2012年3月4日日曜日

第37回:「半島を出よ(上)(下)」村上 龍

レーティング:★★★★★★☆

ここ半年ほど本を読める時間が減っているのですが、他方、数少ない読んだ本に当たりが多くて嬉しいこのごろです。この本は非常に面白かったですし、なによりプロの作家の想像力、構想力や筆力をまざまざと見せつけられました。

村上龍氏は、私のささやかな読書史には重要な位置を占める作家で、高校1~2年目のころには随分とはまり、前期の(エッセーを含む)殆どの作品を読みました。特に「限りなく透明に近いブルー」、「コインロッカーベイビーズ」、「愛と幻想のファシズム」や「五分後の世界」は自堕落な世界観と緊張感のある描写に随分とやられました。しかしながら、その後の「KYOKO」あたりから、なんだか自分の求めていたものと路線が異なるような気がして、しかも随分と文章の密度が低下した気がして、「インザミソスープ」でなにが面白いのか全然わからなくなってしまい、それ以降、少なくとも氏の小説は一切読まなくなってしまっていました。ただし、経済関係での露出、特に「カンブリア宮殿」なんかは面白いので、今でも良く見ています。

ほぼ、読まなくなってから干支が一回りした最近、成田から長い時間フライトに乗る機会があり、この本を手にしました。とりあえず分厚いので上巻だけ買って飛行機に乗り込みました。上巻は単行本で430ページもあるので、これは帰国するまで読み終わらないだろうと思っていたのですが、北朝鮮の反乱軍が九州に上陸するというかなり変わった設定と、膨大な資料と取材に裏打ちされたリアルな描写にぐんぐんと読み進めました。結局、買った翌日には上巻を読了してしまい、下巻を買ってこなかったことを深く後悔しながら帰国しました。

この小説の面白いところは、荒唐無稽というか突飛な設定にも関わらず、緻密な日本や北朝鮮双方の取材によって高いリアリティを獲得しているところです。そこに加えて、北朝鮮兵士の視点から日本を描写し、また彼らの祖国が描写されていることです。それがどれほど正確なものかは分かりかねますが、何人もの脱北者にインタビューを重ねているため、たぶんそういう感じなんだろうなと思えるところが随所に出てきます。

また、この反乱軍に唯一立ち向かっていく集団があるのですが、これも現在の日本への強烈なアンチテーゼとなっています。この集団はほぼリアリティはないのですが、個性的で読ませます。こういう社会から疎外された人々を描くのは、デビューのころから一貫して著者の得意分野です。

構想の大きさ、北朝鮮兵士の側から語ること(そしてその難しさ)、圧倒的な取材を通じたリアリティ、長いのにほとんどだれないストーリー展開などどれをとっても一級品の小説だと思います。レーティングは満点にすべきか悩みましたが歴史の風雪を乗り越えきったわけではないので、少し控えめに6としました。

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