2016年10月10日月曜日

第156回:「大地の牙ー満州国演義6」船戸 与一

レーティング:★★★★★★☆

1938年、昭和13年から話が続きます。女優・岡田嘉子と演出家・杉本良吉の樺太への逃避(1月)から話が始まり、この巻では中国における版図や紛争を拡大させる日本軍に対して、じわりじわりとソ連や共産主義の脅威が色濃くなってきます。また、満州建国大学も建設が進み、満州の国家としての体裁を整える動きも加速します。その後、4月には大本営から徐州攻略の指示が出て、南方戦線が拡大していきます。

改めてこの時代の年表を見ると、矢継ぎ早に重大事件が発生しており、大きなものだけでも1936年の226事件、1938年の国家総動員法成立(本巻でも出てきます)、1940年の大政翼賛会発足(次巻で出てくるのでしょうか)となります。この巻は陸軍内部の権力闘争が概ね統制派の大勝利に終わり、国家総動員法へと続き、国民の服装や物資など基本的な資源や権利が制限されていく過程が描かれます。また、外交レベルでは、日独伊がその結びつきを強め、三国同盟の可能性が取りざたされ始めますが、敵対していたはずのドイツとソ連が不可侵条約を結び(密約としてポーランドの分割統治があるわけですが)、日本は国際外交の中で大きく翻弄されていきます。そして、独ソ不可侵条約によって極東に軍事力を振り向けることができることになったソ連は極東ノモンハンにおいて日本軍と激突、日本軍は近代化されたソ連軍機甲部隊に文字通り蹂躙されていきます。

4兄弟ですが、太郎は引き続き無力感を味わいつつ満州国の主要外交ポストに就いてますが、私生活は二面性を持っていきます。次郎は、無聊に耐えられず、金のためもあり特務やユダヤ人工作家、インド人商人などから次々と闇の仕事を引き受けていきます。三郎は、抗日軍討伐に大きな成果を上げますが、同時に耐えがたい喪失感にもとらわれていきます。四郎は次郎との再会やかつての燭光座の面々と意図せぬ再開を果たしていきます。

話は急速に展開し、英米の影が色濃くなってきます。次巻もかなり密度の濃いものになりそうです。

2016年10月2日日曜日

第155回:「灰塵の暦ー満州国演義5」船戸 与一

レーティング:★★★★★★☆

西暦1936年、昭和11年から話が始まります。書き出しは5月ですが、まだ2月26日に起きた事件の余波が続いています。皇道派の排除はまず陸軍内で進み、同時に少し時差をおいて中国における関東軍や満州軍にも大きな影響が出てきます。

馬賊をやめた次郎は、時に生きていくために、また時に無聊を慰めるため、特務機関から請け負った抗日軍掃討作戦などに従事していきます。日本人としてのアイデンティティや自由に生きていくことへのこだわりの間で、はっきりとした葛藤が描写されています。比較的リスクをとった生き方をしていたのに、心身ともに無事であった次郎にも次第に濃い雲が訪れ、抗日軍との戦闘で被弾し、愛犬の猪八戒を戦闘で亡くします。

日本国内では中国での戦線拡大を支持する動きが急ピッチで起きてきます。普通選挙が戦争を起こしたというやや極端な見方もありますが、正確な情報が伝わらず、経済的な困窮を打開するために、農村を中心に積極的な戦争支持が広がっていきます。また、メディア、とりわけ新聞が積極的な役割を担い、現在相当左寄りの毎日新聞、発行部数1位といわれている読売新聞が前のめりに煽ったことも描かれています。

この巻のハイライトは、盧溝橋事件(昭和12年7月7日)の発生でしょうか。これは北京郊外における日本軍と中国軍の衝突であり、不明確な戦争方針の下で確信犯的な関東軍や陸軍派遣隊の暴走が続き、日中戦争に拡大していくわけです。ここで日本政府は、国際的にこれは戦争ではないという立場をとるために支那事変と呼び、ずるずるとのめり込んでいきます。ここでも衝撃的なのは、明確な指示がないままに、皇道派と統制派の対立の中で機能不全に陥った陸軍や関東軍が独走していく構図です。誰が何を決めているのかすら明確にわからない状況が続き、太郎の勤める外務省は圧倒的に戦争の拡大を止めるという点でも無力です。この後、上海での激戦となり蒋介石の重慶遷都へと続いていきます。現代日本や世界にも重い意味合いを持つ一連の流れだと思います。