2013年6月30日日曜日

第71回:「飢餓同盟」安部 公房

レーティング★★★★★★☆

安部公房を始めて読んだのは確か高校生のときだったと思います。高校の図書館の文庫本コーナーにあった本たちは、何の変哲もないカバーでそんなに人気もないようでしたが、読んでみるとガツンと頭を殴られたように感じました。フィクションでありながら、現実的な迫力があり、著者の経歴を生かした医学や科学の要素もふんだんに織り込まれ、どの話も不気味さ満点でした。この作風は他のどの日本人作家も見られないものだと思います。そんななか何年ぶりかわかりませんが、安部さんの読んでいない作品を読んでみようと思いたち、借りてみたのがこの作品です。

この作品は、日本のかつて栄えた町があることをきっかけに没落し、その後、戦後の貧しさから復興する過程で徐々に貧富の差が広がり、閉ざされた共同体によそ者が流れ込み革命を目指す(かなり変な革命ですが)というものです。しかし、体制側も革命側も妙なキャラクターが多く、また敵味方入り乱れてわけがわからなくなっていく様が描かれており、権力闘争の滑稽さも表しています。反体制派はヘクザンというかなり眉唾な液体を切り札に人間を機械化するのですが、その荒唐無稽さも寓話としての皮肉たっぷりです。

思うに安部さんの小説はどれも高度な寓話として書かれながら、現実を少しずつ織り交ぜることで、なんとも言えないリアリティを獲得しているようです。コミュニティの閉鎖性、新旧体制の相克、集団の組織と分解など普遍的なテーマを扱うが故に国境を越えて読み継がれています。ちょうどたまたま昨日付けの日経新聞(朝刊)に安部公房特集が組まれていたのですが、いまだに海外でも読み継がれており、記事によれば新たにスペイン語圏での翻訳が進んでいて、すでに出た作品は増刷が決まっているそうです。没後20年を超えて、いまだに遠い異国の人に読まれるなんて作家冥利に尽きる話ですね。

個人的には川端より、大江よりよっぽどクオリティが高いように読めるのですが、ノーベル賞は質だけの問題でもないのかも知れません。読むのにパワーが必要なんでまた少し時間を置いて残りの作品も読んでみたいと思います。まだ読まれていない方は、ぜひお手に取ってみてください。「燃えつきた地図」などは本当に面白いです。

2013年6月20日木曜日

第70回:「ティファニーで朝食を」カポーティ 訳:村上 春樹

レーティング:★★★★★★★

世の中には本当に素晴らしい小説が沢山あるわけで、読めども読めども追いつきません。この書評を始めてもう2年以上ですが、それでも読めたのはたったの70冊です。その前から、それこそ小さなときから沢山の本を読んできましたが、それでもこんなメジャーな作品もカバーできていないわけで・・。もちろんメジャーであれば良いということではなく、一人ひとりには好みが確固としてあるので、その人にとって良い本、楽しい本を見つけられれば良いわけですが、年月を経て生き残っている作品というのは多くの人が認める普遍的な面白さや意味があるわけで、その意味で限られた人生の中で読める本が限られている以上、悪くない選択だと思います。

さて、カポーティの作品自体読んだことがありませんでしたが、訳者が書いている通りこの作品はヘプバーンが主演した映画で知っている方が多いのではないでしょうか。私は映画も見ていない(もちろん知ってはいましたが・・)ので、本当に初めてでしたが、結論から言って凄く面白かったです。正直言ってストーリーには余り惹かれないのですが、主人公のもつ繊細さ、もろさ、ニューヨークの雰囲気、寒そうな秋の描写、そういったものが生き生きとし過ぎていて、すごい作家なんだと実感しました。加えて、一緒に収録されている「花盛りの家」、「ダイアモンドのギター」、「クリスマスの思い出」いずれも秀逸で、とくに最後のクリスマスは表題作より良いのではないかと思います。

作風としては、全体的に切なく、やや暗いトーンが全編を流れています。流れは少し早く、ゆったりしていませんが、そこが緊張感があって好きです。しかし、暗いということでいうとアメリカのメジャーな作家は、だいたい暗い気がするのですが気のせいでしょうか。私は海外文学を本当に読んでないので偉そうなことは言えないのですが・・。ここはちょっと注意して今後読んでみたいと思います。

近々、カポーティのもう一つの代表作(ただしノンフィクション)の「冷血」も読んでみたいと思います。

2013年6月16日日曜日

第69回:「採用基準」伊賀 泰代

レーティング:★★★★★☆☆

2012年に随分売れた一冊です。著名なコンサルティング・ファームで採用を担当していた方、ということで随分話題性があり、またタイトルも就職活動を控えた大学生などは手に取らざるを得ないようなものになっています。ちなみにタイトルは著者も書いているとおり、本の中身のごく一部でしかありませんが、この程度であればアイキャッチのために許される範囲かなと思います。

では、この本の中身はなんなのかということですが、マッキンゼーにおける採用活動の視点を紹介しながら、本論である(主にキャリア上の)リーダーシップの重要性について説く、というものです。リーダーシップは教育可能であり、今の日本社会に強く求められているのに、重要性の認識が決定的に欠如しており、系統的な教育もされていない、というのが著者の主張です。私は、海外に居た時にリーダーシップというものに非常に重きを置くところにいて、耳タコ状態でこの言葉を聞いていたので、強い関心をもって読み進めることができました。著者の主張には共感するところもそうでないところもありますが、面白い一冊だと思います。なかなかリーダーシップについて正面から論じているビジネス?書は少ないと思います。

共感するところは日本ではリーダーシップというものが良く理解されておらず、その重要性も共有されていないということ。私も勉強に行く際に、リーダーシップ教育に力を入れている学校なんです、と周囲に説明しましたが、当然ながら周囲は「うーん何やんの」ということでしたが、正直言って行く前の私も「なんか良く分からないけど、行って見ればわかるか」という程度にしかイメージがありませんでした。本書でもうまく定義されていませんが、リーダシップというものが果たしてなんなのか、仕事におけるそれとはなんなのかについての共通理解がなく、他の言葉や概念で部分部分が表現されていることが多々あると思うので、まったく日本で理解されていないというわけではなく、元来輸入概念なのでそのものの理解は乏しいということでしょうか。

そしてリーダーシップの重要性というか、人生における大切さというのは個人的に海外での経験を経て実感するに至ったのですが(実践できているのかは人が決めることだと思いますのでなんとも言えません…)、他方、著者の言うようにリーダーシップを持つ人材が日本に少ないとか、日本の問題の多くがリーダーシップの欠如によるもの、という考え方はやや疑問です。リーダーシップを持つ人材は、少なくとも私が接してきたビジネスパーソンには沢山いました。また、あまりリーダーシップを持つ人が見られない業界/組織も見受けられますが、それは個々人の問題というよりはそもそもリーダーシップを必要としていないか、排除しようとしている業界/組織なのではないでしょうか。また、後者のリーダーシップの欠如が日本の多くの問題につながっているという指摘も、正直言って組織は人々のリーダーシップだけで解決できるような容易な問題ばかりではなく、リーダーシップ教育がなされている欧米を見ても問題山積であることを考えれば、同意しがたいものがあります。政治経済やミクロ経済主体としての企業の問題は、リーダーシップの欠如もあるのだと思いますが、むしろ構造的なものだと思います。

上に書いたとおり異論もありますが、本書はそれでも良い本だと思いますし、特に高校、大学生や28歳くらいまでのビジネスパーソンにお勧めできると思います。志高く生きたいという人には大いに鼓舞する内容ですし、リーダーシップ云々はさておいても、結局なにが仕事を動かしていくのかということが書いてあります。また、管理職はリーダーと同義ではなく、日本企業に求められているのはリーダーではなく管理者という点もかなり正しいと思います(それはそれで理由があるわけで悪いわけではないのですが)。

備忘まで面白いと思った部分をメモしておきます。まず、リーダーがなすべき4つのタスク:目標を掲げる、先頭を走る、決める、伝える。マッキンゼー流リーダーシップの学び方:バリューを出す、ポジションをとる、自分の仕事のリーダーは自分、ホワイトボードの前に立つ。また、最終章の「リーダーシップで人生のコントロールを握る」も面白いです。リーダーシップを過大評価する必要はありませんが、(繰り返しですが)それが教育可能(trainable)であること、自分の頭で考えることを可能にし、仕事やプライベートの生き方に大きな影響を与えること、などを正面から説いています。なお、あとがきで紹介されている、著者が運営しているMY CHOICEというサイトは、コンテンツが面白いのですが、やや更新頻度が低く改善を期待したいところです。

2013年6月1日土曜日

第68回:「海賊とよばれた男」百田 尚樹

レーティング:★★★★★★☆

いやー面白かったです。今年の本屋大賞受賞作であり、「永遠の0(ゼロ)」(第50回でレビュー)で鮮烈なデビューを飾った著者の作品です。評判の高い本作も楽しみに手に取りました。素晴らしい気骨のある経営者がいたことに、素直に感動します。同じビジネスパーソンの端くれとして、ただただ頭が下がります。

すでに各所で書かれているとおり、出光興産の創業者である出光佐三の伝記のスタイルをとっています。そして優れた書き物によくあることですが、時代の大きな変遷やうねりも同時に描いており、ずいぶん勉強になります。感動した点を幾つかあげてみたいと思います。

まず佐三さんのぶれない信念、社員、顧客を強く思う気持ち、日本のためや世界のためを思い、権力に是々非々で対峙し、決しておもねらない姿勢、不撓不屈の粘り、支え続けたまわりの仲間たち、どれをとっても驚嘆する話です。こんな経営者がいたこと自体が信じらませんが、この良くも悪くも我を貫く経営ができたのは、非上場であり(現在は上場済)外部株主の強いコントロールから自由であったこと、創業者であり強い個性を会社経営に反映できたことがあると思います。現在の上場会社であれば株主から疑義を呈されそうな決定も幾つかあります(ものの見方が違うので仕方ありません)が、これをやりきれたところに創業者、会社形態のメリットが強く働いています。

次に信念を持って全力で戦う佐三さんに多くの人が陰に日向に大きなサポートをしていることです。まず創業時の資本を提供した日田氏、生涯をかけた支援と交流は心を打ちます。終戦後に海外から続々帰国した社員たちの献身的な働き(また、佐三さんの私財をなげうった支援)、アメリカ石油業界の意向を受けながらも、時として深い理解を示すGHQ,イランとの取引をあえて黙認する政府幹部、巨額の融資を何度も承認したバンカメ、などなど数えきれないほどもう駄目だという局面で助けを受けるのですが、佐三さんが取引先や社員に与え続けた温かいサポートや私心ない主張と行動によるものだと思います。カーネギーの著作を地で行くような話です。

最後に先見性とスケールの大きさです。まだ車もろくに走っていない時代から、国内における潤滑油小売商としてスタートし、戦中は日本軍の要請を受け満洲や東南アジアに大きく展開します。終戦と同時に殆どの海外資産を失い、それでもあきらめずに米国への大型タンカーの就航、そして運命のイランとの取引に進みます。この間50年ほどであり、激動の日本の近代史と共に激動の経営史が展開されます。この世界を向こうにひるまず拡大を続ける姿は無謀にも見えますが、経営者の一つのあり方を示しているものと感じます。

戦後の日本の石油政策、輸入や外貨の割当制度、GHQと一体になったメジャーの石油ビジネス支配の試み、朝鮮戦争が果たした復興への役割、イランにおける英・米の石油収奪政策(それによるイランの現在までに至る怒り)などもかなり詳細に書き込まれているので、そういう分野に関心のある方は非常に面白いと思います。

これは売れるよな・・という力作です。著者の次回作にも期待です。