2012年5月27日日曜日

第43回:「金融アンバンドリング戦略」大垣 尚司

レーティング:★★★★★★☆

2004年に初版を迎えた1冊、著者の大垣氏は興銀出身で当時は立命館大学大学院教授という肩書になっています。米国でロースクールを出ていることもあるのか、極めて理路整然と日本の金融界(特に規制、技術及び競争環境)について整理がなされ、規制緩和による業態クロスの進出、機能毎の分化(アンバンドリング)が進んでいるか述べられます。しかし著者の見立てでは、いずれも不十分であり、特にアンバンドリングが持つ破壊力(金融業界の変革可能性)とそのメリット、デメリットが詳細に検討されます。

圧巻なのは、著者の知識と構想の深さと広さ。金融業といっても色々な業態があるわけですが、投資銀行、商業銀行、信託、保険、ファイナンス会社など幅広いものを的確につかんで、それらを機能に分解して議論しています。また、単に現状を解説するのに留まらず、望ましい規制変更の方向性、アンバンドリング後のバンドリング(再組み合わせ)戦略についても具体性をもって言及しています。また、金融機関の経営陣であった経験も生かして、机上の空論にならず新ビジネスモデルを数量的にも意味があることを検証しており、説得力があります。

本書が世に出てから8年、内容の一部が実現しているものがありますが、多くはまだまだ実現していないようです。当然ながら、だからといって本書の価値が傷つくことはありません。ただ、なんでそうならなかったのかを考えると、幾つか仮説が思いつきます。一つは、予想以上に厳しい経済状況/収益環境が続いたため、既存の業態の改廃、新規の業態の創設がコスト的に困難だった可能性があります(リスクをとるには相応の収益裏付けや資本蓄積が必要になるわけで。ただし、逆にいえば後述のとおりアンバンドルせざるを負えないほど追い込まれもしなかった、ともいえるかもしれません。)。

もう一つは、日本の金融業がアンバンドリングに大きな魅力を感じなかった可能性です。たとえば、機能分化して競争力のない部門を分社化したり、売却したりというのは相当なコストや経営上の手数、ステークホルダーからの反発を招くわけですが、それをリスクをとってやるくらいなら現状を維持したほうが良いという判断があったのかもしれません。

著者は数年に一度著作を出されているようで(現状では本書しか読んだことがありませんが・・)、ぜひ今の時点でのアップデート版も出してほしいと思いました。歴史の風雪に検証されていないという意味でレーティングは6にしていますが、本当に舌を巻いてしまう中身の濃い1冊だと思います。

2012年5月20日日曜日

第42回:「変人力」樋口 泰行

レーティング:★★★★★☆☆

現在マイクロソフト日本法人の代表執行役社長の樋口さんの著作です。出版されたのは2007年12月で、再建中のダイエーの社長を辞められて1年2カ月ほどたったころとなります。内容は、ダイエーの社長を務められた2005年5月から2006年10月までの体験を振り返り、その中から経営者に必要な3つの力をピックアップして説明するものとなっています。

樋口さんの著作については第17回にレビューしており、その時にプロフィールも詳細にご紹介していますので、ご興味あるかたはそちらも併せ読んでいただければと思いますが、引き続き(著者のファンであることもあり)面白い内容となっています。以前、学生だったときに好きな経営者について書けという宿題があり、色々考えたのですが結局著者を取り上げたことがあります。

さて、産業再生機構についてはご存じの方が多いと思いますが、その機構が取り組んだ大型案件の一つがダイエーでした。ダイエーは現在もGMS業界の主要プレーヤーですが、80年代、90年代までのダイエーは現在とは比べものにならない存在感と勢いを誇っており、そのダイエーが産業再生機構の支援を受けるというのはかなり象徴的な「事件」でありました。また、同時にスポンサーとして参画したのが国内PEの草分けであるアドバンテッジ・パートナーズと商社の丸紅ということで、これまた興味深い組み合わせであり、色々な意味で注目された案件でした。

その後、産業再生機構はダイエー株を丸紅とイオンに譲渡し、現在も基本的にこの2社が株主として経営に参画しています。一つ残念なのは、この株式譲渡の過程ではダイエーと株主間で大きな軋轢があったとされていたのですが、その内実については十分に語られていない点です。推測のカギとしては「引き続き貢献させてほしい」と記者会見でコメントした(2006年7月)という記述があり、相応に納得していない様子が伺えます。引退した経営者ではないので、さまざまな影響や社会的インパクトを考慮されたのだろうと考えられます。

なお、タイトルは「変人力」という安易な新書かタレント本のような寒いものになっていますが、受けを狙ったタイトル設定の誤り典型例で、樋口さんは「現場力」、「戦略力」及び(最後に)「変人力」が必要だとはっきり書いており、このどちらかというと末節である点のみをタイトルとしてしまったのはいかにも出版社的発想で残念です。残念な部分を連続して挙げてしまったものの、日本政府や企業、ファンドが2000年代に真剣に取り組んだ産業再生の試みを知る上でも、また一人の現役経営者の記録としても非常に面白い良著であることは間違いありません。