2011年5月29日日曜日

第15回:「セイビング・ザ・サン」ジリアン テット

レーティング:★★★★★★☆

だいたい一度読んだ本というのは覚えており、一度読んだにも関わらずまた買って/借りてしまうというのは極めて少ないんですが、それがこの本でした。書き出しの飛行機の中での偶然の出会いのシーンを読んで、あれ、なんか読んだ気もするけど気のせいか・・と読み続けましたが、やはり一度(おそらく2006年頃)読んだことがありました。しかしながら、大著なので細部を忘れており、またなによりも作品のクオリティの高さにひかれて2度目の通読をしてしまいました。

サブタイトルは、「リップルウッドと新生銀行の誕生」です。シンプルな3部構成となっていますが、まず第一部は日本長期信用銀行(長銀)がいかにバブルのさなかに不動産セクターへの投融資を拡大していったか、その後の不良債権隠しを行ったか、またスイスの銀行との提携等の生き残りを図ったかが詳細に記述されていきます。第ニ部は、リップルウッドを中心とした米国及びその他の国の投資家グループが組成され、米国政府高官も巻き込んだ形で、長銀の競売が行われたことを丹念に描写しています。そして第三部が、長銀が新生銀行となってからの苦闘、IPOまでをカバーしています。いずれの記述も社会人類学でPh.Dまでとった著者らしく、驚くほどのインタビューと客観的な歴史をつなぎ合わせた、非常にクオリティの高いものです。特になかなか話したがらないであろう長銀の元幹部やリップルウッド周辺の人や政府関係者、また新生銀行の元社長である八城氏からも厚い信頼を寄せられていたことが伺えます。

本書の最良の部分は、バブルから2000年代半ばまでの日本の銀行を取り囲む変化や金融行政をバランスの取れた筆致で描ききっている点です。その他にも著者が外国人であったことから、多少誤解に基づくと思われる点も無きにしも非ずですが、優れた日本人論にもなっています。特に日本が変えること以外に選択肢がなくなるまで変えないことが正当化されうるといった指摘は非常に興味深いものがあります。また、金融に関する本としても面白く、PEとしてリスクをコントロールしながら、少額の投資でこれだけの(少なくとも金銭的には)大成功のディールを成功させたリップルウッドの手腕は称賛に値しますし、新生銀行の意図した道であるリテールと投資銀行業務の強化がどのように成功し、またその後伸び悩んでいるかも良く分かります。

いずれにせよ有名紙の記者とはいえ、これだけの大作をなした著者の能力と情熱に敬意を表し、また上記のように色々な観点から優れた読みものなので、ほぼ満点に近いレーティング6としました。

2011年5月22日日曜日

第14回:「裸でも生きる」山口 絵里子

レーティング:★★★★★☆☆

2007年9月に発刊された本書。サブタイトルの「25歳女性起業家の号泣戦記」が良く表しているとおり、ある女性の生い立ちと起業に至る実話です。著者であり起業家の山口さんはメディアに頻繁にカバーされているので、見た・読んだという方も多いかもしれません。現在、株式会社マザーハウスの代表を務めています。

以前からだいぶ気になって、マザーハウスのサイトや山口さんのインタビューなどを読んでいたのですが、この本を読んで、随分と驚き、応援したい気持ちになりました。小学校での経験、中学校での非行(詳細はさすがに省かれていますが・・)の記述は壮絶で、一人の少女が背負った傷やそれに向き合った心の強さをひしひしと感じます。高校時代は柔道に明け暮れるのですが、このチョイスもなかなかユニークであり、練習スタイル?も随分と気合いが入っていて、(本人は否定されるでしょうが)ただものではないんだなあ、と感じます。

その後、慶應大学に進み、名門ゼミに入るところで一気に社会的、経済的な関心が高まり、IDB(米州開発銀行)でインターンを行い、バングラデシュに行くこととなります。そこから起業に至っていくのですが、ずいぶん中身の濃い話なので、ぜひ一読されることをお勧めします。

全てが著者の実体験であり、包み隠さず明らかにしていることで圧倒的なリアリティがありますし、著者の意思の強さと自分で考える姿勢には学ぶべきものが沢山あります。特に先が見えない状況で努力し続けるという点。高校時代の柔道は、全くの素人から3年間、体も壊しながら勝てるアテなどない中で想像を超える練習を継続しています。起業してからも、バングラデシュの工場で色々なことが起こるのですが、業務の継続が困難な状況で自分の思いを貫徹していきます。

株式会社マザーハウスがカバンを作り、日本の消費者に売り込めた(最初は150個限定)こと自体が奇跡のようなことで、ここまで失敗に至っておかしくない理由がざっと数十はあります。著者は、ものづくりなどしたこともなく、会社も経営しておらず、バングラデシュには適当な製造の人材の不足し、政情も不安定で・・でもそういう全てのことを「できない/しない理由」とせずに、自分の使命とやり方を信じて突き進んだのは見事としか言えません。先(ペイオフ)の見えない努力は回避したいものですし、社会人になって成算が見えないものに自分を捧げるのは相当の勇気が居るものですので、そういう「蛮勇」(というと失礼ですが)を読んで、正反対の生き方として学ぶものが多々あります。熱い本です。

2011年5月12日木曜日

第13回:「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず(上・下)」塩野 七生

レーティング:★★★★★☆☆

多くの人が世界史を学ぶのは中学校、高校で、大学に進んでごく稀に(すみません)歴史を専攻する人もいる。私は典型的な部類で、中学校、高校で世界史を学んだのですが、その中でもローマ時代はいかんせん教科書の最初の方にちょろっと出てくるだけであり、また身も蓋もない言い方をすれば遠い国の遠い昔の話なので、あまり興味を持ちませんでした。他方、塩野氏については月刊のオピニオン誌に「いまこそローマ人に学べ!」的な寄稿をたまにされているのは知っており(読んだことはなし)、いずれ代表作であるローマについての本を読んでみたいと思っていました。

また2年ほど前に短期間ですが数回イタリアに足を踏み入れる機会があり、そういえば自分はイタリアはおろかローマ時代のことも何も知らないなぁと痛感すると共に、何人か知り合えて、深い話もできたイタリア人はほぼ例外なくとても好きになることができました。そんなこんなで、新潮文庫から出ているこのシリーズを入手(現在、この2冊(通し番号1・2)と3及び5)したので読んでみようと思った次第です。

歴史の教科書は、歴史を学ぶ気をなくさせるほど無味乾燥ですが(そりゃあ世界の歴史を1冊で俯瞰しようということに限界があるわけですが)、細かく見ていくと一杯面白いエピソードや先進的なストーリーがあることをいやというほど痛感しました。著者の描き方はかなり俯瞰的ではありますが、それでもおよそ500年程度(ローマの勃興から半島統一まで)を丹念に描いています。政体、統治機構、軍隊、市民生活などのうち、何が変わって何を変えなかったかがよくわかります。

また感動してしまうのが、ローマが首都陥落(ケルト人による)などを経験しながら、幾度も起ちあがってその版図を広げ、驚異的ともいえる包容政策を取っていくあたりです。まだまだ、1・2ですが、今後が楽しみになります。

最後に装丁も見所です。各時代に鋳造された美しい小さなコインを載せた、シンプルながら非常に味のあるものに仕上がっておりますので、よろしれければ本屋などでチェックしてみてください。また、2の最後にある「ひとまずの結び」も優れた文章だと思います。欲を言えば、2の最後についている年表を1の最初に持ってきてほしかった(早く気付けよ、という話ではありますが)。次は3~5が一つのまとまり「ハンニバル戦記」となっているので、時間はかかると思いますが読み終わったらまたポストしたいと思います。

2011年5月7日土曜日

第12回:「獅子のごとく」黒木 亮

レーティング:★★★★★☆☆

本ブログでおなじみの黒木氏の新刊(といっても2010年11月初版・・)です。実在する人物をモチーフにしながら、虚実織り交ぜてストーリーが進行していく点は黒木氏の作品「巨大投資銀行」とほぼ同様ですが、本作はより「どぎつい」描写や批判的なスタンスが多く出てくるので、黒木氏はかなり慎重に筆を進めたのではないかと推察します。

レーティングがかなり高い理由は、以下のものです。まず、(架空の点が後半中心に多いとしても)ある強烈な人物の一代記として、純粋にストーリーが面白い点が挙げられます。主人公は家族や家業の関係で苦汁を舐めるのですが、それらをバネに猛烈な仕事ジャンキーとなっていきます。それが自身や家族、会社ひいては社会にもたらす正負の影響が比較的バランスよく描かれています(単に批判的なだけではない)。黒木氏は、MSN産経ニュースのインタビューで「(主人公にも)“痛み”があって、本当に悪役なのかどうかは、よく分からないんだけど」と語っており、二元論的に正邪を描こうとしているわけではないことを認めています。

次に、最初の点の補強になりますが、登場人物の人間性の変化が良く描けていると思います。仕事を通じて、成功したり、お金を持ったり、またその逆になる人が多数出てきますが、そこで各人は様々な変化を遂げます。作中では、人間性や仕事へのスタンスを曲げたくなくて主人公(及びその会社)から離れるもの、徹底的に人間性を捨て仕事に過剰適応していくもの、仕事にのめり込むあまり当初謙虚であったのに勝負の構図でしか人生をとらえられなくなる人など、様々なパターンが示されます。(言うまでもなく)どれが良い悪いというよりは、どういったモデルをベースに自分の生き方を選ぶのか、という問いかけに思えました。

最後に、投資銀行の内実(特にモデルとなった米系IB)の一端が垣間見られます。上記の「巨大投資銀行」はマーケット/トレーディング部門の視点から描かれていましたが、本作ではいわゆる投資銀行部(門)をメインの舞台としていますので、M&A、債券、株式、その他金融商品などが幅広く出てきて、投資銀行部がどういRM機能を果たしているか触れることができるため、投資銀行に就職したい学生さんなどにも良いのではないかと思います。

主人公の仕事に賭ける執念や熱気がみなぎった作品で、引くと同時に惹かれる点もある不思議なストーリーでした。主人公の過剰ともいえる接待、人脈作りなど寝技系の仕事獲得方法が多く描写されていますが、いうまでもなくそれを支えた多くの部下の方々の(プッシュされたが故もあるでしょうが)優れたプロポーザルや的確なエグゼキューションがあって仕事が獲得できてきた部分も多いはずであり、そこにもより言及があると更によかったかなあと思いました。いずれにせよ読み応えのある作品でした。