2012年9月30日日曜日

第52回:「未来への記憶」河合 隼雄

レーティング:★★★★★☆☆

久々に河合先生の本です。ご存じの通り、日本の臨床心理学の確立に大きな役割を果たし、スイスのユング研究所にてアジア人として二人目、日本人として初めて分析家の資格を得た人でもあります。また、晩年は2002年から文化庁長官を務められており、その点で記憶されている方も多いかと思います。

河合先生は本当に著作が多く本格的な心理学や臨床心理の本から、教育や生き方について論じたもの、本書のような口述の自伝的なもの、本当に色々あります。私は河合先生の相当のファンであり、機会があれば読み進めるようにしているのですが、それでもなかなか進みません。

ところで本書はサブタイトルに「自伝の試み」とあるように、先生が自身の人生を振り返ってしゃべり、それを本にしたものです。丹波の篠山での自由な少年時代、神戸工専(電気科)での生活、京都大でのやや暗めな青春時代など率直に語られていて、ものすごいドラマチックなことがあるわけではありませんが、一つの読み物として非常に面白いものがあります。大学までの先生は、自分に何ができるのかに悩み、進路に悩み、意外と回り道をしていることがわかります。もちろん実家が経済的にゆとりがあり、悩める余裕があったことは確かですが、一直線に進んだ秀才でも、一を知って百を知る天才でもなかったことが分かります。

大学を出た後はやや動きが出てきます。高校の先生になってみたり、独学で心理学の勉強を始めて、英語が全然できないのにフルブライト奨学金を得て留学したり、そこでの素晴らしい出会いからユング研究所に行くことになったり。印象に残るのは、先生自身も自分の人生がどこにいくのか確信はなかったにも関わらず、自分の好きなこと(人間そのものや心理)を追求して、家族以外のものを生活から(無理にではないのがいいところですが)そぎ落として真っすぐに生きているところです。

少しだけ物足りないところを書くと、「あとがき」で書かれているように、意図的に自分の家族(兄弟や両親ではなく、奥様やお子さん)に触れないようにしているところでしょうか。もちろんまだまだ生活のある方々なのでいたずらにプライバシーをさらす必要はないわけですが、自伝なので少し空白ができてしまう感じです。あとは、先生が深いところで持っていた懊悩についても、意図的か意図せずかほとんど触れていません。2回の留学時代や迷った大学時代には、かなり深い悩みがあったでしょうし、他の著作では悪への関心といった形で示唆されていますが、そこまで突っ込んだことは書いていません。

なお、読んだのは岩波新書版の上下巻であり、2001年に発刊されたものです。先生ファンでないとあまり読む気がしないかと思いますが、もしご関心あればぜひ。読み物として面白いです。

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