2011年10月29日土曜日

第27回:「河合隼雄著作集1ユング心理学入門」河合 隼雄

レーティング:★★★★★★☆

前回レビューした河合先生の著作です。こちらは打って変わって硬い本であり、前半はユング心理学の根幹をなす概念や考え方について説明を行い、後半はそれらを理解するために不可欠なユングの人生についての記述です。ユングの心理学について体系的に記述した本を読むのは初めてでしたが、結論から言って非常に面白い本でした。

前半は、次の点について説明がなされます:「タイプ」「コンプレックス」「個人的無意識と普遍的無意識」「心像と象徴」「夢分析」「アニマ・アニムス」「自己」。これらについて解説するのは私の力量を遥かに超えているのですが、河合先生は分かりやすく説明を進めるので、心理学について殆ど学んだことのない方でも入っていけるものと思われます。ただ、フロイトとの対比があちらこちらに出てくる(二人のポジションを考えれば仕方ないことですが)ので、フロイトの入門みたいなものを一度読んでいると、より良くユングの立ち位置が理解できるものと思います。

また、この本が日本人の先生によって書かれているため、いたずらにユング心理学を日本や日本人にそのまま適用することを主張するのではなく、むしろどう我々日本人の文脈でユング心理学が意味を持つのかということが意識的に触れられており、あるときは慎重な記述がなされていることです。これだけ正統性をもって深くユングを理解した日本人が、こういった著作を残したことの意義は、非常に大きいものと感じます。あと、面白いのは曼荼羅のストーリーと解釈でした。

後半のユングの生涯も読みものとしても非常に面白いものです。先生も指摘している通り、ユングは疑いようのない業績を残しているのですが、普通の面を非常に持ち合わせていると共に、少年時代と中年?時代に大いに人生を崩しかねないような大きな苦悩というか壁にぶち当たっていたことが意外であり、また一般人として励まされるところです。それらの苦悩はとても深く、激しいものでしたが、一つ言えるのはユングはそこに真正面から突入し、逃避的な行動を殆ど取っていないように見えるということです。

なお、この著作集は14巻まであるそうなので、なかなか全て読むのは大変そうですが、あと2冊は近々読んでみたいと思っています。もし、上記のキーワードにご興味がある方はお手に取られることをお勧めします。偏りのない、深みのある秀逸な一冊だと思います。

2011年10月23日日曜日

第26回:「こころと人生」河合 隼雄

レーティング:★★★★☆☆☆

私が河合先生のことを知ったきっかけは、村上春樹との対談本を読んだことでした。心理学自体には高校時代にも興味があり、個人的な話ですが真剣に文学部に進んで心理学をやろうかどうか考えた覚えがあります。それから心理学への興味はだいぶ落ちたのですが、また、この対談本を読み、その後海外で心理学や心理学的なアプローチにそれなりに触れる機会があり、ちょっと先生の本をちゃんと読んでみようと思いました。なお、ご案内のとおりですが、先生は2007年に亡くなられてしまいました。

河合先生は、スイスのチューリッヒにあるユング研究所にて、日本人初のユング派分析家として認定され、その後、京都大学等で教鞭をとったり、文化庁長官を務めたりしました。著作は本当に多く、細かなものまで含めたら何冊あるのか想像もできませんが、本書は非常に軽い(基本的には講演/講義の記録)というか読みやすい本であり、学術的なものは前面に出さず、身近な話題や実例を取った本です。

面白いのは、タイトルに「人生」とあるように、子供、青年期、中年、老いといった形で人生の各ステージにおける心理の動きや軋轢を取り上げている点です。たとえば私の年であれば子供や青年時代を思い出しながら読みつつ、中年と老いを読んで、うーむと考える(もしくは親を思い出す)こともあり、どのセクションもそれなりに関心を持って読めることが特徴かと思います。

深い話もあれば、新書のハウツーに出てきそうなアドバイスもあるのですが(別に悪い意味ではなく)、特徴としては全てを肯定的にまず受け止めるという視点が秀逸だと思います。カウンセラーとしては当たり前の態度なのだと思いますが、子供の非行、青年期の無力感、中年期の危機などをいずれも理由があったり、なかったりするけど、まずはそれをどっかりと受け止めて、ぼちぼち考えていきましょうという態度で語られており、そのこと自体が相談者にとって大いなる一歩になったのだろうと考えます。

まずは軽めに先生の世界にアプローチするには、良著だと思います。

2011年10月20日木曜日

第25回:「武器よさらば」ヘミングウェイ

レーティング:★★★★★★★

本を読む場合に、目的別に幾つかの系統があるのですが、これは自分の中では「過去の名作を読んでみよう」というシリーズです。名だたる内外の名作は世の中に沢山あるわけですが、それらをちょっとずつ時間はかかるにせよ読んでいくというのが、個人的にはかなり大切なライフワークになっています。今回は、名作として押しも押されぬヘミングウェイの「武器よさらば」です。

ヘミングウェイは、解説が不要なほど有名であり、私も名前や主要な作品のタイトルは知っていたのですが、たとえば開高 健が尊敬していた作家である、とか、最後は猟銃自殺した(本書の年表でヘミングウェイの父も同じ方法で自殺していたことを知りました)といったサイド情報だけが頭にありつつ、一作も読んだことがありませんでした。そんなこんなで、近所の相当に貧弱な品ぞろえの本屋に(も!)、置いてあったので購入してきた次第です。

内容は第一次世界大戦、舞台はイタリア北部戦線、主人公はアメリカ人(ただしイタリア軍に従軍)という舞台設定です。比較的クールに戦争の描写が進んでいきますが、そのクールさの中に生々しい痛みが含まれており、読んでいて辛く感じることもあります。また、出てくる女性たちは一途な中にも危うさを醸し出している人が多く、多かれ少なかれ戦争が登場人物たちに深く影響を与えていることが暗示されます。

あまり書いてしまっては面白くないのですが、秀逸なのはボートでスイス行きを試みる場面であり、ここは正直どうなるのかとはらはらします。また、最後はかなり意外な終わり方でした。主題は幾つかあるのだと思いますが、解説にこれは「戦争というものが本質的に孕む悪」を描いているということが書いてありますが、私はかなり違う印象を受けました。もちろん徹頭徹尾、戦争なしには成り立たない小説なのですが、それよりもどうしようもなく転げ落ちてしまうこともある人生、といったものや逃避行と幸せにはならない(ことが結果的には約束されている)恋愛といったことが描きたかったのではないかと思えて仕方ありません。

ここらへんは感じ方の問題だと思いますが。いずれにせよ、間違いなしの一級品であり、その文章の無駄のなさ、構成の頑丈さにしびれる作品でした。

2011年10月2日日曜日

第24回:「企業再生プロフェッショナル」西浦 祐ニ編著

レーティング:★★★★☆☆☆

アリックスパートナーズという著名な米国の企業再生専門プロフェッショナルファーム(の日本法人)が取りまとめた、近年流行りの小説風の本です。基本的な目的は、企業再生専門のファームとはなにか(特にコンサルティング会社との類似点と相違点)、どのように企業再生に取り組むか(私的整理、法的整理(民事再生、会社更生)、コスト削減、事業譲渡、再建計画等々)を示すことのようです。

1990年代以降、金融機関を含めて日本の大企業が倒産したり、ひどいケースには廃業・清算される事例もしばしば耳にするようになりましたが、こういったファームの目的は、危機に陥った企業にハンズオンで入り込み、経営者に寄り添う形で再建の司令塔として機能することだそうです。再建計画を経営陣や株主等と共同で作ることはもちろん、プロセス上必要なコンサルタントや弁護士、投資銀行などとの窓口となって全般的な関与をしていきます。

題材にされているのは新興のPCの組立・販売会社(今はない一世を風靡したS社がモデルか)であり、志を持った起業家が急速に会社を大きくしたのち、粉飾等に手を染め、会社が急速に傾けいていく、そこに企業再生ファームが乗り込んでいくというストーリーです。小説そのものが主眼ではないので、あまりそころ論評しても仕方がないかと思いますが、話はきわめて陳腐です。ただ、分かりやすくはなっているので当初目的は達しているのではないでしょうか。

本書にも書かれているとおり、守秘義務から実際のプロジェクト内容について記述するのは極めて困難ということですが、JAL、ライブドア等の知名度のある会社の再生に関与したファームとのことで、そこで得られた実例も書いてもらえると一層面白くなるかもと思いました。特殊な本なので、主題に関心のある人にはお勧めです。