2011年9月24日土曜日

第23回:「われ巣鴨に出頭せず」工藤 美千代

レーティング:★★★★☆☆☆

近衛文麿についてのノンフィクションです。広範な資料調査をベースにしており(ただしニ次資料が多すぎる感あり)、あえて今日まで評判が芳しくない近衛公について真正面から取り上げた点で、著者の心意気を感じます。なお、ニ次資料が・・と書きましたが、後半にはロンドンのナショナル・アーカイブスで発見された近衛公の尋問記録があり、これは非常に貴重かつ近衛公の評価に一石を投じる資料だと思います。

全体を通しての感想ですが、近衛公の色々な前向きな側面を見られたし、その純粋なる行動も良くわかったのですが、それでもなお釈然としない気分がします。様々な局面で中国や米国との和平に動いたのは事実ですが、政治の中枢に居たものとしてそれはある意味当然であり、また、陸軍を中心とした妨害があったとはいえ、幾つかの重大な錯誤を犯しているように見えます。そして、前回レビューした「散るぞ悲しき」を読んだ後だから尚更かもしれませんか、昭和20年までの政治家の集合的責任は極めて重いように思われます。

また、手法的について言えば膨大なニ次資料をベースに検討を行っていますが、若干、近衛公に有利な材料をピックアップしている感が強く出ており、あるときには日記や手記といったものを証拠に論を立てつつ、必ずしも全てが正しく日記や手記にかかれるわけではないという当然の理由で(近衛公に不利な)情報を捨象しているところは疑問です。

本書は昭和初期の天皇、華族、陸海軍、政治の力学についての優れたサマリーになっており、少し詳細に政治過程を知るには適していると思います。異常な政治状況と軍部の台頭(もしくは統制の喪失)が如何に国を狂わせたかが良く分かります。

第22回:「散るぞ悲しき」梯 久美子

レーティング:★★★★★★☆

2005年に話題となった1作です。丹念な取材、取材対象への(客観性は損なわないものの)深い共感、トピックの難しさをもろともしない冷静な筆致、どれをとっても一級のノンフィクションとなっています。太平洋戦争については様々な評価がありますが、それを超えて一人の人間が圧倒的な運命の前でどう生きたか、という普遍的なテーマを携えており、考えさせられる内容に仕上がっています。

サブタイトル「硫黄島総指揮官・栗林忠道」が示す通り、日米の先頭の中でも最も熾烈を極めたといっても過言ではない硫黄島での戦いを指揮した栗林中将(のちに大将)のストーリーです。軍人のエリート卵としての出発から、その後の軍歴、当時は死地と言っても過言ではない硫黄島への志願しての前進、家族や元部下に対して宛てた数多くの手紙から浮き上がる几帳面な性格と深い愛情に心を打たれます。しかし、ここまでだとただの良い軍人で終わってしまうのですが、本の半分は如何に中将が入念かつ執拗に硫黄島防衛に際して準備を行い、残酷ともいえる戦闘方法をとって戦い抜いたかが描かれます。あまり知らなかったのですが、中将は硫黄島を米軍にとって最も忌避する戦場にし、大いに恐れられ、そしてその戦いを称えられました。

本書全体を貫くのは兵士たちの哀切なる叫びであり、それを大本営に伝えた中将の無念さです。また、本の後半に描かれる平成6年の話ははっとさせられ、なんとも言えない気持ちになります。兵士たちの生きたかったという強い思いが満ち溢れており、読むのがたびたび辛くなる本です。不景気だとはいっても、戦後100年もたっていないのにこの経済と治安と生活環境があることに心から感謝し、その中でどうするべきかを考えさせられる良い本だと思います。著者の本をもっと読んでみたくなりました。

2011年9月4日日曜日

第21回:「不撓不屈」高杉 良

レーティング:★★★★★☆☆

株式会社TKCの創始者で、税務史に残る当局との裁判である「飯塚事件」の中心に居た故・飯塚 毅氏の実話に基づく評伝です。TKCの成り立ちよりは、飯塚氏の人柄、生い立ち、教養、信念そしてそれらを持って国税庁と激突した飯塚事件の詳細が話の中心です。こんな立派な人が居たのかという驚くの連続で、士業を目指される方、とりわけ公認会計士や税理士を目指される人には大きなモチベーションになるのではないでしょうか?

飯塚氏は、ほぼ独学でドイツ語と英語をマスターしており、国内外の税法に通暁し、昭和中期にはドイツの会社と提携を成し遂げたり、米国企業の日本法人の法律顧問になったりと高い才能をもって活躍します。社用車は外車(これには信念があるわけですが)と順風満帆であった飯塚氏の会計事務所は突如、国税庁及び税務署との全面対決に入り、第ニの帝人事件といわれる飯塚事件が発生します。部下の逮捕・抑留、そして裁判は4年以上に及び、その前には全国的な事務所及び取引先への弾圧的調査が継続されます。

しかし、この渦中でも飯塚氏は見事な見識と態度をもって事務所を主導し、そして氏を助ける各界の有力者が現れます。単に硬派な訴訟ストーリーではなく、冷徹できれる経営者であった飯塚氏が、揺れまどい、多くの人の支えを得る中で成長する様も描かれており、いずれにせよ一級の経済ネタであることは間違いありません。

惜しむらくは高杉氏の記述がやや平板に思え、これだけの当局との激突であれば、描かれているよりもっと悪いことがあったのだと思うのですが、そこは実在の会社や存命中の関係者も多いためか相当に抑制された記述になっています。かかる記述があると、さらに国家権力と対峙することのむずかしさ、そこで立場を投げ出さなかった飯塚氏のすさまじさがより分かっただろうに、とも思います。

なお、この小説は一度映画化もされており、映画の方が好きだという方はそちらでご覧になるのも手かと思います。本は、文庫版で上下2冊ですが、比較的すぐ読めると思います。