2016年7月23日土曜日

第150回:「風の払暁ー満州国演義1」船戸 与一

レーティング:★★★★★★☆

気づいたら150回目の投稿となりました。もっぱら読書記録として読むたびに書いてきましたが、ちりも積もればで数年かかったものの、いろいろと読んできたなぁと感じます。面白いもので、昔の投稿を読むとその時にどういう仕事をしていたかとか、どういう気持ちだったかが時折ビビッドに思い起こされたりして、記憶のアンカーのような役割もしてくれます。

さて、本作は日本の太平洋戦争前からのクロニクルでして、船戸さんの渾身の一作のようです。船戸さんの名前は高校時代あたりから存じ上げていたのですが、冒険小説の書き手というような印象しかなくて、今までおそらく1冊も読んでいなかったと思います。しかししかし、今回初めて読んでみてその面白さに脱帽しました。私は祖父が戦中満州に居たこともあり、かなり小さい時から満州というものに関心をもって、関東軍や満鉄関連の本も一時期読みました。石原莞爾の「最終戦争論」を読んだこともありました。そんな中で丁寧にその時代を大きなスケールで描いた本作はとてもツボに入る一作です。

物語は比較的裕福で自由な家庭である敷島家の4兄弟を軸に展開します。しっかりとしたエリートの太郎、ひょんなことから大陸に渡り無頼の生活を続ける次郎、軍隊へ進む真面目な三郎、大学生でありながら身を持ち崩していく四郎と様々ですが横ぐしを指すのが、特高と満州のキーワードです。この「1」については展開は比較的穏やかですが、徐々に暗雲が立ち込める様子がとてもリアルで、著者の高い筆力を感じます。時代としては張作霖の爆殺のあたりです。「2」も早く入手して読みたいと思います。

今はこの時代や満州について関心を持たれる方は少ないと思いますが、例えば映画「ラストエンペラー」に関心がある方など、時代ものが好きな方にはお勧めです。ものすごくざらりとした感触がある歴史ものです。

2016年7月9日土曜日

第149回:「警察庁国際テロリズム対策課ケースオフィサー(上)(下)」麻生 幾

レーティング:★★★★☆☆☆

前回(第148回)に続いて麻生さんの警察庁ものです。文庫版(2009年刊行)を読んだのですが、ちょうど1週間前にバングラデシュにおけるイスラム過激派によるカフェ襲撃で多くの日本人、イタリア人他が亡くなりました。とても残酷な犯罪で、犯人グループは立てこもると非ムスリムや外国人を狙って危害を加えていったようです。外国において希望をもって仕事に当たっていた方々の無念さは計り知れません。

本作は、その事件後の報道でも出てきた警察庁のカウンター・テロリズム活動の話です。あとがきによれば、どうも当事者にかなり取材した形跡があり、もちろん取材源秘匿の観点からも相当デフォルメやフェイクを入れているにせよ、日本初の国際過激派を追っていた話などはかなりリアリティがあります。また、主な舞台は9.11直後の日本ですが、おそらく当時は相当警察中心に緊張が高まったのは想像に難くありません。これから東京オリンピックもありますし、いろいろな形でテロ防止ということは切実な課題として日本でもクローズアップされるのではないでしょうか。

さて、作品としては前回レビューしたものよりはわかりやすく、上下巻と長いことからもわかる通り、二つの時代を一人の刑事の視点から統合していく意欲作となっています。中東の乾いた感じとヒロイン(?)もマッチしており、とても雰囲気のある作品といってよいかと思います。他方、二つの時代を交互に行き来していく形で物語が進行し、著者特有のとびとびの記述が目立つ部分があり、それなりに丁寧に読んでいても物語の筋が相当分かりにくい部分があるのも事実です。この点がもう少し改善されれば、文句なく星5つかなと思うのですがそこは残念です。そういうのは繰り返しですが編集者がきっちりと指摘して改善していかないといけないと思うのですが。

これで警察小説は一つ区切りをつけて、また違ったものを読み進めています。6月は妙に忙しくてなかなか読書が進みませんでしたが、7、8月はたくさん読むものがたまっているのでドンドン行こうと思います。