2014年2月16日日曜日

第88回:「反転」田中 森一

レーティング:★★★★★★★

検事を辞めて、検事と相対する弁護士になる人をヤメ検というそうです。その動機は様々なようですが、検事の経験や人脈があるため、弁護に強いことから人によってはかなりの活躍をするそうです。同時に、一部では強引な弁護手法や検事との距離感などについて批判も根強くあるとのこと。そんなヤメ検として非常に有名になった田中氏のノンフィクション、出色の出来であり、さすが幻冬舎という一冊です。素晴らしい内容と情感をもった一冊だと思います。

簡単に中身をご紹介すると、佐賀の海近くの貧しい村に生まれた氏は、父から勉強など不要、進学も無用と言われていましたが、苦学して岡山大学に入学します(ここまでのいきさつも相当面白いです)。当時は村の出身者が大学まで進むなどというのは本当にレアで、家族はもとより村の期待を背負ってのことでした。その後、法曹を目指し、猛勉強の末に合格、裁判官を目指しますが、左派全盛の時代背景もあり、ひょんなことから裁判官になることが困難になり、検事の道に進みます。

検事になってからは、佐賀、大阪等で活躍、その後に東京地検特捜部に着任します。特捜部の前は割と単純な軽犯罪から地方自治体の首長を巻き込む贈収賄まで意欲的に手掛け、検事としての力量を高め、適性について確信を深めます。他方、具体的に記述されていますが、検察の上層部からの横やりや圧力が入ったことも一度ならずあり、一部は捜査や起訴を断念したことについても書かれています。本書で認識させられましたが、検察は法務省の傘下にあり、政府の法の番人であることから、政治や政府の意向を強く受けるようです。政府の一組織としてどういう事件を立件するか、捜査するかについてはかなり取捨選択や自主規制があるようです。著者はそうした検察の制約に違和感を感じ、またプライベートでいろいろあったこともあり、検事をやめ、弁護士に転身します。ここらへんの検察組織の特殊性については、内部の第一線に居た人だけに非常にリアルですし、特捜部の捜査を受けて著作を書いた人々の見方があながち滑稽ではないことも伺えます。

さて、ここからが後半ですが、バブル華やかな時代には数多くのバブル紳士がいましたが、大阪、東京を舞台にした数々の経済犯罪や闇の組織とのつながりをもっていった著者は、金が乱れ飛ぶ中で必死に仕事をし(このあたりは相当批判はあると思います)、自分でも書かれているやや悪趣味な金の使い方もしながら、しかし自身の正義と思うところで弁護活動を行っていきます。この間もヤメ検として検察と対峙しつつも、いろいろと人脈を保っており、圧巻です。著者自身の人生も非常に読んでいて面白いのですが、バブル紳士たちの派手すぎる生き方、強引なビジネス手法、法律との戦い方などが生き生きとしており、ポストバブルの現在からは到底理解できないような興味深い内容となっています。

その後、著者自身が特捜部との全面対決をしていき・・・。という話ですが、本当に面白いのでノンフィクション好きの方にはぜひというレベルのお勧め本です。単行本で400ページくらいありますが、あっというまに読めると思います。こういう確かな時代の記録を、自分の人生をさらけ出して書いた著者に感謝したいと思います。

2014年2月9日日曜日

第87回:「われ悩む、ゆえにわれあり」土屋 賢二

レーティング:★★★★★☆☆

土屋さんのエッセイを紹介されたのは、もう10年くらいまえでしょうか。現在の(初婚ですが)妻におもしろいよと当時紹介され、2冊ほど読んだ記憶があります。このたび1週間ほど時間がとれそうだったので、久々に土屋さんの本を読みたいと思い借りてきました。10年ほど前に読んだ時はお茶の水大学教授の肩書だった気がしますが、本書では同大名誉教授になってました。1944年生まれということなので、もう実質引退されているということでしょうか。ちなみに哲学の教授です。

さて、土屋さんの本業の著作は読んだことがないのですが、本書を含む一般向けに書かれているのは軽妙なエッセイが多く、どの本も面白くお勧めです。視点が徹底的に自虐的で、自虐ネタの書きものでは日本でも有数の方ではないかと勝手に思っています。哲学の教授というと難しそうとか高尚そうというイメージがありますが、正直言って息抜きに書いているのか、その真逆でゆるいネタばかりです。カントもヘーゲルも出てきません。

前置きが長くなりましたが本書は2012年に刊行されたもので、元々は雑誌PHPに連載された氏の人生相談から取っているそうです。相談ネタもユニークなものが多く、例えば「自然の美しさに無関心な子ども」について、とか「アリとキリギリス、どちらがトクか」などしょーもない(が当事者にとっては大事な)ものが並びます。しかし、こうして客観的に見てみると下らないなあと思える悩みも、実は自分に生じるとやっかいだったりして、私たちの抱える悩みもはたから見たらその程度なのかもしれません。土屋さんは、いつもどおり力の抜けた、真面目半分、不真面目半分な回答を繰り広げます。どれもかなり笑えるものばかりで公共の乗り物で読むのが困難なのですが、その自由すぎる発想を読んでいくと、単に笑えるだけでなく様々な角度からものをみることで、正当な悩みの評価や新たな抜け出し方を見つけられると言っている気がします(あえて教訓を抽出しようとすれば)。

面白いのはいくつもありますが、備忘まで挙げると「新幹線の肘掛け問題」、「夢がかなったらほんとうに幸せか」、「夢を捨てさせるには」、「仲良しの度合い」などでしょうか。旅に持っていったり、なんとなくふわっと笑いたい時などにお勧めの一冊です。人気のある土屋さんなので、引き続き著作はどんどん出るものと思われます。

2014年2月6日木曜日

第86回:「ザ・プロフェッショナル」大前 研一

レーティング:★★☆☆☆☆☆

言わずと知れた大前さんが2005年に出版された一冊です。いつか時間ができたら読もうかなぁと思っているうちにもう9年も経ってしまったことが驚きですが、遅ればせながら図書館で借りてきました。既にレビューしている大前さんの代表作「企業参謀」が素晴らしいものであったのに、本書は読んでみて非常に残念でした。人の時間は限りがあるので、途中で読むのをやめようかと思いましたが、後半良くなるかもしれないと読み続け、そして不可解な印象と混乱が残ってしまいました。

勝手に低レーティングを付けるのも失礼なので、その理由を列挙してみます。

①内容がとびとびで「ザ・プロフェッショナル」という21世紀のビジネスパーソンのあるべき姿から拡散しており、なにが言いたいのか殆ど分からない。

②コンサルタントスタートだからか、どこまでいってもデルやGE、マイクロソフトといった如何にもビジネススクールが好きな企業の例が並び、その分析がどれも巷の経済雑誌に書かれているレベルで、独自のものが殆どない。

③(①につながる点ですが)サブタイトルが「21世紀をいかに生き抜くか」というものですが、21世紀の企業競争の要諦について、20世紀的なロジックのアプローチが通じるといってみたり、通じないといってみたりぶれており、結局20世紀と21世紀の特徴、違いがごちゃごちゃになっている。

そこらへんの経済評論家やゼミの課題作文ではなく、大前さんなのでこのようなタイトルの大上段の本をだされる以上はもっと整理されたものになっているのかと期待してたのですが、かなり混乱した内容になっている気がします。やはり経営者の一代記のようなリアリティのあるもの、学者でも突っ込んで事例を調べているものの方が面白く、また為になるなあということを再確認する事例でした。残念です。