているように見えます。また、あまり知られていないパール自身の人生に迫ったており、プレ・ポスト東京裁判の記述がほぼ全体の半分を占め、人間として大変魅力のある人物であったことが分かります。特に東京裁判の後も老齢まで3度にわたり来日し、チャンドラ・ボーズゆかりの人々とも交流を持ったエピソードは感動的です。

他方、本書の気になる部分は、パール判決の検証、考察の弱さです。参考文献に(そうではないと信じたいですが)パール判決の原文がなく、もっぱら二次的な資料(しかも日本語)に頼っており、逆に自身の主張に沿う部分のみを著者も使っているのではないかとの懸念があります。読了後に知ったことですが、本書をめぐって大きな論争が起きており、幾人かの保守系の論者からは相当きつい指摘を受けています。これを踏まえた検証本や著者自身の再反論が本の形でなされるとより議論は深まったと思うのですが。

少し毛色は違いますが、小熊 英二と並んで同時代の歴史研究者として気になる存在です。これが最初の本だったので、引き続き読んでみたいと思います。

2012年7月8日日曜日

第46回:「挫折力」冨山 和彦

レーティング:★★★★☆☆☆

第42回の樋口氏同様に、好きなビジネスパーソンである冨山氏の本です。第5、6、36回でも著者の本をレビューしていますので、おそらくこのブログで最も頻出かもしれません。樋口氏を上回る有名人で、過去にもご紹介しているので改めての説明は不要かと思いますが、国内の独立系戦略コンサルティング会社の経営者から産業再生機構のCOOに転じ、現在は企業再生系のコンサルティング会社の代表取締役CEOをされています。

本書は2011年2月初版であり、東日本大震災の少し前の本です。非常にざっくり要約すれば、早いうちの挫折経験は成長する上で欠かすことのできない大事なものであり、積極的に(チャレンジし)挫折すべし、というものです。もちろん単に挫折して腐るのではなくて、真摯に反省し、前向きに学べ、ということも書いてあります。こう書いてしまうと、なんだそんなことかと身も蓋もない感じですが、良くも悪くもこのメッセージが本書のほぼすべてかと思います。

面白いのは、著者の挫折経験に触れた部分です。挫折例の一つとして出てくる、自信を持って司法試験を受けて落ちた(その翌年には合格していますが・・)というのはあまり適切な例とは感じられませんが、もう一つの例であるビジネススクールを出て日本に凱旋して、会社に戻ってみると大変な状況になってしまっていて、関西に携帯電話の会社を作るため出向するストーリーがいい感じです。このストーリーは著者の他の本でもかなり触れられているので本当に大変かつ有益な経験だったと思いますが、30代で出向して苦労する、といったところは世の中の私を含めた一般的な働き手にも身近な話題であり、共感もできるところです。

なお、矛盾するようですが著者の挫折経験に触れた部分は本書の半分以上というわけではなく、期待したよりずっと少なく、やや親父の説教的な部分が長いので著者に思い入れのない方などは飽きてしまう本かもしれません。それでも文中で出てくる「禍福は糾える縄の如し」(史記)や「人生は意外に長い」(著者)はなかなか良い言葉かと思いました。また、著者の父方の祖父母と父のエピソードは心打たれるものがあります。若手や中間管理職に向けて書かれた熱い本ですのでご興味のある方はぜひどうぞ。