2018年9月8日土曜日

第197回:「聖の青春」大崎 善生

レーティング:★★★★★★★

もうずっと前、村上聖(さとし)さんが亡くなったのは平成10年ということなので、20年も前になります。1998年のこと。自分はそのころテレビニュースなどで何度か天才棋士の早すぎる死を聞いたものの、当時はあまり深く気に留めることがありませんでした。29歳の早すぎる死、幼いころから病気を患いながらも、棋士として素晴らしい才能を発揮したが道半ばで、という程度の認識しかなかったものでそれきりでした。しかし、なんとなく気になって、ずっと忘れて今日に至っていたところ、この前、図書館で偶然目に飛び込んできて、思わず借りました。

本書は村上さんや師匠である森さんと深い親交を結んだ将棋雑誌の編集者が描いた一冊であり、何気なく読み始めたものの、今まで読んできた本の中で、激しく心を揺さぶるトップ3に入る衝撃を受けました。村上さんの絶え間ない闘病の中での不屈の戦い、ご両親の温かい無私の支援、お兄さんの愛情と苦しみ、師匠であった森さんの苦悩と惜しみない親のような愛情、羽生、谷川といった将棋界の綺羅星のようなライバルたち(正確には谷川さんは目標であり、ライバルとは位置付けがたいが)が生き生きと描かれています。そして見逃せないのが、昭和後期から平成初期に掛けての大阪のアパートを中心とした庶民的な暮らしや千駄ヶ谷の将棋会館のあたりの風景も描かれ、一人の人間の生きざまを描きながら、その周りの大きな愛情や勝負の厳しさ、そして時代まで切り取る作品に仕上がっています。著者の筆力に脱帽です。

小学校の大半を病院で過ごす生活の中、将棋に傾倒していった村上さんは、文字通り人生すべてを将棋に捧げ、最後は一戦一戦ごとに文字通り命を削りながら棋戦を行いました。その思いの強さや執念、病気から培った独特の生命観。そんな中でも、人生を楽しめた北海道旅行や麻雀などで遊ぶこともできたエピソーがあったのは、本に明るさを添えています。自分は村上さんとは境遇が全く違うけれど、それだけ真剣に前向きに人生を生きているのかと考えると非常に心もとないものがありますが、命の大切さや高い目標に向かった真剣に物事に取り組むことの重要性を改めて思い起こさせてくれます。一級品の作品であり、高校生や大学生にぜひ読んでほしい一冊です。

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