2016年9月18日日曜日

第154回:「炎の回廊ー満州国演義4」船戸 与一

レーティング:★★★★★★☆

このところずっと読んでいる船戸さんの連作の第4巻です。今回は西暦1934年3月1日(満州国建国)から話が始まり、1936年2月26日の有名な226事件で話が終わります。この巻は前巻と基本的なトーンは終わりですが、陸軍内部の混迷が深くなっていく様子、そして皇道派が暴発していく過程が描かれています。明治時代の長州閥から始まる天皇機関説、それに対する陸軍内部や在野からのとてつもない批判があり、同時に満州は共産党やコミンテルンの息がかかった抗日軍の散発的な行動に悩まされていきます。三郎をはじめとする憲兵隊や四郎が手伝う入植も進んでいきますが、歴史の大きな渦は容易に満州国の立ち上がりを許しません。

また、この巻の主題の一つは、ついに本格的に関東軍が軍資金としての阿片取引にのめり込んでいくこと、更に内蒙古人やユダヤ人(ロシア領在住を含む)など、世界史の中でなんとか居場所を物理的に見つけていこうという切実な人々と満州国の奇妙な関わり合いが描かれるところです。日本人、朝鮮の人々、中国の人々だけではなくとても重層的な構造を作品に与えており、その奥行きを一気に広げています。

しかし満鉄がロシアの鉄道権益の一部を買収したり、北支、ロシア国境にはスキーで移動する部隊が居たりと、今回も知らないことだらけでした。近代史はまともに勉強したことがないのですが、興味深いものばかりです。巻末の226事件をきっかけにさらにシリアス度が高まりそうな第4巻でした。

2016年9月3日土曜日

第153回:「群狼の舞ー満州国演義3」船戸 与一

レーティング:★★★★★★☆

昭和7~8年がカバーされる本書は、益々深まっていく関東軍による満州構想と昭和7年3月1日の満州国建国、更に首都がおかれた新京(現在の吉林省長春市)の開発などが描かれていきます。いろいろと興味深いものがあるのですが、満州国はその理念として五族協和(日本人・漢人・朝鮮人・満洲人・蒙古人)と王道楽土を掲げていたというものです。高邁な理想であり、一部は白人からの搾取やアジアの独立といった大義がベースにはあったようですが、現実的には関東軍としての中国政策、対北方対策が本当のベースとしてありました。

もう一つ興味深いのは、かなりの武装移民を日本から入れていたことです。これは知らなかったのですが、北方の農地開発と対ソビエト対策として日本の農村の余剰人員をまとめて移住させ、農業もそこそこに武器を与え、軍事訓練を行っていました。しかしながら、すでにこの第3巻の時点で、あまりの寒さ、理想と現実の落差に戸惑う農民、十分な訓練もケアも与えられない関東軍、すでに破綻の予感が色濃く読み取れます。

本巻でもう一つ凄みがあるのが、長男である太郎(外交官)の変質です。平和を希求する彼は、関東軍の憲兵をしている三郎と決定的な対立をするなど、外交官としての良心を持っていたのですが、次第に母国における戦争への強い肯定感、圧倒的に思惑とは異なって進んでいく事態、また新国家を樹立するという一大事業に心を惹かれ、いつしかなんとなく満州国への態度を軟化させ、むしろ積極的に満州国を良いものにしていきたいという考えに変わっていきます。このあたりは船戸さんが描かれたかった点ではないかと思います。どんな立派な人も高邁な理想もいつの間にか随分と短期間に変質してしまいかねないこと。とても怖い下りかと思います。