2014年9月13日土曜日

第99回:「運命の人」山崎 豊子

レーティング:★★★★★★★

前回のポストからほぼ1カ月空いてしまいました。仕事でなかなか時間が取れなかったのと、今回のレビュー対象がかなり長い(文庫版で読みましたが1~4まで4冊・・)ことが理由でした。本作はもはや説明の必要がない故・山崎豊子さんの完結した作品としては最後の作品です。後書きで書かれていますがメディア・マスコミについて書こうと構想しているときに、戦後史に大きなインパクトを与えた「沖縄密約事件」に思い至ったそうで、これを題材とした一作です。

1~3巻までは、沖縄密約事件を題材として、メディアの使命、権力と情報公開、外交における秘密保持、男女関係、公務員秘密保持法などをテーマとして実際の出来事を下敷きとして進んでいきます。この部分はメディア関係者でもなく、外交関係者でもない自分にはビビッドに響く感じはなかったのですが、やはり(優れた小説のほとんどがそうであるように)人物描写が魅力的でぐいぐい引き込まれました。主人公の新聞記者、それを相克の中で支える妻、外務省の事務官と上層部、主人公の父(青果商)、支える優秀で情熱を持った弁護士などが登場し、昭和中期の熱い熱気、戦後からポスト戦後に舵を切りつつある日本の混乱などが生々しく、本当にその時代を少し経験したような錯覚に陥ります。

ここでまでであれば、「あー面白かった」ということで終わります。3巻が終わるころ、この小説はどう終わるのか、言葉を換えれば4巻で何か書くことがあるのだろうかという疑問を持ちました。4巻は主人公の裁判後の後日談で、この部分が(相当フィクションを含んでいると思いますが)秀逸です。語られるのは沖縄密約事件と繋がる沖縄の激しい地上戦、多すぎてむごすぎる犠牲、戦後の圧倒的な米軍優位での人権蹂躙などがつぶさに描かれていきます。著者は普段は意識して客観的な描写を心掛けることが多い気がしますが、今回は相当の思い入れがあったのか、当事者の証言や史実を徹底的に沖縄の視点から紹介していきます。激しい地上戦やひめゆりに代表される悲劇についてはそれなりに知っていたつもりですが、本当に身につまされるような物語がかたられていきます(電車では読めないレベルです)。個人的に沖縄の基地反対運動については批判的な思いも持っていたりしたのですが、それが180度変わることはないものの、そういう反対運動が成立してきた歴史的事実を本当に知らなかったことを反省しました。綺麗事に聞こえますが、本書はそういう事実をきちんと共有すること、そのうえで現在の沖縄を理解することを要求しているように思えてなりません。

一般的な書評を見ると必ずしも評価の高くない一冊ですが、私は山崎さんの色々な作品の中でもトップクラスではないかと思います。やや青臭いトピックではありますが著者の思い入れの強さを感じられる一冊です。メディア、戦後史、沖縄の現代史をつなぐスケールの大きな作品だと思います。長いですがぜひご関心ある方はお手に取られることをお勧めします。

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