2013年4月28日日曜日

第66回:「腐った翼 JAL消滅への60年」森 功

レーティング:★★★★☆☆☆

久々に読んだノンフィクションです。著者の森氏は『ヤメ検』などで名をはせたライターであり、今回のJALの他にもオリックスなどをテーマにした著作があります。

さて、今回の作品はタイトルのとおりJALを題材にした一作であり、相当に批判的なタイトルから分かるとおり、如何にJALの経営が迷走し、政官に翻弄され、食い物にされてきたかが描かれています。2010年6月に刊行された本であり、2010年1月19日の会社更生法の適用申請を行い、更生計画案を8月末に提出する前に出されています。従ってカバーしているのは、JALが本格的な更生プロセスに入る前のもので不振の原因を追うことに力が注がれています。

社会人になってから仕事で国際線に乗ることが多く、それまで殆ど日本のエアラインの国際線など乗ったことがなかったので、随分感激した覚えがあります。特に国際線といえばJALという刷りこみがあり(当時は今ほどANAが国際線を飛ばしていませんでした)、やっぱ航空会社はかっこいいよなと思っていました。同時に、御巣鷹山の墜落事故は、私が幼少期に覚えている大事故の一つ(他は潜水艦なだしおの衝突事故、高知/信楽高原鐡道衝突事故です)であり、ずっと関心を持っていました。そんなときに山崎豊子さんの『沈まぬ太陽』を読み、その事故のすさまじさやJALの置かれた環境のむつかしさ、労使環境のねじれというか複雑骨折ぶりを知るに至りました。

2000年代に入り、NYテロ事件を皮切りにエアラインの経営環境は厳しくなり(これは国際線で稼ぐエアラインに世界共通のものでしたが)、JALもANAも大きな浮沈がありました。しかし、本書で指摘されているのは、JALが成立時から自民党の運輸族や(現在の)国土交通省などからの強い指導と相互のもたれあいの中にあったこと。政府バックアップが存在することによる資本市場からのプレッシャーの欠如や階層ごとに組合が乱立(更生法申請時は9つ)し、協調が不可能となった労使関係などが連綿とあることです。本書を読むと、会社更生法の適用申請は、この強固な構造の中では必然的な結論であり、逆にいえばこの構造を打破するためにはやむを得ない措置だったと思うことができます。

最初の政官との関わりでは、歴代の社長人事が猫の目のように変わっていることから良く分かります。どこ出身のだれが社長になるか、それ自体に大きな意味はありませんが、その組織へ影響を持つ主体がどこであるか、またパワーバランスがどうなっているかは良く分かります。初代:柳田誠二郎氏(元日銀副総裁)、2代目:松尾静麿氏(元航空庁長官)、3代目:朝田静夫氏(元運輸事務次官)、4代目:高木養根氏(プロパー)、5代目:山地進氏(元総務次官)、6代目:利光松尾氏(プロパー、以後プロパーで続く)と運輸省以外にも様々な名前が見えます。また、この他にも会長ポスト、副会長ポストに様々な方が入り乱れており、本書を読んでいると昭和の政財官の錚々たる方が登場してきます。それだけエアラインに関わることは名誉があり、またオイシイところがあったということだと思います。

同時に社内組織は、ばらばらになり対立を深めます。学閥や業務によって企画畑、営業畑、労務畑に分かれ、怪文書が飛び交い、誹謗中傷が激化していきます。大組織とは言え、これだけ公然と社内闘争に力がそそがれ、また部門間で強烈なヒッチがあった会社はかなり珍しいのでないでしょうか。また一部新聞報道などでも紹介されていましたが、公然と社長に対する役員や管理職からの辞任要求があったことも目を引きます。

こういう中で素晴らしい経営を期待することは相当に酷だと思いますが、経営は迷走し、巨額の為替ヘッジ損、燃料ヘッジ損を計上したり、小出しかつ実行できない中期経営計画の発表、それを基にした奉加帳方式での資金調達を続けます。しかし、その間に着実に機体は老朽化し燃料費が増え、赤字路線は増え(政治圧力で撤退も困難)、組合交渉も事実上困難であり人件費総額も増大し続け破綻に至ります。本書を読むと歴代の経営陣も色々と手を打っていますが、特に2000年代に入ってからは思い切った手を打つ財務基盤も損なわれており、対労組の交渉力も低下していることから身動きできなくなっていることが分かります。

どの局面をとってもビジネススクールの長めのケース・スタディにぴったりの題材ばかりで、読んでいると(相当批判的に書かれているため)若干憂鬱な気分になってきます。しかしながら、課題のデパートのような一冊であり、エアラインのような巨大運輸企業がどのように困窮していくか、またその過程でどのような社内外の要因が強く作用したか非常に勉強になります。その意味で本書は面白いのですが、難点を挙げるとすると、あまりに色々な課題を詰め込み過ぎて、因果関係や重要な点がどれか分かりにくくなっていること(ノンフィクションなので、別にそんなことは書こうとも思ってないのかもしれません)、また余白が異様に狭く取られていてページの端ぎりぎりまで文字があるので、持ちづらく読みにくいことがあります。後者は出版社の問題ですが。

なお、本書は会社更生法適用申請時にニ次破綻するのではないか取りざたされたことを紹介しつつ、再建の成否にかなり懐疑的です。しかし、面白いもので経営が変われば(もちろん巨額の債務免除などもありましたが)会社は変われる部分も大きく、2012年の再上場を果たし、日本の大型再生案件の筆頭ともいえるケースになりました。ぼちぼちこの再生プロセスについて書いた本が出てきたので読んで見たいと思います。今度は企業再生という観点から読む前向きなものとなると思います。

2013年4月20日土曜日

第65回:「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」村上 春樹

レーティング★★★★★★☆

久々の村上春樹さんの新作です!テンションあがり、発売日に紀伊国屋に駆け込み買って来ました。しかし、前作1Q84と同じく、勿体無くて一気に読めず、じわじわ展開を楽しみにしながら読みました。4月12日スタートで18日読了、丁度7日間かけました。

何度も触れているように、私は相当の村上春樹ファンですが、「大作の後は一休み」と勝手に名付けている法則があります。これが何かというと、村上さんの長編大作の直後の作品は大体すこしパワーダウンすると個人的に(体験的に)思っている(例:『ダンス・ダンス・ダンス』の後の『国境の南、太陽の西』、『海辺のカフカ』の後の『アフターダーク』、異論は歓迎です。)のですが、本書はそんな法則から外れる、心に響く一作でした。大袈裟ですが、同時代にリアルタイムで村上さんの作品を読めることに幸せに感じて来ましたが、今回もその感じをあらたにしました。まだ品薄のところも多いようなので、なるべくネタバレしないよう、やや抽象的にレビューしたいと思います。

各種の書評を見ている限り、かなり評価が分かれているようですが、これはファンもアンチもかなり多くの人が手に取る村上さんの本にいつも起きることです。それより自分がどう感じたかを書いてみようと思います、いつもどおりですが。

私が面白いと思ったのは、村上さんの作品に良くある孤独、成長、傷、快復といったことをテーマにしながら、過ぎていく時間を大きなテーマにしているように思える点です。大学時代の大きなエピソードを中心に話は進んでいきますが、そこから長い時間の経過があり、その長い時間が経過してからの過去、現在、未来との向き合い方が描かれます。この長い時間を描いていくことは比較的少なかったと思いますが、今回の物語に奥行と深みを与えています。昔、村上さんはドストエフスキーのような全体小説をいつか書きたい、と書かれていましたが、そこに少しずつ近づくための習作としても読めます、次の作品は(気が早いですが)相当長い時間軸で一人を中心に描くのではないでしょうか(いや、ファンとしての希望ですが・・)。

また、他に意外であり良いなと思った点は、率直で分かりやすい会話がなされたり、人生や時間、友情などについての考え方が繰り返し、登場人物から語られるところです。初期の作品にあった謎めいた会話(今回も謎は無数にありますが)は影をひそめ、少し説明的とも思われるセリフや描写が多数見られるところは、かなり作風が変わったなという印象を受けます。この傾向は前作1Q84からかなり顕著になってきています。また、村上さんがあまり好きでないと書いていた、漱石の後期の作品や昭和前期の私小説のような印象も受けるややウェットな作品に仕上がっています。ここらへんの作風の変化は、失礼ながら村上さんの年齢と密接に関わっている気がします。60歳を超え、伝えたいことをなるべくストレートに伝えたくなってきたとか、若いころのように読み方によってはまどろっこしい書き方より、ストレートに問題意識を問いたくなったとか・・いずれも推測に過ぎませんが、この作風の変化はかなり強烈に感じました(実験的に変えている可能性はあります)。

ストーリーは冒頭に大きな謎が呈示され、それを解くことを中心にエピソードが進んで行く、わりに直線的なものです。幾つかの捻りはあるけど、概ねストレートな流れです。そこにはどんでん返しもありませんが、長い時間の経過を絡めたことで痛切な孤独と順調に一見見える生活に張り付いた絶望が描かれます。しかしネガティブなものだけではなく、あきらめきれない気持ち、真実を知りたいと思う心、それでも人と寄り添って生きたいという心情も提示され、温かさもある話になっていると思います。

良くも悪くも、馴染みやすい(ツイッターやグーグルというのが何度かでてくるのはかなり驚きました)一冊なので、失望する往年のファンもいるかも知れません。また、終わり方にヤキモキする読者もいるかもしれません(1Q84で免疫ができてるかな)。しかし、特に主人公と同年代、または同年代以上の方には非常に考えるところの多い一冊だと思います。ドキドキ・ハラハラするだけではない考え込んでしまうような作品です。

私のなかでは確たる評価はできていないのですが、レーティング(6/7)は再読しても変える必要がない気がしています。村上さん最高レベルの作品ではないと思いますが、今までとは違った趣の面白さがあり、少し時間をおいて再読してみたいと思います。また、ないと思いますが続編が読んでみたい一作です。

ちなみに作品には分かりやすい程に(昔からそうですが)心理学的要素が盛り込まれており、夢、アニマ(の投影)、シンクロニシティ、シャドウなどユング的な世界観が色濃くでていますので、心理学的観点からそれぞれの登場人物を読んでみるのも面白いかと思います。なお、作品の主題曲といっても良いリストの曲はYoutubeで聞けます。初めて聞きましたが独特な哀感があり、なんだか切なくなる曲です。こちらもぜひどうぞ、便利な時代になりましたね。

2013年4月7日日曜日

第64回:「IGPI流 セルフマネジメントのリアル・ノウハウ」冨山 和彦

レーティング:★★★☆☆☆☆

やたらとカタカナの多い書名で、なにやら気恥ずかしい感じですが、タイトルと中身がうまく一致しない本で、内容は当事者企業に勤める社員にとってM&Aがどういう意味を持ち得るか、ということをまとめた本です。タイトルに社名を付しているとおり、冨山氏がCEOを務める会社は社業の一つとしてM&Aアドバイザリーを行っているのですが、その宣伝も兼ねています。

まず前半、M&Aは集団転職である、というところから始まり、個々の社員のキャリアを良くも悪くも一変させる可能性があることを説きます。そして昔から言われてきたものの、やはり難しいと言われる買収先の人材確保、登用、インセンティブ付けの重要性が語られます。冨山氏の会社はM&Aに関与する場合は、人材DDをかなりやるそうです。

次に後半、そういうM&A多き時代に生きるには、二つのスキルの組み合わせ、たとえば法務に明るい営業マン、エンジニア出身の財務マン、といった形が望ましい、また英語はしゃべれて当たり前(だめなら即猛然と努力するようにとのこと)などビジネスパーソン一人ひとりの生き方や心構えについての記述がなされていきます。ここらへんは大前研一氏(あまりちゃんと読んだことがありませんが)などが書いていそうなことです。

ざっくり内容を書いてきましたが、どこらへんにがっかりしたかというと、まず書いている内容があまりに普通でどれもどこかのビジネス本やメルマガに書いてあることばかりです。また、M&Aの性質やインパクトについて前半記載し、そのなかでのビジネスパーソンの生き方について後半記載しているのですが、どちらも分量、掘り下げ方ともに中途半端です。特に前作(第36回でレビュー)がコンサルタントとしての鋭い知見に富んですごく面白かったのですが今回は残念です。

共感、発見があったのは、「会社と付かず離れず、適度な距離を保つ」、「金銭的にも会社に縛られすぎない」(会社の住宅ローン、財形、社宅など)、「転職も出向も経験になる」などでしょうか。原点回帰した次回作に期待したいと思います。