2017年4月26日水曜日

第167回:「騎士団長殺し」村上 春樹

レーティング:★★★★★★★

前回の投稿から2か月ほど空いてしまいました。仕事や休暇などでこれだけの期間本を読み終わらなかったのは久しぶりです。大丈夫と思っていても、本をなかなか読み進められないくらい疲れていたのかもしれません。月初に湖畔に2日いって、かなり回復してきて、この本当に楽しみにしていた一冊を読みました。このブログは僭越ながら読んだ本を最高7点で評価しているのですが、8点を付けたいくらい、とても素晴らしい出来の作品でした。

正直にいってAmazonの評価は相当低いですが、これは村上さんの作品に非常に典型的な現象であり、デビュー当時から激しく評価の割れる作家であったかと思います。私は中学時代、たぶん3年生の時に出会ってからもうかれこれ相当の年月愛読していますが、本作は温故知新的な懐かしいモチーフを多数下敷きにしながら、東日本大震災に触れ、大人と少女の力強い成長を描く意欲作だと思います。以前、村上さんはロシア小説のような全体小説を書いてみたいんだ、ということをどこかで書かれていましたが、騎士団長というモチーフはそういう布石かなと感じるところもあります。

ネタバレになりますが、物語は中年か中年手前といってよい男の話から始まります。古びた車でめぐる北への旅はとても哀切な感じがします。まさに精神的な死線をさまよう様な旅となります。そして神奈川に落ち着き、再び絵を・・。また、ここで現れる年上の男性は名前からして過去の作品を想起させるもので、ハルキストとして否応にも気分が盛り上がります。ここらへんで物語はすこしスローペースになりますが、騎士団長の登場で想像もしない方向に話が触れていきます。ここからはおなじみの地下、穴、集合無意識といったモチーフがふんだんに盛り込まれつつ、その中心に少女が座ります。そしてラストの少女の話、男の再生はとても力強く爽やかであり、自分、他者、運命といったものを信じぬくことという大きなテーマに挑んでいます。

なんでこういう前向きな力強い、生命の賛歌といってもよいような作品になったのでしょうか。当然ですが作者の年齢や心境の変化を感じざるを得ません。おそらくとてもポジティブな人生観や世界観の進化があったのではないかと思っています。そして歴史的なエピソードが(賛否両論あると思いますが)率直に盛り込まれてきています。なにかに遠慮する必要はないのだという作者の吹っ切れた感じを受けます。中国大陸でのエピソードには、日本人であれば相当抵抗感がある人はいると思いますし、私も作者のような味方に与しないタイプですが、それはそれとして一つの味方ですし、それを作品の中で表していくこと自体に大きな抵抗を感じることはありませんでした。

ハルキストとして好きな作品は尽きませんが、今までの長編の中でも3本の指に入るものと感じており、前作「多崎つくる」、前々作「1Q84」をはるかに超えてきていると思います。