2011年3月20日日曜日

第7回:「トリプルA」黒木 亮

レーティング:★★★★★★☆

今回の書評に入る前に、発生から1週間も経過してしまいましたが、東日本大震災で被災した全ての方にお見舞い申し上げると共に、亡くなられた方のご冥福をお祈りします。まだ中学生だったときに阪神大震災が起き、親族も被災しました。当時、塾からの帰り道のバスで随分と運命は(時として)むごいと感じたことを今も鮮明に覚えています。今回は亡くなられた方の数だけでもすでに阪神大震災を超えており、今後残念ながら一層増加しそうですし、原発のその後のトラブルにより不安感も増幅され、予期せぬ災害が地域や個々人の人生を一変させうることを改めて痛感した次第です。出来ることを、少しずつしてみたいと思います。

さて、今回の書評ですが(こうして安穏と書評できていることのありがたみを深く認識しないといけないと感じます)、第7回目にして既に黒木さん3作目です。結論からいうと、あまり期待していなかった(すみません)分、良い意味で非常に裏切られ嬉しい思いです。主人公と登場人物の魅力、対比の鮮やかさ、時間的な広がりがすばらしく、レーティングも(始まって間もないですが)現状までの最高です。

まず、主人公の魅力ですが、大学時代のストーリー、それをばねにした社会人になってからの活躍(特に一つ目の会社時代)は非常に説得力があります。おそらく(種目は違えど)著者の体験が相当ベースになっているはずですが、大学の部活で挫折を味わった主人公がそれを大きな原動力として仕事に打ち込む姿に共感する20代、30代のビジネスパーソンは多いのではないでしょうか。その後、結婚して子供が出来て一つの転機が起きるのですが、仕事への姿勢は引き続き一途で、またぎりぎりのところで仕事における良心を保とうとするところ、家族への思いを貫くところなど、なんとも魅力的な人物となっています。

次に、(仕事面では主人公の対比として描かれている)マーシャルズ社の駐日代表を務める三條という人物も良く描けていて、粘着質な感じや地位への貪欲さなどが人間らしく、主人公とは違った意味ではありますが魅力があります。この他、S&D社の水野という女性もきりっとしたすがすがしさを持って描かれており、読み応えがあります(下巻になると余りでなくなるので、もう少しこの人の話を膨らませる手はあったのかもしれません)。

また、時間的な広がりですが、著者の作品は短いスパン(3年とか長くても10年)を切り取ったものが多い印象を持っています(但し、第2回で書評した「冬の喝采」等自伝的なものは別)が、この作品は日本における戦後の格付会社の歴史にも触れており、1984年の夏から話がスタートしリーマンショックの2008年まで足掛け25年の話となっています。この間の金融ビッグバン、護送船団方式の導入、投資銀行のヘッジファンド化、米国及び日本における証券化商品の隆盛、その裏で進行した審査プロセスの形式化、格付会社の変容や利益相反などを詳細に分かりやすく触れます(そしてこれら事象の解説は基本的に事実に基づいています)ので、金融現代史としても分かりやすく入門的に読めるものと思います。

最後に付け加えると、華々しいビジネスやビジネスパーソンを取り上げることの多い著者の作品の中では珍しく故・小倉昌男氏(元・ヤマト福祉財団理事長)の晩年の活動を大きくフィーチャーしているところもこの作品への深みを加えている点だと思います。氏の思いや活動を知りたくなりました。

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